出口王仁三郎 文献検索

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物語63-1-51923/05山河草木寅 宿縁王仁三郎参照文献検索
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第五章 宿縁〔一六一二〕

 伊太彦、カークス、ベースの三人はスダルマ山の麓より間道を通り抜け、スーラヤの湖辺に出た。ここにはこの湖を渡海する船頭の家が十四五軒建つて居る。三人は一々船頭の家を尋ねて、湖中に浮べるスーラヤ島に渡るべく探して見たが、何れも漁に出た留守と見えて一人も船頭は居なかつた。家に残つたものは爺婆か、嬶子供ばかりである。一軒も残らず尋ねて最後の家に至り、最早船がなければ仕方がない、船頭衆が帰つて来るまでここに待つ事にしようと、爺さま、婆アさまに渋茶を汲んで貰ひ、遂にその夜は老人夫婦の親切によつて宿泊する事となつた。
 庭先には栴檀の木が香ばしく薫つて小さき賤ケ屋の中を包んで居る。爺さま婆アさまの子には二人の男女があつた。兄をアスマガルダと云ひ妹をブラヷーダと云つた。兄妹共に天稟の美貌でキメも細かく兄の方は瑪瑙のやうな美しい肌をしてゐるのでそれを名としたのである。アスマガルダと云ふ事は瑪瑙の梵語であり、ブラヷーダと云ふのは梵語の珊瑚である。伊太彦外二人は先づ夕餉を饗応され庭先に向つて天津祝詞を奏上し、再び家に帰つていろいろの話をしたり、「是非とも明日はスーラヤ山に登り夜光の球をとつて来ねばならぬ」と希望を抱いて勇ましく嬉しげに四方八方の話に耽つて居た。
 伊太彦はスダルマ山の麓においてしばらく神懸状態となつてより俄に若々しくなり、体の相好から顔の色まで玉の如く美しくなつてしまつた。これは木花姫命の御霊が伊太彦に一つの使命を果さすべく、それに就いては大変な大事業であるから御守護になつたからである。しかしながら伊太彦は自分の顔や姿の優美高尚になつた事は気がつかず、依然として元の蜴蜥面であると自ら信じてゐた。三人が話をして居ると土間の襖をソツと開けて珊瑚樹のやうな顔をした女がチヨイチヨイ偸むやうな目をして覗いて居た。伊太彦は「娘が何の意で自分等を覗くであらうか、余り珍妙な顔をして居るので面白がつて、チヨコチヨコと化物の無料見物をやつて居るのだらう。アヽかうなつて来ると人間も美しう生れたいものだ。何故俺はこんなヒヨツトコに生れて来たのだらう」と心の底で呟やいて居た。爺さまも婆アさまもカークスもベースも何となく伊太彦の威厳の備はりたるに畏敬尊信の念を起し恰も救世主の降臨のやうにあらゆる美しい言葉を並べて、何くれとなく世話をする。伊太彦は、
『何とまア親切な人もあるものだな。こんな僻地だから人間が純朴で親切なのであらう。まるで神代のやうだなア』
と今度は感謝の意味において腹の底で囁いた。この老夫婦の名は、爺さまをルーブヤ(銀)と云ひ婆アさまをバヅマラーカ(真珠)と云つた。年はとつて居るものの、何処ともなしにブラヷーダのやうに美しい面影が残つて居る。爺さまのルーブヤは嬉しさうに伊太彦の前に進みよつて両手を支へ、
『これはこれは何処のお客さまか存じませぬが、よくもこんな山間僻地を訪ねて来て下さいました。承はりますればスーラヤの島に夜光の玉をおとりのためお渡りとの事ですが、昔からあの島へ渡つて玉を取りに行つたものは一人も生きて帰つたものはござりませぬ。夜分になると、それはそれは立派な光が出ますので欲に目のない人間はソツと渡つて命をとられるのです。しかし貴方はかう見た所で普通の人間と見えませぬ。神様の御化身と思はれます。どうぞあの玉をとつてお帰りになればこの村中は申すに及ばず、国人が再び生命をとられる事がなくなります。貴方なれば屹度玉をとつて帰れるでせう。忰のアスマガルダが明日は帰るでせうからお伴を致させます。どうぞ御成功をお祈り致します。そして私の家は御存じの通り、かう云ふむさくるしい狭い所でございますが、まさかの時の用意に裏の林に狭いながらも新しい亭が建ててありますからどうぞそれへお寐み下さいませ』
伊太『これはこれはお爺様、俄に御厄介になりまして、さう気を揉んで貰ひましては誠に済みませぬ。庭の隅でも結構です。夜露を凌げたらよろしいのです。私は三五教の宣伝使として山に寝たり野に寝たりして修行に廻るものですから、そんな処に寝まして貰うと畏れ多うございます』
ルーブヤ『さうおつしやらずにどうぞ老人夫婦の願ひでございますから新建へ行つてお寝みを願ひます』
伊太『そこまでおつしやつて下さるのにお断りするのも却て失礼に当りますから、しからば御厄介になりませう』
バヅマラーカ『どうぞそうなさつて下さいませ。お床をチヤンとして置きましたから』
伊太『しからば寝まして頂きませう。カークスさま、ベースさま、サア御一緒にお伴致しませう』
 カークス、ベースの両人はモヂモヂとして居る。
ルーブヤ『いえいえ、このお二人様は私の宅に寝んで頂きませう。貴方は神様ですからどうぞ新しい処で寝んで下さいませ』
伊太『左様ならば御主人の御命令に従ひお世話になりませう』
と婆アさまのバヅマラーカに導かれ清洒とした涼しい新建に案内された。
 このルーブヤの家はこの近辺の里庄をつとめて居るので、見た割とは富裕であつた。それ故万事万端、座敷の道具等が整頓して何とも云へぬ気分のよい住居である。
 伊太彦は婆アさまに案内され久し振りに美しき座敷に泊る事を得て非常に喜び、かつ明日の希望を思ひ出すと何だか気が勇んで寝る事が出来ぬので、横に寝たまま目をパチつかせて居た。
 子の刻とも思き時、ソツと表戸を開けて足音を忍ばせながら暗に浮いたやうな年若い美しい女が、伊太彦の枕辺に近くやつて来た。
伊太『ハテ不思議な事だなア。夜でしつかりは分らぬが、どうやら素敵な美人らしい。この色の黒い蜴蜥面の、自分でさへ愛憎の尽くるやうな俺に女が秋波を送つてやつて来る筈もなし、これは屹度この林に居る狐が化て居るのかも知れない。こりや、しつかりせねばなるまい』
と轟く胸を抑へ、稍慄ひを帯た声で、
伊太『誰だ。この真夜中に人の寝所を襲ふ奴は妖怪変化か、但しは人目を忍ぶ盗人か、返答を致せ』
 暗の影は幽かの声で恥かしさうに、
『妾はブラヷーダでございます』
伊太『ブラヷーダさまがこの伊太彦に何用あつて今頃おいでになりましたか。御用があらば明日承はりませう。男の寝所へ夜中に御婦人がおいでになるとは、チツと可怪しいぢやありませぬか』
 ブラヷーダはモヂモヂしながら、
『ハイ、妾は一寸この座敷に忘れ物を致しましたので尋ねに来たのでございます。夜中にお目を覚まして誠に済まない事でございました』
伊太『ハテ、合点の行かぬ事をおつしやいます。貴女の家に貴女の物があるのをお忘れになつたといふ道理はありますまい。また明日お探しになつては如何ですか』
ブラヷーダ『いえいえ是非とも今晩、それを捉まへなくてはならないのですもの』
伊太『そのまた捉へなくてはならぬとおつしやるのはどんなものでございますか。何なら私もお手伝ひして探しませうか』
ブラヷーダ『ハイ、有難うございます。どうぞ手伝を願ひます』
伊太『品物は何でございますか。それを聞かなくちや探す見当がつきませぬがな。簪ですか、櫛ですか、笄ですか』
ブラヷーダ『いえいえ、そんな小さいものではございませぬ。妾の大切の大切の一生の宝のイタ……でございます』
伊太『それはまた不思議なものをお尋ねになるのですな。洗ひ張りでもなさるのですか。ゆつくり明日になさつたらどうです』
ブラヷーダ『いいえ、板ぢやございませぬ。あの……彦さまでございます』
伊太『ますます分らぬぢやありませぬか。板だとか彦だとか、まるで私の名のやうなものをお探しになるのですな』
ブラヷーダ『その伊太彦さまを探しに来たのでございますよ』
伊太『ハヽア、さうするとお前はここのお嬢さまに化けて来てゐるが、大方ナーガラシャーだらう。この伊太彦が明日夜光の玉を取りに行くのを前知し、害を加へにやつて来たウバナンダ竜王の使だらうがな』
ブラヷーダ『いえいえ、決してそのやうな恐ろしいものではございませぬ。妾はこの家の娘、正真正銘のブラヷーダでございます。貴方は神様のお定めになつた妾の夫でございます』
伊太『もしお嬢さま、冗談云つちやいけませぬよ。このやうな色の黒い菊目石面の蜴蜥面に揶揄つて貰つちや困るぢやありませぬか。自分でさへも愛憎のつきたこの面付、そんな事をおつしやつても伊太彦は信ずる事は出来ませぬ』
ブラヷーダ『貴方、そんな嘘が見す見す云へますね。三十二相揃ふた女神のやうなお姿をしてござるぢやありませぬか。妾はここ一週間ほど以前に三五の神様のお告げによつて夫を授けてやらうとおつしやいましたが、只今神様が妾の耳の辺でお囁きになるのには、お前の夫は、今晩お泊りになるあの宣伝使だとおつしやいました。是非とも妾の夫になつて頂きたいものでございます。否々神様からお定めになつた夫でございます』
伊太『ハーテ、ますます分らぬやうになつて来たわい。アヽどうしたらよいかな。嬉しいやうな気もするし、何だか、つままれて居るやうな気もするし、神様に済まぬやうな気にもなつて来た。ハハアこいつは神様のお試練だらう。ヤア剣呑々々、惟神霊幸倍坐世』
ブラヷーダ『マアお情のない貴方のお言葉、さうじらすものではありませぬよ』
伊太『それだと云つて余り思ひがけもないぢやありませぬか。マア明日まで待つて下さいな。ゆつくり考へさして貰ひませうから』
ブラヷーダ『明日まで待てる位なら女の身として貴方の居間へ誰が出て参りませう。決して不潔な心で来たのではありませぬから御安心下さいませ。ただ一言「ウン」とおつしやつて頂けばそれでよろしうございます』
伊太『アヽともかく、私にはお師匠様もございます。また貴女にも御両親やお兄様がありますから、双方相談の上、どんな約束でも致しませう』
ブラヷーダ『仰せ御尤もではございますが、神様のお告げは一刻の猶予もございませぬ。そんな事をおつしやらずにどうぞよい返事をして下さいませ』
伊太『ハテ、どうしたらよからうかな。あゝ惟神霊幸倍坐世』
ブラヷーダ『惟神霊幸倍坐世』
 かく両人はお互に問ひつ答へつ暁の鳥の声するまで夜を更かした。果して、如何落着をしたであらうか。

 思はざる家に泊りて思はざる
  時に思はぬ人に会ひける。

 ブラヷーダ明日をも待たず直ここで
  返答せよやと迫る割なさ。

(大正一二・五・一八 旧四・三 於教主殿 北村隆光録)



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