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物語56-4-151923/03真善美愛未 猫背王仁三郎参照文献検索
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第一五章 猫背〔一四四五〕

三千彦『厳の御霊と現れませる  高皇産霊の大御神
 瑞の御霊と現れませる  神皇産霊の大御神
 珍の御水火に現れませる  三五教の大神は
 埴安彦や埴安姫の  神の命を世に降し
 天地百の神人の  霊を浄め天国の
 清き聖場に救はむと  心を配らせ玉ひつつ
 神素盞嗚の大神に  その神業を任け玉ひ
 茲に瑞の大神は  神漏岐神漏美二柱
 神の御言を天地に  麻柱奉り常暗の
 世を平けく安らけく  治めて松の御世となし
 日出の守護に復さむと  百の司を養成し
 豊葦原の中津国  国の八十国八十の島
 残る隈なく巡らせて  天国浄土の福音を
 拡充せしめ玉ひけり  天足の彦や胞場姫の
 曲のすさびにつけ入りて  この世を紊す曲津神
 八岐大蛇や醜狐  曲鬼共は天の下
 治むる国の司人  その外百の人々に
 憑りて所在曲わざを  縦横無尽に敢行し
 日に夜に世界を汚し行く  醜のすさびぞうたてけれ
 斎苑の館の宣伝使  玉国別の弟子となり
 神の教を四方の国  伝へむものと真心の
 思ひは胸に三千彦が  ライオン河を渡りてゆ
 広野の中に日をくらし  やむなく眠る露の宿
 暗路を辿る折柄に  バラモン教の落武者が
 幾百人とも限りなく  手に手に兇器を携へて
 三五教の宣伝使  鏖殺せむといきり立ち
 吾一行の身辺を  十重や二十重に取囲み
 剣をかざし石を投げ  勢猛く攻め来る
 玉国別の師の君や  真純の彦は言霊を
 力限りに打出して  防戦したる折もあれ
 敵の突出す槍先に  股をさされて伊太彦が
 その場にドツと倒れ伏す  見るより驚き真純彦
 伊太彦小脇にかい込んで  敵の重囲を切りぬけつ
 何処ともなく逃げ行きぬ  吾師の君も大勢に
 取囲まれて何処となく  姿を隠し玉ひける
 後に残りし三千彦は  俄に言霊渋りきて
 詮術もなき悲しさに  命カラガラ囲をば
 突破しながら漸くに  吾師の跡を尋ねつつ
 此処まで進み来りけり  ああ惟神々々
 尊き神の御守  吾師の上に顕れまして
 神に受けたる使命をば  完全に委曲に果すべく
 恵の露を賜へかし  真純の彦は今何処
 伊太彦司の槍創は  最早癒えしか或はまた
 深手に悩み山奥に  隠れて病を養ふか
 聞かまほしやと思へども  曇りし霊の吾々は
 神に伺ふ由もなく  道の行手を気遣ひつ
 バラモン教の籠もりたる  テルモン山の近くまで
 知らず知らずに着きにけり  油断のならぬ敵の前
 企みの穴の陥穽  数多拵へ三五の
 教司の来るをば  手具脛ひいて待つと聞く
 ああ惟神々々  尊き神の御前に
 吾師の君を始めとし  吾等一行の幸運を
 謹み敬ひ願ぎまつる』  

と密々唄ひながら、テルモン山より流れ落つるアン・ブラツク河の川辺に着いた。頃しも夏の半にて半円の月は西天にかかり、利鎌のやうな鋭い光を投げてゐる。三千彦は日の暮れたのを幸、川堤に腰をおろし、小声になつて天津祝詞を奏上し、終つて独り言、
三千『ああ、水の流れと人の行末、変れば変るものだなア。玉国別の師の君のお伴をなし、去年の冬斎苑の館を立出でてより、浮つ沈みつ、種々雑多の艱難苦労、その中にも吾師の君は、懐谷において猿に眼を破られ玉ひ、止むを得ず祠の森に立て籠り、御神勅のまにまに、祠の宮を建設遊ばし、吾等三人の弟子と共に潔く月の国ハルナの都へ、神のよさしのメツセージを果たさむと、勇み進んで来る折しも俄の雨にライオン河の大激流、目も届かぬばかりの川巾を水馬に跨り、命カラガラ此方へ渡り、日を暮らして、広野の中に一夜を眠る時しも、バラモン教の残党数多襲ひ来り、吾友の伊太彦は敵の鋭き手槍に刺され、生死のほどもさだかならず、師の君を初め真純彦は今何処へ行かれたか、何の便りも夏の夜の、月に向つてなく涙、乾く由なき袖の露、憐れみ給へ月照彦の神』
と述懐を述べ、一生懸命に祈つて居る。
 三千彦は漸くにして、川の堤の青草の上に眠に就いた。沢山の蚊が人間の匂ひを嗅ぎつけて、珍らしげに集まり来り、ワンワンワンと厭らしい声を立て、三千彦の体一面に折重なつて喰ひついてゐる。この時俄にレコード破りの川風吹き来り、堤上に眠つてゐた三千彦の体を鞠の如く転がして、あたりの泥田の中へ吹き込んでしまつた。三千彦は驚いて立ち上らうとすれ共、泥深くして腰のあたりまで体がにえこみ、どうする事も出来ず、チクチクと身は泥田に没し、最早首だけになつてしまつた。このままにしておけば全身泥に没し、三千彦の生命は既に嵐の前に灯火の如き運命に陥つてしまつた。三千彦は一生懸命に天津祝詞を奏上し、せめて肉体は泥田の中に埋めて死す共、吾精霊を天国に救はせ玉へと、声を限りに祈つてゐる。かかる所へ黒い四つ足の影、何処ともなく現はれ来り、三千彦の体の囲の泥土をかきのけ、泥のついた着物を喰わへて、自分もまた体を半分以上泥土に没しながら、漸く堤の上に救ひ上げた。三千彦は如何なる獣か知らね共、自分を助けてくれたのは、全く神様の使に違ひあるまいと、双手を合せて、黒い獣を一生懸命に拝み、泥だらけの着物を着けたまま川の浅瀬に飛入り、ソロソロ洗濯を始め出した。黒い影の獣は復川中にバサバサと飛込み、自分の体を洗つてゐる。
 三千彦はザツと衣類の洗濯をなし、夏の事とて、白く焼けた河原の砂利の上に着物を干し、自分は蚊を防ぐために、全身を水に浸けて夜を明かすこととなつた。獣の影は何時しか見えなくなつてゐる。夏の一夜を漸く明かし、よくよく自分の衣類を見れば、着物一面に毛の生えた如く、厭らしい蛭が喰付いて居る。粘着性の強い蛭で容易におちない、手を以て落とさうとすれば手に喰付き、どこまでも離れてくれぬ。『エー一層の事、この着物は川へ棄て、裸の道中で、行く所まで行つてやらうか』と思案を定めてみたり、『いやいや待て待て、夜分になれば、また蚊の襲撃を防ぐ事は出来ぬ、ぢやと云つてこれだけ沢山の蛭のついた着物を身につけばまた血を吸はれる、ハテどうしたらよからうか』と身の不遇を嘆き、再び堤に上つて、涙にくれてゐた。
 遙向方の方より夜前見た黒い獣が矢を射る如く此方に向つて走つてくる。これは初稚姫が三千彦の難儀を前知して、スマートに言ひ含め、救援に向はしめ玉うたのである。スマートは、立派なバラモン教宣伝使の服を喰わへて来た。そして三千彦の前に二声三声、ワンワンと吠ながら、尾を振つて、これを着よとすすむる如き形容を示した。三千彦は感涙に咽びながら、
三千『ああお前は畜生にも似ず、賢い犬だなア、よう助けてくれた。キツと神様のお使に違ひなからう。ついてはこの服は私が頂戴する。しかしながらバラモン教の宣伝使服だ。これも何か神様の深い思召があるだらう。これを幸、バラモン教の宣伝使と化け込んで、このテルモン山を向方へ渉つてみようかなア』
と独ごちつつ、手早く服を身に纒うた。フツと足許を見れば、最早犬の影はなくなつてゐた。遙向方の禿山を駆け登る犬の影、猫ほどに見えてゐる。三千彦は浅瀬を渡つて西岸へ着き、ワザとバラモンの宣伝使気取になつて、経文を唱へながら進んで行く。
 六十ばかりの白髪交りの婆々アが二人の侍女を伴ひ、杖をつきながら此方に向つて進み来る。三千彦は道の片方に立止まり、『ハテ不思議な婆々アだ。毘舎や首陀とは違つて、どこ共なしに気高い所がある。これは大方小国別の奥方ではあるまいか』と独ごちつつゐる所へ早くも三人は近づき来り、
婆『お前さまはバラモン教の宣伝使と見えるが、私はテルモン山の館を守る小国別の妻小国姫でございます。どうぞむさ苦しい所でございますが、一寸立よつて下さいますまいか、そしてお名は何と申しますか』
と矢つぎ早に尋ねられ、三千彦は俄に仮の名を思ひ出す訳には行かず、
三千『ハイ私はお察しの通り、バラモン教の宣伝使でございます。この度、鬼春別将軍様の陣中に交はり、宣伝使専門の役を勤めて参りました所、お聞及びもございませうが、鬼春別様は敵のために手いたく敗北遊ばし、やむを得ず私はただ一人で此処まで参つたのでございます。テルモン山の御旧蹟を拝したいと存じ、ヤツとのことで夜を日についで、霊地へ足を踏み入れたとこでございます』
と長い口上を云つて、その間に自分の名を考へ出さうとしてゐる。もしもバラモン教の宣伝使や錚々たる人物の名に匹敵した事を喋つては直に看破さるる虞があると気遣ひ、どう云つたら無難であらうかと考へた末、今渡つて来た川の名を思ひ出し、俄に元気よく、
『私は宣伝使と云つても、ホンのホヤホヤでございますから、名のあるやうな者ではございませぬ、アン・ブラツクと申すヘボ宣伝使でございますが、どうぞ一度お館に参拝をさして頂きたいものでございます』
姫『あ、左様でございますか、貴方のお名はアン・ブラツク様でしたか、何と目出たいお名でございますなア、このアン・ブラツク川は昔から濁つた事のない清川でございますが、その名を負はせ玉ふ宣伝使に出会うとは、何といふ結構な事でせう。これでテルモン山の館も、万世不動の基礎が固まるでせう。実の所は夢のお告に「アン・ブラツク川の岸辺に行け、さうすればお前を助ける真人が現はれる」との事でございましたので、信頼ない夢を力として参りましたが、矢張り神様のお告げと見えて、尊い名の宣伝使に会ふ事が出来ました。ああ有難い有難い』
と嬉し涙をたらしながら合掌する。三千彦は真面目な顔して、
三千『ハイ承知致しました。しからばお世話に与りませう』
姫『早速の御承知、満足に存じます。……コレ、ケーや、セミスや、宣伝使のお荷物を持たして頂きなさい』
ケー『ハイ何でも持たして頂きますが、別に何もお持になつてはゐないぢやございませぬか』
姫『それでもお背に沢山の荷物を負うてゐらつしやるぢやないか』
ケー『奥様、あれは荷物ぢやございませぬ、宣伝使様が猫を負うてゐらつしやるのですよ。なア、セミスさま、さうぢやございませぬか』
 三千彦は何時の間にやら背中にブクブクとした瘤が出来てゐたが、背中の事とて少しも気がつかなかつた。
三千『アハハハハ、猫に見えますかな、どうで犬に……』
と云ひかけて俄に口をつぐみ、
三千『犬か猫のやうな霊ですから、仕方がありませぬ。まアさうおつしやらずに可愛がつて下さいませ』
 小国姫は『サア参りませう』と先に立つて行く。三千彦は半安半危の面持にて門内深く進み入り、小国姫と共に直ちに神殿に至つてバラモン教の経文を称へた。三千彦はただ聞き覚へに経文のそしり走りを知つてゐるばかりで、余り大きな声を出し、間違つた事を言つては、忽ち看破さるる事を恐れ、ワザと小声になり、教服に添へてあつた数珠を爪繰りながら、一生懸命に念じてゐる。何時の間にやら三千彦の猫背は元の通りに痕跡もなく直つてゐた。これはスマートの霊が三千彦を無事に館内に送りかつその身辺を守らむがためであつた。スマートは館の床下に隠れて守つてゐる。

(大正一二・三・一七 旧二・一 於竜宮館 松村真澄録)



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