出口王仁三郎 文献検索

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物語56-4-161923/03真善美愛未 不臣王仁三郎参照文献検索
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第一六章 不臣〔一四四六〕

 神殿の拝礼が終ると共に三千彦は小国姫の居間に招ぜられ、茶菓の饗応を受け朝飯を頂き等して寛いでゐる。朝飯が済むと二人の侍女はこの場を立ち去り小国姫は憂ひ顔をしながら現はれ来り、
姫『アン・ブラツク様、よくまアお越し下さいました。折入つてお願致したい事がございますが、聞いては下さいますまいかな』
三千『ハイ、私の力に及ぶ事ならば如何なる御用も承はりませう。御遠慮なく仰せ下さいませ』
姫『有難うござります。早速ながらお伺ひ致しますが、当館は貴方も御承知の通りバラモン教の大棟梁大黒主の神様が、まだ鬼雲彦と仰せられた時分、ここを第一の聖場とお定め遊ばしたバラモン発祥の旧跡でございます。吾々夫婦の名は国彦、国姫と申しましたが、鬼雲彦様より御名を頂いて今は小国彦、小国姫と申して居ります。就いては当館の重宝如意宝珠の玉が紛失致しまして今に行衛は知れず、百日の間にこの玉を発見せなければ吾々夫婦は死してお詫をせなくてはならない運命に陥つて居ります。吾夫はそれを苦にして大病に罹らせ玉ひ、命旦夕に迫ると云ふ今日の場合でございます。悪い事が重なれば重なるもので、今より三年以前に妹娘のケリナと云ふもの、仇し男と共に家出を致し、今に行衛も分らず、夫婦の心配は口で申すやうの事ではございませぬ。どうぞ御神徳を以て如意宝珠の所在をお知らせ下さる訳には参りませぬか』
 三千彦は天眼通が些とも利かないので、こんな問題を提出されても一言も答へる事が出来ない。しかしながら、何とかしてこの場のゴミを濁さねばならないと一生懸命に大神を念じながら事もなげに答へて云ふ。
三千『お話を承はれば実に同情に堪えませぬ。必ず御心配なさいますな。私がここへ参りました以上は必ず神様のお綱がかかつて引寄せられたに相違ございませぬ。ここ一週間の間御祈念致し、玉の所在を伺つてみませう』
とその場逃れの覚束なげの挨拶をして居る。溺るる者は藁条一本にも頼らむとする喩の如く、小国姫は三千彦の言葉を唯一の力とし大に喜んで笑を湛へながら、
姫『御親切に有難うございます。何分によろしうお願ひ致します。そして厚かましいお願ひでございますが、夫の病気は如何でございませうかな』
三千『先づ一週間心魂を籠めて祈る事に致しませう。神様はどうしても必要があると思召したら命を助けられるでせうし、また霊界にどうしても御用があると思召したら命をお引き取りになるでせう。生死問題のみは如何ともする事は出来ませぬ。これは神様にお任せなさるより外に道はありますまい』
姫『仰せの如く何時も私も信者に生死問題に就いては、人間の如何ともする所でないと説いて居ますが、さて自分の身の上に関するとなるとツイ愚痴が出たり、迷ふたりしてお恥しき事でございます。それから、も一つ申兼ねますが娘の行衛でございます。彼娘はまだ無事にこの世に残つて居るでせうか。或は悪者のために殺されたやうな事はございますまいか。そればかりが心配で堪りませぬ』
 三千彦はどれもこれもよい加減な返事はして居れない。エー、ままよ、一か八かと決心して、
三千『娘さまの事は御心配なさいますな。屹度神様のお恵で近い内に無事にお帰りになります』
姫『ハイ、有難うござります。そして娘は今頃は何処の国に居りますか。一寸それを聞かして頂きたいものでございます』
 三千彦はハツと詰まりながら肝を放り出して、
三千『つい近い所に隠れて居られます。まア御心配なさいますな。軈て帰られますから、しかし詳しい事は御神殿で伺つて来なくては申上兼ねますから』
姫『成程、さうでございませう。どうぞ御緩りなさいましたら、一度御神勅を伺つて下さいませ』
三千『ハイ、承知致しました。これから早速伺つて参ります。しかしながら誰方もお出でにならぬやうに願ひます』
と云ひ残し神殿さして進み行く。
 三千彦は神殿に進み小声になつて天津祝詞を奏上し、終つて、
三千『私は大変な難問題にぶつつかりました。しかしながら苟くも三五の宣伝使、いい加減な事は申されませぬ。もしいい加減の事を申し、化けが露はれたなら、それこそ神様のお名を穢し、師の君に対しても相済みませぬからハツキリした事を、ここ一週間の間に私の耳許にお聞かせ下さいますか、但は夢になりと知らして下さいませ。そしてなる事なら吾師の君の所在のほどもお示し願ひます』
 かく念じてしばらく瞑目して居ると忽ち背中がムクムクと膨れ出し、犬のやうなものが負ぶさつたやうな重味が感じて姿は見えねど、少し掠つた声で耳許に囁いた者がある。これはスマートの精霊が三千彦の身を守るべく諭してくれたのである。さうしてその示言は左の通りであつた。
精霊『三千彦殿、其方は大変に心配を致して居るが、玉国別様一行は軈て近い内にこの館でお目にかかれるであらう。そして当館の重宝如意の宝珠は家令の悴ワツクスと云ふ者がある目的のために隠して居るのだから、これも只今現はれるであらう。儂は初稚姫の身辺を守るスマートと云ふものだが、小国姫に対しては決してワツクスが匿して居る等と云つてはなりませぬぞ。しかし直様、現はれるやうに致すから心配致すなと云つて置きなさい。またこの家の主人小国彦はここしばらくの寿命だから、それは諦めるやうに云ふて置くがよい。また娘のケリナ姫は三五教の修験者に助けられ、近い中に帰つて来る。これも安心するやうに知らしてやりなさい。尋ねる事は、もうこれでないかな』
と小さい声が聞えて来る。三千彦は初めて天耳通が開けたものと考へ、非常に喜んで大神に感謝し、莞爾として小国姫の居間に引返した。小国姫は三千彦の何処ともなく元気に充ちた顔色を見て、
姫『こりや、些と有望に違ひない』
と早くも合点し、さも嬉しげに、
姫『これはこれはアンブラツク様、御苦労様でございました。御神徳高き貴方、定めし神様のお告げを直接お聞きなさいましたでせう。どうぞお示し下さいませ』
三千『イヤ、さう褒められては恐れ入ります。何を云つてもバラモン教へ這入つてから、俄に抜擢されて宣伝使になつたものの、経文も碌にあがりませぬ。ただ信念堅実と云ふ廉を以て宣伝使にして貰つたのですから、バラモン教の教理は少しも存じませぬが、信仰の力によりまして天眼通、天耳通を授けて頂いて居ります。それでどんな事でも鏡にかけた如く知らして頂けます』
姫『イヤ、結構でございます。今の宣伝使は難い小理窟ばかり云つて、朝から晩まで経文の研究に日を暮し、肝腎の信仰が欠けて居ますから、神様のお取次でありながら、些とも大神の意思が分らないのでございますよ。何を云つても不言実行が結構でございます。さうして神様は何と仰せられましたかな』
三千『はい、明白した事は分りませぬが私のインプレッションに拠りますれば、このお館の重宝は近い中にお手に這入ります。屹度私が貴女にお手渡しをしますから御安心下さいませ。さうしてお嬢さまは日ならずお帰りになります。しかしながら旦那様はお気の毒ながら天国へ御用がおありなさるさうだから先づお諦めなさるがよろしからう』
姫『どうも有難うござりました。神様の御用で昇天するとあれば止むを得ませぬが、成る事ならば夫の生存中に如意宝珠の在所が分り、また娘の顔を一目見せたいものでございますが、如何でござりませう、これは叶ひますまいかな』
三千『イヤ、御心配なさいますな。これは屹度現はれて参ります。そして御主人が如意宝珠を抱き、片手に姫さまを抱いて喜び勇んで国替をなさいますから、まア一時も早く神様のお繰合せをして頂くやう御祈願を成さいませ。私も一生懸命に御祈願致します』
姫『ハイ、有難うございます』
と嬉し涙にかき暮れる。かかる処へ家令のオールスチンは衣紋を繕ひ現はれ来り、
オールス『もし、奥様、旦那様が大変お苦みでございます。そして奥を呼んで来てくれとおつしやいますからどうぞ早く側へ行つて下さいませ。私は宣伝使のお側にお相手を仕りますから』
姫『アン・ブラツク様、今家令の申した通り、主人が待つて居りますから一寸行つて参りますからどうぞ御緩りとお休み下さいませ』
と言ひ捨てて忙しげにこの場を立つて行く。
 オールスチンは三千彦に向ひ、
オールス『宣伝使様、どうも御苦労様でございます。お聞及びの通りこのお館には大事が突発致しまして上を下へと騒ぎ廻つて居ります。どうか貴方の御神徳によりまして、この急場が逃れますやうにお願ひ致したうございます。そして神様の御神勅は如何でございましたか』
三千『御心配なさいますな。如意宝珠の玉は決して外へ紛失はして居りませぬ。このお館に出入する相当な役員の息子が、ある目的を抱いて玉を匿して居ると云ふ事が、神様のお告げで分りました。軈て出て来るでございませう』
オールス『エ、何とおつしやります、あの如意宝珠の宝玉をこの身内の者が匿して居るとおつしやるのですか。そしてこの館へ出入する重なる役員の息子とは誰でございませう。参考のためにお名を聞かして頂きたうございますが……』
三千『まだ私も修行が足りませぬので、隠した人の姓名まで明白り云ふ事は出来ませぬ。丸顔の色白い男だと云ふ事だけは確に分つて居ります』
オールス『はてなア、妙な事を聞きまする。しかしながら誰が匿してあるにせよ、これを探し出さねば小国彦様の言ひ訳が立たず、またこの館の役員までが大黒主から厳しい罰を受けねばなりませぬ。そしてその玉は近いうちに現はれるでございませうか』
三千『屹度現はれます。成るべく事を穏かに済ませたいと思ひますから、どうぞ秘密にして置いて下さいませ。互に瑕がついてはなりませぬからな』
オールス『成程、おつしやる通りでございます。こんな事が外へ洩れては一大事、一時も早く現はれますやう、そして旦那様に一時も早く安心の行くやう、願つて下さいませ』
三千『ハイ、承知致しました』
 かかる所へ小国姫は再び現はれ来り、
姫『もし、宣伝使様、主人が大変に様子が悪うなりましたから、どうぞ一つ御祈祷をしてやつて下さいますまいかな』
三千『それはお困りです。しからば参りませう』
と云ひながら家令と共に主人の居間に通つた。
 小国彦は熱に浮かされて囈言を云つて居る。そして時々、ワツクス ワツクスと呻いて居る。ワツクスとは家令のオールスチンが息子である。オールスチンはこれを聞くよりハツと胸を撫で、俯向いて思案に暮れて居る。小国姫は少しく声を尖らしながら、
姫『これ、オールスチン、今旦那様が夢中になつて「ワツクス ワツクス」とおつしやるのはお前の悴の名に違ひない。何か旦那様に対し、御無礼の事をして居るのではあるまいか。よく調べて下さい。この宣伝使様にお尋ねすれば直分るだらうけれど、こんな事まで御苦労になるのは畏れ多い事だから、お前、心に当る事があるなら包まず隠さず、ワツクスの事に就いて述べて下さい』
オールス『ハイ、心当りと申しては何もございませぬが、ともかく宅へ帰りまして悴を調べて見ませう。しばらくお待ち下さいませ。しからば奥様、旦那様をお大切にして下さいませ。アンブラツク様、左様ならば一寸宅まで帰つて参ります。どうぞよろしうお願ひ申します』
と言葉を残し急ぎ吾家を指して帰り行く。
 オールスチンは館を出でて吾家に帰る道すがら幾度となく吐息をつき、何事か心に当るものの如く首を傾けながら、杖を突きトボトボとして吾家に帰り行く。田圃の稲葉は風に煽られてサラサラと勇ましく鳴つて居る。燕は前後左右に梭をうつやうに黒い羽根の間から白い羽毛を現はし、或は高く或は低く大車輪の活動を稲田の上にやつて居る。寝むたさうに梟の声はホウホウと家の後の森林から聞えて居る。オールスチンは秘かに吾家の門口に帰つて見ると二三人の人声が盛に聞えて居る。心にかかるオールスチンは耳をすませて門の戸に凭れ話の様子を立聞きし居たりけり。

(大正一二・三・一七 旧二・一 於竜宮館 北村隆光録)



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