出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語58-3-181923/03真善美愛酉 船待王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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あらすじ
バーチルの妻、サーベル姫、夫が帰るとの神示を受けて下僕を海岸へ迎えにやる。
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本文    文字数=15246

第一八章 船待〔一四九三〕

 スマの浜辺の青芝草の上に胡床をかき、湖水の波を眺めて欠伸をきざみながら雑談に耽つて居る二人の男があつた。この二人はバーチルが家の僕アキス、カールであつた。
アキス『おい、カール、昨日から今日で三日が間、毎日日日案山子か何かのやうに湖の面ばつかり眺めて頬辺を蟆子に咬まれ、待つてるのもいい加減のものぢやないか。まるで夢でも見て居るやうだな、俺ヤもうこんな事ア嫌になつた。さつぱりアキスだよ』
カール『何と云つても御主人が三年も行衛が分らず、何時カールか、帰らぬか分らないのだからな。奥さまがあつても主人が居らなけりや矢張アキス見たやうなものだ。しかしまあアキス狙ひが出て来ぬので、まア結構だ。この頃奥さまは神経興奮して主人が帰つて来るから、迎へに行け迎へに行けと尻に火がついたやうにおつしやるものだから、かう来たものの、奥さまは夢でも見たのだらうかのう。本当に御夫婦仲の良いものだつたが、ああ鰥鳥となると何とはなしに淋しうなつて来てチツとは気も変になつて来やうかい。奥さまは旦那様が漁に行つたきり、番頭のアンチーを連れて、十日経つても二十日経つても姿をお見せ遊ばさないので、到頭出られた日を命日として鄭重な葬式を遊ばし、石塔までお拵へになつた位だから、もう旦那様は帰らぬと締めて居られると思つて居つたのに、この頃は何かイソイソとして旦那様が帰つて来る帰つて来るとおつしやるが本当に困つてしまふわ』
アキス『それでも今年で三年にもなるのに後添ひも入れず神妙に貞淑を守つて居なさる所は本当に見上げたものだよ。何と云つてもスマきつての財産家だから種々の男が色と欲とで言ひ寄り、初めの間は淋しからうとか、留守見舞だとか云つて出入りする罪深い奴が沢山あつたが、誰も彼も皆エッパッパを喰はされて、この頃は到底駄目だと締めて性悪男の影も見ないやうになつたのは、まだしもの幸だ。しかしながら大変な神経質ぢやないか。あの一年祭の法事を勤められた時、俺等も一緒に旦那様の石碑の前で祭典を行ひ、奥様が一生懸命に泣声を出して口説いてござつた時は本当に側に居る俺等も涙が零れたよ。夫婦の情と云ふものはこんなものかと感心したよ。本当に貞淑な女だなア』
カール『うん、さうさう、俺もその時には本当に涙が零れたよ。やがて三年祭が出て来るのだが、あの時のやうな滑稽は今度はあるまいね。奥様が一生懸命に石塔に向つておつしやるのには、「もし、旦那様、貴方は可愛い妻子を振り棄てて私がお諫め申すのもお聞き遊ばさず、番頭と一緒に性凝りもなく殺生をしておいで遊ばした。その天罰と申しますか、何と申すか知りませぬが到頭貴方は魚のために尊い命を奪られたぢやありませぬか。もし貴方に霊があるのなれば何とか証を見せて下さい」とそれはそれは人目も憚らずお泣き遊ばした時は本当に側に居るのも苦しいやうだつた。そした所、旦那様の石塔がガタガタと動き出した。俺は吃驚して魂が宙を飛ぶやうになつて居た。それでも奥様は泰然自若たるもので、「旦那様、貴方は石塔になつてからも私の事を思ふて下さいますと見えまして、只今石塔がお動き遊ばしたのは、全く性念がお在りになるのでございませう。どうぞ一言女房と云つて下さい。お願ひでございます」と泣いて口説かれた時は本当に気の毒で堪らなかつたぢやないか。後から考へて見れば石塔が動いたのは丁度その時、地震があつたのだ。あの時、ケルの家もタク公の家もメチヤメチヤに壊されてしまつたぢやないか。その時は本当に旦那様の石塔が動いたのかと思つて、どれだけ俺は肝を潰したか分らなかつたよ。後で思つて見れば実に滑稽だつたな』
アキス『うん、そんな事があつたね。しかし余り気の毒で、地震で動いたのだと云ふ事も出来ず、奥様は一生懸命に矢張り石塔が奥様の誠に感じて動いたのだと信じてござるのだから、本当にお憐いものだ。しかしどうだらうな、本当に旦那様がお帰りになるのだらうか。昨日の日の暮れ頃に海賊船が七八艘、向ふの方を通りキヨの港に行つたきり、漁船も通らねば船らしいものは、此方に来ないぢやないか。奥様の話によれば立派な船に乗つて沢山の人に送られて帰つてござるとおつしやるが、まるで雲を掴むやうな話ぢやないか。この炎天に頭を曝されてはやりきれないわ。木の蔭でもあれば辛抱が出来るのだが、見渡す限り木一本もないこの浜辺に居るのは、もうアキスだ。何処か友達の処にでも行つて悠くり休息して帰らうぢやないか』
カール『それだと云つて、もしや、ひよつと旦那様が帰られたなら、それこそ大変なお目玉を喰はねばならぬよ。あれだけ奥様が喧しく狂人のやうにおつしやるのだから間違なからうと思ふよ』
『俺も何だか帰つてござるやうな気持もするなり、帰られぬやうな気もするなり、変な気になつて来た。もしや気が違ふのぢやあるまいかな。余り炎天に照らされたので頭がカンカンするやうになつたのだから可怪しいものだぞ』
 かかる所へ一人の男、ヒヨロリ ヒヨロリと千鳥足に真赤な顔しながら歩み来り、
男『エ、ベランメー、貴様は毎日日日この暑いのに、こんな処に屁太りやがつて、何をしてけつかるのだ。何程湖水を眺めて居つても、滅多に魚はお前の前へ跳んで来る気遣ひは無いぞ。空飛つ鳥がお前の前へパタリと落ちて来る筈もなからう。何だ、用もないのに荒男が毎日日日欠伸ばつかりしやがつて気の利かない野郎だな。この頃はチツと逆上せて居やがるのだな。お前の宅の女主人が変な事を口走るものだから、狂人が伝染しよつて、毎日日日こんな処に烏の嚇しのやうに来やがつて、何だ。措け措け、それよりも俺の所へ来て酒の一杯も飲んだ方が面白いぞ。このテクさまは朝から晩まで、バラモンさまから結構な御手当を頂戴して三五教の宣伝使や信者を探し廻つて居るのだ。何でも今日明日の中にキヨの港へ着くと云ふ事だが、其奴でも取ツ捉まへて見よ。結構な御褒美を頂いて、甘え酒が鱈腹飲めるのだ。チツと俺の宅へ出て来て酸ツぱい酒の一杯もやつて一働きする気はないか。こんな所へ屁太張つて居ても気が利かねーや』
アキス『おい、テク、貴様は毎日日日酒に酔つ払つて、どうしてその金が出来るかと思つたらバラモンのスパイをやつてるのだな。それではスパイ酒でも飲める筈だ。しかし人間と生れて犬のやうな事はせぬものだな』
テク『何、犬とは何だ。馬鹿にするない。そんな事申すと、貴様を三五教の信者と申し立て、関所へ「恐れながら……」と密告するがどうだ』
アキス『ヘン、そんな嚇し文句を喰うやうな俺かい。俺の主人はバラモン教の立派な信者だ。そこの宅に奉公してる俺だぞ。いつもバラモン教の宣伝使が何だか難かしいお教を旦那様の霊前に唱へに来て下さる位だから、そんな事云つたつて、お取り上げになるものかい』
テク『やア、そいつア失敗つた。それぢや物にならぬわ。しかしながら貴様に云つて置くが、ひよつとしたら風の吹き廻しでこの磯端へ三五教の奴が漂着するかも知れぬから、その時俺の所へソツと知らせに来てくれ。さうすりや沢山の御褒美を戴いて、うまい酒を鱈腹飲まうとままだからなア』
アキス『俺は酒は嫌ひだ。もとより下戸だからのう。そんな人の嫌がる事をして金を貰ひ、酒を飲んだ所が腸を腐らすばかりで、何の得る所もないから、まア御免蒙つとこかい』
テク『ヘン措きやがれ。唐変木奴、酒の趣味の分らぬ数の子舌では話がないわい。馬鹿らしい、これから一つ浜辺を迂路ついてよい鳥を見つけ出して酒銭を拵へよう。まア貴様等は其処で悠くり酒甕の背を干して居るがよからうぞ』
カール『構ふてくれない。お金が欲しけりや奥さまに何程でも俺は頂戴するのだ。チツと貴様とは境遇が違ふのだからな』
テク『ナナナナ何だ。虎の威を借る古狐奴、主人が何程金持だつて、それが何になる。貴様はド甲斐性の無い、「ヘーヘー、ハイハイ」と首陀の家に、こき使はれ五斗米に腰を屈する卑劣な奴だ。この方は独立独歩の御主人様で十日に十人口だ。こんな大家族を支へて行くだけの腕前があるのだからな。ヘン、チツと身魂の製造が違ふのだから、余り馬鹿にして貰ふまいかい』
アキス『アハハハハ、独身生活をしながら十人口の大家族だなんて、何、馬鹿吐きやがるのだ。俺だつて百日に百人口だ。十人口の家族よりも百人口の家族の方が余程世帯が大きいぞ。よい加減に酒喰ひは、ここを立去つてくれ。熟柿臭くて鼻が曲りさうだ、八百屋店でも広げられやうものなら堪りきれないからのう』
テク『エー、こんな没分暁漢に係り合つて居つても鐚一文にもならないわ。このテクさまも一つテクテクと其処辺中をテクツて見て、犬ぢやないが棒に当つて見ようかい。酒も酒も分らぬ奴だなア』
と悪垂れ口を吐きながらヒヨロリ ヒヨロリ浜辺伝ひにキヨの港方面さして足許危く歩み行く。
 アキス、カールの両人はテクの後姿を見送つて、時にとつての慰みと手を拍つて笑つて居る。

アキス『テクテクとテクの棒奴がやつて来て
  グデングデンと舌を捲きつつ。

 千鳥足ヒヨロリヒヨロリと浜伝ひ
  酒の肴を漁りつつ行く』

カール『いつとてもテクの棒奴がスパイをば
  勤めてスツパイ酒を飲むなり。

 バラモンの俺はスパイと偉さうに
  法螺吹き散らしスパイ屁を放る』

アキス『待ち詫びし主人の君は帰りまさず
  家に帰りて如何に答へむ。

 あてもなき主人の君を待ち詫て
  暑さに悩む吾ぞ果敢なき』

カール『どうしても主人の君が帰りますと
  云ひきり玉ふ奥様の口。

 口ばかり帰る帰ると云つたとて
  向ふみずなる湖に影なし』

アキス『今日もまた空しく待ちし信天翁
  羽ばたきするも心曳かるる。

 鵜のやうに首を傾げて待つ二人
  ただ海風の音のみぞ聞く』

 かく歌ふ折しも遥か向ふの水面に霞の間から小さき白帆が浮んで居るのが目についた。アキスは手を拍つて打喜び、

アキス『有難し向ふに見ゆる白帆こそ
  主人の君の御船なるらむ』

カール『船見れば主人の君と思ひ込む
  その喜びは水の泡ぞや』

アキス『今日で三日船の姿も見ざりけり
  何はともあれ床しくぞ思ふ』

カール『頼みなき船を眺めて吾主人
  帰りますぞと思ふ果敢なさ』

アキス『何となく心の勇み来るを見れば
  主人の君と信ぜられける』

カール『あの船にもしも主人の在しまさば
  吾身の疲れ頓に癒ゆべし。

 さりながら竿にて星をがらつやうな
  果敢なき夢を見る人ぞ憐れ』

アキス『何故か白帆の影は懐しく
  思はれにけり心勇みて』

カール『真帆片帆揚げて通ふこの湖は
  量り知られぬ魔の湖と聞く。

 吾々が迷ふ心を推し量り
  醜の魔神の図るなるらむ』

アキス『待ち詫びし船の姿を眺むれば
  半心は安まりにける。

 吾主人もしも居まさぬその時は
  一つの首を汝に与ふる』

カール『面白い自信の強いその言葉
  アタ邪魔臭い首を貰ふか』

アキス『この首は一生使ふ吾宝
  うかうか渡す馬鹿があらうか。

 吾主人乗ります船と知りしより
  かたき誓ひを立てしものぞや』

カール『誠ならば吾も喜び手を拍つて
  雀踊りを舞ふて見せなむ』

アキス『おひおひに近づく船の影見れば
  心楽しくなり増さり行く。

 かたい事云ふぢやなけれど彼の船は
  主人の君が屹度在します。

 もしこれが違ふた時は約束の
  首をお前に渡す覚悟だ』

カール『ほんにまアお前の強い自我心に
  俺も呆れて物が云はれぬ。

 あの船にもしも主人が在しまさば
  お餅を搗いて大祝ひせむ』

アキス『村中に酒や肴に餅配り
  十日二十日と祝ひつづけむ。

 奥様が俺に確り云はしやつた
  主人の顔は望月の神』

 かく二人は半信半疑の念に駆られ、近づき来る船を眺めて首を鶴の如く延ばして、もどかしげに待ち倦んで居る。白帆の形は次第々々に大きくなつて舳に立つて居る人の影さへ肉眼にて認め得るまで近づいて来た。二人は手をつなぎ磯端にキリキリ舞をして、何とはなしに心勇み跳び廻つて居る。空には巨鳥が一文字に羽を拡げ微風をきつて、いと鷹揚げに前後左右に自動飛行機の演習をやつて居る。

(大正一二・三・二九 旧二・一三 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)



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