出口王仁三郎 文献検索

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物語64a-3-141923/07山河草木卯 荒武事王仁三郎参照文献検索
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第一四章 荒武事〔一六四三〕

 アメリカンコロニーの奥の一室には、スバツフオードとマリヤが煙草盆を中において、ヒソビソ話に耽つてゐる。
『マリヤさま、あなたこの頃は何となしにソハソハしてゐるぢやありませぬか。沈着な貴女に似ず、この頃の様子と云つたら、丸で恋に狂ふた野良犬のやうだと、団体員が言つてゐましたよ。チと心得て貰はないと、コロニーの統一が出来ないだありませぬか。私はかうして老人であるし、何時昇天するか知れませぬ。さうするとあなたが一人でコロニーを背負つて立たねばなりませぬ。噂に聞けが貴女は日出島から来てる聖師に大変恋慕してゐられるさうだが、あの方はお国に妻子があるといふことだ。妻子のある方に恋慕したつて、目的は達しませぬよ。今迄何程よい縁があつても、神政成就までは夫は持たない、男に目はくれないと、独身生活を主張した貴女に似合はず、変だと皆の者がヒソビソ話してゐますよ。何程強いことを言ふてもヤハリ女といふ者は弱い者ですな。狐独の淋しみに堪へられないと見えますワイ。モウ少時の所だから、チツと辛抱をして貰はねばなりますまい。キツと貴女のお気に入る適当な夫が現はれて来るでせう。神様は最後まで忍ぶ者は救はるべし……とおつしやるだありませぬか』
『ハイ、妾は最後まで忍んで来たのですよ。モウこの上忍ぶ事は生命に関しますもの……そんなことおつしやるのは、チト残酷ですワ。妾は神様の御摂理によつて夫を定めましたから、どうぞ御承諾を願ひたうございます』
『さうすると、人の噂といふものはバカにならぬものだなア。そしてその夫といふのはどこの何と云ふ方だなア、ヨモヤ、妻子のある日出島の聖師ではあろまいなア』
『あの……妾は……聖師……否々生死を共にせうと約したお方がございます。しかしながらネームを告げるだけは少時猶予を願ひたうございます』
『心機一転も甚だしいぢやありませぬか。お前さまはブラバーサ様に恋してゐるのだらう。何と云つてもその顔に現はれてゐる、年寄の目で睨んだら、メツタに間違ひはありますまい。左様なことをなさつては、アメリカンコロニーも破滅に陥らねばなるまい。あゝ何とした悪魔が魅入れたものだらうなア』
『ソリヤ何をおつしやいます。女が夫をもてないと云ふ道理が何処にございませう。妾も最早三十、いい加減に夫を有たなくちや御子生みの御神業が勤まらぬぢやありませぬか、グヅグヅしてゐると、歳月は妾をすてて省みず、年がよつてから、何程夫をあさつてみた所で、乞食だつて来てくれは致しませぬワ。花も半開の中が値打があるのです。妾の花は最早満開、一つ風が吹いても散らうとしてる所です。散らない中に夫を持たなくちや人生の本分を、どうして尽すことが出来ませう』
『モウ永いことぢやない。やがてキリストの再臨があるのだから、そこまで待つても余りおそくはあらうまい。あのサロメさまを御覧なさい。貴族の家に生れ、どんな夫と添はうとママな身を持ちながら、キリストの再臨を待ちかね、独身生活をつづけてゐられるだありませぬか』
『あの方は再臨のキリストを理想の夫として空想を画いてをるのですから、別物ですよ。妾は左様な野心はございませぬから、相当の夫を有たうと思ふのでございます。そんな開けないこを言はずに、コロニーの連中に、あなたから一口、神界の都合によつて、かうかうだと発表して下さいませ。さうすれば、団体員は仏が法とも小言を云ふ者はございますまい』
『コレ、マリヤさま、お前さまも天の選民たるユダヤ人の女だないか。なぜ今となつて、モウ一息といふ所の辛抱が出来ないのですか』
『ハイ、これから七十日が間辛抱致します。七十日経ちさへすれば、仮令貴師が何とおつしやらうとも、大神様がお姿を現はしてお叱り遊ばさう共、最早私の意志の自由に致す考へでございます。どうぞ広き心に見直して御承諾を願ひたいものでございますワ』
『七十日? ソレヤまたどうしてさう云ふ日限を切つたのだなア、人の噂も七十五日と聞いてゐるが、七十日とは何か意味があり相だ。コレ、マリヤさま、七十日の因縁を聞かして下さい』
『百日の行の上りに夫婦になつてやらうとおつしやいました。それで七十日と云つたのでございます』
『ハヽヽヽヽ、てつきり、日出島の聖師と約束をしたのだなア。いかにも聖師は百日の行をするとおつしやつたが已に三十日を経過した。しかしながら聖師ともあらう者が、そんなことを約束さるる道理が……ないがなア、コレ、マリヤさま、お前だまされてゐるのだなからうな』
『決して決して、大磐石ですよ。妾も女のはしくれ、男に欺かれるやうなヘマは致しませぬ』
『ハーテナ、合点の行かぬことを云ふぢやないか。貴女はどうかしてゐますね』
『何程同化し難きユダヤ人でも、女と男ですもの、同化もしませうかい。どうぞこの結婚問題ばかりは本人の自由意志に任して下さいませ。貴師のやうに年が老つて血も情も乾き切つた、聖きお方と、青春の血に燃ゆる若い女とは、同日に語る訳には行きませぬからねえ』
『アハヽヽヽ、こなひだから余り陽気が悪うて、空気の流通が悪く、蒸すので、年老の私も頭がポカポカとして来た。大方お前は精神に異状を来して居るのだあるまいかな。さうで無ければ鬼の霊にでも憑依されたのだらう。この頃ゲツセマネの園の近辺に悪い狐がウロつくといふことだが、其奴の霊にでも憑依されたのであるまいかな。これマリヤさまチツと用心なさいよ。キツと狐の霊ですよ。コンコンさまにつままれたのですよ』
『ホヽヽヽヽ、信心堅固な妾、どうしてさやうな者につままれませうか。ケツでもコンでも構ひませぬ、妾はケツコンさへすればいいのですもの、ホヽヽヽヽ』
『アヽ、何となく怪体な風が吹いて来たぞ。あゝ一つ窓でも開けて気を晴らさうかな』
『ホヽヽヽヽ、あのスバツフオードさまのおつしやることワイノ。窓を開けたつて、ついてゐない狐はメツタに飛出す気遣はありませぬよ』
『丸で春情期の犬のやうだなア』
と小声に呟く。マリヤはスバツフオードに向ひ、
『モシ老師様、妾はこれから聖地の巡拝に行つて参ります。どうぞお留守を願ひますよ。前以て申しておきますが、妾も女です。七十日の間メツタにブラバーサ様のホテルを訪ねるやうなことは致しませぬから、御安心下さいませ』
と予防線を張り早くも門口に飛出した。
 橄欖山の中腹、橄欖樹の下に腰打ちかけて雑談に耽つてゐる三人のアラブがあつた。各手にスコツプを持ちながら、木の株に腰打かけ、
テク『オイ、この頃、アメリカンコロニーのマリヤといふ女、チツと様子が変だないか、目も何も釣上つてゐるやうだなア』
ツーロ『彼奴ア有名な独身生活の女だが、ヤツパリ性欲は押へ切れないとみえて、橄欖山へ参拝を標榜し、男をあさつてゐるのかも知れないよ。どうだ一つ彼奴を甘く抱き込んで、俺達の者にしたら面白からうぞ。アラブアラブとユダヤの奴に軽蔑されてゐるのだから、ユダヤ人のカンカンを甘くおとさうものなら、それこそアラブ全体の面目を輝かすといふものだ。やがて来る時分だから、何とか一つ工夫をせうだないか』
トンク『ソリヤ面白からう、しかしながら三人の男に一人の女、此奴ア紛擾の種をまくやうなものだから、先づこの計画は中止した方が安全かも知れないよ。ラマ教ならば多夫一妻でよからうが、吾々はそんなことしたら天則違反で神様から罰せられるからなア』
テク『さう心配するな、俺達のやうな色の黒い、唇の厚い醜男人種が、何程あせつたつて、一瞥も投げてくれないのは当然だ。先づ相手にならぬ方が安全かも知れないよ』
ツーロ『気の弱いことを云ふな、断じて行へば鬼神もこれをさく。躊躇逡巡するは男子の執らざる所だ。今にもやつて来よつたら、大勇猛心を発揮して獅子奮迅の活動をやるのだ。一人は足をさらへ、一人は猿轡をはませ、一人はかついでキドロンの谷底へでもつれて行き、厭応云はせず此方のものにするのだ』
テク『オイ、汝は酒の気のある時ばかり、そんな強いことを言ひやがるが、酔のさめた時どうだい、その元気をどこまでも持続することが出来れば、おれだつて汝と同盟して決行せないことはないが、何分弱味噌だから、先が案じられて、する気にもなれないワ。のうトンク、さうだないか』
トンク『ナアニ成敗は時の運だ。一つ肝玉をおつぽり出して決行と出かけやう。ゴテゴテいつたらこの聖地を立去り、アラビヤの本国へ帰ればいいだないか。聖地に居らなくても救はれる者は救はれるのだからなア、俺達がマリヤを何々せうといふのは決して肉欲のためだない。大にアラブの気前を見せるためだ。言はば四千万のアラブ人を代表してのアラブ仕事だから、大したものだぞ。親譲りのハンドルが利かぬとこまでこき使はれて、僅に半弗より貰はれぬのだからバカげて仕方がないワ。婦人国有の議論さへ、独逸では起つたでないか。何、かまふものかい、三人同盟でマリヤを国有にせうぢやないか、サアかうきまつた以上は、速に決行と出かけやう』
テク『どこへ出かけやうと云ふのだい。コロニーには百人ばかりの団体がゐるだないか』
トンク『そんな所へ行かなくても、キツと此処へやつて来るのだ』
と云つてゐる。そこへソンナこととは夢にも知らぬマリヤは細い杖を力に、九十九折の坂をソロソロと登つて来た。三人は互に目くばせし、物をも言はず、マリヤの体に喰ひつき、担ぎ出した。マリヤは悲鳴を上げて、「人殺し人殺し」と叫ぶ。かかる折しもあたりの木魂を響かして宣伝歌の声聞え来たりぬ。

『神が表に現はれて  善と悪とを立分ける
 時世時節は近づきぬ  オレゴン星座を立はなれ
 ウヅの聖地に雲に乗り  降らせ玉ふキリストの
 御声は近く聞えけり  日出の島に日の神の
 現はれまして中天に  光り輝き進むごと
 暗夜も漸く開け近く  夜の守護は忽ちに
 光明世界と進み行く  あゝ惟神々々
 神は吾等と共にあり  自転倒島を立出でて
 万里の波濤を打渡り  音に名高きエルサレム
 神の定めし聖場に  下り来りし吾こそは
 救ひの神の先走り  名さへ目出度きブラバーサ
 いかなる神の経綸か  ユダヤの女に恋慕され
 進退維に谷まりて  首もまはらぬ破目となり
 朝な夕なに橄欖の  山に詣でて禍を
 除かむために登り行く  国治立大御神
 神素盞嗚大御神  何卒吾身の災を
 厳と瑞との御光に  救はせ玉へ惟神
 神の御前に願ぎまつる  朝日は照る共曇るとも
 月は盈つとも虧くる共  仮令大地は沈むとも
 神に任せしこの体  仮令野の末山の奥
 屍をさらす苦みも  何か厭はむ道のため
 国に残せし妻や子は  いかにこの世を送るらむ
 聖地にいます師の君の  あらはれませる日は何時ぞ
 神の集まるエルサレム  聖き都と聞きながら
 何とはなしに村肝の  心淋しくなりにけり
 思へば思へば人の身の  果敢なき弱き有様を
 今目のあたり悟りけり  恵ませ玉へ三五の
 皇大神の御前に  畏み畏み願ぎまつる』

 この声に驚いて三人はマリヤをその場に投棄て、雲を霞と逃げ去りにけり。
 マリヤは余りの驚きと大地に投げられたはずみに気絶してしまひ、坂路に大の字となつてふん伸びてゐる。ブラバーサは魔法瓶から清水を出し、倒れたる女の顔に注ぎかけた。よくよく見れば自分を恋ひ慕ふてゐるマリヤであつた。ブラバーサはマリヤの気のついたのを幸ひ、顔をかくして一生懸命にかけ出す。マリヤは後姿を見て、それと悟つたか、苦痛を忘れ、尻端折つて夜叉の如く後を追つかけ進み行く。ブラバーサは林の繁みに身をかくしマリヤの通り過ぎたあとで、ホツと息をつぎ、両手を合せ、
『あゝ惟神霊幸倍坐世』

(大正一二・七・一二 旧五・二九 松村真澄録)



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