出口王仁三郎 文献検索

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物語63-3-141923/05山河草木寅 嬉し涙王仁三郎参照文献検索
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第一四章 嬉し涙〔一六二一〕

 黒雲濛々として天地四方を包み、夜とも昼とも見別のつかぬやうな光景となつて来た。吹き来る風は何となく腥く、かつ湿つぽく、表面は冷たく、どこやらに熱気を含み、体から沾つた汗の滲む空気である。伊太彦一行は足に任せて、方向も定めず、膝栗毛の続く限り進んで行くと、相当に高い岩骨の山の麓に行き当つた。相当に高い山らしいが、五合目あたりから、灰色の雲が包んで巓を見る事が出来なかつた。一行はこの山を登るより道がない。針のやうな草や、荊の間を種々と苦心して右へ避け左へ避け、板壁のやうな嶮しい所を登つて往く。四方八方から、何とも知れぬ悲しいやうな嫌らしいやうな泣声が聞えて来る。猿の声でもなければ秋の夕の虫の音でもない。実に絶望の淵に沈んだ時のやうな嘆声である。一行は天津祝詞を奏上せむとしたが、どうしても唇が強直して声を発する事が出来なかつた。灰色の雲の中へ身を没するやうになると、スーラヤ山の死線を越えた時のやうな再び不快の気分に襲はれた。一同は不言不語運を天に任し、伊太彦の後に従ひ登つて往くと、山の巓は、蠣殻を打ちあけたやうな小石が一面に被さつて居て恰も剣の山を登るが如くであつた。伊太彦は頂上のバラの花のやうな形した岩の上にソツと腰を下した。後れ馳せながら四人はヘトヘトになり、顔色蒼白め、唇を紫色に染め、さも絶望の淵に沈んだやうな面貌で辿りつき、気息奄々として夏犬のやうに舌を垂らし、胸に浪をうたせながら蠣殻のやうな小石の上に倒れてしまつた。
 其処へ下の方からスタスタ偉ひ勢で登つて来た一人の婆がある。一同の屁古垂れた姿を見て婆は大口を開いて、
婆『オホヽヽヽ。これや伊太に阿魔女に三人のガラクタ共、往生致したか。もう此処まで来た以上は往も戻りもならず、此処で露の命を捨てて八万地獄へ落ちるのだが、それでもお詫を致して助けて貰ふ気はないか。三五教の宣伝使だなどと申て、よくもよくも世界を股にかけて歩きよるな。俺を誰だと思ふて居るか。高姫の守護を致して居る銀毛八尾のお稲荷様だぞ。これや開いた口が窄まるまい。一口でも喋るなら喋つて見い。アスマガルダの馬鹿者が、この方の肉の宮を打擲せむと致し嚇かしやがつたために、この方の生宮は、とうとう吾家を飛び出し行衛不明となつてしまつたのだ。恨を晴らさうと思ひこの方の計略によつて、この山に踏み迷はしてやつたのだ。サア、心を改めてウラナイ教に帰順致すか、どうだ、きつぱりと返答致せ。いやいや返答は出来まい。耳は聾、口は開かず、言葉も出ぬものだから、しかし耳は少し聞えるだらう。この方の申すやうに致すなら首を縦にふれ。てもさてもいげつないものだなア、てもさても小気味よい事だなア、オツホヽヽヽ』
 伊太彦は発言機関の止まつた悲しさに、一言も発する事を得ず、頻に首を横に振つて居る。外四人も伊太彦に做らつて機械人形のやうに首を横に振る。
婆『てもさても、ど渋太い奴だなア。絶対絶命の場合になつても、まだ俺の云ふ事が分らぬのか。銅屑の霊と云ふものは因果なものだなア。これや伊太彦』
と茨の笞をふり上げて、伊太彦の頭を続け打ちに十二三打ち続けた。頭部からは、花火の薄のやうに血がボトボトと線を劃して流れ出づるその痛ましさ。伊太彦は目をつぶつたまま、仮令死んでも三五教の教は捨てぬ。如何な責苦にあつても、ウラナイ教に帰順するものかと益々首を横に振る。婆は又々鞭を加へる。この体を見たベースは驚いて、そろそろ首を縦に振り出した。妖婆はさも嬉しさうに、忌やらしい笑を泛べて、
婆『オホヽヽヽ。お前はベースだな。よしよし偉いものだ。本当に水晶玉だ。五人の中でお前一人。「改心すればその日から楽になるぞよ」とおつしやるのだから、みせしめのため此処で一つお前に天国の楽みを与へてやらう』
と云ひながら、懐から、小さい玉のやうなものを取り出しブーブーと口に当て吹くと、フワリとした綾錦の座布団が七八枚、其処に現れた。
婆『ホヽヽヽ、これやどうだ、銀毛八尾様のお働きはこんなものだよ、さあベース、さぞ足が痛からう。この上に坐りなされ。さあチヤツと坐りなされ。そして、腹が空いただらう。この玉を吹きさへすればお前の望み通りの美味の物が出て来るのだ』
と云ひながら、ベースの体を鷲掴みにして七八枚重ねた柔かい布団の上に坐らした。ベースは四人の者に気兼しながら坐つた。婆はいろんな果物や、葡萄酒などを玉を吹ひては拵へ、ベースに与へて居る。アスマガルダも、ブラヷーダも、カークスも伊太彦同様で依然として首を横に振つて居る。妖婆はこれを見て、さも慨歎したやうに、
婆『てもさても因縁の悪いみ魂だなア。このやうに結構にして助けてやらうと思ふのに、こんな責苦に遇ふてもまだ我を立て通しよる。何奴も此奴も首を横に振りやがつて、エヽ俺が善悪の鏡を出して見せてやらう。皆がベースのやうにすればよいのだ。俺だつて何もこのやうなひどい事をしたくはないが、八岐大蛇様からの御命令だから仕方なしにやるのだ』
と云ひながら、またもや茨の笞で三人を打ち据ゑる。流血淋漓として目も当てられぬ無残さ、四人は運を天に任して心の中に神を念じて居た。何処とも無く山岳を崩るるばかりの犬の声、
『ウーワウ ワウ ワウ』
 この声を聞くより妖婆は忽ち銀毛八尾の正体を現はし、倒けつ輾びつ雲を霞と逃げて行く。伊太彦、ブラヷーダ、アスマガルダ、カークスの四人はこの声の耳に入るや俄に元気回復し言霊を自由に発する事を得た。さうして今まで滴つて居た血潮は痕跡も留めず、元の如く元気よき面貌となり矗と立ち上り、天津祝詞を奏上した。ベースはと見れば猿取荊の中に突つ込まれてウンウンと唸つて居る。
伊太『あゝ惟神霊幸倍坐世』
 三人も一度に、
『惟神霊幸倍坐世』
カークス『もし伊太彦の宣伝使様、怪体の事があるものぢやありませぬか。高姫の守護神奴がこんな所までやつて来まして、吾々を試みようと致しましたが、犬の声が聞えると忽ち正体を現はして逃げてしまつたぢやございませぬか。矢張神様は信仰せねばなりませぬなア』
 伊太彦は有難涙を流しながら、
伊太『アヽ、何とも有難くて言葉も出ませぬわい。時にベースは何処へ行つたのでせうな』
アスマガルダ『ここの猿取荊の中に真裸体にせられ血塗になつて苦しんで居ます。何とかして助けてやりたいものですなア』
伊太『吾々一同が神様にお願ひして救ふて頂くより仕方がないなア。サアお願ひせう』
と茲に四人は一同に天津祝詞を奏上し、ベースの取違をお詫し、稍しばし汗みどろになつて祈願を凝らした。ベースはウンウンと唸つて居るばかりである。其処へ忽然として猛犬スマートを引き連れて現はれたのは初稚姫の精霊であつた。四人は姫の姿を見るより喜びと驚きとにうたれ暫時、言葉もなく、姫の端麗なる顔を見詰めて居る。
初稚『伊太彦さま、貴方は試験に及第致しました。サアこれからウバナンダ竜王の玉を受取つて聖地にお出なさいませ。妾は貴方がスーラヤ山にお登りになつたと聞き、スマートと共に船を雇うて当山に登り貴方の身の安全を守護して居りました。最早安心なさいませ』
と云ひながら迦陵嚬伽のやうな麗しい声を出して天津祝詞を奏上したまふた。ハツと気がついて見れば伊太彦以下四人は竜王の岩窟に、邪気に打たれて倒れて居たのである。
伊太『あゝ矢張り此処は竜王の岩窟でございましたかなア。大変な所へ往つて居りました。よくまアお助け下さいました、有難うございます』
 外四人は嬉し涙を垂らしながら、両手を合せ、初稚姫を伏し拝んで居る。かかる所へ岩窟の奥の方より、鏡の如く光る大火団現れ来り、一同の前に爆発するよと見る間に、得も云はれぬ優美高尚なる美人が、十二人の侍女を従へ現はれ来り、初稚姫に向ひ手を仕へ、
竜女『妾は神代の昔より大八洲彦命様に改心のためこの岩窟に閉ぢ込められ、今まで修業を致して居りましたウバナンダ竜王でございます。この度神政成就について如何なる悪神もお赦し下さる時節が参りましたので、誰かお助けに来て下さるだらうと、今日までこの宝玉を大切に保護して待つて居りました。所が伊太彦の宣伝使様が四人の伴を連れて、お出でになりましたが、かう申すと何でございますが、もう些し御神力が奥さまに引かされて薄らいで居ますので、私が解脱する事も出来ませず、困つて居りました。すると伊太彦様外御一同は竜神の毒気に打たれ、精霊が脱け出され死人同様になられ困つた事だと思つて居ました所、神力無限の貴女様がお出になりまして言霊を聞かして下さつたので、昔の罪障も解け、執着心も取れて今までの醜しかつた姿も消え、こんな天女となりました。しかしこの玉は伊太彦さまにお授け致しますから、エルサレムに行きこの玉を献じお手柄をなさつて下さい。妾は十二人の侍女と共に天に登り、ハルナの都の言向け和しに影ながらお助けを申ます』
と云ひながら、夜光の玉を伊太彦に渡した。伊太彦は手足を慄はせながら押し戴き、叮嚀に布を以て包み懐に入れた。
初稚『竜王殿お目出度うございます。嘸神様も御満足遊ばす事でございませう』
竜王『ハイ、お蔭で助けて頂きました。この御恩は決して忘れは致しませぬ』

竜王『久方の天津国より天降りませし
  姫の命に救はれにけり。

 いざさらば天津御国にまひのぼり
  月の御神に仕へまつらむ』

初稚姫『古ゆ、暗きにかくれたまひたる
  汝が命を救ひし嬉しさ。

 久方の月の御国に登りまさば
  吾神業を伝へたまはれ』

竜王『有難しこの有様を委曲に
  申上なむ月の御神に』

伊太彦『タクシャカのナーガラシャーを言向けて
  心傲りし吾ぞうたてき』

ブラヷーダ『背の君の厳の力を包みたる
  妾は醜の曲津神なりし。

 さりながら心改め今よりは
  神の大道に専ら仕へむ』

初稚姫『皇神をまづ第一と崇めつつ
  伊太彦司をいつくしみませ』

ブラヷーダ『有難し姫の命の御教は
  胸に刻みて忘れざらまし』

アスマガルダ『伊太彦やわが妹に従ひて
  思はぬ恵に逢ひにけるかな』

カークス『もろもろの神の試に遇ひながら
  今は嬉しき光見るかな』

ベース『曲神にたぶらかされて思はずも
  道に背きし吾ぞ悲しき。

 暗国の山の尾上に登りつめ
  心を変へし身の恥かしさよ。

 御恵の限知られぬ皇神は
  この罪人も赦したまひぬ』

初稚姫『いざさらばウバナンダ竜王永久の
  住家を捨てて御国に入りませ』

竜王『ありがたし姫の命の御言葉に
  天翔りつつ神国に往かむ』

 かく互に歌を取り交し竜王に別れを告げた。竜王は十二人の侍女と共に岩窟より雲を起し空中に舞ひ上り、忽ち姿は煙の如く消えてしまつた。初稚姫は岩窟の細き穴を伝ふて磯端に出た。此処は平素波荒く巨巌屹立し船の近づく事の出来ぬ難所である。さうして外に出れば底ひも知れぬ水の深さに、船を置く場所もなく、スーラヤの湖の大難所と称へられ、船人の恐れて近寄らなかつた所である。初稚姫、スマートの後に従ひ五人は細い穴を潜つて出て見ると其処には玉国別、治道居士の一行が船を横付けにして待つて居る。伊太彦は飛び立つばかり喜んで船に飛び乗り、玉国別に獅噛みつき嬉し泣きに泣いて居る。玉国別もただ、嬉し涙に咽んで落涙するばかりであつた。あゝ惟神霊幸倍坐世。

(大正一二・五・二五 旧四・一〇 於教主殿 加藤明子録)



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