出口王仁三郎 文献検索

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物語56-1-31923/03真善美愛未 仇花王仁三郎参照文献検索
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第三章 仇花〔一四三三〕

 さつき待つ花橘の香を嗅げば
  昔の人の袖の香ぞする

 夢にも結ぶ恋しき吾背の君は如何なしつらむと、恋路も深き思ひ草。
 花いろいろのブラックリストを経て咲き出づる卯の花や、燕子花、紫に染る山吹の色香に愛でてただ一人トボトボと青野ケ原を辿り行く。花は吾身の進み行く道の辺に笑へども、ただ一声の訪れもせず、その足音さへも聞えず、百鳥は四辺の山林に啼き叫べども、吾涙未だ尽きず。実にも尽きざる恋の色、百花の種子、緑、紅、白、赤、黄、爛漫と咲き出づる恨は深し深百合や、神の恵の深見草、心を寄せて進む身の、恋しき吾が夫は妾の心を白露の、梢に霜はおくとても、尚常磐なれや、橘の目覚草のいと清し、君の御身には何事も恙在せ玉ふ事は無くとも、何方に坐しますか、昔の恋を忍ぶ草、春めき渡りて花霞、立上り行く空を見すてて行く雁は、花無き里に住みや習へるかと、心空なる疑ひに満ちぬ。テルモン山の神苑に咲き誇りたる若芽の花を見捨ててはや一年、顧み玉はぬ夫の情無さ。仮令この身は屍を野辺に晒すとも、思ひつめたる恋の意地、足乳根の父母の許さぬ恋に焦れし身は、款冬誤つて晩春の風に綻び、躑躅は夜遊の人の折を得て、驚く春の夢の中、胡蝶の戯れ色香に愛でしも、今となり思ひ廻せば心の仇花なりしか。今や吾が身は夏草の、湿茸に交る姫百合の、手折る人なき身の浅間しさ。アア恋しき鎌彦の君は、何れにましますか、ただ一目会はまほしやと、吹来る風の響にも、とつおひつ心を悩ませながら、北へ北へと進み行く。
 かかる処へ前方より、
 とぼとぼ来る一人の男、
 女を見るより佇みて、
 いぶかし気にも眺め入る。
 女は見るより驚きの声を張り上げて、
ケリナ『アア貴方は恋しき鎌彦さまぢやございませぬか、どうしてマアこんな処に居られましたか。妾は貴方がエルシナ谷の庵を出て、些とばかり商売をして金を儲けて来るからとおつしやつて、駱駝を引つれ御出でになつたその後は、訪ふ人も無き一人住居、晨夕の一人寝も猛獣の声に驚かされ、秋の夕の虫の音を聞いては哀傷の涙にくれ、憂重つて心は益々感傷的となり身も世もあられぬ思ひに世を果敢なみて、エルシナ川に身を投げたと思ひきや、名も知らぬ斯様な処へ迷つて参りました。さても嬉しや斯様な処で貴方に御目にかからうとは夢にも存じませ何だ、お懐しうございます』
と抱きつけば鎌彦は振り放し、
鎌彦『ケリナ姫、お前も定めて苦労をしたであらう、誠にすまなかつた。しかしながら私はお前には未だ隠して云はなかつたが、お前と結婚する前に、恋の仇と思ひ込み、ベルジーと云ふ男をうまくチヨロマカして淵に投げ込み、生命をとつたそのお蔭で、お前と嬉しい仲となり、両親の目を忍んでエルシナ谷に庵を結び、偕老同穴を契る折しも夜な夜なベルジーの怨霊現はれ、恐ろしい顔をして睨みつけるのでお前の側に居る事も出来ず、またお前の顔がベルジーに見えて来て怖ろしくて仕方が無いので、行商に事寄せ、駱駝を引連れて、お前に別れ、彼方此方と彷徨ふうち三人組の泥坊に出逢ひ、持物一切を掠奪され赤裸のまま、ライオン河に投げこまれ、罪の報ひで今は冥途の八衢に彷徨ふて居るのだ。どうぞ私の事は思ひ切つてくれぬと何時までも天国へ行く事が出来ないのだ。お前は未だ此処へ来る精霊ではないやうだ。何とかして早く引返し、御両親様に御詫をなし、相当の夫を持ち一生を送つてくれ。それが私の頼みだ』
と掌を合し涙と共に拝んでゐる。
 ケリナは鎌彦の言葉に不審の胸を抱きながら頭を傾けて、寸時思案に沈んでゐた。しばらくあつて顔を上げ、
ケリナ『モシ鎌彦さま、今初めて貴方の御言葉を聞いて驚きました。お前は彼の愛らしいベルジーさまを殺したのですか。何故そんな悪い事をして下さいました。あのベルジーさまは実の所は妾の兄でございます。お父さまが内証女を孕ませて母に隠して首陀の家へやつたのでございますよ。妾はその事を父から聞いて居りましたから、これまでベルジーさまが私を妹と知らず幾度も言ひ寄り遊ばした事がございますが、そこは体よく断つて居りました。思へば思へば恋しき夫は兄の仇であつたか。そのお話を聞くにつけ、貴方が憎らしいやら、恋しいやら吾ながら吾心が怪しうなつて参りました』
鎌彦『私は一度ベルジーさまに御目にかかつてお詫をせなくてはなりませぬ。それ故霊界へ来てから所々方々とその所在を探し一言御許しを頂きたいとあせつて居りますが、噂に聞けば、どうやら天国にお出でになつたさうで御目にかかる事も出来ず、実に困り切つて居ります。貴方が兄妹とあれば御兄さまに代つてどうぞ一言許すと言つて下さいませ。さうすればこの鎌彦も罪が解けて天国の生涯が送れるでせう。どうぞ今までの厚誼に一言許すとの御言葉を頂きたうございます』
ケリナ『妾が貴方を許すといふ資格はございませぬ。また妾も兄の仇と知らずに夫婦になつた罪は中々容易なものではございますまい。屹度地獄のドン底に堕ちねばならぬこの霊魂、どうして左様な事が出来ませうか。アア残念でございます』
と泣き倒れる。
 鎌彦は双手を組み草生茂る地上にドツカと坐し、悔悟の涙に暮れてゐる。かかる処ヘスタスタとベル、シャル、ヘルの三人、覆面頭巾の黒装束、長い剣を腰にぶら下げながら、ドシドシとやつて来た。ベルは鎌彦の姿を見るより驚いて、
ベル『ヤア、お前はライオン河の川縁において駱駝を率ゐ行商にやつて来た旅人ではなかつたか』
鎌彦『ウン、さうだ。あの時の泥坊はお前等三人であつたなア。到頭天命尽きてお前も冥途へ送られたのだな』
ベル『馬鹿をいふない。貴様は気が違ふたのか。此処は冥途ぢやないぞ。俺達は今テルモン山の麓を通り、泥坊稼ぎに歩いて居る最中だ。ライオン河の激流へ落し込んでやつた以上はその方は最早冥途へ行つたと思ひしに、さてもさても生命冥加の奴ぢや。何処かの奴に助けられ、こんな処へ彷徨うてゐやがるのだな。アハハハハ、……アツお前はケリナとかいふナイスぢやないか。何時の間にこんな処へ出て来たのぢや。サア、此処で見つけたを幸ひ俺の女房になるのだぞ』
ケリナ『ホホホホホ、これはこれは泥坊の親方様、貴方はエルシナ川に落ち込んで妾等と一緒に冥途へ彷徨ひ来りながら、未だ泥坊をやらうとなさるのか。好加減に改心をなさいませ』
ベル『ハテナ、さう聞くと、エー、此奴等二人の奴とお前の取合ひから格闘を始め、深淵へ落込んだと思つたら、その時に矢張り死んだのかなア。ハテ、合点の行かぬ事ぢやワイ。俺が殺したと思ふ男は此処に立つている。またナイスも此処にゐる。さうして四辺の景色も別に変つてゐないやうだし、合点の行かぬ事だ。オイ、ヘル、シャル、貴様は此処を何と思ふか』
ヘル『ウン、どうも俺達には現界とも幽界とも見当はつかないわ』
シャル『夢でも見てゐるのぢやなからうかなア』
鎌彦『決して此処は現界ぢやありませぬよ。モウ少し向ふへ行つて見なさい。伊吹戸主神様のお関所がございます。さうしたらスツカリとお前は死んでゐるか、生きてゐるか判るでせう。私もお前の御蔭で生命をとられ、霊界へ来たので生前に人を殺した罪に苦しめられてゐるよりは、少しばかり苦しさが薄らいだやうに思ふ。しかしながら人を殺した罪は何処までも消ゆるものではない。お前もまた私の肉体を殺したのだから、屹度その罪は除れまい。しかしながら神様は吾々を地獄へ堕さうとはなさらぬ。この中有界へ彷徨はして天晴れ誠の霊身になり、神の光を身に浴び天国の生涯を送る日を待たせ玉ふのだ。これからお前もモウかうなつては仕方がないから悔い改めて善道へ立帰り、天国の生涯を送つたがよからう』
ベル『ハーテ、訳の分らぬ事ばかり言ふ奴が現はれたものだなア』
鎌彦『サア、皆さま、これから私が案内を致しませう』
と先に立つ。男女四人は後に従ひ、草茫々と生え、種々の花咲き匂ふ青芝道を心欣々進み行く。
 漸くにして八衢の関所に着いた。白と赤との守衛は例の如く儼然として控へてゐる。鎌彦は何時の間にやら姿は見えなくなつてゐた。赤の守衛は四人の姿を見て、まづ第一にベルを呼び出し、一々生前の罪状を取り調べ、
赤『アアお前はどうしても地獄行きだなア。可愛相だけれど、自分が造つた地獄だから、アア仕方がないわ』
ベル『成るほど、私は仰せの如くよからぬ事を致して来ました。しかしながらコレも不知不識の過ちでございますから、どうぞ許して頂きたうございます。神様は愛を以て御本体となさるぢやありませぬか。何処までも悪人を悪人として罰せず、地獄の苦しみを課せず、天国に救つて下さるが神様だと思ひます。悪人を罰するのならそれは決して愛とは申されますまい。愛の欠けた神は最早神ではありますまい』
赤『お前は直に地獄へ行くべきものだが、今此処でエンゼルが御説教をなさるから、それによつて悔改め、エンゼルの御言葉が耳に入り、心に浸潤したならば屹度天国へ救はれるだらう。しかしながらお前の造つた悪業では、エンゼルの御言葉は耳に入るまい。人間が霊肉脱離して霊界に来り八衢の関所を越えて伊吹戸主の館に導き入れられた時には、エンゼルが冥官の調べる以前に一応接見して、大神様や高天原及び天人的生涯の事をお知らせになり、諸々の善や、真実を教へて下さるやうになつてゐる。しかしながらお前の精霊が世に在つた時に、神は屹度八衢において善悪の教をなしその心の向けやうに由つて或は天国へ、或は地獄へ自ら行くと云ふ事は生前より既に承知しながらも心の中にこれを否んだり、或はこれを軽く見てゐたから、どうしてもエンゼルの言葉を苦しくて聞く事は出来まい。エンゼルの御面が怖ろしくなり胸は痛み、居堪たまらず悦んで自分の向ふ地獄へ自ら飛び込むであらう。神は決して世界の人間の精霊を一人も地獄へ堕さうとは御考へなさるのではない。その人が自ら神様に背を向け光に反き地獄に向ふのである。その地獄はお前が現世に居つた時既に和合した所のもので、悪と虚偽とを愛する心の集まり場所である。大神様はエンゼルの手を経たり、且高天原の内流によつて各精霊を自分の方へ引寄せむと遊ばすけれども、素より悪と虚偽とに染み切つたお前達の精霊は、仁慈無限の神様の御取計らひを忌嫌ひ、力限りこれに抵抗し、自分の方から神様を振り棄て離れ行くものである。自分が所有する処の悪と虚偽は鉄の鎖を以て地獄へ自ら引入るるが如きものである。謂はばお前等が自由の意志を以て自ら地獄へ堕落するものだから神様はこれを見て愛と善と真との力を与へ、一人も地獄へ堕そまいと焦せつてござるのだ。どうぢやこれからエンゼルの御話を聞いて、神様に反いた悪と虚偽とをスツカリと払拭し天国の生涯を送る気はないか』
ベル『ハイ、ともかく人間は意志の自由を束縛される位苦しい事はございませぬ。天国へ行つて自分の意志に合はぬ苦しい生活をするよりも、一層の事地獄へ行つて力一杯活動して見たうございます』
赤『ウン、さうだらう。お前はどうしても地獄代物だ。各所主の愛によつて精霊の籍が定まるものだから、どうしても助けやうがないワ。しかしながらこの生死簿には未だお前は此処へ来る精霊ぢやないから、この関所は越ゆる事は出来ない』
ベル『ハテ、合点が行かぬ事だなア。生きて居るのか、死んで居るのか、自分には少しも合点が行かぬ。どうも死んだやうな覚えもなし、だと云ふてエルシナ川へ飛び込んだ事は確だし、その間に人に救はれて生きてゐるのか、或は死んでからも残つて居る意志がハツキリしてゐるのか、どうもその点が私には分りませぬがなア』
赤『ウン、そらさうだ、わかるまい。仮令肉体は亡ぶるとも、人間の本体たる精霊は意志想念を継続してゐるなり、また生前と同様の肉体を保つて居るのだから、合点の行かぬのは無理もない。しかしながら此処は幽冥界だ。霊肉脱離後の人間(即ち精霊)の来る処だ。サア、早く此処を立去れ。やがて誰かが迎へに来るだらう。モシ迎へに来なかつたならば、お前の好きな地獄へ行くだらう。サア早く立てツ』
と金棒を以て突出せば、ベルはヨロヨロとしながら、傍の茫々たる草の中に倒れてしまつた。

(大正一二・三・一四 旧一・二七 於竜宮館二階 外山豊二録)



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