出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語59-2-71923/04真善美愛戌 焚付王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
チルナ姫、悋気に燃える。
名称


 
本文    文字数=14125

第七章 焚付〔一五〇七〕

 チルナ姫は一間に入つて悋気の角を生やしながら、自分の髪をひきむしつたり、笄を投げたり、鏡台を引つくり返したり、室内は俄に二百十日の嵐が吹いたやうになつて居る。そこへ一杯機嫌で帰つて来たのは、キャプテンのチルテルであつた。チルテルは門口から大声を上げ、
チルテル『オーイ女房、今戻つたぞや、早う開けないか。何だ中から戸に突張をこうて居やがると見えて、押しても引いても開きやしないわ。あゝこんな事なら、兵士を連れて帰つたらよかつたに、誰奴も此奴も皆酒に喰ひ酔つてドブさつて仕舞よつた。今日は山の神の面体に低気圧が襲来して居たと云ふ事は予期して居たのだが、これやまたどうした事だい。オーイ開けぬか、開けぬか』
と戸を一生懸命に握り拳で叩いて居る。
 カンナは驚き急ぎ戸を開け、
カンナ『あ、旦那様ようお帰りなさいませ』
チルテル『ウン、あまり軍務が忙しいので、つい遅くなつて、奥も待ち兼ねたであらうなア』
カンナ『ヘエ、あの奥さまですか、大きな声では申されませぬが、どうも形勢が険悪なので容易に近よる事は出来ませぬ。貴方がお帰りになつたら、一騒動が始まるであらうとビクビクもので待つて居ました。どうぞ喧しうおつしやらずにソツと寝間に這入つて寝んで頂きたいものですなア』
チルテル『何、奥が怒つて居るのか。イヤ、そいつは面白い。一つ怒らして自分の方から飛び出てくれるやうにと待つて居たのだ。オイ、カンナ、貴様によい土産を持つて帰つた。第一号の倉庫に入れてある、頗る的のナイスだよ。一つ貴様が女房を焚付け自分から飛び出すやうにしてくれたら、あのナイスをお前の女房にしてやらうとソツと掠奪して来たのだ。随分立派なものだぞ』
カンナ『遉はキャプテン様、種々とお気をつけ下さいまして有難うございます。到底裏のナイスは私達の挺には合ひませぬからな』
チルテル『何、裏のナイスにお前は物を言つたのか』
 カンナは頭をガシガシと掻きながら、云ひ悪さうに、
カンナ『ハイ、一寸序にナイスの意向を探つて見ました所、仲々偉いものですな。テクの奴、俄中尉だと威張つて出て来ましたが、一耐りもなく言ひ込められて、不減口を叩いて遁走しました。本当に、人間の挺に合ふナイスではございませぬわ。そして「キャプテン様にお目にかかつて詳しいお話を承はりませう」と澄まし込んで居るのですもの、お喜びなさいませ。屹度脈がありますよ』
チルテル『ナイスの事はお前達の力ではどうする事も出来ぬ。構ふてくれるな、いらいだてをすると却て一も取らず二も取らずになつてしまふ。ああして俺の家へ二三日置いてくれと云ふのだから、俺に思召が有るのに違ひない。しかし俺には女房があるから、あのナイスも遠慮して居るのだ。其処をそれ気を利かさなければ駄目だからなア。女房さへ無ければ、放つて置いても俺に靡いて来るのは既定の事実だ、ウフヽヽヽ』
カンナ『一つそれでは奮闘して見ませう。奥さまを怒らせうと思へば、些とは旦那の悪口も云ひますから予め御承知を願ひます』
チルテル『よし、目的さへ達すればよいのだ、手段は選ばない。そこはお前に任して置く。甘くやつてくれ。しかし余り怒らして自害でもやつてくれると困るよ。其処は見計らつて、家を飛び出す程度に計らつてくれ』
カンナ『よろしい、何と難い事を頼まれたものだが、一つ計らつて見ませう……奥さまのお心がお可憐いわい』
チルテル『オイ、そんな気の弱い事でどうしてこの大任が果せるか。もつと心を鬼にして行かないと駄目だぞ』
カンナ『ハイ、気の毒だと云つたのは社交上の辞令ですよ。気の毒ながら、おつ放り出るやうに尽力して見ませう、貴方は離家へ行つて悠りお楽しみなさいませ。さうして奥さまの部屋から障子に影が見えるやうに仕組んで貰はなくては駄目ですよ。成可くは抱擁キッス握手などの光景が見えるやうに仕組んで貰いたいものですな。私がオホンと大きな咳払ひをしたら握手するのですよ。そうして甘く写して貰ふのですよ』
チルテル『恰で幻燈屋見たやうな事をするのだなア』
カンナ『そこで現当利益が現はれるのですもの、エヘヽヽヽ』
 チルテルはヒヨロヒヨロと千鳥足にて初稚姫の居間へ進み行く。
チルテル『あゝ姫様随分お退屈でございませうなア。早く帰つてお話相手にならねば済まないと思ふて居ましたが、何分軍務が忙しいのでつい遅くなつて済みませぬ』
初稚『どうも、いかい御厄介になりまして申訳がございませぬ。大変な御機嫌でございます。随分お酒を飲つたと見えますな』
チルテル『イヤ一寸九一升ばかり引つかけたものだから些とばかり酩酊致しました。どうも済みませぬがお茶なりと一杯下さいませぬか、貴女の柔かいお手々で汲んで頂けば一層美味しいでせう』
初稚『オホヽヽヽ。何御冗談おつしやいます、貴方奥様に御挨拶なさいましたか。大変にお待ち兼の御様子でございましたよ』
チルテル『奥さまと云へば奥にすつ込んで居ればよいものです。

 あなた見てから家の嬶見れば
  千里奥山古狸。

アハヽヽヽ、いやもう気に喰はない女房ですよ。二つ目には悋気の角を生し、喉笛に喰ひ付くのですもの、あんな女房を持つた夫ほど不幸なものは有りませぬわい。アハヽヽヽ』
初稚『何をおつしやいます。あんな貞淑な奥様が何処にございませうか、悋気をなさらないやうな奥様だつたら駄目ですよ。きつと外に心を移して居るのです。天にも地にも貴方一人と思召すからこそ偶には悋気もなさるのですからな。サア早く奥様のお気の安まるやうにお言葉をおかけなさいませ。その上にて妾の傍にお出下されば、妾も奥様に対し大変気が楽でございますからな』
チルテル『ともかくも足が立ちませぬ、しばらく此処で悠りさして下さい。あゝ苦しい苦しい、誰か胸を擦つてくれるものは無からうかな。あゝ苦しい苦しい。姫さま誠に済みませぬが、一寸私の胸を擦つて頂けませぬか』
初稚『そんなら、お背を擦らして頂きませう』
と故意とに後へ廻り背を擦つて居る。一方カンナはチルナ姫の居間に慌ただしく駆け入り、
カンナ『もし、奥様』
と小声になつて、
『御用心なさいませ。タヽ大変でございますよ。貴方の御主人は今日も二人の美人に手を引かれ、目を細うしてゐらつしやいました。さうしてそのお歌が気に喰はないのです。私は成可く家の中に浪風が立たないやうに、旦那様の事は奥様の耳に入らないやうにして今まで何度も包んで居ましたが、もう包んで居られぬやうになりました。奥様がお可哀さうで耐らないやうになりました。旦那様ばかりの部下ではない。奥様のためにも部下ですからなア。奥様から御意見遊ばすやう、そつとお知らせ致します』
チルナ『何、あの裏の初稚姫とか云ふ女の外にまだよい女が出来て居るのかい』
カンナ『ヘエヘエ、奥様はお気の毒ですな。ほんたうに、お可哀さうだわい。先づ旦那様の歌を御紹介致しませう。決して、お腹を立てて下さいますなよ。

 家の嬶見れば見るほど腹が立つ
  蛸のお化か古狸。

と云ふやうな歌を歌つていらつしやるのですよ。貴方のやうな美人を、蛸のお化だの古狸だのとおつしやるのですからな。女に呆けると、蜥蜴のやうな顔した女でも天女のやうに見えると見えますな』
 チルナは身を慄はしながら、キリキリキリと歯を噛み、髪をパツと逆立てた。
カンナ『まだまだ奥様こんな事で怒つてはいけませぬ。もつと凄い文句がありますよ。何でも女の名は忘れましたが、彼女はキーチャンの果かも知れませぬが、旦那様を捉まへて歌ひやがつたのが気に喰はぬのです。私はその歌を聞くと歯がガチガチ鳴り出しました。

 嬶は叩き出せ子は○○○○○
  後の女房にや私が行く。

てな事を吐しやがるのですよ。業が沸くの沸かぬのと、私が奥様だつたら矢庭に胸倉をグツと取り、髻を掴むで引ずり廻してやるのですけれどな。それに旦那様は、エヘヽヽ、オホヽヽ、と顔の相好崩して笑つていらつしやるのですもの。

 家の嬶白粉おとした素顔を見たら
  胸がむかむか嘔吐が出る。

とヘヽヽヽ。こんな事をおつしやるのですよ。

 どうしても逃げて帰らにや女房の奴を
  竹に糞つけ突いて出す。

あた汚い、奥様、竹の先に糞つけて突き出してやらうと旦那様は歌つていらつしやいましたよ。実に私が聞いてもフンガイの至りですワ』
チルナ『アヽ口惜い、残念や残念や、どうしてこの恨を晴らしてよからうかなア。旦那様はそんな情けない事をおつしやる人ぢやない、女が悪いのだ。その女は何処に居る。その女を探し出し敵を討つてやらねばなりませぬ』
と血相変へて立ち上る。カンナは大手を拡げて立ち塞がり、
カンナ『まアまアお待ちなさいませ。血相かへて何んの事ですか。敵なら私が討つて上げます。そして貴女はまだお目出度いですな。旦那様を贔屓して居らつしやるが、旦那様はこの間も私を呼んで、「あんな嬶は見るのも嫌だ。何とかして放り出す分別は無からうか」とおつしやいましたが、「これはしたり、こんな事をなさつては人道に外れます」とお諫め申したら、旦那様はプリンと怒つてハツキリ私には物を言うて下さらぬのですもの、ホントに困つてしまひますワ。

 チルナ姫散るな散るなと今までは
  可愛がつたが馬鹿らしや。

 早く散れ花は桜木人は武士
  早く散れ散れチルナ姫。

 家の嬶なぜにあれほど強太いか
  私の嫌ふのが分らないか
   さてもうるさいボテ嬶よ。

 奥山の狸狐の化けたやうな
  顔を見るたびゾツとする。

 それよりも裏の離れの初稚姫は
  私の女房にやよく似合ふ。

とか何とか云つて、それはそれは甚い権幕ですよ。奥さまよく考へて御覧なさい。貴方のやうな容色をして嫌がられる所へ居らなくても好いぢやありませぬか、オツホン。あれあれあの障子の影を御覧なさい。背を擦つて居るのは女でせう。あんな所を見せつけられて貴女ノメノメとよくこんな所に居られますな』
チルナ『私はこの家をどこまでも出ませぬよ。夫が女を入れて私を追ひ出さうとすれば尚更のこと、此処に頑張つて居つて邪魔してやるのです。それが女の意地ですもの。この家を出るや否や夫婦気取りになつて暮されては詰らないもの。エヽ好かない阿魔ツ女だな。人の大事の主人を何と思つて大胆至極にもあんな事をするのだらう。これお前、些し退いておくれ。ちと暴れますから怪我をしても知らないよ』
と、障子をバリバリ、火鉢を窓の外へカンカラカラ。瀬戸物の割れる音ケンケラケン、ガチヤ ガチヤ ガチヤ ガタガタガタ、四股踏む音ドンドンドン、ドスンドスンドスン。
カンナ『もしもし奥様、そんなお乱暴な事をして貰つては、後の奥さまがござるぢやございませぬか』
チルナ『エヽ構ふておくれな、この部屋は私の自由だ、叩き壊さうと、どうならうと、皆さまのお世話にはなりませぬよ』
 ガタガタ、ドスンドスン、バリバリバリ。
 この物音に驚いてチルテルは、
チルテル『コラ何をさらす』
と血相変へて走り来り、チルナの髻をグイと鷲掴み、右の手に拳骨を固めて三つ四つ撲りつけた。チルナは一生懸命逆上あがり、金切声を出して、
チルナ『エヽ悪性爺奴、チルナが臨終の別れ、死物狂ひだ』
と武者振りつき、睾丸をグツと握り力限りに引つ張つた。チルテルはウンとその場に倒れける。

(大正一二・四・一 旧二・一六 於皆生温泉浜屋 加藤明子録)



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