出口王仁三郎 文献検索

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物語56-2-91923/03真善美愛未 我執王仁三郎参照文献検索
キーワード: 数秘学
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第九章 我執〔一四三九〕

 求道居士が息をこめて吹き立てた法螺貝の音にベル、ヘル、ケリナの三人はこの場より煙の如く姿を消した。求道居士の影もいつしか消えて幽かに法螺の音が遠く聞えてゐる。高姫はシャル、六造の二人に向ひ、
高姫『コレ、シャル、六造の両人、何と高姫の神力は偉いものだらうがなア。余り我が強いによつて、義理天上様が勘忍袋をお切らし遊ばし、ホンの一寸お睨み遊ばすと共に、あの法螺吹もベル、ヘルの両人もハイカラ女も、皆一度に煙散霧消跡型もなくなりにけり……といふ悲惨な有様だ。これを見て改心をしなされ。六さんはまた唖か何かのやうに一言もいはずに、今までどこに居つたのだえ』
六造『ヘー、余り法螺の貝が恐ろしいので、一寸厠の中へ隠居して居りました。随分強い奴がやつて来た者ですな。それにしてもベルの奴、私をライオン川に放り込みやがつた天罰で煙の如く消えてしまつたのは小気味のよいこつてございます。これも全く高姫様の御神力の致す所と、有難く感謝を致して居ります』
高姫『それだから神に凭れてさへ居りたら神が仇を討つてやらうとおつしやるのだ。今までのヤンチヤをスツカリ改良して、何事もこの生宮の申す通りにするがよいぞや』
六造『ハイ、何でも致しますが、しかし何だか気分が悪くなつて来ました。一杯おごつて貰いませぬと、元気が付きませぬワ』
高姫『エーエ付け上りのした、お前はそれだからいかぬのだ。お前の仇をあの通り消滅さしてやり、結構な教を聞かして居るのに、一杯呑ませなんて、何と云ふ厚かましい事を云ふのだいなア』
六造『イエ私は酒を呑ましてくれと云つたのぢやございませぬ。お前さまの持つて居る出刃を懐に呑まして欲しいと云つたのです。どうか一口頂く訳には行きませぬかな』
高姫『ならんならん、出刃のやうな兇器を持つて、どうする積だい、また出刃亀にでもなる積だらう』
六造『イエ、出刃亀ぢやありませぬ、出刃六になる考へです。これを以て風呂屋の障子を四角に切り、三助やおさんの活動を覗く考へです。三助とおさんと寄れば六でせう。そこへ六さんが這入ると六六三で十五夜の満月になりませうがな。お前さまは最前も小声で唄つてゐたでせう……十五夜に片割月があるものか、雲に隠れてここに半分……と聞きましたよ。十五夜の片割月は余り目出度くありませぬから、私がこれから出刃六となり、三五の月となりて第一霊国へ上り、月の大神様に、お前さまの今の有様を報告せうと思つてゐるのだ。どうです、名案でせう』
高姫『明暗も顕幽もあるものか、お前の霊は暗の暗だ。それだから暗本丹と人に云はれるのだよ。六でなしだから、名まで六造だ。どうで月の国へ行けるやうな代物ぢやない。六道の辻代物だ。イヒヒヒヒ』
六造『コリヤ高、俺を何方と心得てるンでえ、エエン。今までは法螺つ吹先生が来よつたので、俺も聊か面喰つてすつ込んでゐたのだが、モウかうなりや〆たものだ。誰憚る者もなし、婆の一匹や二匹は俺の自由自在だ。サア有金をスツパリ渡すか、さなくば、衣類一切をここへつん出して、あやまるか、どうだ。汝の槍は俺が、実の所はボキボキに折つといたのだ。ゴテゴテ申すと命がないぞ』
高姫『コレ、シャル、お前は私の家来ぢやないか、何をグヅグヅしてゐるのだい。サ、この出刃を貸すから、負ず劣らず、此奴に対抗して取つつめてやりなさい。善を助け悪を懲すは神の道だ。こんな者が世の中にウヨウヨしてゐると、世界にどれだけ害を流すか分らない。サア、これを確り握つて強圧的に出るのだよ』
シャル『高姫さま、チツトそれは自愛ぢやありませぬか、私は何だか地獄のやり方のやうに思へてなりませぬがな、威喝や憤怒や復讐などは、神の国には影さへもないぢやありませぬか』
高姫『エーエ、気の利かぬ男だな、正当防衛といふ事を知つてゐるかい。何程誠の道だと云つても、ジツとして居つたら、この高姫の生宮がどんな目に合はされまいものでもない。この生宮は大神様の大切なお道具だから、それを守護するのはお前の役目だ。サアお前の手柄を現はす時だ。かういふもののこの高姫は、六のやうな者が千匹万匹束になつて来たとて屁とも思うて居ないが、お前の弟子入りした初陣の功名に、此奴をとつつめさしてなるのだから、生宮様のお馬の前の功名だ。サア、結構な御神徳を頂くのは今だぞえ。エーエ、慄つてゐるのかいな、何だ気のチヨろい。そんな事で、よう今まで盗人が出来たものだなア』
六造『ワツハハハハ、オイ、シャル、そのザマは何だ。随分体が微細にワク……ワクと動いてゐるぢやないか、エヘヘヘヘ』
シャル『オイ六、俺は決してお前に抵抗する意志はないのだから、俺には決して危害を加へないやうにしてくれ、そして高姫は何から何まで見えすく生宮だから、天下のためにこれを傷付けるやうな事があつては大変な損害だよつて、どうぞ、そんな無理な事を言はずに、トツトと帰つてくれ、頼みだからなア』
六造『オイ高、ツベコベと人の受売ばかりしやがつて、日出神の生宮を標榜してゐるが、一遍その出刃を此方へ渡せ、実の所はお前の肚を断ち割つて、日出神の出現を願ふ積だ。日出神もこんな肉体に這入つてござつてはお気の毒だからなア』
 高姫は稍慄ひながら、ワザと空元気を出し、
『この生宮を何とお前は心得てるのか、ヘグレのヘグレのヘグレ武者、ある時は天に蟠まる竜ともなり、ある時は蠑螈となつて身を潜め、千変万化の活動をいたして、この世を守護致す弥勒様の太柱だ。左様な事を申すと神罰が当つて、忽ち地獄行を致さねばならぬぞや』
六造『何だか俺はお前の面を見るとムカついて仕方がないのだ。地獄へ堕されうが、そんなこたア、構ふものかい。地獄へ堕ちるのが厭だと云つて、心にもないおベツカを使ふのは、自分の潔しとせざる所だ。そんな心になれば、お前の最前言はれたやうに自愛心になるのだから、放つといてくれ。それよりも一旦言ひ出したらば後へは引かぬ六造だ。サア、キレーサツパリと、何もかも渡して貰ひませう』
 シャルは一生懸命に、
『義理天上日出神様、一時も早くこの六造を改心さして下さいませ。生宮様の御難儀でございます。惟神霊幸はひませ』
と小声で祈つてゐる。高姫はツト立つてこの家を逃げ出し相な様子が見えた。六は背後からグツと首筋を引掴み、力に任して引倒した。シャルはこれを見て、吾師の一大事と、矢庭に六の胸倉を取り、力限りに締めつけた。不思議や六はスボツと脱けて三間ばかり後につつ立ち、大口をあけて、
六造『アツハハハ』
と笑つてゐる。そこへ何処ともなしに宣伝歌の声が聞えて来た。この声を聞くより六は、天井の窓から煙の如く逃出してしまつた。高姫はヤツと安心し、またもや法螺を吹出した。
高姫『オホホホホ、コレ、シャル、日出神の生宮の御神徳は偉いものだらう。あの通り御神徳に恐れて消えてしまふのだからな』
シャル『それでも、貴方、大変に体がフラックツァールしてゐたぢやありませぬか。このシャルは高姫さまが恐れて精神動揺を遊ばしたのだと思ひ、随分心配致しましたよ』
高姫『ホホホホ、私がフラックツァールしたのは一厘のお仕組を現はしてみたのだよ。彼奴は影の代物だから、此方の言ふ通りになるのだ。影は形に従ふものだ。日の照る所へ出て、体を動かして見なさい、キツと影法師が動くだらう。さうだから高姫が動揺して見せたのは、影人足の六公をゆり散らす神の御神法だ。何と御神力といふものは結構なものだらうがなア』
シャル『成程矢張貴女は、チェンジェーブルの術に長けてゐられますな。それでヘグレのヘグレのヘグレ武者といふ事が合点が参りました。イヤもう大変な御神徳を戴きました。サンキューサンキュー』
高姫『コレ、サンキューとは何を云ふのだい。六が帰んだと思へば、また三九だのと、三九の数は十二ぢやないか、何と云ふ意味だい。ハツキリと聞かして貰ひませう。チェンジェーブルだの、三九だのと、鳥のなくやうな声を出して……神には分りませぬぞや』
シャル『別にお前さまの御考へ遊ばすやうな深い意味があるのぢやございませぬ、サンキューと云つたのは有難うと感謝したのでございます。チェンジェーブルと云つたのは、何にもよく変げ遊ばす尊い神様だと感心したのでございます』
高姫『ウン成程、そんならこれから精出して、私をチェンジェーブルの大神様といふのだよ。サンキューも許しますから、精出してサンキュー サンキューと云ひなさい』
シャル『チェンジェーブル大神様、サンキュー サンキュー、サンキュー サンキュー サンキュー、モ一つサンキューまだサンキュー、……サンキュー サンキュー サンキュー、モシモシこれでお気に入りますかな』
高姫『エーエ、過ぎたるは及ばざるが如しといふぢやないか、サンキューもいいかげんにしときなさい、融通の利かぬ男だなア』
シャル『コルブス コルブス、サークイ サークイ』
高姫『また分らぬことを言ふぢやないか、コルブスとは何の事だい』
シャル『ハイ、コルブスといふ事は、死体といふ事です、サークイといふ事は臭いといふ事です』
高姫『エー、増長するもほどがある。何程したいと云つても、ヘン、お前等に相手になる生宮ぢやありませぬぞや。そして臭いとは、何といふ無礼な事をほざくのだい。それほど臭ければ、そこに居つて下さるな』
シャル『実の所は死体のやうな臭い匂ひがしたといふのです。それは高……オツトドツコイ高い窓から脱けて帰にやがつた六の事ですよ。本当に臭い奴でしたなア』
高姫『お前の云ふ通り鼻持のならぬ代物だつた。マアマア悪魔が払へて結構だ。サアこれからお前は何事も私の云ふ通りに致すのだよ』
シャル『一旦貴女に体を任した以上は何でも聞きますが、しかしながらかうして男女が二人一つ家に住居をしながら、両方がセリバシー生活をやつてゐるのも無駄ぢやありませぬか。何とかそこは妥協の余地がありさうなものですなア』
高姫『ホホホホ、チツトお前のスタイルと相談して御覧。そんな事云へた義理ぢやありますまい。年から云つても三十ばかりも違ふぢやないか、せうもない事を云つて生宮をおだてるものぢやありませぬぞや』
シャル『お前さまは神様のアボッスルだから、到底私のやうな俗人の側へおよりになつても神格が汚れるでせう。無理とは申しませぬ、しかしながら肉体上から言へば、貴女も私もウルスヴルングは皆神から発してゐるのですから、霊はともかくとして、さう軽蔑するものぢやありませぬワイ』
高姫『ウルスヴルングなんて、また怪体な事を言ふぢやないか、どこまでもうるさく口説くといふのかなア。そんな野心はやめたがよからう。お師匠様の生宮に向つて、チと無礼ぢやないか』
シャル『貴女は何処までもセリバシー生活を続けて行く考へですか、四十後家立つても五十後家立たぬといふぢやありませぬか。何程表面で立派に男嫌を標榜してる女でも、何時とはなしにそのインスチンクトが現はれて、遂には操を破るのが避く可らざる女の境遇ですよ。さうだから露骨に素直にこのシャルが直接交渉を開いたのです。私だつてハタの友達が皆お前さまの説に反抗するにも関らず同情を表し、お味方になつたのも、そこにはそれ、一つ曰く因縁がなくちや叶ひますまい』
高姫『エー、汚い、インスだとか、チンクトだとか、碌なこた言はせぬのぢやないか、そんな事を申すと、風俗壊乱になりますぞや、チツとたしなみなされ』
シャル『あああ、サツパリ サツパリだ。男と生れてしかもこんなお婆さまに、エッパッパをくはされちや、どうして男の顔が立つものか。エー飽くまでも初志を貫徹するのが男だ。コレ高姫さま、何と云つても駄目ですよ。何程お前さまが神力が強いと云つても、肉体と肉体と争へば、到底男には叶ひますまい』
 高姫は厳然として威儀を正し、
『コリヤ、シャル、何と心得てゐる。この肉体は勿体なくも、時置師神、斎苑の館の総務をしてござつた杢助様の奥方だぞえ、何と心得てゐるか』
シャル『ヘー、さうでございましたか、何でも杢助さまといふ宣伝使は偉い神力が備はつてゐると聞いて居りましたが、その杢助様は今何処にゐられますか』
高姫『お前はまたそれを尋ねてどうする考へだ』
シャル『別にどうせうと云ふ考へもございませぬが、一遍お目にかかつてみたいのです』
高姫『オホホホホ、お目にかかりたければ、モツと霊を研きなされ、杢助様は神変不思議の術を使つて、雲に乗り、天へ上られたのだ。天では時置師神様が天人の霊を守護遊ばされ、地では高姫が汚れた霊の洗濯をしてゐるのだ。何れ下つてござるに違ひないから、その時に目の眩まぬやうに、何事も高姫の申す通り、神妙に御用を致すのだ。今後は一切口答へなどしてはなりませぬぞや、そして女などには心を寄せることは出来ませぬぞ。お前も立派な宣伝使になつた以上は、私が相当の女房を選んで与へてやるから、それまで辛抱なさい』
 かかる所へ美妙の音楽聞え、美はしき三十前後の天人が現はれ来りぬ。高姫は見るより仰天し、アツとばかりにその場に倒れたり。シャルは目を閉ぎ、床上に喰付いて慄うてゐる。天人は言葉静かに高姫の耳許にて、
天人『吾こそは中間天国のエンゼル文治別命でござる。其方は高姫ではござらぬか』
 この声に高姫は何となく力を得て、目を開き、目映ゆ相な顔をしながら、
高姫『お前さまは一寸気の利いたエンゼルとみえるが、杢助さまのお使で来たのかい。底津岩根の根本の弥勒の生宮、この高姫にお前は何か御用があつて来たのだなア。オホホホホ、何とまア若い男だこと、随分天国では、それだけ美しいと、女にもてるだらうな』
文治『高姫殿、拙者をお忘れになりましたか。小北山の受付を致して居つた文助でござるぞや』
高姫『ナニ、お前があの盲の文助かい、ホホホホホ、そんな嘘を云ふものでない。そんな立派な風をして化けて来ても、この日出神の二つの目で睨んだら、違ひは致しませぬぞや。お前は大方中界の魔神だらう、今も今とてこのシャル奴、せうもない事を言ひよる也、また中界の魔神までが高姫の姿にラブして下つて来ても、いつかな いつかな、動きませぬぞや。容貌や若い年に惚るやうな柔弱な高姫とは、ヘン、チツと違ひますぞや。男とも女とも分らぬやうな面をして騙しに来つて、そんな事に乗るやうな生宮ぢやございませぬぞえ。サアサア諦めて、トツトと帰つて下さい』
文治『高姫殿、文助に間違はござらぬ、拙者もしばらく中有界において修行を致し漸く諸天人の教を聞いて心を研き、今はこの通り第二霊国のエンゼルとなり、中有界地獄界を宣伝に廻つて居ります。お前さまも早く悔い改めて、この中有界を脱出し、早く天国へ昇つて下さい。このままにしておけば、貴女は地獄へ堕ちるより道はございませぬぞ。生前の交誼によつて、一応御注意のために現はれて来たのです』
高姫『ホホホホ、ようまアおつしやいますワイ。第一霊国の天人の霊の高姫の光明がお前さまには見えませぬかな。神は至仁至愛だから現界へ現はれて衆生済度を、糞糟に身をおとしてやつてゐるのだ。文助なぞと、そんな詐りを言つてもあきませぬぞや。今に正体を現はしてやるから、その積でゐなさい、オホホホホ、油断も隙もあつたものぢやない』
と云ひながら両手を合せ、
高姫『底津岩根の弥勒の大神様、義理天上日出神様、末代日の王天の大神様』
と祈り出した。文治別のエンゼルは高姫の余りの脱線振りに取付く島もなく、傍に倒れてゐるシャルを揺り起し、
文治『お前はバラモンのシャルといふ男ぢやないか。こんな所に何時まで居つても仕方がない。まだ現界に生命が残つてゐるから、今の中に、サア早く帰つたがよからう。グヅグヅしてゐると肉体が腐敗して帰ることが出来なくなりますぞ』
シャル『ハイ、私はこの通り肉体を持つてをります。この外にまだ肉体があるとは合点が参りませぬ。そんな事を云つて、騙さうとなさつても、高姫さまの片腕となつたこのシャルは、いつかな いつかな騙されませぬ。そんな事を言はずに、どうぞ帰つて下さいませ。あとで高姫様の御機嫌が悪いと困りますから……』
文治『お前達はどうしても目が醒めないのかな。また高姫さまも高姫さまだ。中有界に彷徨ひながら、ヤツパリここを現界と思つてゐると見えて、私の姿を見て化物と疑つてゐるらしい。ああ元の肉体になつてみせてやりたいが、さうすれば忽ち神格が下つて、再び今の地位になるのは容易な事ではなし、どうしたら助けることが出来やうかなア』
と手を組んで思案にくれてゐる。四辺に芳香薫じ、嚠喨たる音楽の音は切りに聞え、この伏家の周囲には百の天人が隊を成して取巻いてゐる。高姫は殆んど気も狂はむばかりに悶え苦しみ出した。エンゼルはいかにもして高姫を救はむと、天津祝詞を奏上し、数歌を歌つた。高姫は益々忌み嫌ひ、手足をヂタバタさせながら、裏口を開けるや否や、エンゼルの間を潜つて裏の禿山を指して、野猪の如く四這ひになつて逃げゆく。シャルはこの体を見るなり、またもや高姫の跡を逐ひ、数多のエンゼルの間を潜り脱け、駆けり行く。
 これより高姫は禿山を二つ三つ越え、四面山に包まれた赤濁のかなり広い沼の畔に着いた。而して沼の水を手に掬うて一生懸命に渇をいやしてゐる。皺枯声を張り上げ、
『オーイオイ』
と呼ばはりながら、禿山の上から、転げるやうにやつて来たのはシャルであつた。
シャル『ああ、先生、ようマア此処に居つて下さいました、大変な事でございましたなア。ありや一体何でございませう。何万とも知れぬ怖い顔した鬼奴が鉄棒を持つて家のぐるりを取巻き、厭らしい鳴物を鳴らし、鼻の塞がるやうな匂ひをさして攻めかけた時の怖さ、辛さ、生宮さまでさへもお逃げ遊ばす位だから、到底自分は助かりつこはないと、お後を慕うて此処まで逃げて参りました。モウ追つかけて来る気遣ひはございますまいかなア』
高姫『ホホホホ仮令幾万鬼が来ようとも、そんな事にビクともする高姫ぢやございませぬぞや。これは神の秘密の法によつて、あの悪魔をここまで誘ひ出し、この血の池へ皆放りこむ算段で、ワザとに逃げて来たのだよ。千や万の鬼に逃げ出すやうな高姫と思つて貰つちや片腹痛いわいの、オホホホホ』
と胸の驚きを隠して、ワザと何気なき態を装ひ笑つて居る。
シャル『高姫さま、そんな強相な事をおつしやいますけれど、あの時の貴女のスタイルには随分狼狽のサマがみえて居りました、不減口ぢやございますまいかな』
高姫『まだお前までが私を疑うてをるのかい、困つた男だなア。文助の霊だなどと云ひやがつて、化けて来よつたのを看破するだけの御神力があるのだから、到底お前では、この高姫の真価は分りますまい、マア黙つてゐなさい。而して高姫のする事を考へてをれば、成程と、二三日の内には合点がゆくだらう。オホホホホ、あのまア怖相な顔はいの。これだから弱虫を伴れてゐると、足手まとひになつて、本当の神力を出すことが出来ないのだ。お前さへゐなかつたら、あんな奴ア、一人も残さず、最前のやうに烟にしてしまふのだけれど、お前の曇つた霊が邪魔をするものだから、とうとう位置を転じて第二の作戦計画をせなけりやならぬ面倒が起つたのだよ。しかし流石の鬼も此処まで、ヨモヤ高姫の神力を恐れて追掛ては来ますまい。まア些と落着きなさい』
 かかる所へまたもや音楽の声、山の頂より文治別は先頭に立ち、数百人の天人を従へて降つて来る。
シャル『モシモシ高姫さま、やつて来ました、サア、此処で見事、彼奴を亡ぼして下さいませ。私の目では彼奴が鬼に見えたり、また綺麗な天人に見えたりして仕方がありませぬワ……それそれ、大速力で此方へ下つて来ませうがな、早く準備をして下され』
高姫『エー、準備をせうと思ふておつたのに、お前が出て来て、せうもない事を喋り、肝腎の時間を潰さしてしまつたものだから、悪魔の方が早く来よつたのだ。ああ此処でも具合が悪い、第三の計画に移らう』
と言ひながら、顔を真青になし、またもや次の山を転けつ輾びつ駆け上る。シャルも是非なく黒い褌をたらしながら、高姫の足型を尋ねて、息も苦しげに跟いて行く。

(大正一二・三・一六 旧一・二九 於竜宮館 松村真澄録)



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