出口王仁三郎 文献検索

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物語55-4-191923/03真善美愛午 清滝王仁三郎参照文献検索
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第一九章 清滝〔一四二七〕

 火熱烈しき太陽は  天津御空に晃々と
 照国岳の谷間に  高くかかれる大瀑布
 清めの滝の片辺  小さき庵を結びつつ
 二人の男が朝夕に  裸となりて何事か
 声を限りに祈り居る。  

 この両人はベルツ、シエールの主従である。左守の司並にタルマンのために右守の職を剥奪され、百日の閉門を申付けられ、恨み骨髄に徹し、妖幻坊の魔法を習つて、ビクトリア城を転覆し、再び勢力を盛り返し、自分は刹帝利となり、シエールを左守司に任じ、一国の主権を握らむと、一心不乱に水垢離をとつてゐたのである。七日目の夜、二人が一生懸命に水垢離をとつてゐると、山岳も崩るるばかりの大音響と共に、白馬に跨り、宙空より蹄の音戞々と降つて来たのは緋衣を着た坊主姿なりける。これは妖幻坊の兄弟分と聞えたる妖沢坊といふ魔神なり。妖沢坊は二人に向ひ、
妖沢『汝はビクの国の右守司を勤めたるベルツ並に家令のシエールであらう。汝の願は速に聞届け得させむ。付いては百日百夜の水行をなし、食物はこの谷川に棲息する蟹、蠑螈、蛙を餌食となし、その他の物は一切食ふべからず。もし誤つて他の食を取る時は、汝の行は全く水泡に帰すべし。また百日の修業中、人に発見されたる時は折角の修業も無効となるべし、必ず用心怠る勿れ。この荒行が済めば、汝に空中飛行の術を授け、且千変万化の化身の法を教ゆべし、ゆめゆめ疑ふ勿れ』
と厳かに伝へ、山岳を揺がしながら、再び駒の首を立直し、空中高く姿を消した。二人は有難涙にくれて妖沢坊の後姿を合掌し、呪文を唱へてゐた。三十日ばかり修業をした時、ベルツは蛙、蠑螈の毒が中つたのか、俄に腹痛を起し、手足を藻掻き、泡を吹き出しける。シエールは一生懸命に、
シエール『ウラル彦命妖沢坊様、どうぞ主人の病気をお癒し下さいませ』
と滝壺に打たれて、またもや一心不乱に荒行にかかつてゐる。ベルツは虚空を掴んで苦み悶える。この体を見てシエールは命限りに滝壺に飛び込み、祈念を凝らしてゐた。そこへ十一二才の美はしき女、木の茂みを分けてスタスタと登り来り、忽ち赤裸となつて滝壺に飛込んだ。シエールはエンゼルが自分の祈りを聞いて、助けに来てくれたものと思ひ、一生懸命に乙女の姿を伏拝み、感謝の涙にくれてゐる。乙女は二人の男に目もかけず、滝壺に飛込み一心不乱に、
乙女『大国常立の大神、何卒々々、父の病気を救はせ玉へ、仮令吾身の命は取られませう共、少しも苦しうは存じませぬ。今父が亡くなつては、またもや右守司ベルツ主従が、如何なる事を致すか知れませぬ。ビクの国の一大事でございます』
と神言を奏上し、祈り始めた。されど瀑布の轟々たる水音に遮られて、乙女の何事を願ひ居るやは、両人の耳に入らなかつた。シエールはベルツの側に進み寄り、頭を撫でながら、
シエール『モシ旦那様、御安心なされませ。今私が妖沢坊をお願ひ致しましたら、アレあの通り、天女が天降られて、貴方の病気平癒のために滝壺にかかつて祈念をして下さいます。キツと御病気の直る瑞祥でございませう。必ず必ず御心配下さいますな。南無妖沢坊大明神守り玉へ幸へ玉へ』
と涙交りに願ひゐる。ベルツは不思議にもこの言葉を聞くより、神経作用か知らね共、俄に気分がよくなり、頭をあげて滝壺を見れば、花を欺く美はしき乙女が滝壺に打たれて、白い体を曝しながら、一心不乱に念じて居る。ベルツは吾身の苦痛も忘れ立上り、
ベルツ『掛巻も畏き天津御国より下らせ玉うた天津乙女様、何卒々々拙者の願望を御聞届け下さいますやうに、これに付いては体が資本でございますから、この病気の一時も早く全快致し、百日百夜の修業が無事に了りますやう、御願ひ申します』
と両手を合せて頼み入る。乙女は一生懸命に、
乙女『父の病を癒させ玉へ』
と祈願するのみであつた。稍あつて乙女は滝壺を上り、身体の水を拭き取り、キチンと衣服を着替へた。四辺を見れば二人の男が褌一つになつて、一生懸命に滝壺を拝んでゐる。乙女はスタスタと帰り行かうとするを、二人は慌てて行手に跪づき、
ベルツ『天津乙女様、如何でございませうか、妖沢坊様の命令によつて、百日百夜の荒行を致し、大望を達せむと願つて居りますが、神様のお蔭で成就するものとは存じますが、かやうに病気になつては、如何ともする事が出来ませぬ。何卒御指図をお願ひ致します』
乙女『その方の願望とは如何なる事か、詳しく陳述せよ』
ベルツ『ハイ、私はビクの国の右守司ベルツと申す者、これなる男は家令のシエールと申す者でございます。ビクトリア城内には悪人はびこり、左守司一味の者、三五教の悪宣伝使を城内に引ずり込み、拙者の軍職を解き、専横の限りを尽し居りますれば、国家の害賊を除くために、両人が此処にて荒行を致して居る所でございます』
乙女『汝の敵と見なすは左守一人であるか』
ベルツ『左守は申すに及ばず、刹帝利の老耄、その外アール、ハルナ等の悪人を征伐致さねば到底天下は無事に治まりませぬ』
乙女『ホホホホホ、その方が噂に聞いた悪虐無道のベルツ主従であつたか。左様な悪企みを致す共、到底成功の望みはあるまい。どうぢや今の内に悔い改めて真人間になる気はないか』
ベルツ『ヘー、それは何でございます、決して私欲のために致すのではございませぬ。天下公共のために、民の苦しみを助くる慈愛心より、身を犠牲にして、かかる荒行を致して居るのでございます』
シエール『天津乙女様、何卒々々、吾々の霊をよくよくお査べ下さいまして、正邪の御裁判を願ひます』
と悪人は自分のやつた事を少しも悪と思うて居ない。天下国家のために最善の努力を尽してゐると考へてゐるらしい。
乙女『妾は汝の言ふ如き天津乙女ではない。ビクの国の刹帝利ビクトリア王の娘ダイヤ姫であるぞよ。左様な悪虐無道な企みを致すよりも惟神の本心に立返り、忠良なる臣民として、国家に尽したらどうだ』
ベルツ『ナニ、その方が敵と付狙ふビクトリア王の娘であつたか。エー、天津乙女と見誤り、尊い頭をメツタ矢鱈に下げたのが残念だ。妖沢坊のお示しには、この行中に人間に見付けられては、折角の荒行が水泡に帰するとの事であつた。エー、モウ破れかぶれだ。吾願望の届かぬとあれば、仇の片割れ、嬲殺に致して怨みを晴らしてくれむ。オイ、シエール、荒縄を以てこの女を縛り上げよ』
と厳しく命ずれば、シエールは、
『ハイ畏まりました』
と棕櫚縄を取つて、後手に括り、樫の枝に引かけて、宙空に吊り上げる。乙女は腕もむしれむばかりの痛さを、歯をくひしばり目を塞いで一言も発せず、堪えて居る。
 ベルツはこれを眺めて心地よげに打笑ひ、
ベルツ『アハハハハ、小ちつぺ奴が、こんな所へ俺等の行方を嗅付けてやつて来やがつたのだな、此奴ア大変だ。此奴を帰なせば、キツと後から左守のハルナ奴、軍隊を率ゐて俺達を召捕に来る算段であらう。王女の身として、かやうな所へ出て来るとは大胆至極、これには何か仔細があるであらう。一度吊り下し、拷問にかけて云はしてみよう、サア下せ』
と厳命すれば、シエールはまたもや綱を緩めて地上に下した。ダイヤは既に目を眩かし歯をくひしばつてゐる。
シエール『ヤア、チヨロ臭い、モウうたひあがつたとみえる。モシ旦那様、此奴ア駄目ですよ、物を言ひませぬがなー』
ベルツ『ナアニ、今目を眩かした所だから、滝壺へ一遍つつ込め。蛇の叩き殺した奴でさへも、水へ漬ければすぐに蘇生るものだ。サ、早く放り込んでみよ』
 『ハイ』と答へてシエールはダイヤ姫の身体を引抱へ、綱を解いて、滝壺へザンブとばかり投込んだ。ダイヤはハツと気がつき、滝壺を這ひ上り、其処辺をキヨロキヨロ見廻し、赤裸のまま逃げむとするを、シエールはグツと細腕を握り、以前の樫の根本に引摺り来り、
シエール『コリヤ、ダイヤ姫、幼き女の分際として、斯様な所へただ一人修業に来るとは大胆至極、これには何か仔細があるであらう。吾々両人が照国山に、王家転覆の祈願を凝らし居る事を嗅ぎつけ、やつてうせたのであらう。サ、逐一白状致せ。包み隠すにおいては、その方を水責、火責、剣責に致すが、それでもいいか』
ダイヤ『無礼千万な、主人の娘を捉へて左様な脅迫を致すといふ事があるか。チツと天地の道理を考へて見よ』
ベルツ『エー、喧しい、天地の道理を考へるやうな者が、ビクトリア城転覆の修業を致すものかい。サ、早く事実を白状致せ。何を願ひに来たのだ。その願の筋から第一に聞いてやらう』
ダイヤ『この照国山は妾兄妹六人が永らく住居してゐた馴染のある所だ。父の御病気を平癒させむがために、清めの滝へ水垢離をとりに来たのだよ。臣下の身分として主人のする事をゴテゴテいふ権利があるか、控えて居れ。年は若く共、ビクの国刹帝利の娘だ。エエ汚らはしい、一時も早くどつかへ姿を隠せ。執拗帰らぬにおいては線香を立てて燻べてやらうか』
シエール『丸切り青大将が座敷へ這上つた時のやうに言つてゐやがる。こんな女つちよに脅迫されて、この荒男の顔が立つものか、地異天変もここまで行けば極端だ。地震ゴロゴロ雷ビリビリとやつて来たやうだ。しかしながらどう考へても、こんな美しい女をムザムザ殺すのは勿体ないやうだ。オイ、ダイヤさま、物も一つ相談だが、何程お前が王女だといつても、位の高いのは実地の時の間に合ふものでない。荒男二人と格闘すれば、到底お前は殺されねばなるまい。蛇と蛙のやうなものだから、茲は一つ思案をし直して、旦那様の奥方となり、ビクの国の女王となつて暮す考へはないか』
ダイヤ『悪逆無道の謀叛人奴、エエ汚らはしい、下りおらう』
ベルツ『何と云つても美しい者だ。そしてこれだけの胆力があれば、この女を女房にすればどんな事でも出来るだらう。イヤ、ダイヤ姫様、茲は一つお考へ直しを願ひます。左守といふ奴は表面忠義らしく見せて居りますが、彼こそ心中深く野心を包蔵する曲者でございますぞ。刹帝利様は左守に誤られ、ビクの国家を棒に振らうとしてござる。危険至極な今日の場合。真の忠臣が現はれて支へなくては、万代不易の王家は続きますまい……大忠は不忠に似たり、大孝は不孝に似たり、大信は偽りに似たり、大善は大悪に似たり……といふ事がありませう。表面大悪人と見做されたるこのベルツ位、王家や国家を憂ひて居る者はございませぬぞ。チツと冷静に胸に手を当てて、王家と国家のためにお考へを願ひたいものです。よく考へて御覧なさい。貴女の父上は左右の奸臣に誤られ、大切な五人の王子まで悉皆殺さうとなさつたぢやありませぬか。何処の国に親が子を愛せない者がありませう。何が宝だと云つても、吾子位宝はない。その宝を殺さうとなさるのだから、決してこれはお父上の心から出たのではございませぬ、皆左守やタルマンの入れ知恵でござりまするぞ。かやうな悪人を重用するは実に危険千万でござりまする。貴方はお若いので、城内の様子を御存じございますまいが、それはそれはタルマン、キユービツトの両人は天地容れざる大悪人でございますよ。何卒この急場を救ふために、幸貴方は王家のお血筋、この右守と夫婦になり、国家の大難を未然に防ぐお考へはありませぬか』
ダイヤ『エエつべこべと、汝の邪智侫弁聞く耳は持たぬ、汚らはしい。王家がどうならうが、国家がどうならうが、構つてくれな。何事も天の時節だ。汝等如き有苗輩の関知する所でない。大きにお世話だ、さがり居らう』
と厳然として言ひ放つた。ベルツ、シエールは、
『最早駄目だ、両人左右より寄つてかかつて、可哀相ながら、殺害しくれむ』
と大剣を引抜き、左右より切つてかかるを、ダイヤは身をかはし、飛鳥の如く刃を潜り、樫の大木を木楯に取つて防ぎ戦ひゐる。
 かかる所へブウブウブウと法螺貝を吹きながら、四人の山伏、
『衆生被困厄、無量苦逼身、観音妙智力、能救世間苦、具足神通力、広修智方便、十方諸国土、無刹不現身、種々諸悪趣、地獄鬼畜生、生老病死苦、以漸悉令滅』
と観音経を唱へながら登つて来る。ベルツ、シエールの両人は四人の姿に驚いて、ダイヤを捨て、着物をかかへ、山上目がけて、荊棘茂る中を雲を霞と逃げて行く。この山伏は治道、道貫、素道、求道、四人の修験者なりけり。

(大正一二・三・五 旧一・一八 於竜宮館 松村真澄録)



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