出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語64a-2-81923/07山河草木卯 自動車王仁三郎参照文献検索
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第八章 自動車〔一六三七〕

 マリヤはその翌早朝からまたもやブラバーサを訪問して、聖地エルサレム市街附近の案内をなすべく、愴惶として僧院ホテルへやつて来た。ブラバーサも聖地附近の様子を一応調査しておく必要もあり、高砂島の故国へも報告せなくてはならないので、この婦人の親切な案内振を非常に感謝の誠意を以て迎へたのである。マリヤもブラバーサの人格には非常に尊敬の念を払つて居た。独身者のマリヤに取つては実にブラバーサこそ唯一の心の友であり力となりしなり。
 ブラバーサは今日も早朝からマリヤに導かれて、聖地の巡覧にホテルを立ち出づる事となつた。ジヤツフア門外から出発する乗合自動車でベツレヘムに往復する事とした。自動車は土埃を立てながらゲヘンナの谷へと降つて行く。
 元はエルサレムの市の西南にあつて、北はシオンの山、南は岡で以て区画された深い細長い谷である。此処は昔ユダヤとベニヤミン族の境になつて居て、ソロモン以後、ここで恐ろしい人の犠牲が行はれたが、その後は屍体や市の汚穢物を捨る場所となつてしまつたのである。悪人の運命に付けて、『ゲヘンナに投げ入れらるべし』と云はれて居るのは即ち此処である。
 急がしく馳走しつつ自動車は高みになつた豊饒な平野を横ぎる。古い橄欖樹の植わつた野や小丘である。道路は九十九折になつて、緩勾配の坂道を上つて行く。左手の遠方に前景ときはだつて違つた長い一列の山脈が見える。その麓の深き所に、竹熊の終焉所なる有名な死海が照つて居るのである。
 自動車が小高い丘の上に来たので、窓から首を出して眺めると死海の面が強烈な太陽の光を受けてキラキラと輝いて居るのが見える。驢馬や駱駝に乗つた田舎人の群が幾組ともなく通つて居る。
 自動車を丘の上に停めて、ブラバーサとマリヤの二人は四方の景色を瞰下しながら、沿道の色々の伝説や場所に就て問答を始め出した。
『マリヤ様、聖地附近の色々の歴史や伝説を聞かして頂きたいものですなア』
『この丘の上で四方を見晴らしながら、聖地案内の物語もまた一興だと思ひます。妾が記憶の限り申上げませう。伝説や口碑と云ふものは随分間違つた事が多いものですから、万一間違つて居りましてもそれは妾の責任ではございませぬ。伝説や口碑が悪いのですから』
『ハイ承知致しました。何分宜敷くお願ひいたしませう』
『有名なマヂの泉から発端として申上げます。マヂの泉は一名マリアの泉と云つて居ます。その前の名の由来は幼児キリストを拝すべく、星の導きを便りに遥々と尋ねて来た東方の博士等はここまで来てその星を見失ひ、途方に暮れて居たところ、この井戸の水を汲み、疲労を癒やさむと立止まつた時に、案内に立つた星が泉の水に反映して居るのを見付け、歓喜に充たされて彼等は再びこれに従つて進んだのでマヂの泉と称へられたと云ひます。第二の名は聖なる家族がベツレヘムの道にここに息つたと想像される処から、マリアの泉と称へられたと伝はつて居るのでございます。またこの丘を下る途中の右側の小石が無数に沢山ゴロ付いて居る小豆の原がございますが、伝説に拠るとキリストがある時この場所を御通りになると、一人の野良男が畑で働いて居たので、キリストがお前は今何を蒔いて居るかと問はれたら、彼の男は豆を蒔いて居ながら石を蒔いて居るのだと答へた、それから後収穫時になつて彼の男は豆の代りに石ばかりを収穫しなければ成らなかつたと云ふ事でございます』
『高砂島にも空海の事蹟に就て石芋なぞの伝説もあります。凡て伝説と云ふものは古今東西相似のものの多いのは不可思議と云ふより外はありませぬ。何かこの小豆ケ原にも神秘的の意味が含まれて在るのかも知れませぬから、伝説だと云つて余り馬鹿にも成りますまい、アハヽヽヽ。時にマリアの泉に映つた星は、高砂島に今日も現はれて玉の井の水に影をうつし、万民の罪穢を洗ひ清めて居られます。私はこのマリアの泉の御話を聞いて何となく崇高偉大なる瑞の御魂の聖主の俤が偲ばれてなりませぬわ。一度玉の井の水を汲み取るものは、直ちに天国の門に進み得る良い手蔓に取り付くことが出来るのです』
『ウヅンバラチヤンダー聖主が一日も早くこの聖地に降臨されて、霊の清水にかわいた吾々に生命の露の恵みを与へ玉ふ日が待ち遠ほしくございます』
『マリヤ様、有名なラケルの墓は何れの方面にございますか』
『ラケルの墓ですか。それはこの道端の小さい近代的の建築物でありますが、そこにヤコブが愛妻の亡骸を葬つたと伝へられて居ります。それよりも美しい物語ののこつて居るのはダビデの泉ですわ』
『その美しい物語を拝聴いたしたいものですなア』
『或る時ダビデが敵軍に取り囲まれ、疲れ果てて彼の故郷なるベツレヘムの門外にあるこの清泉の一杯の水を渇望して止まなかつた。所が忠実なる部下の一人がダビデのこの泉水を渇望して居る事を探知して、黙つて一人で出かけて非常なる危険を冒した後、漸く少しばかりの水を汲んで帰つて来たのです。ダビデは部下のものが自分に対する真心の愛から、種々の危険を賭してこの霊水を汲み得て帰つて来たその辛苦を思ふて、その水をば一介の人間の飲み物にするには余り勿体ないから神様の供物にせむと、恭しく神に感謝を捧げた上、大地にそそいでしまつたと云ひ伝へて居ります。信仰も其処まで行かないと駄目ですなア』
『信仰の力は山嶽をも移すとか申しまして、世の中に信仰心ほど強く清くかつ尊いものは有りませぬなア』
『左様です、信仰の力ほど偉大なものは有りませぬわ。妾だつて三十の坂を越えながら未だセリバシー生活に甘んじて居りますのも、依然信仰心のためですもの。ベツレヘムの町が幾つもの丘の上に美しく位して居りますが、彼は世界における最も小さきものとしられて居ります。しかしながら妾は決して小さきものとは思ひませぬ。何故ならば信仰の対照物いな御本尊なるエスキリストを、イスラエル民族のみならず世界全人類救ひのために主を産み出しましたからです』
『如何にも救世主を現はしたこのパレスチナの聖地は偉大です。いな荘厳味が津々として湧くやうです。再臨のキリストを出した綾の聖地もまた、偉大と云はねばなりませぬわ』
『この聖地には近代的の教会やホスピースや僧院が諸所に沢山建つて居りまして、まだ古い古いユダヤ人街が彼方此方に残つて居りますので、妾はそこを通行する度ごとにキリストの当時を偲ぶのでございます。アレ彼の通り、往来の真中に駱駝が呑気さうに寝そべつて噛みなほしをやつて居ます。サアこれから車は止めにして、徐々テクル事に致しませうか。自動車で素通りばかり致しましても余り有益な見学にもなりませぬからなア』
 ブラバーサは何事も一切マリヤに任して居たので、言ふがままにマリヤの後から従いて行くのであつた。二人は後になり前になりしながら道を行くと、相貌の品の良いユダヤ人に幾人も出逢ふた。
 ブラバーサは心の中にて、
『成程イスラエルの流れを汲んだユダヤ人は何処ともなしに気品の高い、犯し難い処がある、これでは神の選民だと言つても余り過言では無い。吾身は名に負ふ高砂の神の国から遥々出て来たものだが、神の選民と称するユダヤ人の気品の高い所を見て、何だか俄にユダヤ人崇敬の気分が頭を擡げて来さうだ。そして神の独子と称するキリストの聖跡を尋ねて居る自分は、層一層神様より重大なる使命を与へられて居るやうだ』
と心に種々の感想を抱いて居る。
『聖師様、聖地において第一番に見るべきものがございます。それは聖誕の場所に建てられたと称して居る「聖降誕の寺院」です。これからその寺院へ拝観に参りませう。現今にては、ローマ・カトリックやギリシヤ・オルソドツクスやアルメニヤ教会の分有になつて居ます。そしてこの寺院も昔にコンスタンチン帝が建立されたものだと云ふことです。その当時は金銀や大理石もモザイツクで贅沢に飾られて居たさうです。今ではモザイツクが少しばかり残つて居りますが、妙に冷やかな荒廃した厭な感じを与へます』
と云ひながら、漸くにして寺の門前に着いた。
 背の低い、肩先までも届かぬやうな長方形の石の入口を潜ると、コリント式のカピタルを持つた十本づつ四列の円柱が寺院の内部を仕切つて居て、質素なやうだが何となく荘厳な感じがする。このバシリクは実に現在に残つて居るキリスト教の建築物の中では最も古きものだらうと謂はれて居るのである。大神壇の下には聖誕の洞窟があつて、チヤペルに造られ三十二箇の小さいランプで薄暗く照らされてゐる。誕生の地点は神壇の下に大理石を据ゑ、その上を銀の浮彫でキリスト聖誕の地と云ふ事が録されてある。この地点は聖地における他の何れの場所よりもズツと古くして、最も信憑に足ると云ふことである。何故なればこの場所は紀元前四世紀の頃に生きて居た聖ジエロームよりも、二百年以上も前から既にキリスト教徒によつて非常に畏敬されて居たからである。
 その他寺院の地下には色々な由緒を附したチヤペルが散在してゐる。馬槽のチヤペルもその一つである。その馬槽は大理石で立派なものが出来て居るが、幼児キリストがその中に置かれたマヂ礼拝の神壇──幼児のチヤペル──その場所へ母達が隠しておいた幼児をヘロデが殺さしめた聖ヨセフのチヤペル──その場所で彼がエヂプトに避難せよとの夢の啓示を受けた。その他聖ジエロームの住居であつた所に設けられたジエロームのチヤペル、及び岩の中に掘られたこの聖者の墓などが黙然として三千年の昔を物語り居るなり。

(大正一二・七・一一 旧五・二八 加藤明子録)



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