出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語57-2-141923/03真善美愛申 人畜王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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場面:

あらすじ
ワックス、デビス姫に迫るが逃げられる。
名称


 
本文    文字数=12088

第一四章 人畜〔一四六四〕

 テルモン山の山麓の楠の岩窟には、神館の姉娘デビス姫を悪狐の化物として押込めてあつた。宮町一般の老若男女は八九分通りまで実の姫とは知らず、何れも妖怪の変化とのみ信じ、恐れて近づく者が無かつた。ワックスは夜密かに燈火を点じ、親切らしく窟内の姫を訪うた。姫は暗がりの窟内に端坐し、述懐を歌つて居る。

デビス姫『世は常暗となり果てて  月日の影も薄らぎつ
 悪魔は四方に横行し  善を損ひ悪を助け
 所在手段を廻らして  テルモン山の神館
 狙ひ居るこそ嘆てけれ  家令の倅ワックスは
 表に善を標榜し  甘き言葉を並べつつ
 尻に剣持つ蜜蜂の  空恐ろしき悪漢ぞ
 妾を日頃恋ひ慕ひ  目尻を下げて寄り来る
 そのスタイルの嫌らしさ  妾はもとより女の身
 何れは夫を持つ身なれど  せめて男らしき益良夫を
 吾背の君と崇めつつ  父の家をば克く守り
 母の心を慰めて  神の御為世のために
 誠一つを立通し  この世の鑑と謳はれて
 恵みの露を民草の  上に浸しつ神の子と
 生れ出でたる務めをば  尽さむものと朝夕に
 神の御前に祈りしが  如何なる悪魔のさやりしか
 大黒主の開きたる  珍の聖地も何日しかに
 魔神の棲処となり果てて  吾家のために力をば
 尽して仕へ奉るべき  家令の倅ワックスは
 恋の虜と成り果てて  日毎夜毎の悪企み
 大黒主の残されし  如意の宝珠を盗み出し
 妾が家に仇をなし  父と母とを苦しめて
 往生づくめに妾をば  妻となさむと企らみつ
 振舞ひたるぞ憎らしき  父は心を苦しめて
 重き病に臥し玉ひ  命のほども計られぬ
 御身とこそはなり玉ひ  悲嘆の涙は神館
 時じく降りて晴れ間なく  苦しみ悶ゆる親娘の心
 憐れみ玉へ物凄き  深山の奥にただ一人
 夜な夜な通ひて水垢離  三七日のその揚句
 さも恐ろしき盗人に  途中に出会ひ玉の緒の
 命絶えむとする時ゆ  三五教の神司
 求道居士が妹の  ケリナを伴ひ来りまし
 妾の命を救ひつつ  仁慈無限の心もて
 ベルとヘルとの二人まで  救はせ玉ひし健気さよ
 妾は居士に従ひて  露おく野路をスタスタと
 パインの森に立向ひ  少時休らふ折りもあれ
 鉦や太鼓でドンチヤンと  旗指物を押立てて
 進み来りしワックスが  数多の町人使嗾して
 妾を狐の化身ぞと  云ひくるめつつ手足をば
 固く縛つて岩窟に  投げ込みたるぞ恐ろしき
 如意の宝珠は今何処  父の命は今もまだ
 つづかせ玉ふか雁の  便りもがなと思へども
 尋ねむ由もなくばかり  求道居士や妹の
 身の上如何になりしかと  思へば胸も張り裂くる
 この苦みを如何にして  癒やさむ術もなき倒れ
 舌噛み切つて死なむかと  思ひしことも幾度か
 さはさりながら待てしばし  年老い玉ひし父母の
 この世に居ますその限り  短気を起し身失せなば
 不孝の罪の重なりて  未来のほども恐ろしと
 またとり直す心の弓  矢竹心の何処までも
 通さにやおかぬ吾思ひ  三五教を守ります
 国治立の大御神  豊国主の大御神
 果敢なき吾等が身の上を  守らせ玉へ惟神
 御前に慎み願ぎ奉る  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  仮令大地は沈むとも
 誠一つの三五の  神の教は世を救ふ
 救ひの神を頼めよと  宣らせ玉ひし師の君の
 言葉は今に忘られず  いと懐しき求道居士
 健で居ませや妹よ  それにつけてもヘル司
 一日も早く大神の  恵みの露を身に浴びて
 岩窟の中の苦しみを  免れ出でませ惟神
 神かけ祈り奉る  三千世界の梅の花
 一度に開く例もあるに  梅と桜に譬ふべき
 吾姉妹は如何にして  蕾の花の開かざる
 早く岩戸を何人か  情の深き武士の
 尋ね来りて開きませ  心の空に日月は
 伊照り渡れど現身の  ままならぬ身は如何にせむ
 鋼の壁に隔てられ  曇り果てたる現世の
 光さへ見ぬ浅間しさ  この世を造りし神直日
 心も広き大直日  ただ何事も人の世は
 直日に見直し聞直し  身の禍は宣り直し
 救はせ玉ふ大神の  御袖に縋り奉る
 妾の生命は惜まねど  父と母との御身の上
 如意の宝珠の宝をば  救はせ玉へ大御神
 心も乱れ気も狂ひ  前後も知らぬ乙女子の
 後や前なる口説き言  許させ玉へ素盞嗚の
 瑞の御霊の御前に  慎み敬ひ願ぎ奉る
 アア惟神々々  御霊幸はひましませよ』

 ワックスは鉄の門扉を隔ててこの歌をスツカリ聞いてしまひ、双手を組んで吐息をつきながら独言、
ワックス『アア今の歌の様子ではデビス姫は余程俺を怨めてゐるやうだ。こりや一通りでは靡くまい。何とかうまく言葉を設けて姫の歓心を買ひ、ワックスに怨がないものだと思はしめねばならぬ。ハテ困つた事だな。……ウン、ヨシヨシ此奴あエキスに、にじりつけてやらう。さうすりや、屹度デビス姫が疑を晴らし自分を信用するに違ひない。万一三千彦の奴、こんな処へ隠してある事を探り、救ひ出さうものなら、それこそ大変だ。何でも今晩の間に、巧くやつつけねば六菖十菊の悔を貽さねばなるまい。だと云つて俄に良い知恵も出ない、困つたものだ』
と独語ちつつ半時ばかり考へて居た。ワックスは何か良い思案が浮んだと見え、嫌らしい笑を浮かべながら、月西山に没れたのを幸ひ、入口に進み寄つて、
『ヤアヤア、これなる岩窟に押込められ玉ふ御方は如何なる御仁でござるか。道聴途説によれば三五教の悪狐高倉稲荷の化身との事、拙者は大悪人のエキスに誤られ大切なる姫君様を高倉稲荷が取り喰らひ、その御姿に巧く化け居るものと信じ、姫様の敵を討たむものと、畏れ多くもこの岩窟内に閉ぢ込めたり。これ全くワックスの心より出でしものに非ず、しかしながら姫様の仇を報はむとの真心は矢も楯も堪らず無慚にも白狐の化身と思ひ誤り押込め参らせたり。昨晩のバラモン大神の夢のお告げに、この岩窟に入られ玉ふ姫様は実のお姫様との事、直様罷り出で、お助け申さむと心は矢竹に逸れども、悪人エキス、ヘルマン、吾身辺を看守り居れば、無念ながら夜陰を待ち、只今お迎へのため参上仕つたり。姫君様、如意宝珠のお玉もエキス、ヘルマンの両人盗み居たりしをこのワックス慧眼を以て看破し、直ちに小国別様に返附させたればこの事は御安心あれ。また御父上様は未だ御壮健に在しませば必ず心慮を悩ませ玉ふ事勿れ。御両親はこのワックスの忠誠を御称讃遊ばされ、今やデビス姫の御夫と御定めの上、神館の御相続人とお定めありし上は、今日只今より姫様は拙者の女房、妻のためには身命も惜まぬこのワックス、御安心なされませ。また御妹君ケリナ様も御無事で居られますれば、お喜びなされませ。これ全くワックスが尽力の致す所、必ずお疑ひ下さいますな。ワックス、只今人目を忍びお迎へに参上仕りました』
と大音声に呼はつた。中よりデビス姫は細き声にて、
デビス姫『夜陰にも拘らずこの恐ろしき山奥に妾を訪ね来るは何者ぞ。狐狸か、妖怪か、速にここを立去れ。左様な世迷言は聞く耳持たぬ。エー汚らはしい』
ワックス『これはしたり、デビス姫様、拙者は狐狸でも妖怪でもござらぬ。正真正銘の家令の倅ワックスでございます。貴女を助けむためにどれだけ苦労を致したか分りませぬ。御推量下さいませ』
デビス姫『人間か、怪物か知らないが其方は人の面を被つた古狐古狸だ。否や大妖怪だ。悪逆無道の邪鬼、羅刹、汝の言葉を聞くも汚らわしい。また仮令真のワックスにもせよ。決して言葉を交す所存はない。卑劣極まる根性を提げて夜中に忍び忍び岩窟に来るとは腹黒き曲者、最早妾はこの岩窟の女王となり数多のエンゼルに救はれ、食物にも不自由なく安心に暮して居る。汝が如き犬畜生輩には死んでも御世話にならない。及ばぬ望みを起すよりも、トツトと尾を掉つて帰れ、人畜生奴』
と言葉厳しく罵つた。ワックスはクワツと怒り、鉄門を石にてガンガンと力限りに打ち続け脅喝しながら、
ワックス『コレ、姫さま、そんな事を云つた所で岩窟内に食物がある筈もなし、名代の魔窟にエンゼルのお降り遊ばす道理はない。痩我慢を張るよりも因果腰を定めてこのワックスの恋をお聞き下さい。魚心あれば水心あり、テルモン山の神館を初め御両親のお身の上を守るはこのワックスより外にはございませぬぞ。左様な無分別な事を云はずに諾と云ひなされ。どこまでも頑張つて肯かなければ此方にも覚悟がござる。恋の叶はぬ意趣返し、嬲殺しに致しても恐ろしうはござらぬか』
デビス姫『エー、汚らはしや、悪党者、主人に向つて無礼の罪、赦しは致さぬぞ、覚悟しや』
と云ひながら岩片を拾ふより早く鉄の格子窓の間よりワックスに向つて投げつけた。ワックスは烈火の如く憤り竹槍を扱いて垣越しに骨も通れよと、デビス姫目蒐けて突き出した。狭き岩窟に隔てられ、デビス姫は身を避くる余地が無い。あわや突殺されむとする一刹那、何処ともなく宙を飛んで駆け来る猛犬、『ウーウー、ウワッウワッ』と威喝しながらワックスの利腕に噛り付いた。ワックスはアツと云うたまま、その場に脆くも倒れた。猛犬スマートは後振り返り振り返り『ウーウーウー』と叱りつけながら、何処ともなく姿を隠した。
 しばらくあつてワックスは気がつき、腕の血を拭ひ四辺の草にて括りながら這々の態にて一先づ吾館へスゴスゴと帰り行く。四辺の木の茂みから梟の声『アホーアホー、ゴロツトカヘセ、ヤラレタナー、バカバカ』と啼いて居る。俄に山柿の枝から蝉の声『ザマ ザマ ザマ、ミーン ミーン ミーン ミーン』、蟋蟀の声『ケラ ケラ ケラ』。

(大正一二・三・二五 旧二・九 於皆生温泉浜屋 北村隆光録)



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