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原著名出版年月表題作者その他
物語57-1-61923/03真善美愛申 強印王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
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あらすじ
ワックスがテルモン館を乗っ取ろうと企むが、スマートがこれをくじく。 オースチン(朕)に対する気持ち。
名称


 
本文    文字数=19656

第六章 強印〔一四五六〕

 テルモン山の館より十七八丁奥の谷間に大蛇の岩窟と云ふ深い穴がある。そこには三千彦を無理無体に押し込め、二人の門番が厳重にワックスの命令によつて守つて居た。
甲『オイ、何でもこの中に突込んである魔法使は大それた事をしやがつたさうだな。如意宝珠の玉を盗み出し、そしてワックス様が匿して居つた等と讒言をし、デビス姫様の夫となり、この館を占領しようとしたドテライ悪人だと云ふ事だが魔法使だから何時この鉄の門を破つて出るか分らぬ。出たが最後、どんな目に会はすか知れないぞ。何程日当を沢山貰つてもこんな剣呑な商売は御免被りたいものだな』
乙『何、心配するな。魔法使と云ふものはある程度までは法が利くだらうが、もう種が無くなつて皆に捉まへられ、こんな処へ突込まれよつたのだから、もう大丈夫だ。滅多に出る気遣ひはないわ。かうして十日も二十日も番して居れば饑ゑて死んでしまふ、さうすりや大丈夫だよ。俺等は日給さへ貰へばよいのだからな』
甲『しかし、此奴が死んで化けて出やがつたら、それこそ大変だぞ。何とかして断り云ふ訳には行くまいかな』
乙『そんな事、いくものかい。何時もワックスの旦那に難儀な時に無心を云つて助けて貰つてるのだから、こんな時に御恩報じをするのだ。宮町中の難儀になる処を、ワックスさまのお蔭で此奴の盗んで居つた如意宝珠の玉も分り、俺等の生命まで助けて貰つたのだから、此奴が斃る所まで俺等は根比べをやらねばならぬのだ。余り心配するな。心配すると頭の毛が白うなるぞ』
 かく話して居る処へ遥か上の方の森林から頭の割れるやうな宣伝歌が聞えて来た。

三千彦『神が表に現はれて  善と悪とを立別ける
 三五教の宣伝使  三千彦司が現はれて
 三九坊に魅せられし  家令の悴ワックスが
 神の館の重宝を  密かに匿し置きながら
 三千彦司に看破され  吾身危くなりしより
 正反対に如意宝珠  匿せしものは三千彦と
 宮町一般触れ歩き  何にも知らぬ人々を
 誑りおほせし憎らしさ  如何にワックス奸智をば
 振ひて一時は世の中を  欺き渡る事あるも
 天地を造り玉ひたる  この世の主と現ませる
 誠の神は何時までも  曲の猛びを許さむや
 吾は三千彦神司  岩窟の中に押込まれ
 しばし思案に暮るる折  月照彦の大神の
 遣はし玉ふエンゼルが  現はれ玉ひ忽ちに
 真鋼の鎚を打揮ひ  この岩窟に穴穿ち
 容易く救ひ玉ひけり  初稚姫の遣はせし
 神の変化のスマートが  今や吾身に附添ひて
 守らせ給ふ上からは  仮令ワックス幾万の
 軍を率ゐ攻め来とも  如何でか恐れむ惟神
 神の息吹の言霊に  一人残さず吹き散らし
 愛と善との聖徳を  この土の上に輝かし
 信と真との光明を  天地の間に照らしつつ
 これの館の禍を  払はにやおかぬ神の道
 アア面白や面白や  神の力は目のあたり
 現はれ来る神館  汝等二人の番卒よ
 悔い改めて吾前に  来りて罪を謝すならば
 根底の国の苦みを  神に祈りて救ひやり
 永遠無窮の楽みを  味はひ暮す天国へ
 導きやらむ惟神  神に誓ひて宣り伝ふ』

と歌ひながら猛犬を引連れ悠々と岩窟の上面を下り来る。二人の番卒はこの姿を見るより大地に頭をすりつけ、尻をつつ立てて一言も発し得ず、謝罪の意を表しながら慄うてゐる。太陽は漸く西山に没し、四辺はおひおひと暗くなつて来た。三千彦は二人に案内させ密かに抜け道より館を指して帰り行く。
 ワックス、オークス、ビルマ、エルの四人は体を水にて洗ひ、会議室に入つてコソコソと、昼の間から日の暮れるのも知らず野心会の打合せをやつて居た。スマートは室内の怪しき臭に鼻をぴこつかせ、小声で『ウーウー』と唸りながら、三千彦に四人の悪者が密談に耽つてゐる事を知らした。三千彦は二人の番卒を霊縛したまま裏口よりソツと小国姫の居間に進み入つた。小国姫は悲痛の涙にくれ、今後如何になり行くならむと青息吐息をつきゐたり。

小国姫『如何にせむ今日の悩みを切り抜けむ
  三千彦司の偲ばるるかな。

 三千彦の道の司は三五の
  誠の神の使なるらむ。

 下男僕は数多ありながら
  心汚きものばかりなり。

 吾身のみ愛する輩集まりて
  主人を思ふ人ぞなきかな。

 泣き干して涙の種もつきにけり
  救はせ玉へ三五の神。

 如何ならむ悩みに会ふも神館
  守らむためには吾身を惜しまじ。

 如意宝珠貴の宝は帰りぬれど
  吾子宝は如何になりしぞ。

 背の君の病益々重なりて
  早縡糸の断れむとぞする。

 世の中に憂に悩める人々は
  ありとし聞けど吾に如かめや。

 如何ならむ昔の罪の廻り来て
  かかる苦しき日を送るらむ。

 待てしばし神の恵みの深ければ
  やがて三千彦帰り玉はむ。

 三五の教司と仕へます
  誠一つの君は益良夫』

と悲しげに述懐を宣べて居る。そこへ三千彦は忍び足にて帰り来たり。
『奥様奥様』
と小声に呼ぶ。小国姫はこの声を微に聞いて夢かとばかり打驚きながら、微暗き行燈の光に透かして見れば擬ふ方なき三千彦司であつた。
小国姫『ア、貴方は三千彦様、よう、マア帰つて来て下さいました。何処へお出でになつて居りましたか』
三千彦『ハイ、これには長いお話がございます。しかしこれ等両人が聞いて居りますれば、しばらく霊縛を加へて置きます』
と云ひながら耳と口とに霊縛を加へ、次の間に忍ばせ置きスマートをして警護せしめた。スマートは二人の番卒の一挙一動にも眼を配り、二人が一寸でも動かうとすれば目を怒らし、噛みつかむとする勢に恐れをなして、慄ひ慄ひ次の間に控へて居た。
三千彦『サアもう、これで大丈夫、しかしながら旦那様は如何でございますか』
小国姫『ハイ、お蔭様で、まだ続いて居ります。一時も早く娘に会うて死にたいと申して居りますが、まだ娘の行衛は分りませぬので、今も今とて貴方の事を思ひ出し、泣いて居つた処でございます』
三千彦『どうしてもお嬢さま二人とも、修験者に送られ、已に此館へお帰りになつて居らねばならぬ筈でございます。これには何か悪人輩の企みがあるのでございませう。今あの会議室でワックス以下四人の連中が密々と相談を致して居りますれば、私が此館へ帰つた事を覚れば彼等は如何なる事を致すか分りませぬ。どうぞ誰も来る事の出来ない居間へ案内して頂きたいものでございます。そこでトツクリとお話を申上げませう』
小国姫『チツト窮屈でございますが吾夫の病室の上に暗い居間がございます。そこは誰も上る事は出来ませぬから、そこへお越しを願うて、何かの事を承はりたうございます』
三千彦『それは好都合です。サア早く参りませう。何時悪者がやつて来るか知れませぬから』
と云ひながら小国姫に導かれて二階の暗き一間に微な火を点じ、身を隠し密々話に耽つた。
三千彦『実の所は二人のお嬢様は私の察する所、テルモン山の岩窟に隠して居るやうに考へます。ワックスと云ふ奴、デビス姫様に恋着し、肱鉄砲を喰はされたのを、性懲りもなく、飽迄恋の欲望を遂げむとし、如意宝珠を隠してお館を困らせた上、往生づくめで押掛け婿にならうと企んで居た所へ、拙者が参つたものですから陰謀露顕を恐れ、反対に拙者を魔法使と触れ廻り、如意宝珠を隠したのも拙者だと主張致し何も知らぬ町民は彼が言葉を真に受け、また修験者が送つて来た御両人様を化物だと吹聴し、岩窟に匿しおき、往生づくめに姫様に得心させた上、御主人の御死去後正々堂々と乗り込まうと云ふ悪い企みでございませう。しかしながらお嬢様は確りした女丈夫ですから、決して彼が毒手におかかり遊ばす案じは要りませぬ。また決して彼等に身を任せ、操を破らるる事はありませぬから御安心下さいませ。しかしながら今直にどうすると云ふ事も出来ませぬ。町内の人の心が鎮まつた上、徐にワックスの陰謀が現はれた処へ拙者が首を出し、姫様をお助けする事に致しませう。ここ二三日は落着いて居らねばなりませぬ。また御主人の御病気に、さしひきがあつてもこの四五日は何ともありませぬから御安心下さいませ』
小国姫『それを承はりまして一寸安心致しました。娘は無事で居りませうかな。主人が聞きましたら何程喜ぶ事でせう。これを冥土の土産として潔く帰幽する事でございませう。アア惟神霊幸倍坐世。しかしワックスと云ふ奴は親にも似ぬ悪党でございますな。さうしてマンの悪い時には悪い事が重なるもので、家令のオールスチンは大怪我を致し吾主人よりも先に死ぬかも知れぬやうな重態でございます。あれを助けてやる訳には行きますまいかな』
三千彦『とても助かりますまい。肋骨を二本まで折つて居ますから』
小国姫『さても困つた事でございます。これも何かの因縁でございませう。あまり悴が悪党を致しますので子の罪が親に酬うたのではございますまいか』
三千彦『決して決して、子の罪が親に酬ふ等といふ道理がございませぬ。神様は公平無私にゐらつしやいますから決して人を罰め、苦めるやうな事をなさる筈がございませぬ。况して罪なき本人に子の罪までおきせ遊ばす不合理な事がありませうか。ただこの上はオールスチン様の冥福を祈つてやるより外に道はありますまい。そして一時も早く国替をなさつて病気のお苦みをお助かり遊ばすやう、祈るより外に道はございませぬ』
 かく密々話をして居る処へ、ワックス、オークス、ビルマ、エルの四人は酒を矢鱈にあふりながら、ドヤドヤと病室に入り来り、
ワックス『これはこれは、小国別の御主人様、御病気は如何でございます。お訪ね致さねば済まないのですが、何分私の父が大怪我を致しましたので、一人よりない親、見逃す訳にもゆかず、夜の目も寝ず、孝行第一に看病致して居りました。だと申して大切な御主人様お訪ね致さぬも不忠の至りと、気が気でならず、宅に居つても心は御主人様の身の上に通つて居ります。アア忠ならむと欲すれば孝ならず、孝ならむと欲すれば忠ならず、どうも世の中は思ふやうには行きませぬ。どつちや……いえ、どつち道、私の爺は肋骨を折られて居ますから、死なねばならぬ運命でございます。それで早く死んでくれますれば、御主人様のお世話が出来ます事と、心は焦りますれど、病気ばかりは人間がどうする事も出来ませぬので、ツヒ失礼を致して居りました。どうぞ御無礼の罪お赦し下さいませ。モシ御主人様、家令の父が亡くなりましてもこのワックスがビチビチして後に控へて居りますれば、決して御心配下さいますな。そしてデビス姫様とケリナ姫様とは間近い内にお帰りになりませうから、及ばずながら私がお世話をさして頂きます。これも御安心下さいませ。予めワックスに娘二人をよろしく頼むとただ一言おつしやつて下さいますれば、獅子奮迅の活動を致し、姫様を御目にかけるでございませう。ここに貴方の遺言状を代書して来ましたから、一寸拇印を捺して下さいますまいか。何もワックス一人のためではございませぬ。お館、町内一同のためは申すまでもなく、テルモン国一国のためでございますから』
 小国別はソファーの上にヤツと起き上り凹んだ目をクワツと瞠き、力なき声にて、
『お前はワックスだつたか、何とか云つてるやうだが病気のせいか、耳がワンワンして何も聞えない。女房が其処辺に居るだらうから話があるならトツクリと女房としてくれ。私はもう体が弱つて耳さえ聞えなくなつたから』
と故意と小国別は煩さを排除せむと耳に事寄せて取り合はぬ。
ワックス『モシ、御主人様、チト確りして下さいませ。この館には三千彦と云ふ魔法使が来ましてから怪事百出、貴方の御病気も彼奴の魔法のためでございますよ。その三千彦をテルモン山の牢獄へ押込め、お館の禍を除いたのはこのワックスでございますから、御安心下さいませ』
小国別『何、あの三千彦様を岩窟へ打ち込んだとは、そりや大変な事をしてくれた。あのお方は生神様だ。左様な事を致したらお前等に神罰が当るぞ。早くお助け申して吾前に送つて参れ。怪しからぬ事を致すでないか』
と怒気を帯びて力無き声に呶鳴りつけた。
ワックス『ハハハハハ、貴方の聾は嘘でございましたか。何と都合の好い耳でございますな。御主人様、よく考へて御覧なさいませ。今日か明日か知れぬ身を以て、さう頑張るものぢやありませぬ。このお館はこのワックスが居らねば駄目でございます。バラモン教の聖場へ三五教の宣伝使を引張込む等とは重大なる罪でございませう。こんな事が大黒主の耳に這入つたらどう致します。お道のためにはこのワックスは御主人様でも、何でもございませぬ』
と呶鳴り立てた。
 小国姫、三千彦は頭の上の二階にワックスの声を聞いて居たが下りる訳にもゆかず、……マンの悪い処へ悪い奴が出て来たものだ……と顔を顰め、一時も早く帰りますやうにと、一生懸命に三千彦は大神に祈願を凝らして居た。
 ワックスは益々大きな声で主人より拇印をとらむと迫つて居る。看護婦のセールは見るに見かねて、
セール『もし、ワックス様、旦那様は御大病のお身の上、お体に障りますからどうぞお控へ下さいませ。奥様がお帰りになつた上、とつくりと御相談遊ばしたがよろしからう』
ワックス『エー、看護婦の分際として、家令の悴ワックスに向ひ、無礼の申しやう、すつ込んで居れ。汝等如き卑女の容喙する処でない。モシ御主人様、是非ともこれに拇印を願ひます』
とつきつける。小国別は止むを得ず、
『アア私は目も眩み、耳も遠くなつて何にも分らないが、どんな事が書いてあるのか大きな声で読んでくれ。そしてワックスが読んだのでは当にならぬ。セール、私に代つて、その遺言状を読んでくれ』
セール『ハイ、承知致しました。ワックス様、サア此方へお渡し下さい。妾が旦那様の代りに読まして貰ひますから』
ワックス『モシ、御主人様、読んだ以上は拇印を捺して下さいますか。捺して貰はなくては読んで貰つても何にもなりませぬからな。それから前に定めて置かねば読む訳には行きませぬ』
小国別『読んだ上で拇印を捺してやらう』
ワックス『イヤ有難い。おい、セール、そこは……それ……腹で読むのだ。妙な読みやうを致すと家令の悴ワックスが承知致さぬぞ』
と睨みつける。セールは委細頓着なく病人の耳許に口を寄せて声高らかに読み初めた。

   遺言状の事

一、吾れ帰幽せし後はテルモン山の館の事務一切を家令の悴ワックスに一任すること。
一、小国姫は別に館を建て、比丘尼として一生を安楽に送らすこと。
一、デビス姫、ケリナ姫はワックスに一切身を任すこと。
一、ワックスを当館の養子となし、デビス姫を女房とすること。
一、ケリナ姫はワックスの意志により第二夫人となすもよし、都合によれば他家へ縁づかすもワックスの自由たるべきこと。
 右の遺言状は小国別重病のため筆写する事能はざるを以て、ワックスに代筆せしめ後日のため拇印押捺するもの也。
   年月日   小国別神司

セール『ホホホホホ何とマア虫のよい遺言状でございますこと、モシ、旦那様、こんな事御承知遊ばしますか』
小国別『以ての外の事だ。左様な遺言状には拇印は決して捺さない。引裂いてしまへ』
と怒りの声諸共にワックスを睨めつけた。ワックスは手早くセールの手より遺言状を奪ひ取り、主人の指に印肉をつけ、無理に捺させやうとした。老衰の小国別は抵抗する力もなく進退維谷まつた処へ、宙を飛んで馳来る一頭の猛犬、ウーウーウー、ワツワツと叫びながらワックスに跳びかかり腰の帯をグツと銜へて、猫が鼠を銜へたやうな調子で館の外へ運び行く。オークス、ビルマ、エルの三人は顔色をサツと変へ、スゴスゴと受付の間に走り込み、青い顔して慄うて居る。小国姫はヤツと胸撫で下し四辺を窺ひながら病床に下つて来た。

(大正一二・三・二四 旧二・八 於伯耆皆生温泉浜屋 北村隆光録)



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