出口王仁三郎 文献検索

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物語64a-3-131923/07山河草木卯 試練王仁三郎参照文献検索
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第一三章 試練〔一六四二〕

 ブラバーサは祠の前の人影を見て、

『御祠の御前に居ます物影は
  いづれの人か聞かまほしけれ

 吾こそは日の出の島を立ち出でて
  登り来ませるプロパガンディストぞや』

 一人の男

『アメリカンコロニー守る神司
  スバツフオードの翁なるぞや

 大空の月淡雲に包まれて
  君の御姿見擬ひぬるかな』

『貴方は、スバツフオード様でございましたか、これはこれは失礼致しました。御老体として今頃にただお一人伴をも連れずにお出なさいましたには、何か理由がございませうなア』
『いやもう、年はとつても心は矢張元の十八、どこともなしに愛熱に浮かされてコンナ所まで引張られて参りました。アハヽヽヽ、何程大神様の道を遵奉し、女に目をかけまいと思つても心に潜む心猿意馬と云ふ曲者が、五尺の男子を自由自在に翻弄致します。人間と云ふものは本当に意志の弱いものですよ。一挙手三軍を叱咤する勇将も、繊弱き女の一瞥に会つて忽ち骨も肉も砕いてしまふ世の中でございますからなア。アハヽヽヽ』
 ブラバーサはハツと胸をつき……最前からのマリヤとの話をもしやこの老人に聞かれたのではあるまいか意味ありげの今の言葉、はて恥かしい事だわい、かう老人の方から先鞭をつけられては何も云ふ事が無くなつてしまつた。罰は覿面だ、なぜあの時マリヤの脅迫を郤けなかつたのだらう、吾ながら意志の弱いのにはあきれた。いやいや決して意志の弱いのではない、心の中の曲者のためだ。八千哩を隔てた日の出の島に妻子を残し、一人身の淋しさをつくづくと感じ絶対無限の神様の力を頼る事を忘れて居たために、吾心中に悪魔が擡頭してあのやうな弱い一時逃れの偽りを云つたのだ。あゝ済まない事をした。何と云つてこの翁に答へやうかなア……
と双手を組んで俯向いて居る。
『アハヽヽヽ、ブラバーサ様、仮にもルートバハーの宣伝使として一時逃れの言葉を用ゆるやうな事はなさいますまいなア、女と云ふものは比較的正直なものでございますから、男の言葉を真面目に信ずるものです。もし男子の言葉に一言たりとも偽りある事を発見した時には、それこそ命がけになるものです。貴方は誰か女と約束をなさつた事はありませぬか』
『ハイ、エー何でございます。止むを得ず一寸約束を致しました。本当にお恥かしい事です。貴方は吾々の秘密話をすつかりお聞なさつたのですか』
『アハヽヽヽ、年は寄つても耳は未だ隠居を致しませぬ、あれだけ大きな声で、情約や談判をして居られたものですから、手に取るが如く聞えました。一伍一什承はりましたよ。随分貴方も思はれたものですなあ。アハヽヽヽ』
『実に困りましたよ、九寸五分を咽喉もとへつきつけられての談判同様ですから、私としてはあれより応戦の仕方がないので思はぬ事を申しました。決して心から宣伝使の身として女なんかに恋着致しませうか』
『さうすると貴方はあのマリヤさまに対し偽りを云つたのですか。実に怪しからぬぢやありませぬか。日の出島の人間は嘘つきだ、油断がならぬと聞いて居りましたが、まさか誠の道を宣伝する貴方に限り塵ほども偽りはあるまいと思ひましたが、宣伝使にしてかくの如しとすれば日の出島の人間は一人も信用する事が出来ますまい。左様な所からどうして救世主が現はれませう。あゝ心細い事だなア』
『イエイエ決して決して日の出島だと云つて嘘言者ばかりではありませぬ。私は止むを得ずあの女を助けるため心にもない事を云つたのです。恋に熱しきつた彼の女をたつた一時でも安心させたいと、止むを得ず予約をしたのでございます』
『ソンナ意志の弱い事でどうして神政成就の神業が勤まりませうか。其方も見かけによらない意志の弱い方ですな。吾々ユダヤ人は二千六百年以前に国を滅され亡国の民となつて世界の人類より土芥の如く卑しめられ漸く二千六百年の辛苦を経て神様の賜つたパレスチナの地を恢復したのでございます。ユダヤ人には一人として貴方のやうな意志の弱い人間はございませぬよ』
『ヤ、恐れ入りました。さう云はれては一言の辞もございませぬ。これから心を取り直し、誠一つを立て貫てユダヤ人に負ない熱烈さと信仰力を養ひませう』
『貴方は今マリヤさまにおつしやつた言葉を反古となさず、実行なさるでせうな。ユダヤ人の女に嘘でもおつしやらうものならそれこそ大変ですよ。貴方の御身のため、道のために老婆心ながら御注意を申し上げて置きまする。実際の所は貴方にマリヤさまが遇ふてから後と云ふものは恋に陥ち、朝夕吐息を漏らし見るに見られぬ憐れさ、どうかして私が仲媒をせうと思ふて一足先へ廻りお二人の談判を伺ふて居たのでございます。どうか約束を違へないやうにしてやつて貰ひたいものです。彼の女はほんたうに信仰の強い赤心の女でございますから、もし違約でもなさらうものなら神様を偽つたも同様でございます。あなたの御身に忽ち禍が報ふて来るかも知れませぬ。サアどうかキツパリと私に、も一度云つて下さいませ。さすれば七十日の間マリヤさまに私が申付けて貴方の行の邪魔にならないやうに致しますから』
 ブラバーサは退つ引ならぬ翁の言葉に胸を痛め如何はせむと案じ煩つて居る。しばらくあつて種々と思案の結果思ひ切つたやうに、
『ハイ、キツと約束を守ります。マリヤさまにも安心なさるやうに云つて下さいませ』
『貴方はさうすると日の出島でも独身生活をして居られたのでせうな。さうで無ければたとへ女が恋したからつて冗談にも約束を結ぶ道理はありますまい。マリヤが貴方を慕ふやうに、もし貴方に妻女がありとすればその妻女はきつと貴方を慕つて居られるでせう。神の道を伝ふる宣伝使として仮にもそんな無慈悲、いや不貞の事はなさいますまいな』
 ブラバーサは進退茲に谷まつて返す言葉もなく、一層のこと云ひ訳のためガリラヤの海へ身を投じ苦痛を免がれむかと思案に暮れて居る。スバツフオードは大声をあげて打ち笑ひ、
『アハヽヽヽガリラヤの海へ投身した所で貴方の偽の罪は消えるものではありませぬよ。サアどうなさいますか』
『あゝ仕方がない、こんな羽目に陥らうとは夢にも知らす、一時逃れにマリヤさまをたらして帰したのが悪かつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。国治立大神許したまへ』
と涙と共に詫入る。しばらくあつて首をあぐれば以前の老人は姿も見えず、月は淡雲の衣の綻びより皎々と古き祠の屋根を照して居る。ブラバーサは訝かりながら祠に拝礼をなし、スタスタと元来し道へ引返し吾身の暗愚を嘆きつつ橄欖山を下り僧院ホテルを指して帰り往く。
 因に云ふ。祠の前に現はれた、スバツフオードと見えた老人は国治立大神の化身であつた。
 大神はブラバーサの身魂を錬へむと、化相をもつて現はれ訓誡を垂れたまふたのである。
 ゲツセマネの園の壁際まで帰つて来た時に白い淡い被衣を被つて背のすらりと高い、色の飽迄白い一人の美人が急ぎやつて来るのに出遇つた。ブラバーサは立ちとまり何れの女かと丸い目をむいて眺めて居ると、女はつかつかと遠慮気もなく傍に寄り来たり、無雑作にブラバーサの手を握り二つ三つゆすりながら、
『今日はえらう早うございましたねえ。妾は未だ貴方がお山に居られるかと思ふて急いで参りました、マリヤさまはもうお帰りになりましたか』
 ブラバーサはその声を聞いてサロメなる事を知つた。さうしてマリヤの名を呼ばれて今日はいつになく胸を躍らせ頬を紅に染めた。サロメは層一層固く手を握りしめ、
『遉は日の出島の宣伝使、貴方の御名望はエルサレム市中に誰一人知らぬものはありませぬよ。妾だつて貴方のやうな人気のあるお方の傍へただ一時でも置いて欲しうございますわ』
『貴方はサロメ様ではございませぬか。姫君様のあられもない貴族のお姫様の身をもつて何と云ふ冗談をおつしやいます、どうぞよい加減に揶揄つて置いて下さいませ。随分貴女も悪戯がお上手ですね』
『ホヽヽヽヽ、悪戯のお上手なのは貴方ぢやございませぬか。男と云ふものは随分女を玩具のやうに扱ふものですが、女の恋は真剣ですよ、一つ違へばお腹が膨れ命がけですからな。女に冗談や戯れはありませぬ。貴方もマリヤさまをどうか末長う可愛がつて上げて下さいませや。もし貴方がマリヤさまに対し約束を破るやうな事をなさいませうものなら、ユダヤ人は団結が固うございますから、貴方を恨んでどんな事をするか分りませぬよ。御注意なさいませ』
『ハイ有難うございます。未だ別に堅い約束をしたと云ふのでもなく、ほんの予備行為をたつた今やつた所でございます。マリヤさまだつてどうして吾々のやうなものに恋慕される筈がございませう。橄欖山は霊地でございますから神様がマリヤさまとなつて私の気を引かれたのかと思ひます。いやもう結構な所の恐ろしい所でございますわ。貴女もこれからお一人で橄欖山にお登りなさるのでございますか、よくまあ御信神が出来ますなあ』
『妾が橄欖山へ女の身でただ一人参りますのも聖師にお目にかかりたいばかりでございます。貴方がお帰りとあれば妾も一所に登山はやめてお宿まで送らせて頂きませう。気の多い貴方に滅多に情約締結を迫るやうな事は致しませぬから、安心して下さいませ。オホヽヽヽ』
『これこれサロメ様、あまり揶揄つて下さいますな。ほんたうに姫様にも似合はず、お意地が悪いではございませぬか』
『それでも貴方、アラブのクリーと手を繋いで歩くより私と手を繋ぐ方が幾分かお心持がよいでせう』
『いやもう結構でございます。どうか放して下さい、もう沢山です。アイタヽヽ指が痺れさうでございますわ』
『さうでせうともマリヤさまには指の二本や三本は切つてお与へなさつても痛くはありますまいが、私の手が触れるとそれだけ御気分が悪いのでせう。私も女の意地です。滅多にマリヤさまには選挙競争をして負るやうな事はございませぬよ。御覚悟なさいませ。ほんとに海洋万里を渡つて二人の女に恋慕される貴方は天下の幸福者ですよ。オホヽヽヽ』
『そのオホヽヽヽが気に入りませぬわい。本当に六尺の男子を、腹の悪い玩具になさいますのか、ユダヤ人は油断がなりませぬなア』
『油断がならぬからユダヤ人と云ふのですよ。ホヽヽヽヽ』
『ヤア此奴は些怪しいぞ、化州だな。本当のサロメさまがどうしてこんなお転婆式の事をおつしやるものか。大方金毛九尾白面の悪狐が瞞して居るのだらう。今山上で大神様に叱られて来た所だ』
と眉毛に唾をつけて居る。
『もし聖師様、眉毛に唾をつけたりして貴方は妾を侮辱するのですか、狐や狸ではありませぬ。正真正銘のサロメです。余り見違ひをして下さいますな』
『ヘン、何程甘く化たつて駄目だ。日の出島から選抜されて来るやうな、プロバガンディストだからその手には乗らないのだ。今に尻尾を現はしてやらう。ド狐奴』
と後の一言を雷の如く呶鳴りつけた。サロメは、
『オホヽヽヽ』
とおちよぼ口で笑ひながらクレツと尻を捲つた途端に毛の生えた真白の狐となり、箒のやうな尾をプリプリと振りながらのそりのそりと這ひ出した。ブラバーサは匆徨として慄ひながら、カトリックの僧院に立ち帰り、ソフアの上に横はり漸く寝についた。

(大正一二・七・一二 旧五・二九 加藤明子録)



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