出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語58-3-151923/03真善美愛酉 哀別王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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あらすじ
バーチル助けられて島を離れようとすると、猩々姫は子を殺し、自分も湖に沈む。
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本文    文字数=13488

第一五章 哀別〔一四九〇〕

 玉国別の一行は初稚丸を猩々島の磯辺につけ、よくよく見れば、勝れて大なる猩々が、人間とも猿とも知れぬ子を抱いて居る。傍に髯むしやむしやと生えた、人間か猿か分らぬ人間が一人立つて居る。伊太彦はその男に向つて、
伊太『オイ其処に立つて居るのは人間か、人間ならものを云つてくれ』
 バーチルは三年振りで人間の顔を見、人間の声を聞いて、懐しさ嬉しさに、涙をハラハラと流した。そして、
バーチル『ハイ私は人間です。どうか助けて下さい、三年以前にこの島に漂着し、この通り猩々の群と一緒に淋しい生活を送つて居りました』
伊太『ヤア、そいつは奇妙な話だ、深い様子があるだらう。ともかく、とつくりと聞かして貰はう。もし先生、こいつは一つ上陸して見ませう。ひよつとしたら宝石の島かも知れませぬぞや』
玉国『ウン、ともかく上陸して、様子を探つて見よう。サア皆さま一同上陸しなさい』
と云ひながら、ポイと飛んで磯辺に降つた。続いて一同は船頭を残したまま、皆好奇心にかられて上つて来た。猩々は沢山の凛々しい男がやつて来たので、稍怯気を生じ、猩々の王は児を抱いて七八間も後に退き、首を傾げて様子を考へて居る。沢山の小猿は一緒に集まつてキャキャ云ひながら瞬きもせず、瞠めて居る。
玉国『アア、お前さまはどこの人ですか。どうしてまアこんな離れ島に猩々なんかと同棲して居たのです。一通り話して見て下さい。私は三五教の宣伝使、人を助けるのが役です。決して御案じなさるやうな人間ぢやございませぬ。安心してお話を願ひます』
バーチル『ハイ、有難うございます。私はイヅミの国、スマの里の首陀で、バーチルと申す百姓でございますが、大変漁が好きな所より、荒れ模様の海を犯して僕と共に三年以前に湖中遠く漁をやつて居りますと、俄に暴風に遇ひ船体は浪にのまれ、私はお蔭でこの島につき、猩々の王に助けられ今日まで命を保つて参りました。嘸国元には女房が心配して居る事でございませう。どうぞお助けをお願ひ致します』
玉国『成程それは御難儀でしたらう。もうかうなる上は御心配なさるな。この船に貴方を救ふて帰りませう』
バーチル『ハイ、何分宜敷くお願ひ申ます。三年以来この島で猩々に助けられ食物に不自由は致しませぬが、何を云ふても相手が畜生の事、言葉が通じないので困りました』
 かく話す折、猩々の王は赤ン坊を抱いてその場に現はれ来り、児を指しては分らぬ事をキャキャと叫んで居る。伊太彦はつくづくとその子を見て、
伊太『アアこの児は人間と猿との混血児ぢやな。ハハア妙な事があるものだ。もしバーチルさま、こりやお前さまと猩々さまとの中に出来た鎹ぢやなからうなア』
バーチル『ハイ、実にお恥かしい事でございますが、あの猩々の王と夫婦になつたお蔭で、今日まで命が保てたのでございます。因果の種が宿つてあのやうな児が出来ました。実に困つたものでございます。畜生の腹に出来たとは云ひながら私も実に未練が残ります。しかしあんなものを連れて帰る訳にも参りませず、また猩々の女房を連れて帰る訳にも参りませぬ。実に畜生と云ひながら親切なものでございます。国へ帰りたいは山々でございますが、かう云へばお笑ひなさるか知れませぬが、実にあの猩々が可愛さうです』
玉国『実にお察し申します。こりや可愛さうな事だ。バーチルさまを連れて帰れば家の奥さまはお喜びなさるだらうが、第二夫人の猩々姫の心が察せらるる。何とかして連れて帰る訳には参りますまいかな』
バーチル『ハイ有難うございますが、しかし猩々は決してこの島を離れは致しませぬ。あれだけ沢山の猩々が、時々現はれる大蛇にも呑まれず、ああして居るのはあの王があるからでございます。あの猩々を連れて帰れば眷族を見殺にせねばなりませぬ。また猩々は自分の眷族を見殺にして吾々に跟いては参りますまい、実に情深い動物ですから』
伊太『三年も畜生とは云ひながら夫婦となつて暮して居たとすれば、さうも未練が残るものかな。アアてもさても人間の心理状態と云ふものは分らぬものだなア』
玉国『人間であらうが獣であらうが、決して愛情に変りはない。況て人間と云ふ奴は少しく気に喰はねば女房を放り出したり、夫を捨てたりするものだが、畜生はその点になれば偉いものだ。空飛ぶ鳥さへも一方が人に取られるとか、または死んでしまふとかすれば、仮にも二度目の雄を持つたり、雌を持つたりしないものだ。これを思へば、人間は鳥獣に劣つて居るやうだ』
伊太『成程感心なものですな。これ三千彦さま、お前さまも今の先生のお話を腹に入れて、決してデビス姫を出したりしてはなりませぬぞや。また仮令奥さまが亡くなつても、二度目の奥さまは持たないやうになさいませ。奥さまも奥さまですよ、どんな事があつても決して二度目の夫を持つたり、臀をふつてはなりませぬぞや』
三千『ハハハ。何から何まで有難うございます。決して仰に背くやうな事は致しませぬから、御安心下さいませ』
伊太『本当だよ、決して伊太彦の話を軽く聞いてはなりませぬぞや。いやもう、今の話で実に涙が零れました』
玉国『どうも、何時まで悔んで居た所で仕方がない、ともかくバーチルさまこの船にお乗りなさい。一先づ帰つて奥さまに安心させたがよろしからう』
バーチル『ハイ、有難うございます。どうぞよろしく願ひます』
 子猿はキャッキャッと云ひながら、追々と近よつて来る。バラモン組のヤッコス、ハール、サボールの三人は小猿の群を面白がつて追つかけながら、荒れ廻つて居る。その間に船は三人を残して、磯辺を七八間ばかり離れた。猩々の王は悲鳴を上げて磯辺に佇み、赤ン坊をつき出し、バーチルの顔を眺めて涙をハラハラと流し、口には云はねど、『この子は貴方、可愛うございませぬか。妻を見捨てて帰るとは惨酷ではございませぬか』との表情を示し、地団駄踏んで居る。時々小猿を股から引き裂く様を見せて脅喝を試みた。しかし一同心を鬼にして、止むを得ぬ今日の場合と船を漕ぎ初めた。猩々王は、見る見る自分の子の喉を締めて殺し、自分は藤蔓に重い石を縛りつけ、ドンブとばかり海中に身を投じてしまつた。
 この惨状を見て、玉国別の一行は悲歎の涙に暮れた。ヤッコス、ハール、サボールの三人は船が出たのを見て驚き磯辺に慌ただしく駆け来り、
三人『オーイ オーイ待つた待つた、俺達三人此処に残つて居るぢやないか。その船返せ』
と地団駄踏んで叫んで居る。メート、ダルの二人は、舷頭に立ち妙な恰好して腮をしやくり、幾度となく拳骨で空を打ちながら、
『イヒヒヒ、ウフフフ。オーイ三人の悪人奴、貴様はキヨの港で俺達一同を捕縛する計略をやつて居るやうだが、そんな事はちやんと三五教の宣伝使も御存じだ。それだから貴様等三人を此処に置き去りにしてお帰り遊ばすのだ。まア猿島の王となり、猿と夫婦となり子孫繁栄の道を講じたらよからう。アバヨ、お気の毒様、御悠りと、左様なら』
と所有嘲笑をなし、三人が磯辺に立つて居るのに素知らぬ顔をしながら、折から吹き来る、微風に帆を上げて西南の方さして辷り行く。
 船頭は櫓をゆるやかに操りながら涼しい声で歌ひ出した。

船頭『ヤンサモンサで沖を漕ぐ船は
 女郎が招けば何んと磯による、
 ヤンサ、女郎が招くとも
 磯にども寄るな
 ナント女郎は化物昼狐
 ヤンサヨー
 泥坊の泥坊の三人連が
 声を涸らして招くとも
 ヤンサー、磯には寄るな
 彼奴ア盗人昼狐
 キヨの港についたなら
 ヤンサー、エンサー
 ヤンヤーノヤー
 目付の奴等と諜し合ひ
 数百の手下を引き率れて
 ヤンサー コレワイサー
 玉国別の宣伝使
 その外一同の生神を
 一網打尽にしてくりよと
 手具脛引いて待つて居る
 その手に乗つて耐らうか
 ヤンサ、エーンサーノ
 エンヤラヤー
 猩々の島にと蟄居して
 猩々姫をば嫁に取り
 結構毛だらけ子を生んで
 キヤツキヤツと泣いて暮しやんせ
 これがこの世の懲戒か
 ほんにお前は偉い奴
 猩々の島の王となり
 治外法権の生涯を
 送らしやんせよいつまでも
 これもお前さまの身の錆だ
 折角命助けられ
 ヤンサ、エンサ
 エンヤラサー
 心の底に悪企み
 それを悟つた宣伝使
 俺等もすつかり知つて居る
 ほんに貴様は気の毒ぢや
 月は照る照る涼風は吹く
 浪も静にさやさやと
 面白おかしく潔く
 キヨの港にや着かないで
 イヅミの国のスマの浦
 バラモン教の目付等が
 鼻をあかして
 吃驚さしてやらう
 エンサ、エンサノ
 エンヤラヤー』

と手をふり足をふり三人を嘲弄しながら、追々島に遠ざかり行く。

バーチル『久方の天津御空の救ひ神
  天降ましたる今日ぞ嬉しき。

 さりながら三年の間吾妻と
  慈たる姫こそ哀れ。

 猩々の姫に宿りし吾胤を
  見殺にする心苦しさ。

 妻となり夫となるも前の世の
  深き縁と白浪の上。

 白浪の上漕ぎ渡るこの船は
  百の哀れを乗せて走れる。

 訪ふ人もなき荒島に残されし
  三人男の心しのばゆ。

 村肝の心の鬼にせめられて
  かく浅ましき身とぞなりしか』

真純彦『大空も水の底ひもすみ渡る
  さはさりながら心悲しき。

 猩々の憐な最後を見るにつけ
  耐へ兼ねたる吾涙かな』

メート『三人の悪漢どもを島におき
  帰りて行かむ吾ぞ嬉しき。

 ヤッコスは嘸今頃は磯辺に
  吾船眺め泣きくづれ居む』

ダル『何事も心の罪の播きし種
  猩々の島に生えしなるらむ。

 少々の過ちなればともかくも
  空怖ろしき曲神の罪』

三千彦『悲しさは涙の壺に三千彦の
  汲むすべもなき今日の哀れさ』

デビス姫『三柱の醜の司も皇神の
  厚き守りに安く住むらむ』

玉国別『スマの浦浪打ち際につきし上は
  態人をもて向ひ助けむ』

と各述懐を述べながら、潮流に乗つて湖上を右に左に辷り行く。遙か前方に当つて霞のやうに浮びたる小さき島影が目についた。イールは目敏くこれを見て、
イール『ああしまつた、たうとう魔の海に船が流れ込みました。あれへ廻れば三四十里の廻り道でございますが、この湖はもうあの潮流に乗つたが最後、方向を転ずる事が出来ませぬ。しかしながら暗礁のない限り滅多に危険な事はございませぬ。皆さま御安心下さいませ。スマの港に着かうと思へば余程の廻りですが、これも成り行だと締めて下さい』
玉国『何かの神様の御都合だらう。浪のまにまに任して、充分気をつけてやつてくれ。また大変な獲物があるかも知れないから』
イール『ハイ、有難う、それで私も安心致しました』
と鉢巻をしながら、八人の水夫を指揮し、一生懸命、真裸体となつて漕ぎ初めた。船は蜒々として浪のまにまに漂ひ行く。

(大正一二・三・二九 旧二・一三 於皆生温泉浜屋 加藤明子録)



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