出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語57-2-161923/03真善美愛申 犬労王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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あらすじ
デビス姫、ケリナ姫、テルモン館に帰る。親との対面。
名称


 
本文    文字数=12609

第一六章 犬労〔一四六六〕

 三千彦はテルモン山の中腹をケリナ姫を背に負ひ、スマートに道案内をさせながら草茫々たる歩き難き道を辿り辿つて、デビス姫を押込めた岩窟の前に漸く着いた。
 デビス姫はワックスの話によつて、如意宝珠の帰り来れる事及び父の存命なる事、並びに妹の安全なる事を略覚り、胸を撫で下し、稍心も弛みグツタリと岩に凭れて眠に就いた。漸くにして三千彦は岩窟の入口に着いた。
三千彦『もし、デビス姫様、私は三五教の神司三千彦でございます』
ケリナ姫『お姉様、ケリナでございます』
と二人が代る代る名を呼べども少しも答がない。ケリナ姫は、……姉は最早何者にか攫はれ玉ひしか……と心も心ならず、
ケリナ姫『三千彦様、どう致しませう。姉上様は何者にか攫はれ遊ばしたと見えまする。これほど呼んでもお答がないのは不思議ではございませぬか』
三千彦『決して御心配なさいますな。鼾の声が聞えて居ます。屹度お眠みになつて居るのでせう』
 スマートは四辺の空気を震動させ、『ウワツ ウワツ』と叫んだ。この声に驚いてデビス姫は夢を破られ窓口を見て、……何か人声がするやうだ……と戸口に躙寄り、隙間より透かし見れば星月夜の事とて明瞭姿は分らねど、どうやら妹のスタイルによく似て居るので、

デビス姫『花の色はうつりにけりな姫の姿
  窶れ玉ひしことの苦しさ。

 吾命助け玉ひし犬彦の
  黒き姿の慕はしきかな』

 ケリナはこの声に打悦び、

ケリナ姫『三千彦の情の御手に助けられ
  汝を救はむと尋ね来りぬ』

三千彦『神館珍の御子とあれませる
  デビスの姫よ安く出でませ。

 いざさらばこれの鉄門を打破り
  救ひまつらむ神のまにまに』

デビス姫『嬉しさは乙女の胸に三千彦の
  神の司を伏し仰ぐかな』

 三千彦は強力に任せて錠前を捻切り、窟内に入つてデビス姫の手を執り、引抱へ救ひ出した。ケリナは見るよりデビスに抱きつき、
ケリナ姫『姉上様』
と云つたきり後は一言も発し得ず、悲しさと嬉しさに咽返つて居る。デビス姫も同じ思ひの懐しさに、妹の体を抱きしめ熱涙を流し、言葉さへ得出さず、嬉し泣きに泣きしやくつて居る。
三千彦『お二人様、斯様な処に長居は恐れでございます。一時も早く求道居士やヘルを救ひ出さねばなりますまい。サア参りませう』
デビス姫『ハイ、御親切に有難うございます。どうも妾は斯様な処に押込められて立ちもならず、坐りもならず居りましたので歩く事が出来ませぬ。どうしたらよろしうございませうかな』
三千彦『ア、さうでせうとも、お察し申します。失礼ながらお二人さま、私の背に負さつて下さい。どうなり、かうなりお館までお届けしませう。再び出直してスマートに案内させて居士を救ひ出しに参りませう』
デビス姫『危急の場合でございますからお言葉に甘へて、さう願ひませうかな。本当に済まない事でございます』
三千彦『決して御心配は要りませぬ。サア』
と云ひながら少し蹲んで背を突き出す。二人は三千彦の背に負ぶさつたまま、星月夜の山坂をトボトボと下つて神館へ密かに帰り行く。スマートは後前を警護しながら人影なき所を案内し、夜明け前、ヤツトの事で館に着いた。
 館の玄関口にはエルが依然として高鼾をかいて当直を勤めて居る。受付の寝て居るのを幸ひ勝手覚えし家の中、小国別の病室をさして二人の娘を背負つたまま進み入つた。小国別は今や断末魔の息を引き取らむとする所であつた。小国姫は最早や、これまでと夫の側に附添ひ、首頸垂れて憂ひに沈んでゐる。それ故三千彦の帰つて来たのに気がつかなかつた。三千彦は言葉静かに、
三千彦『奥様、お嬢さまをお伴して帰りました。御安心なさいませ』
と云ふ声に小国姫はフと此方を向いた。見れば三千彦が二人の娘を背に負うて立つて居る。小国姫は夢か、現か、幻かと嬉しさ余つてものをも得云はず、口を開け、目を瞠つたまま、石像の如く突つ立つて居る。三千彦は二人の娘を労り、ソツと居間に下ろした。二人の乙女は身体綿の如く疲れ果て一人で歩む事が出来なくなつてゐた。
デビス姫『お父様、お母様、漸くこの方に助けられ帰つて参りました。誠に御心配かけて済まぬ事でございました』
ケリナ姫『御両親様、つひ悪魔に誘はれて家出を致し、種々と御心配を掛けましてお詫の申しやうもございませぬ。どうぞ御許し下さいませ』
と涙と共に詫入る。
小国姫『ア、夢かと思つたら夢ではなかつたかな。三千彦様、有難うございます。旦那様が貴方の事を云うて今の今まで待ち兼ねて居られた様子でしたが最早絶命れたやうです。アーア何とかして貴方のお顔や娘の顔を、も一度見せたいものですが、とてもこの世では叶ひますまいな』
とワツと泣き倒れる。二人の娘は父の枕辺にすり寄つて、
『お父様お父様』
と泣き叫ぶ。三千彦はこの惨状を見るに忍びず、
『国治立大神様、豊国主大神様、神素盞嗚大神様、何卒々々、も一度病人の魂返しをお許し下さいまして親娘の対面さして下さい』
と汗をタラタラ流しながら祈願を凝らし、天の数歌を唱へ出した。昏睡状態に陥つた小国別はパツと目を開き、二人の娘が枕許に居るのを見て打驚き、
小国別『ア、其方はデビス姫、ケリナ姫であつたか。臨終の際に一目会ひたかつた。ようマアよい処へ帰つて下さつた。嘸苦労をしたであらうな』
と男泣きに泣く。二人の姉妹は声を揃へて、
『お父様、お懐しうございます。どうぞ確りして下さいませ。三千彦様が居らつしやいますから大丈夫でございます。さうお気の弱い事を云はずに長生して下さいませ』
小国別『ア、娘、よう云うてくれた。その言葉を聞くからは、父はもう、何時死んでも心残りはない』
 小国姫は漸うに顔をあげ、
『旦那様、嘸御満足でございませうな。妾もこんな有難い事はございませぬ』
 小国別は「ウン」と云つたきり、またもやスヤスヤ昏睡状態に入つた。三千彦は小国姫に向ひ、
『ケリナ姫様、デビス姫様をお助け下さつた求道居士が、悪漢のために岩窟内に押込められて居りますから、私はこれから救うて参ります。さうして姫様がお帰りになつた事は私が帰るまで内密に願ひます。どうぞ、別の座敷に移してお忍ばせを願ひます』
と裏口よりスマートと共に飛び出した。
 受付のエルは奥の様子が何となく騒がしいのでフと目を覚まし、四這になつて足音を忍ばせながら親娘対面の様子を聞いて居た。今三千彦が飛び出したので自分も裏口から真跣足のまま、飛び出し、見え隠れにトントントンと後を追うて行く。三千彦は一生懸命にスマートの後に従ひ、求道居士を救ふべく道を急いだ。岩窟の一町ばかり手前まで来て見ると数多の荒男がワイワイと何事か喚いて居る。
 三千彦はしばらく様子を窺はむと草の中に身を隠し、考へて居た。エルは道を転じて草を分け大勢の前へ走り寄つて、
エル『今三五教の魔法使三千彦と云ふ奴、二人の姫様を連れ帰り、今また求道居士を救ひ出すべくやつて来て、其処の草原に隠れて居る』
と報告したので数十人の荒くれ男は二つに分れ、三十人ばかりは三千彦を召捕らむとエルが案内の下に詰めかけて来た。スマートは忽ち毛を逆立て縦横無尽に駆け廻り、足を啣へて将棊倒しにバタバタと倒してしまつた。この勢ひに辟易し、何れも四這となつて雑草の中に身を隠し慄うて居る。三千彦は、
三千彦『アハハハハハ』
と高笑ひしながら岩窟に近付けば、求道居士、ヘルの両人を雁字搦みにして数十人の男が棒片を以て叩きつけて居る。
 求道居士、ヘルの両人は半死半生の態にて顔面血潮を漲らし倒れて居た。三千彦はその場に現はれ、
三千彦『罪なき修験者を打擲するとは何事ぞ。理由を承はりたい』
と云はせも果てず、
群衆『その方は三五教の魔法使、サアよい所に来た。貴様も血祭にしてくれむ』
と棍棒、竹槍を持つて勢よく迫り来る。三千彦は右に左に体をすかし、一方求道居士を庇ひながら、敵の刀をひつたくり、仁王立ちとなつて、寄らば斬らむと身構へして居る。空を切つて駆け来るスマートは、またもや縦横無尽に駆け廻り足を啣へ手を噛み一人も残さず草原の中へ投倒した。悪酔怪員の面々は何れも不意を喰ひ、肝を潰し四這となつて草野を潜りながら各思ひ思ひに逃げて行く。
 求道居士及ヘルは余りの負傷に気も遠くなり、呆けたやうになつて首ばかり振つて居る。三千彦は声を励まし、
三千彦『求道居士殿、ヘル殿、確りなさいませ。私は三五教の宣伝使三千彦でございますぞ』
と耳許にて呼はつた。求道居士はハツと気を取り直し、四辺をキヨロキヨロ見廻しながらヤツと安心の態にて、
求道居士『ア、危い所へよく助けに来て下さいました。二三日以前からこの岩窟に投げ込まれ、夜中頃引張り出されて種々と打擲に合ひ、到底助かるまいと思ひましたが貴方がおいでなさつて私の命をお助け下さつて、有難うございます。そしてデビス様、ケリナ様は無事でございませうか。どうも、それが気にかかりましてなりませぬ』
三千彦『御心配なさいますな。姫様はお二人とも私が救ひ出し今お館へ送り届けました。そして親娘の対面をなさいました。ともかく貴方の事が気にかかりお救ひに参りましてございます』
求道居士『ハイ、有難うございます。しかしながらどうしたものか私は足が立たないやうでございます』
三千彦『私は御存じの通り独活の大木と云はれた位ですから、お二人さまとも私の背に負さつて下さい。ともかくお館までお届け致します』
求道居士『実に腑甲斐ない事でございますが、そんなら助けて頂きませう。ヘルさま、貴方はどうですか』
ヘル『ハイ、私はどうなりと歩けるだらうと思ひます』
三千彦『もし歩けなかつたら、スマートさまの首にでも喰いついてお帰りなさい』
ヘル『ハイ、有難うございます、命の親様』
と感謝の涙を流しながらエチエチと神館を指して帰り行く。
 三五教の魔法使、並に狂犬が現はれたと云ふので、悪酔怪員や宮町の老若男女は戦々恟々として魔法使及び狂犬撲殺の相談会を彼方此方に開いて居た。

 惟神神のまにまに述べて行く
  テルモン館にありし次第を。

(大正一二・三・二五 旧二・九 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)



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