出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語63-3-111923/05山河草木寅 怪道王仁三郎参照文献検索
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第一一章 怪道〔一六一八〕

 カークス、ベースの両人は、俄に四辺の光景一変した大原野の真中を無言のままトボトボと、何者にか押さるるやうに進んで往く。頭の禿げた饅頭形の小さい丘の麓を辿つて往くと其所には、松と桜の樹が一株のやうになつて睦まじげに立つてゐる。冬の景色と見えて尖つた松葉が風に揺られてパラパラと両人が頭上にふつて来る。桜はもはや真裸となつて凩に梢が慄うて居た。
カークス『オイ、ベース、俺達はスーラヤの死線を越えて、伊太彦司と共に竜王の岩窟に確に這入つた積りで居るのに、何時の間にか、かふ云ふ所へ来てゐるのは不思議ぢやないか。さうして俺の立つた時はまだ夏の終りぢやつたがいつの間にかう冬が来たのだらう。合点の行かぬ事だなア』
ベース『ウン、さうだなア、何とも合点の行かぬ事だ。大方夢を見て居たのだらう。矢張スダルマ山の山腹で樵夫をやつて居た時に、グツスリと眠つてしまひ、その間に冬が来たのかも知れないよ』
カークス『それだと云つて伊太彦と云ふ綺麗な神司とテルの里へいつて、ルーブヤさまの館に宿り込み結構な御馳走に預かり、それから船に乗り、スーラヤ山の死線を越えた事は確に記憶に残つて居る。大方今が夢かも知れないよ。夢と云ふ奴は僅か五分か六分かの間に生れて死ぬまでの事を見るものだ、夢は想念の延長だから、かうして居るのが夢かも知れない。何と云つても夢の浮世と云ふからなア』
ベース『何と言つても此処は見馴ない所だ。いつの間にスーラヤ山から此処へ来たのだらう。さうして四辺の景色は冬の景ぢや。パインの老木の間から針のやうな枯松葉が降つて来る。桜は真つ裸になつて慄つて居る。ともかくも行く所まで行かうよ。また好い事があるかも知れないよ。

ベース『思ひきやスーラヤ山の岩窟に
  進みし吾のかくあらむとは。

 夢ならば一時も早く覚めよかし
  心の空の雲を晴らして』

カークス『大空は皆黒雲に包まれて
  行手も知らぬ吾ぞ悲しき。

 ウラル彦神の命の戒めに
  遇ひて迷ふか吾ら二人は』

ベース『ウラル彦神の教も三五の
  道も御神の作らしし教。

 吾は今途方に暮れて冬の野の
  いとも淋しき旅に立つかな。

 伊太彦やブラヷーダ姫は今いづく
  アスマガルダの影さへ見えず』

カークス『村肝の心の暗に包まれて
  今八衢に迷ふなるらむ。

 天地の皇大神よ憐れみて
  吾等二人の行方を照らしませ。

 月も日も星かげもなき冬の野を
  彷徨ふ吾等が心淋しさ。

 如何にせば常世の春の花匂ふ
  吾故郷に帰りゆくらむ』

ベース『日も月も西に傾く世の中に
  吾は淋しき荒野に迷ふ。

 西きたか東へ来たか知らねども
  みなみの罪と締めゆかむ。

 西東南も北もわきまへぬ
  今幼児となりにけるかな』

カークス『エヽ仕方がない。犬も歩けば棒に当るとやら云ふ事がある。さアこれから膝栗毛の続くだけこの道を進んで見よう』
 茲に二人は凩吹き荒ぶ野路の淋しみを消さむがために出放題の歌を謡つて足に任せトボトボと進み行く事となつた。

カークス『あゝ訝かしや訝かしや  茲は冥途か八衢か
 但しは浮世の真中か  四辺の景色を眺むれば
 山野の草木は枯果てて  露もやどらぬ淋しさよ
 パインの木蔭に立ち寄つて  息休めむと打ち仰ぎ
 見れば枯葉はバタバタと  針の如くに下り来て
 薄き衣を刺し通し  桜の梢はブルブルと
 冷き風に慄ひ居る  合点の行かぬこの旅路
 夢か現か幻か  三五教の伊太彦と
 スダルマ山の間道を  漸く渡りてテルの里
 ルーブヤ館に立ちよりて  天女のやうなブラヷーダ
 姫の命にもてなされ  それより船に身を任せ
 一行五人スーラヤの  山に鎮まるウバナンダ
 ナーガラシャーの宝玉を  神の御ため世のために
 受け取り珍の聖場へ  献らむと思ひしは
 夢でありしかこれはまた  合点の行かぬ事ばかり
 夢の中なる貴人は  今はいづくに在すか
 尋ぬるよしも泣くばかり  霜の剣や露の玉
 吾身にひしひし迫り来る  これぞ全く今までの
 犯せし罪の報いにか  ただしは前世の因縁か
 実に怖ろしき今日の空  進みかねたる膝栗毛
 あて所もなしに彷徨ひて  地獄の里に進むのか
 但しは常世の花匂ふ  天国浄土に上るのか
 神ならぬ身の吾々は  如何に詮術泣く涙
 暗路に迷ふ苦しさよ  あゝ惟神々々
 神の光の一時も  早く吾身を照らせかし』

ベース『旭は照らず月は出ず  星の影さへ見えぬ空
 亡者の如く吾々は  見なれぬ道を辿りつつ
 あてどもなしに進み行く  吾行く先は天国か
 但しは聖地のエルサレム  黄金山か八衢か
 深き濃霧に包まれて  大海原を行く船の
 あてども知らぬ心地なり  あゝ惟神々々
 天地に神のましまさば  二人の今の身の上を
 憐みたまひて現界か  はた霊界か天国か
 但しは地獄か八衢か  いと明けく知らしませ
 人は神の子神の宮  なりとの教は聞きつれど
 かくも迷ひし吾霊は  常夜の暗の如くなり
 月日の光も左程には  尊く清く思はざりし
 吾等も今は漸くに  いづの御光瑞御霊
 月の光の尊さを  正しく悟り初てけり
 あゝ惟神々々  吾等を作りし皇神よ
 一時も早く吾胸の  醜の横雲打ち払ひ
 完全に委曲に行方をば  照らさせたまへ惟神
 神の御前に願ぎまつる』  

 かく謡ひつつ漸くにして濁流漲る河辺に着いた。
カークス『オイ、此処には雨も降らぬのに大変な濁流が流れて居るぢやないか。こんな大きな川を渡らうものなら、それこそ命の安売だ。もう仕方がない。二十世紀ぢやないが、何もかも行きつまりだ、後へ引きかへさうか』
ベース『引きかへさうと思つても、何者か後から押して来るのだから仕方が無いぢやないか。「慢心致すと神の試に遇ふて行も帰りもならないやうになる」と三五教の教典に示されて居るが矢張り吾々は、ソーシャリズムとか自由平等主義だとか云つて神様を軽んじて来た結果こんな羽目に陥つたのだ。どうしてもこれは現界とは思はれないな。竜神の岩窟で命を取られ此処へ来たのだ。もうかうなれば覚悟をするより仕方が無いぞ』
カークス『さうだ。どう考へて見ても現界のやうぢやない。お前の云ふ通り、これから駒の頭を立て直し、弱くてはいけないから、仮令地獄へ行かうとも大いに馬力を出してメートルをあげ、地獄の鬼を脅迫し、舌を捲かせ、共和国でも建設しようぢやないか。とに角今日の世の中は弱くては立てぬのだからなア』
ベース『さうだと云つて、吾々両人の小勢では地獄を征服する訳にも行くまい。閻魔大王とか云ふやつが居て帖面を繰つて吾々の罪状を一々読み上げ焦熱地獄へでも落さうと云つたらどうする。どうせ天国へ行かれるやうな行ひはして来て居ないからなア』
カークス『何心配するな地獄と云ふ所は強い者勝の世の中だ。小さい悪人は厳しい刑罰を受けるなり、大なる悪人は地獄の王者となつて大勢の亡者を腮で使ひ、愉快な生活を送らうとままだよ。閻魔などはあるものぢやない。霊界も現界も同じ事だ。現界の状態を考へて見よ。下にあつて乱すれば刑せられ、上にあつて乱すれば衆人より尊敬せらるる矛盾暗黒の世の中だ 吾々は弱くてはならない。これから褌を確りと締め、捻鉢巻をして細い腕に撚をかけ、この濁流を向ふに渡り、地獄征服と出かけようぢやないか。人間の精霊と云ふものは所主の愛によつて天国なり、また地獄へ籍を置いて居るのださうだから、何地獄だつて構ふものか、自分の本籍に帰るやうなものだ。片端から暴威を揮つて四辺の小団体を征服し、大同団結を作り、カークス、ベース王国を建てようぢやないか。何、地獄位に屁古垂れてたまらうかい。何程地獄が辛いと云つても現界位のものだ。現界は所謂地獄の映象だと云ふ事だから、吾々は経験がつんで居る。現界では大黒主と云ふ大将が居るから吾々の思ふやうには往かないが、地獄では勝手だ。この腕が一本あればどんな事でも出来るよ』
ベース『さうだなア。どうやら地獄の八丁目らしい。取つたか見たかだ。この濁流を横ぎり、その勢で地獄に侵入し、一つ脅喝的手段を弄して粟散鬼王を平げ、天晴地獄界の勇者となるも妙だ。ヤア勇ましくなつて来た。毒を喰へば皿までだ。どうせ吾々は天国代物ぢやないからなア。アハヽヽヽ』
 かく両人は河端に佇み泡沫の如き望みを抱いて雄健びして居る。傍の生へ茂つた茅の中の藁小屋から黒い痩こけた怪しい婆が破れた茣蓙を肩にかけ、ガサリガサリと萱草を揺りながら二人の前に出て左の手に榎の杖を携へたまま、
婆『誰だ誰だ、あた矢釜しい。そんな大きな声で喋り散らすと、俺の耳が蛸になるわい。貴様はどこの兵六玉だ。一寸こちらへ来い』
カークス『ハヽヽヽヽ。何とまア汚い婆もあつたものぢやないかい。物を言ふも汚らはしいわい。何と云つても天下の豪傑兵六玉のカークス王様だからなア』
婆『ヘン、人の見ぬ所でそつと猫婆を極め込み、欲な事ばかり致し、何もかも人の前にカークス爺だらう。も一匹の奴は何と云ふ兵六玉だい』
ベール『この方は失敬ながら月の国にて名も高きベース様だよ』
婆『成程どいつも此奴も人気の悪い面つきだなア。ベースをカークスやうなその哀れつぽいスタイルは何だ。此処は三途の川の渡船場だ。サアこれから貴様の衣類万端剥取つてやらう。覚悟を致したがよいぞい。今の先、伊太彦、ブラヷーダの若夫婦が嬉しさうに手を引いて此所を通りよつた。さうして馬鹿面をした、何でも兄貴と見えるが、アスマガルダと云ふ奴が妹や妹の婿の僕となつて通りよつたぞや』
カークス『何、伊太彦さまが此所を通られたと云ふのか。何ぞ立派な玉でも持つて居られただらうなア』
婆『玉は沢山持つて居つたよ。粟粒のやうな小つぽけな肝玉やら縮こまつた睾丸やらどん栗のやうな目の玉やらをぶらさげて、悄気かへつて此処を通りよつた。真裸にしてやらうと思つたが貴様等とは余程御霊がよいので、この婆も手をかける事が出来ず、この萱の中に隠れてそつと見て居つたら、綺麗なナイスに手を引かれ、あの川の真中を通りよつた。大方天国へ往くのだらう。しかしながら貴様達はこの婆の手を経て、三途の川を渡らずに一途の河を渡り、直様地獄へ突き落される代物だ。てもさても憐れなものぢやわいのう、オンオンオン』
ベース『ヤア此奴ア、グヅグヅしては居られない。この婆を突つ倒かして置いてこの河を渡り、一つ地獄征服と出かけようか、カークス来れ』
と早くも尻引き捲り、濁流目蒐けて渡らうとする。婆は細い痩せこけた手を出して、ベースの胸座を取り、三つ四つ揺する。
ベース『これや婆、どうするのだい。失敬な、人の胸座を取りやがつて』
婆『取らいでかい取らいでかい、貴様の肝玉を引き抜いてやるのだ。こら其処な兵六玉、貴様も同様だから待つて居れ。この婆が此所で荒料理をして骨も肉も付け焼にして食つてやるのだ。大分腹が減つた所へよい餌が来たものだ』
 カークスは後より婆の足をグツと掴み力限り突けども押せども、地から生えた岩のやうにビクとも動かない。
カークス『ヤア何と腰の強い、強太い婆だな』
婆『定つた事だよ。俺は地の底から生えたお岩と云ふ幽霊婆だ。兵六玉の十匹や二十匹集かつて来た所でビクとも動くものかい』
ベース『こら婆アさま、放さぬかい。俺の息が切れるぢやないか』
婆『定まつた事だい。息の切れるやうに掴んで居るのだ。息を切らして軍鶏を叩くやうに叩きつぶし、砂にまぶし、肉団子をこしらへて食つてしまふのだ。こうなつたら貴様達ももう娑婆の年貢の納め時だ。潔う覚悟をして居るがよい』
 二人は進退谷まり、如何はせむかと案じ煩ふ折柄、遥か後の方から、宣伝歌が聞えて来た。ハツと思ふ途端、今まで婆と見えたのは河の傍の巨巌であつた。川と見えたのは果しも知られぬ薄原で、その薄の穂が風に揺られて水と見えて居つたのであつた。

(大正一二・五・二四 旧四・九 於教主殿 加藤明子録)



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