出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語59-1-51923/04真善美愛戌 有升王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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あらすじ
テク、初稚姫をチルテルのもとへ、行かせようとするが、行こうとしない。
名称


 
本文    文字数=12808

第五章 有升〔一五〇五〕

初稚『もしテクさまとやら、キャプテン様から妾に御用とは如何なる事でございますか。どうぞ速にお伝へを願ひます』
テク『私はチツと酩酊致して居りますから脱線するかも知れませぬ。前以てお断りして置きます。あの……外でもございませぬが……それそれ……さう短兵急に追撃されては応戦の……余裕がございませぬ。先づ美人砲台の……沈黙を待つて徐に攻勢に向ひませう』
と俄に騙されて中尉の称号を貰つた嬉しさに何でもかでも軍隊の用語を使つて談判をやらうと考へて居る間抜け野良だ。
初稚『砲台だの、攻撃だの、応戦だのと、随分殺伐なお言葉ですな。どうか、も少しハンナリとおつしやつて頂きたいものでございます』
 テクは『気を付け』の姿勢をとり一方の手を乳の辺りに上向けに拡げて弥宜が笏板を持つたやうなスタイルになつて、稍反りながら、
テク『私は中尉であります。今日大尉殿の命により伝令兼斥候としてこの陣営へ特派せられた者であります。その使命と申すのは外でもありませぬ。アヅモス山の南麓バーチルの陣営において兵士の凱旋祝賀会が挙行されました。それに就いて大隊長殿が私を特使としてこの営所へ御派遣になつたのであります。酒宴の席には男ばかりでは、どうも興味薄きを以て、天下無双のナイス初稚姫殿を召集し来れとの命令であります。言はばこのテクはキャプテンの軍使であります。速に軍律に従ひ、否上官の命に従ひ、御出張、否御出陣ありたきものであります』
初稚『オホヽヽヽ、テクさま、貴方どうも硬い事をおつしやいますな。妾はお酒は嫌ひでございますから陣営等には到底参る事は出来ませぬ。また陣中に女が参りますと軍規が乱れますから、こればかりはお断り申します』
テク『これは怪しからぬ。拙者を何と心得てござる。拙者は憲兵中尉でござるぞ。チツと注意をして物を云つて頂かないと実に困るのであります。御命令に違背なさると軍律に照し、銃殺の刑に処せらるるのであります。ここは篤と御勘考なさらねばならぬ所であります。実の所はキャプテン様は貴女の容色に属魂打込み、殆ど魂を抜かし、矢も楯も堪らないと云ふ今日の戦況であります。どうしても落城せなければ臼砲なりと野砲なりと発砲して占領して来いとの厳命であります。さア早く軍門に御出頭あらむ事を願ふあります』
初稚『これはまた迷惑な事でございますナ。どうか左様な事をおつしやらずにお帰り下さいませ。貴方はお酒を召して居らつしやいますから、左様な事を申されるのです。苟くも人の頭とならるべきキャプテン様が、妾の如き女風情を陣中にお招き遊ばす道理がございませうか』
テク『これはしたり、女が陣中に行けないと云ふ事がありますか。上野の形名といふ軍人の女房は陣中に入つて夫に酒を勧め、軍功を立てさせたぢやありませぬか。貴女は第二夫人様、……否第一夫人の候補者かも知れませぬ。さアどうぞ早く私に対し、よき報告を願ひます。否私と共に御出陣あらむ事を希望する次第であります』
初稚『妾は何と仰せられましても陣中に足を入れる事は、どうしても心が進まぬのであります。何と仰せられても行かないと云つたら行かない覚悟であります』
テク『もし、お姫さま、私のお株をとつちやいけませぬよ。「アリマス」は軍人の専用語ですからな』
 チルナ姫は今迄木蔭に立つて二人の問答を聞き、自分の夫が初稚姫に恋慕してると云ふテクの報告を聞いて殆ど狂乱の如くなり、樹蔭に地団太を踏んで居る。その足音にカンナ、ヘールの両人はハツと気がつき、擦り寄つて見れば、何だかチルナ姫のやうである。カンナは小声で、
カンナ『もし、奥さまぢやございませぬか』
チルナ『お前、今の話を聞いたか。旦那様があの女に属魂惚れてござると云ふ事だから、私の吩咐けたやうに何故早く要領を得てしまはないのか』
カンナ『ヘー、要領を得たいのは山々でございますが、そうチヤク チヤクと空腹にお茶漬を食つたやうには行きませぬからな』
チルナ『エー、ぢれつたい。グヅグヅして居るとどんな事が出来るか知れぬぢやないか。荒男が二人も居つて、あんな阿魔女を、どうする事も出来ぬとは腑甲斐ないものだな。さア早く肝玉を出して何とかなさらぬかいな』
ヘール『奥様、もしも、やり損なつたら、貴女後引受けて下さるかな』
チルナ『そんな心配は要りませぬ。何でもかでも強く行きさへすればどんな事でも成功しますよ。グヅグヅしてるとあの女を連れて行つて旦那様につき合すかも知れないわ。エー、悔しや、残念や、口惜しやな。男が二人も居つてあれ位な女をどうする事も出来ぬのかいな』
カンナ『奥さま、そこまでおつしやるのなら一つやつて見ませう。しかし一寸手荒い事をして同情心を失つては駄目ですから、ここで一つ歌でも歌つて心を動かし目的を達して見ませう。もし奥さま、貴女も一つ作り声をして応援して下さい』
チルナ『さア早くやつて御覧、いかなかつたら妾が応援するから』

カンナ『バラモンの軍の司ここにあり
  いざ言問はむ初稚姫に』

ヘール『姫様よ汝に迷ひて忍び来る
  男心を見捨て玉ふな』

チルナ『チルテルの心汚き武士に
  身を任しなば世に笑はれむ。

 チルテルの軍の君は世に稀な
  チルナの姫が控へますぞや。

 吾恋は大海原を渡る舟
  浪を凌ぎて神島へ行く。

 初稚の姫の命よ逸早く
  館を立ちて月へ出でませ』

 初稚姫は中より、

初稚姫『月の国ハルナの都に神在すと
  慕ひて進む吾なりにけり。

 さりながらイヅミの国に今しばし
  足を留めて身をや休めむ』

チルナ『この里に足を留めて居ますなら
  カンナ、ヘールに身を任しませ』

初稚姫『身は一つ如何で二人に仕ふべき
  妾は神にのみぞ仕ふる

 チルテルの軍の君は賢しと
  聞けども如何で身を任すべき。

 若草の妻を持たせるチルテルの
  君に仕へて堪るべきかは。

 チルテルの厚き情に絆されて
  しばし息をば休め居るのみ』

テク『初稚姫神の命はキャプテンの
  第二夫人と定つてあります。

 どうしても嫌と云ふなら引張つて
  陣屋に進む覚悟あります。

 さア早う行かねば酒が冷めまする
  酒の肴に使ふあります。

 キャプテンの清き男子を振棄てて
  カンナにつけば身を削られむ。

 カンナてふ奴は人をば削り喰ふ
  鬼のやうなる男あります。

 ヘールとはカンナをかけて削るやうに
  一枚一枚ヘール恋衣』

カンナ『もう自暴自棄だ勇猛心を発揮して
  乗るか反るかをやつて見ませう。

 おい、そこだ、テクの奴めがやつて来て
  恋の邪魔する面の憎さよ。

 この上は直接行動腕づくだ
  初稚姫を担げて退かむ。

 肱鉄をうまい辞令で誤魔化され
  男の顔が何処で立たうか』

初稚『テクさま、どうぞあの通り外に皆様が種々とおつしやつて居ますから妾は大変迷惑致します。どうぞ帰つて下さい。そしてキャプテン様に御用がおありなさるのなら帰つて悠りお会ひしませう。また酒の相手も及ばずながら勤めさして頂きますと、どうぞそこはよろしく云つて下さいませ』
テク『それでも旦那様が大変に惚れて居らつしやるのだもの、私だつて貴女に来て頂かなくては中尉もゼロになりますからな。私を中尉にして下さるのならどうぞ早く来て下さい。これが私の一生のお願ひであります』
 テクは自暴自棄糞になり大きな声で歌ひ出した。

テク『駄目だ駄目だ皆駄目だ  こんな綺麗な面をして
 バラモン軍のキャプテンが  お言葉さへも刎ねつける
 容色がよいとて自慢すな  お前のやうな阿魔女は
 世界にや沢山あるほどに  慢心するのもほどがある
 青瓢箪に目と鼻を  つけたるやうなスタイルで
 猪口才千万美人面  愛想も欲得もつき果てた
 外にござるはカンナさま  恋に狂ふたヘールさま
 思ひ切つたがよろしかろ  こんな分らぬスベタ女郎
 何程口説いて見た所で  テツキリ駄目でござるぞや
 俺も折角キャプテンに  憲兵中尉の職名を
 頂きながらムザムザと  返さにやならぬ破目となり
 むかついてむかついて堪らぬが  さうかと云つてこの阿魔を
 どうする訳にも行きはせぬ  あれほどチルテル・キャプテンが
 現を抜かし目尻下げ  寝ても覚めても姫々と
 大切の大切の奥さまを  邪魔者扱になしながら
 酒の場席へ引張つて  男前をば誇らむと
 なさつてござるがお憐しい  あんな夫を持つ女房
 嘸や心が揉めるだろ  チルナの姫のお心が
 気の毒さまになつて来た  女は魔物と云ふ事は
 予て人から聞いて居た  女の涼しい円い目で
 一目睨めば鉄城も  ガタガタガタと覆へし
 山も田地も家倉も  メチヤ メチヤ メチヤにしてしまふ
 こんな女が出て来たら  バラモン教のキャプテンも
 酒で殺した鰌のやうに  グニヤ グニヤ グニヤと相好を
 崩して腰を抜かしつつ  肝腎要の軍務をば
 忘れて遂には免職の  悲運に落ちねばならうまい
 思へば思へばお気の毒  このテクさまもこの使命
 スツカリ思ひ切つたぞや  序にスパイの職掌も
 返上致してバーチルの  家の番頭となり済まし
 朝から晩まで甘酒を  思ふがままに飲み倒し
 短い浮世を面白く  飲めよ騒げよ一寸先や暗と
 踊り狂ふて暮しませう  何よりかより酒の味
 美人の如きは吾々は  決して物の数でない
 あゝ惟神々々  燗して飲んだ酒の味
 冷酒鯛汁の吾身には  これに勝つた楽みは
 三千世界にありませぬ  初稚姫の阿魔女さま
 左様なら御免を蒙つて  キャプテン様に何事も
 笠に笠をばかけながら  悪く注進仕る
 カンナ、ヘールの両人に  現をぬかして脂下り
 どうしてもこしてもキャプテンの  側には死んでも行かないと
 駄々をば捏ねて出て来ない  尻太い女と詳細に
 注進するがよろしいか  よくよく思案するがよい
 もうかうなれば自暴自棄酒だ  さア燗酒だ燗酒だ
 そろそろ酔が覚めかけた  一刻も早く帰つて酒を飲もう
 皆さまお酒へ左様なら』  

と畳障りも荒々しく腹立ち紛れに四股を踏みならし、暗に紛れて帰り行く。

(大正一二・四・一 旧二・一六 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)



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