出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語59-2-101923/04真善美愛戌 変金王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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あらすじ
ヘール、初稚姫に迫る
名称


 
本文    文字数=13760

第一〇章 変金〔一五一〇〕

 キヨの関守キャプテンのチルテルと妻のチルナ姫との乱痴気騒ぎを広き庭園を隔てて一切万事吾不関焉といふ態度にて、心静かに一絃琴を手にし、細き美はしき声にて歌つてゐるのは初稚姫であつた。

初稚姫『花は紅葉は緑  緑したたる黒髪は
 まだうら若き若草の  妻の命のチルナ姫
 夫の身の上気遣ひて  朝な夕なに真心を
 尽して神に祈りまし  妻の務めを委細に
 包むことなく遂げさせて  心もキヨの関守の
 関とめかねしチルテルが  恋に狂ひし心の鬼を
 追ひ払はむと村肝の  心を砕かせ玉ふこそ
 実にも憐れの次第なり  妻の心も白浪の
 寄せては返す磯の浪  彼方此方と駆け巡り
 容貌美はしき女子と  見れば人妻人娘
 老と若きの隔てなく  心蕩かす狒々猿の
 掻きまはすこそ歎てけれ  妾も此処に来りしゆ
 心に染まぬ事ながら  これの家内に立騒ぐ
 荒き波をば鎮めむと  神の救ひの船を漕ぎ
 重き使命を負ひながら  見捨てかねたる義侠心
 主人の心を言霊の  厳の真水に隈もなく
 洗ひ清めて惟神  神の心に復さむと
 人目を忍びただ一人  時を待つほの浦凪に
 立騒ぐなる群千鳥  早く和鳥になれかしと
 皇大神の御前に  心の限り祈るなり
 それに付けても三五の  神の使の宣伝使
 聖き心の玉国別や  鏡も清き真純彦
 思ひは胸に三千彦の  妻とあれますデビス姫
 伊太彦司の一行が  月照りわたるキヨの湖
 渡りて此処に来ますなる  神の御言を受けてより
 目無堅間の舟傭ひ  波路を安く守りつつ
 先へ廻つてこの館  神の司の危難をば
 救ひて功績をそれぞれに  挙げさせなむとの村肝の
 心を砕く吾こそは  初稚姫の神柱
 三千年に一度咲く  高天原の最奥の
 神の御苑の桃林に  匂ひ初めたる桃の花
 ただ一輪の吾魂は  如何にこの場を治めむと
 天津御神や国津神  百八十柱のエンゼルと
 朝な夕なに語らひて  漸く神の御心を
 現はす時となりにけり  あゝ惟神々々
 恩頼を謹みて  厚く感謝し奉る
 朝日は照る共曇る共  月は盈つとも虧くる共
 悪魔はいかに猛くとも  誠一つの三五の
 神に仕へし吾魂は  いかで撓まむ梓弓
 引きて返らぬ魂の  巌を射抜く吾思ひ
 遂げさせ玉へと願ぎまつる  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』  

 かかる所へ、ヘールはスタスタと現はれ来り、慌ただしくつつ立ちながら、体を前後左右に揺り、足をヂタヂタ踏んで、
ヘール『モシモシ、お姫さま、そんな陽気な事でございますか、あれだけの乱痴気騒ぎが、貴女はお耳に這入りませぬか』
初稚『ハイ、何かモメ事が出来たのでございますか。妾は一絃琴に魂を奪はれ、平和の夢を貪つて居りましたから、何にも存じませぬ。何だかお館の方に少しばかり御夫婦がお酒の上でダンスでもやつてござつたやうですなア。モウお休みになりましたか』
ヘール『エ、姫さま、そんな暢気な事ですかいな、大変な事が起つたのですよ。急性チルテル・ヘールニヤが勃発し、医者よ薬よと大騒ぎでございます』
初稚『アヽ左様でございましたか。万金丹でもあげなさいましたら、御気分が良くなるでせう』
ヘール『肝心な万金丹をチルテルの大将、チルナ姫さまに、引張られたものですから、忽ちクルクルと白目を剥いて、ピリピリピリ、キヤー、ウーン、ドタンバタン、ガチヤ ガチヤ ガチヤ、ガラガラと人造地震が突発致しました。何奴も此奴も卑怯な奴ばかり、皆安全地帯へ避難したと見え、このヘール一人が、縦横無尽に看護卒の役を勤め、右往左往に奔走して居ります。どうぞ病人の看護を手伝つて頂きたいものですなア。男の荒くたい手で看病するより、女の優しい柔かい手々で看護して貰ふ方が、何程病人の慰安になつていいかも知れませぬ。サアどうぞ御願でございます。早くお世話を願ひませう。貴方だつて、見ず知らずの家へ来て、かう鄭重にお世話になつてござるのだから、チツとは義理人情もお弁へでございませう』
初稚『それはお気の毒な事でございますな。しかしながら女といふものは嫉妬深いものでございますから、奥様の許しがなくては、旦那様だけの許しでは看病をさして頂く事は出来ませぬ。夫の病気は奥様が御看護なさるのが当然でございます。どうぞ奥様のお許しがあれば看護さして頂きますから、一寸奥様に伺つて来て下さいませ』
ヘール『あの奥ですか、彼奴ア旦那様の睾丸狙つて、謀殺未遂犯人としてふん縛り、暗室へ監禁しておきました。あんな奴ア、死なうがどうならうが、チツとも構うこたアございませぬ。随分悋気の強い奥様で、お前さまもお困りでしたらうが、モウ御安心なさいませ。旦那さまとどれだけおいちやつき遊ばさうが、ゴテゴテいふものはございませぬよ。早くかういふ時に親切を尽しておきなさると、後のおためでございますよ』
初稚『妾はそのやうな惨酷なお方は人間だとは思ひませぬワ。チルテル様には何か悪い者が憑依してゐるのでせう、さうでなければ神から許された夫婦の仲、そんな酷たらしい事をなさる筈がありますまい。正真正銘のチルテル様の御病気ならば、どこまでも仁慈無限の神様の御心に倣らひ、身を粉にしても介抱さして頂きますが、悪魔の擒となり身も魂も獣化してござる妖怪的な御主人には、平にお断りを申します。ヘールさま、貴方も確りなさいませ。妙な者が憑依して居りますよ』
ヘール『何と云つても、ウブな身魂ですから、私の肉体を目当に、イロイロの厄雑霊が先を争うてヘールかも知れませぬ。しかしながらフエル事もあり、また曲津のヘール事もあります。丁度キヨの湖の波を見てゐるやうなものです。高くなつたり低くなつたり、ある時は荒むだり、ある時は平静になつたり、これが所謂千変万化の勇士の本能、円転滑脱、あくまで融通の利く、神の生宮ですからなア。その御主人たるチルテル様は一層偉い者ですよ。さう貴女のやうに単純な御考へでは、到底英雄の心事は分りませぬ。旦那様がウツツのやうになつて、姫様々々と連呼してゐらつしやいます。何はともあれ、一足お運び下さつたらどうですか。女といふ者はさう剛情を張るものぢやありませぬよ、従順と親切なのが女の美徳ですからなア』
初稚『さう、たつて仰せられますのなれば、ともかくも伺ひませう』
ヘール『ヤ、早速の御承知、旦那様も嘸お喜び遊ばす事でございませう。サア、お手々を執つて上げませう』
と毛だらけの黒い固い松の木の荒皮のやうなガンザをニユツと突出した。初稚姫はゾツとしながら、
初稚『有難う、しかしながらお蔭で足は壮健でございますから、お後に跟いて参ります』
ヘール『イヤイヤ姫様、この屋敷の中は、彼方にも此方にも陥穽が拵へてありますから、私がお手を引いて上げませぬと危険です。それだからお手を引いて上げやうと申すのです』
初稚『貴方に手を握つて頂きますと、またチルテルさまと睾丸圧搾戦が勃発しますと、お互の迷惑ですワ。決して陥穽なんかはまるやうな事は致しませぬ。どうぞお先へお出で下さいませ』
ヘール『ハイ、駄目ですかなア、どうも私の説を握手喝采して下さらぬと見えますワイ』
初稚『ホヽヽヽヽ、御冗談ばかりおつしやいますな。旦那様が御苦みになつてゐられるぢやありませぬか』
ヘール『ヘー、お苦みはお苦みです。最早チルテル・ヘールニヤも殆んど全快して何ともないのでせうが、苦しいといふのは……ヘン、……どこやらの人に身も魂も奪はれ、煩悶苦悩病が起つて苦しいのですから、一寸お腹の辺りをマッサージでもやつて貰へば、忽ちケロリと本復疑なし、この病気を直すのは女神でなくては到底御利益は現はれませぬワイ、ウツフヽヽヽ』
初稚『あれまア、そんな事だと思つて居りました。それならモウ安心でございます。どうぞチルテル様によろしうおつしやつて下さいませ。そして妾の居間へお遊びにお出下さるやうお伝へ願います。左様なら』
と踵を返し元の居間へサツサと帰つて行く。ヘールは口をポカンとあけたまま、姫の後姿を見送り、
『あゝ何といいスタイルだなア。牡丹か芍薬か蓮華の花か。あのなんぞりとした肩の具合から、頭の格好、首筋の様子、背のスウツとした所、おいどの小さい、足の歩きやうから、お手々の振方、何とマアいいナイスだらう。チルテルさまが女房を叩き出して本妻に入れやうとなさつたのも、決して無理ではないワイ。あゝ何だか精神恍惚として夢路を辿るが如しだ。あゝ胸が苦しうなつて来た。何だか俺にも恋愛嫉妬病が勃発しさうだ。しかしながら到底俺の力では側へもよりつくこたア出来やしないワ。キャプテンだつて、此奴ア駄目かも知れぬぞ。何とマア崇高い姿だらう。温和にして威厳あり、恰も天女の如し。あゝ男子現世に生を稟けて、かくの如き美人と婚すること能はずば、寧ろ首を吊つてその命を断たむのみだ。エヘヽヽヽ、何だか体中に波が打つて来よつたやうだ。俺の体を鋭利な刃物で一寸刻みにザクザクと何者かが刻み出したやうだ。てもさても苦しいものだなア。あゝあ キャプテンに報告もならず、姫様の居間へ伺ふ訳にも行かず、ホンに困つた事だワイ。……

 鷺を烏と言うたが無理か
  一羽の鳥も鶏だ

 葵の花でも赤く咲く
  雪といふ字を墨で書く。

ヤ、いい事を思ひ出した。何程俺がヒヨツトコでも、雪といふ字を墨で書く以上は、あのナイスをウンと言はせない道理があらうか。あんな青い幹や葉をした葵からも真赤な花が咲く例もある。碁を打つても、色の黒い奴と色の白い奴とが対抗するのだ。白い石同士は到底物にならぬ。ウンさうだ。おかめに美男、ヒヨツトコに美女といふ例もある。ヒヨツトしたら誂へ向かも知れぬぞ。あのキャプテンは面が青白い上に背がスラリと高くて、どこ共なしに気障な男だ。俺のやうな節くれだつた力瘤だらけの強者は、却て優しいナイスが好むものだ。ヨーシ、俺も恋のためにはユゥンケルの職を棒にふつても構はぬ、ユゥンケルが何だい。仮令リューチナントになつた所が知れたものだ。キャプテン、カーネル、ゼネラル、そんな物が何になる。ウン ヨシ、これから恋の勇者となつて、天下の男子にその驍名を誇つてやらう。地獄の上の一足飛だ。人間は一生に一度は危ない綱も渡つてみなくちやならないワ。男は断の一字が肝心だと聞いてゐる。エーエやつつけやうかな。

 吾恋は細谷川の丸木橋
  渡るにやこはし渡らねば
   好いたお方にや会はれない。…………

とか何とか、誰かがおつしやいましたかネだ。サア、ここで一つ駒を立直し、キャプテンに叛旗を掲げ、初稚砲台に向つて、獅子奮迅の勇気を以て、短兵急に攻めよせくれむ。国家の興亡この瞬間にあり、汝等兵員一同それ、奮励努力せよ。否副守護神一統、奮励努力せよ。超弩級艦一隻、正にこの港口にあり、閉塞隊の用意あつてしかるべし』
と独り喋ぎながら、肩肱怒らし、一足々々力を入れ大手をふつて、芝居の光秀が花道から現はれて来た時のやうなスタイルで、ヂリリ ヂリリと進み行く。

(大正一二・四・二 旧二・一七 於皆生温泉浜屋 松村真澄録)



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