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原著名出版年月表題作者その他
物語58-3-171923/03真善美愛酉 怪物王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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あらすじ
一行フクの島に着く。アンチーを助ける。
名称


 
本文    文字数=14454

第一七章 怪物〔一四九二〕

 初稚丸は、漂渺たる海路を渡つて漸く周囲二十五町ばかりのフクの島についた。非常に荒波岸を噛み剣呑にして寄りつく事が出来ない大難関である。見れば山の中腹に非常に大きい岩窟が自然に穿たれてその中に何か動いて居るやうに見えて居る。伊太彦は一目見るより、
伊太『猩々だ猩々だ、これバーチルさまお前の御親類かも知れないよ。一つ何とかして島に漕つけ、正体を調べて見たいものだなア』
 バーチルは一目見るより、アツと叫んで倒れむばかりになつた。
伊太『ア、此奴は不思議だ。バーチルさま、彼の怪物の姿を見てお前さまはアツと云つて倒れかけたが一体何だ。何か心当りがあるのかなア』
バーチル『ハイ、どうも明瞭は致しませぬが、何だか見たやうな男の姿に見えましたから思はず叫んだのでございます』
伊太『矢張り別世界に棲んで居ただけあつて、神経過敏になつて居るのだ。しかしこんな離れ島に人間のやうなものが棲んで居るとは不思議だよ。矢張難破船に遇つたものが、こんな島に打ち上げられて居るのかも知れない。ヤヤ好奇心が起つて仕様がない、危険でも上つて正体を調べようぢやないか。一つ先生私に魔窟の探険を仰せつけ下さるまいかなア』
玉国『ウン、一つやつて見たがよからう。バーチルさまは随分島になれて居るから、探険には適任だらう』
バーチル『ハイ、どうぞ私にもお許し下さい。どうしても調べなければならないやうな気がします』
 怪物はこの船を見るより慌ただしく岩窟を出で険阻な岩角を猿の如く下り来り、毛だらけの顔をさらしながら、
『オーイ、オーイ』
と手招きして居る。この時船は一町ばかり手前まで進んで居る。漸くにして海中に突出して居る岩島に船を寄せ、辛うじて、伊太彦、バーチル、メート、ダルの四人は島に駆けつけた。実に危険極まる芸当である。一丈ばかりの玉となつて竜の天上する如く、落ち来る浪飛沫は実に悽惨の気に打たれざるを得なかつた。四人は屈せず男の傍に走り寄り、不思議さうに顔を覗いて居る。怪しの男は四人の顔をつくづくと眺め、
男『あ、貴方は御主人様ぢやございませぬか、ようまア来て下さいました』
バーチル『やア、お前は僕のアンチーであつたか。どうしてこんな所に助かつて居たのだ。あの荒波に呑まれて水の藻屑になり、最早この世では会へないものと覚悟して居た、ようまア生て居てくれた。私も今この船に助けられ帰る途中、潮流の都合でこんな所へやつて来たのだ。これも矢張神様のお引き合せであつたか』
 アンチーは、髯だらけの顔に涙をハラハラと流し、男泣きに泣き出した。
伊太『これアンチーさま、何を泣くのだ。確りせないか、サアこれからお前を連れて帰るのだから、何もアンチル事は要らぬ、安心して跟いて来るのだ。しかし俺も何だか涙のやつ、無断で両眼から飛び出して来る』
と、はや泣き声になつて居る。
 アンチーは涙を手にて拭ひながら、
アンチー『旦那様、私は貴方と一緒に浪に呑まれ、人事不省に陥りこの島に打ち上げられて居ました処へ、初稚姫様とか云ふ綺麗な女神様がお越しになり、いろいろ介抱して下さいました。そのお蔭で今日まで命を保つて居りました。幸この島には御存じの通り沢山の鳥が居ますなり、また少しの果物も実のり、それ故どうなりかうなり一人の食料は与へられました』
伊太『ハテ、合点のゆかぬ事を云ふぢやないか。初稚姫様は昨日此方へお通りになつたばかりだ。さうして、船にでも乗つてお出になつたか、但は、犬にでも乗つて来られたか、合点のゆかぬ事だなア』
アンチー『いえいえ船も持たず犬も連れず、何処ともなくお出になり、また何処ともなく姿をお消し遊ばしました。それから二三日前にも立派な姿を現はし、お前を迎ひに来てやるからとおつしやいました、「お前も三年の修業が出来たから、これで立派な人間になるであらう、夢々疑ふな」とおつしやつたきり今度は犬に乗り荒浪を渡り、南の方を指して帰つてしまはれました。本当に不思議のことでございます』
伊太『成程初稚姫様は生神様だと聞いて居たが偉いものだなア。第一天国の天人だと云ふ事だが、さうでなければこんな離れ業が出来るものでない。これを思へば俺達のお師匠さまもまだまだ修業をせねば駄目だなア。何はさて置き、いつ風が荒うなるかも知れないから、この危険区域を一時も早く去りませう』
と鬣を振ふて猛り狂ふ白浪の中を潜り抜け、茲に五人は無事に船中の人となり、急ぎ舳先を転じ、櫓櫂を操り、潮流に従うて、西南さして進み行く事となつた。船中にはアンチーの漂流談に種々花が咲いた。
伊太『もし御一同さま、何と不思議の事があるものですなア。この方はバーチルさまの僕だつたさうです。三年前に難船して主従が何れも無人島に命を保ち、また吾々の船に一時に助けらるるとは実に奇中の奇ぢやありませぬか。こんな事を思ふと、吾々は一挙一動大神様の綱に操られて居るやうな心持が致しますなア』
玉国『何事も人間は神様のお道具だからただ惟神にお任せするより外、道はないのだ。何事も皆神業だから、これからお前もどんな事があつても今までのやうにブツブツ小言を云つたり理窟を並べたりするものぢやありませぬよ。神様がよい実物教育をして下さつたのだからなア』
伊太『成程、実に有難いものでございますなア。オイ、真純彦、三千彦の御両人、こんな事を思ふと、ゾツとするやうだなア、私はもう神様が恐ろしくなつて来た』
三千『如何にもお前の云ふ通りだ。何事も人間の考へではいくものでない。それだから私も御用の途中にデビス姫を連れて行くものではないと、一度は拒んで見たが、これも神様の思召だと思ふて連れて来たのだよ』
伊太『アハハハハ。何とまア、えらい所へロジツクが当て箝まつたものだなア。これも皆神様の御都合かなア、エヘヘヘヘ』
三千『伊太彦さま、エヘヘヘヘ、と云ふその言霊の色には大に吾々夫婦を悔蔑嘲笑して居る形跡が見えるぢや無いか。本当に冗談ぢやない。私は真剣だからなア』
伊太『プツフフフフ、それや真剣だらう。私だつてこんなナイスと道連れになるのなら、真剣も真剣、大真剣になるのだがなア』
三千『エエどこまでも馬鹿にしたものだなア。しかし何と云ふても足弱の女を連れて居るのだから負て置きませう。行く所まで行つたら分りませうかい。万一女を連れて行くが悪いのなら、玉国別の先生がお留めなさるに違ひない、黙つていらつしやる所を見れば何か御都合のある事だらう。なア真純彦さま、貴方はどう思ひます』
真純『私は何とも申ませぬ。よいとか悪いとか云ふだけの知識も無ければ権能もありませぬ。何事も惟神だとお蔭を頂いて居ります』
伊太『ハハハハハ。さうすると伊太彦さまの敗北かな、ヤ恐れ入りました。到底寡を以て衆に敵する事は出来ませぬ。もうこの上は謹んで御夫婦の前途を祝します。そして悋気がましい事はこれより止めますから、どうぞ神直日大直日に見直し聞き直しを願ひませう』
玉国『まアまアこれで内訌も治まり、一先づ安心だ』
 アンチーは嬉しさの余り、無雑作に生えた髯を撫でながら、島で作つて歌つて居た歌を交へて船唄を歌ひ、一同の御愛嬌に供した。

アンチー『イヅミの国のスマの里  バーチルさまの家の子と
 仕へて茲に二十年  日日毎日主従が
 月夜と暗の隔てなく  キヨメの湖の魚を
 掻きまはしつつ殺生した  その天罰が報い来て
 漁舟は沈没し  力と思ふ吾主人
 行衛も知れずなり給ひ  後に残つたアンチーは
 人無き島に助けられ  鳥の卵や果物を
 取りて漸く生命を  保ち居るこそ果敢なけれ
 沖を遙に見渡せば  幽かに白帆の影見ゆる
 呼べど叫べどこの島は  危険区域と知る故に
 鳥の外より近寄らぬ  声を嗄して叫べども
 打ち寄せ来る波の音に  呑まれて声は響かない
 八千八声の時鳥  この岩洞に姿をば
 隠して朝夕泣くばかり  もうこの上は因果腰
 定めて島の王となり  いや永久にセリバシー
 生涯此処に送らむと  思ひ定めし苦しさよ
 朝日は空に煌々と  輝きたまひ夜を守る
 月の姿はテラテラと  昼と夜との隔てなく
 恵の露を垂れたまひ  果敢なき身をば守ります
 このフク島につきしより  長の年月人の声
 一度も聞いた事はない  鴎の声や鵜の鳥が
 夕の空に帰り来て  翼をやすめ朝まだき
 朝日の登るを待ちかねて  チンチン チユンチユン騒がしく
 さながら天女の音楽を  奏する如く聞え来る
 この声こそは吾身をば  慰めたまふ神の声
 忝なしと伏し拝み  風に吹かれ雨に濡れ
 漸く茲までながらへぬ  明日をも知らぬ人の身の
 人なき島に斃れなば  吾遺骸を如何にせむ
 せめて命のある中に  身を躍らして水底へ
 落ち込みこの世の苦しみを  逃れむものと幾度か
 思ひ煩ひ居たりしが  ハツと心を取り直し
 かくも月日の御守り  吾身の上に照る上は
 いつかは海路の風が吹き  助けの船の現はれて
 恋しきスマの故郷へ  帰られる事もあらうかと
 気を取り直し手を拍つて  天地の御恩を感謝しつ
 際限もなき海原を  眺めてまたもや生かへり
 いつしか淋しさ悲しさも  歓喜の涙となりかはる
 人は心の持ちやうで  安全地帯のこの島も
 地獄の底と感じたり  天国浄土と感じつつ
 悲喜交々の生涯を  送りし吾ぞ奇びなれ
 ああ惟神々々  神の御霊の幸倍て
 今日の生日の生時に  三五教の神司
 初稚姫のお弟子なる  数多の司に助けられ
 またもや恋しき御主  無事なお顔を伏し拝み
 久し振にて故郷に  帰り行くこそ嬉しけれ
 嬉し涙は胸に満ち  心はいそいそ飛び立つ思ひ
 夜か現か幻か  吾と吾が身がはかられぬ
 深き恵のキヨの湖  浪間を辷り帰り行く
 スマの館へ帰りなば  主人の妻のサーベルさま
 嬉し涙を湛へつつ  手足に取りつきし噛みつき
 喜びたまふ事だらう  私は元より独身者
 ようまアお帰りなさつたと  訪のう妻は有りませぬ
 思へば思へば味気なき  憂世を渡る独身者
 憫みたまへ惟神  神の教の神司
 心に積りしありたけを  一つも残さず吐き出して
 救ひを願ひ奉る  三年振にて海の上
 目無堅間の船に乗り  帰りて行くぞ有難き
 主従二人が謹みて  この世を救ふ大神の
 御前に感謝し奉る  ああ惟神々々
 御霊幸倍ましませよ』  

伊太『アハハハハ、矢張アンチーさまも一人は淋しいと見えるな、

 家へ帰つて精の無い私
  門に迎へる妻はない。

と云ふ筆法ぢやな。それや私も同じ事だ。折角宣伝使様のお伴して、功名手柄を現はし家に帰つた所で、考へて見れば妻もなし、ほんに思へば思へば淋しいものだよ。お前も三千彦さまの夫婦連れを見て羨うなつて来たのだな。しかしこの伊太彦双手を上げて賛成だ。ヤアこれで俺も一人の知己を得たものだ。同病相憐れむと云ふ事があるからアンチーさま今後は私と堅い握手をして互に力にならうぢやないか。お前と私の私交上の事だから別に先生の許しを受ける必要もなし、三千彦さまや、真純彦さまに気兼も要らぬ。一つ日英同盟でもやらうぢやないか。なあアンチーさま』
アンチー『ハイ、有難う、何分宜敷く願ひます。私も何時までも御主人の家に御厄介になつて居るのも詮りませぬから、何とか国へ帰つたら身の振り方を考へねばならないと思ふて居ます』
伊太『ヤア、そりや感心だ、さうなくてはならぬ。もし三千彦さま、私は同性の女房を持ちましたから、どうぞ宜敷く御交際を願ひます、アハハハハ』

(大正一二・三・二九 旧二・一三 於皆生温泉浜屋 加藤明子録)



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