出口王仁三郎 文献検索

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物語56-4-171923/03真善美愛未 強請王仁三郎参照文献検索
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第一七章 強請〔一四四七〕

 オールスチンの館には悴のワツクスとエキスとヘルマンの二人が胡床をかいて密々話に耽つて居る。
ワツクス『お前達二人はさう何遍も何遍も無心に来てくれては困るぢやないか。俺もお前の知つて居る通り部屋住だから、さう金が自由になるものぢやない。あの禿チヤンがうまく死んでくれたらこの家の財産は俺の自由だからどうでもしてやるが……さう云はずにしばらく待つて居てくれ、さうすれば小国別夫婦は玉の紛失の咎によつて職務を取り上げられ、厳罰に処せられてしまふ、さうすりや俺がこの玉を発見したと云うて大黒主様に届けたならば、屹度小国別の跡目相続をデビスにさすに定つて居る。さうすれば俺が玉を発見した褒美として婿になるのだ。モウそこに出世がぶらついて居るのだから、さう八釜しう云はずとしばらく待つて居てくれ、その代り、お前を重役に守り立て、さうして幾何でも金は渡してやるからなア。親父に悟られやうものなら、家を放逐され、一も取らず二も取らずになつてしまふ。さうすればお前達も困るぢやないか』
 エキス、ヘルマンの両人はワツクスの悪友で常に好からぬ事ばかり勧めては親父の金を盗み出させ飲み喰ひに費してゐた。ワツクスは元来が何処かに抜けた所のある馬鹿息子である。けれども家令の息子と云ふ事で非常に若い者の仲間には持て囃され、調子に乗つては親父の金を盗み出し、悪友と共に飲食に費つて居た。父のオールスチンは女房には先立たれ、ただ一人の悴ワツクスを力とし、目の中に入つても痛くないほど愛して居た。それ故段々増長して手にも足にも合はなくなつてしまつた。そしてワツクスは小国別の娘デビス姫に恋慕し、明けても暮れてもデビス デビスと口癖のやうに言つて居た。しかし肝腎のデビス姫は、馬鹿息子のワツクスを蚰蜒の如く嫌ひ、目を細くして言ひ寄る度に、手厳しく肱鉄をかませ恥かしめて居た。しかしながらワツクスは益々恋が募つて嫌へば嫌ふほど可愛くなり、何とかして目的を達せむものと、エキス、ヘルマンの二人に相談をかけた。狡猾いエキスは一も二もなく嘲笑つて云ふ。
エキス『デビス姫を君の妻にせうと思へば何でもない事だ。如意宝珠をそつと盗み出し隠してやつたなら、きつと監督不行届きの廉によつて小国別夫婦及び家族一同が免職を喰ひ、その上刑罰に処せらるるに定つて居る。まづ第一にその玉を隠し心配をさせてやると、小国別夫婦が、終の果には百計尽きて、「もしもあの紛失した如意宝珠を探して来た者があつたらデビス姫をやらう」とか、「婿にせう」とか云ふに定つて居る。先づその玉を隠すが一番である』
とエキス、ヘルマンが知恵をつけた。そこで薄野呂のワツクスは夜密に奥殿に忍び込み、エキス、ヘルマンと共力して玉を盗み出し、床下を掘つて人知れず隠して置いた。そして当座の鼻塞ぎとして百両宛渡して置いたのである。しかしエキス、ヘルマンの二人は、忽ち酒食に使用つてしまひ、幾度も幾度も弱身をつけ込んでワツクスの所へ無心にやつて来る。その度ごとにワツクスもいろいろ工夫して渡しておいた。しかし父親の金も、もう無い所まで盗み出して渡して居たのだから、もう幾何請求されても渡す金が無いのである。それ故ワツクスは最早一文も無いから……しばらく待つてくれ、今に願望成就すれば、幾何でも金をやるから……と断つて居たのである、されどエキスは……この家令の家には金銀が目を剥いてゐるに違ひない、脅迫さへすれば、この馬鹿息子は幾何でも出して来るに違ひ無い……と悪胴を据ゑ声を尖らし、
エキス『オイ、ワツクス、余り馬鹿にして貰ふまいかい。金剛不壊の如意宝珠を命がけで盗み出し、もし発覚したら俺達の命がないのだ。さうして甘い汁を吸ふのはお前ばかりぢやないか。天下一品のナイス、デビス姫さまの婿となり、さうしてテルモン山の神司となつて覇張散らす身分になれるぢやないか。俺達両人は何程お前が出世した所で、デビスを女房にする訳にも行かず、神司にもなれないのだから引き合はないのだ。それだからお前から酒代でも貰つて酒でも呑まねば不安で苦しうて、一日でもかうして居る事が出来ない。グヅグヅ云はずに百両ばかり出さつしやい。それでなければ自分達も罪になるのを覚悟して、「恐れながら」と罪状を自白する積だ、それでもよいか』
ワツクス『さう大きな声で云ふものぢやない、近所に聞えたらどうするのだ。俺達の迷惑のみではない親父までが迷惑するではないか』
エキス『迷惑したつて何でい。俺アもう破れかぶれだ。のうヘルマン、犬骨折つて鷹に取られるやうな荒仕事をやらされて耐つたものぢやない。此奴はきつと目的が成就したが最後、自分の権威を笠に着て、俺達を反対に罪に落すかも知れないぞ。それより今の中にもぐるだけはもぐつて甘い汁でも吸ふて置かねば算盤が持てないや。オイ ワツクスの先生、俺が今バラしたが最後、お前の笠の台は飛んでしまふぞ。百両の命は安価ものだ、どうだ買ふ気はないか』
ワツクス『百両は安価やうなものの、さう何遍も百両々々と云ふて来られては堪らないぢやないか。親父の臍繰金まで皆貴様に出してやつたし、もう逆さに振つたつて血も出ないのだ。些俺の心も察してくれないか。九分九厘と云ふ所になつて引くり返つては詮らないぢやないか。俺の目的さへ立てば、お前の思ふやうにしてやるのだから』
エキス『ヘン甘い事云つて乞食の虱ぢやないが、口で殺さうと思つてもその手に乗るやうな哥兄ぢやないぞ。末の百両より今の五十両だ。さつぱりと五十両にまけて置く。サアきつぱりと出したり出したり』
ワツクス『何程出せと云ふても無い袖は振れんぢやないか。そんな無茶の事を云はずに、今しばらくの所我慢してくれ、掌を合して頼むから』
エキス『ヘン、貴様が掌を合して金の一両も降つて来るのなら辛抱もしない事はないが、拝み倒さうと思つても、そんな事に乗るやうな俺ぢやないわい。こんな大きな屋台骨をした家の悴でありながら、親父の金が無くなつたと云つたつて誰が本当にするものか、人を馬鹿にするない。出さにや出さぬでよいわ。これから俺が一伍一什をデビス姫の所へ知らしに行き、二人が証人となつて報告するからさう思へ。オイ、ヘルマン、こんな奴にかかつて居ても仕方がないわ。さア行かう』
と立ち上らうとするをワツクスは慌てて手を握り、真青な顔をしてビリビリ慄ひながら、
ワツクス『オイ、エキス、さう短気を出すものぢやない。暫時待つてくれと頼むのにお前も聞き訳のない男だなア。お前も俺の心を知つとるだらう、有る金を隠して千騎一騎のこの場合、誰が無いと云ふものか。些考へてくれ』
エキス『千騎一騎の場合になつてゴテゴテ云ふ奴は駄目だ。考へもヘチマも有つたものかい、薬罐頭の帰つて来ない中に早く出さないと陰謀露見の恐れがあるぞ。貴様は親父が怖いのか。親父が怖いやうな事では伊勢神楽は見られないぞ……、

 親の財産あてにすれや
  薬罐頭が邪魔になる

と云ふのは俺達の爺の事だ。貴様らは親一人子一人、羊羹よりも甘い奴だから、貴様が何程盗み出して俺にくれたとて、悴の命とつりがへだと聞いたら、滅多に怒る気遣ひはない、余程貴様はケチな奴だなア』
ワツクス『どうか頼みだから、今日だけは柔順く帰つてくれ、何とかまた考へて置くからなア』
エキス『俺も男だ。一旦口へ出した以上は滅多に恥を掻いて帰るやうな哥兄ぢやないぞ。サア、グヅグヅ云はずに出しやがらないか、グヅグヅ云ふとこの鉄拳が貴様の頭にお見舞申すぞ』
と飛びつかうとする。ヘルマンは慌て後より抱留め、
ヘルマン『待つた待つた、短気は損気だ、大事の前の小事だ、今短気を出しては俺達三人の首は無くなるぢやないか。首が無くなつては酒を飲むと云つたつて飲めないぢやないか。今日はまア此処の銀瓶でも持つて帰らう、ナア、ワツクス、金の代りに銀瓶ならお前も何とも云ひはすまい』
ワツクス『それはどうぞ耐へてくれ、今親父が帰つて来て調べたら大変だからのう』
エキス『そんなら床の置物が無垢らしいから、彼品を攫つて行かう、これなら千両や二千両の価値はあるだらうから』
ワツクス『どうぞそれだけは耐へてくれ、親父に見つけられては困るからなア』
エキス『ヘン、二つ目には親父々々と吐しやがつて、親父を煮汁に俺達の要求を拒絶する考へであらう、同じ穴の貂だ。親父だつて貴様の陰謀をすつかり知つて居て、素知らぬ顔をしてけつかるのだ。ええもうかうなつては構ふものか、悪胴を据ゑて百両渡すか、この無垢の置物を渡すかするまでは、十日でも廿日でも坐り込んで動かない覚悟を定めやうかい』
ヘルマン『ワツクスの云ふ通り、今日は柔順く帰つてやらうぢやないか、俺達も矢張疵持つ足だからなア』
エキス『俺は一旦云ひ出した事は後へは退かぬのだ。馬鹿らしい、男がこれだけ金銀の目を剥いて居る家へ来て請求すべきものを請求せずして帰る事が出来るものか、貴様もよい腰抜けだなア』
 ヘルマンはムツと腹を立て、顔を真つ赤にしながら、腹立紛れに何もかも忘れてしまひ、
ヘルマン『こりやエキス、悪垂口を叩くにもほどがある。俺が腰抜けなら貴様は魂抜けだ。今に目に物見せてやらう、覚悟せよ』
と云ふより早く床にあつた無垢の置物をグツと頭上にさし上げ、エキスを目蒐けて投げつけた。エキスは避け損うて向脛にカンと打ちあてられ、
『アイタタタ』
と云つたきり座敷の中央に倒れてしまつた。折柄門口を慌ただしく押し開けて這入つて来たのはこの家の主人オールスチンである。
オールス『オイ、ワツクス、私の留守中に何を喧嘩して居るのだ。些静にせないか』
ワツクス『ヘエ、ほんの酒の上で訳もない喧嘩をおつ初めまして誠に申訳がございませぬ』
オールス『さうではあるまい。最前から門口ですつかり立聞をした。貴様ら三人は如意宝珠を盗んだ大罪人だ。仮令吾子と雖も許す事は出来ぬ。サア三人とも手を後へ廻せ』
ワツクス『お父さま、誠に済まぬ事を致しました。しかしながらもう今日限り心を改めますから、どうぞ内証にして下さい』
オールス『馬鹿を云ふな、誠の道に親疎の区別はない。オールスチンの悴に貴様のやうな大悪人が出来たかと思へば、神様に対し、先祖に対し、申訳がない、どうして俺の顔が立つか。グヅグヅ云はずに罪に伏するが好い。これやエキス、ヘルマンの両人、元を云へばお前達が悴に知恵をかつたのだから、お前等の罪が最も重い、しかしながら悴も悪いのだから免れる訳にはゆかぬ。三人共覚悟してバラモンのお経でも唱へたがよからう』
と両眼に涙を湛えて居る。エキスは吃驚して、
エキス『もしオールスチン様、誠に済まぬ事でございましたが、これには貴方の息子のワツクスも入つて居るのですから、どうぞ大目に見て下さい。どうぞその筋へ突き出す事だけは許して下さい。その代り玉は直様お還し申しますから』
オールス『玉を還す事は勿論だ。しかしながら一旦取つた罪はどうしても許す事は出来ぬ。さてもさても困つた事をしてくれたものだなア。このままにして置いたら御主人の家は断絶、随つてこの家令も監督不行届の罪によつて、どんな厳罰に処せらるるかも知れない。貴様等三人を突出して主家と吾家を守らねばならぬ。斯様な時に悴の愛に引かれて大事を誤るやうなオールスチンではないぞ』
と声高に叱りつけて居る。三人は平た蜘蛛のやうになつて畳に頭をにぢりつけ、只々詫入るばかりであつた。オールスチンは直に神前に額づき『吾子の罪を許させたまへ』と一生懸命に祈つて居る。されど一旦大罪を犯したこの三人はどうしても助ける工夫は無い。もしも自分の子なるが故をもつて罪を許さば綱紀紊乱の端緒を発し、不公平の譏を受け、誠の道を潰してしまはねばならぬ、ああ如何にせむと滝の如くに落涙して居る。二人は目と目を見合せ、後から細縄を首に引つかけ引倒し折重なつて締め殺さうとして居る。オールスチンは力限りに、防ぎ戦ひ、逃げ脱れむとすれども力足らず、彼等がなすままに任すより仕方がなかつた。
ワツクス『オイ、エキス、ヘルマン、俺の親父をさう甚い事をしてくれな、死んでしまふぢやないか。打転す位はよいけれど、命まで取らうとするのか』
エキス『定つた事だい。此奴の命を取らねば俺達の命が無くなるのだ。貴様の命もなくなるのだぞ。何を呆けて居るのだ。オイ、ヘルマン俺は老耄をバラしてしまうから、貴様はワツクスをやつつけてしまへ』
ヘルマン『よし来た』
とワツクスに喰ひつく。茲に二組の殺し合ひが初まり、ジタン、バタンと怪しき物音が戸外まで聞えて居る。この物音を聞きつけ慌ただしく飛び込んで来たのは、小国別の僕エルであつた。エキス、ヘルマンはエルの顔を見るより一目散に裏口から雲を霞と山越に逃げてしまつた。そしてエルは最前からの喧嘩の顛末や由来を残らず聞いてしまつた。オールスチンは漸くにして起き上り首筋の痛みを撫でて居る。ワツクスは、庫の中へ飛び込み、中より錠を卸して慄つて居る。エルは一目散にこの有様を報告せむと、宙を切つて館へ馳帰り行く。

(大正一二・三・一七 旧二・一 於竜宮館階上 加藤明子録)



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