出口王仁三郎 文献検索

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物語54-4-151923/02真善美愛巳 愚恋王仁三郎参照文献検索
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第一五章 愚恋〔一四〇一〕

 晴曇常なき晩秋の空、冷たき風に裳裾をあふられて、トボトボとやつて来た一人の男がある。ここはブルガリオの八衢の関所である。例の如く白赤二人の守衛が厳然と門に立つてゐた。一人の男は何気なくこの門を潜らむとした。赤の守衛は、
赤『旅人しばらく待てツ』
と呼びとめた。男は立止まつて、
男『ハイ、何ぞ用でございますか』
赤『その方は何者だ。そして姓名を名乗れ』
男『ハイ、私は自動車の運転手で六助と申します』
赤『あの有名なカウンテスの悪川鎌子の情夫だな』
六助『左様でございます、それがまた何と致しましたか、別に貴方方にお咎を蒙る理由は毛頭ございませぬがな』
赤『その方はここを何処と心得て居る』
六助『現界でもなければ、霊界でもなし、死んだやうにも思ひますし、死んでゐないやうだし、つまり五里霧中に逍よつて居ります。しかしながらこの途中で妙な歌を聞きましたので、ヤツパリ死んだのではあるまいかと考へます』
赤『どんな歌を聞いたのだ、ここで一つ言つて見よ』
六助『ハイ、どうぞお笑ひ下さいませぬやうに、判然は覚えてゐませぬが、あの歌によるとどうやら死んだやうでございます。そして愛人の鎌子は後に残つてるやうな気が致します』
赤『愛人の事を尋ねて居るのでない、歌を聞かせといふのだ』
六助『ハイ、先づザツと左の次第でございます。

 命からるる鎌子ぞと
 知らぬが仏の六助を
 犬死にさせたは誰が罪
 親馬鹿子馬鹿に亭主馬鹿

といふやうな歌でございました』
赤『親馬鹿、子馬鹿に六助馬鹿といふのだらう、本当にあつたら命を棄てて、六でもない事をする奴だなア』
六助『どうせ六助ですから、六な事は致しますまいて、しかしモ一つふるつた奴がございます。

 死なず共よいお前は死んで
 死なにやならない私や死ねぬ
 ホンに浮世はままならぬ
 どしたらこの苦が逃れようか
 六助さまは嘸やさぞ
 蓮華の花の台にて
 半座をわけて吾行くを
 待つてござるであろほどに
 いやな亭主が介抱する

といふやうな歌が道々聞えて居りましたよ。六助鎌子と云つたら、大抵私の事だらうと考へて居ります』
赤『汝は主人の娘を左様な事致して何とも責任を感じないのか』
六助『決して私は悪い事だとは思ひませぬ。双方納得の上、しかも女の方から熱烈なる情波を送られ、ラブの雨を誕生の釈迦さまほど浴びせかけられ、止むを得ず……でもなく、ヘヘヘヘヘ、つい嬉しい仲になりました。しかしながら現代は比較的愚物が多いので、……カウンテスに自動車の運転手などがラブ関係を結ぶとは怪しからぬ……などと、法界悋気を致すので、一層の事第二の世界を求めて、両人仲能く理想生活を営まむがため、情死を致した所、どうやら鎌子は後に残つたやうな塩梅でございます。イー、何時頃鎌子が此処へ来るでせうか。お手数をかけますが、一寸生死簿をくつて下さいますまいか』
赤『汝は世間を恥づかしいとは思はぬか』
六助『決して恥づかしとは思ひませぬ、男としてこれ位名誉はないと心得てゐます。よく考へて御覧なさい。貴族だとか、門閥だとか、富豪だとか、人為的の階級を楯に取り威張り散らしてる、一方には没分暁漢があり、驕慢不遜の奴があり、一方には泥坊にも等しき上流社会を、一生懸命に尊敬し、一文の御厄介にもならぬ貴族に対して、米搗バツタよろしく、頭を下げ腰を曲げ尾をふり、追従タラダラ至らざるなき愚痴妄眛の人間に対し、一種の刺激剤ともなり、覚醒剤ともなり、興奮剤ともなりませう。決して男女の関係は権門や門閥や財産や地位や古き道徳によつて、左右し得べきものでないと云ふ標本を示した犠牲者でございますから、世間の人間は、……この六助を男の中の男だ。大丈夫の典型だ。ラブ・イズ・ベストの擁護者だ。貴族に対する警戒だ……と云つて賞讃してくれてるでせう。今回の六助の行動によつて、キツと社会の亡者連も稍目を醒ました事でせう。貴族だつて、平民だつて、運転手だつて、同じ人間です。思想観念に決して変りはありますまい。それ故私は暗黒なる社会の光明となつた考へでございます』
赤『何とマア偉い権幕だなア。余程娑婆の教育も、デモクラチツク化したと見えるワイ』
六助『私は恋愛に悩む世間の男女のために犠牲になつたのです。平民階級の娘ならば少しばかり自由が利きますが、上流階級の娘と来ると、それはそれは悲惨な者でございます。上流の娘のために今まで閉ざされたる天国の道を開鑿した大慈善者でございます』
赤『ともかく理窟は抜きにして、主人の娘と心中せむと致したその行動は許す事が出来ぬ。先づ気の毒ながら色欲道の地獄へ行かねばなるまいぞ』
六助『止むに止まれぬ破目に陥つて、情死沙汰まで引起したのは、所謂社会の強迫と暴虐なる圧制に堪へかねて決行したのですから、そこはチツと御推量を願ひたいものですな』
赤『ともかく伊吹戸主様の審判廷で事情を申述べたがよからう。サ、奥へ通れ、社会道徳の攪乱者奴』
と云ひながら、ポンと尻を叩いて門内へつつ込んだ。六助は門内にツと立止まり、目をギヨロつかせながら、小声になつて、
六助『何とマア、何処へ行つても没分暁漢の多い事だなア。八衢の守衛までが俺達のローマンスを羨望嫉妬の余り、ゴテつきやがる。エエ、これから審判廷で滔々と公平な議論をまくし立て、審判廷の空気を一洗してやらうかい』
と云ひながら、一方の肩を高くし、一方の肩をさげ、懐手しながら、のそりのそりと進み行く。
 面に白粉をペツタリとつけ、背の高い一寸渋皮の剥けた二十四五才と見ゆる女が、シヨナシヨナとやつて来た。赤は、
赤『ハハア此奴ア、今行つた六助のアモリヨーズだなア。まだ肉体は現界にある精霊らしい、どこ共なしに元気がないワ』
と独言云ひながら、近付くのを待つてゐた。女は開け放れた門の閾を跨げようとした途端に白の守衛は大手を拡げ、
白『モシモシお女中、しばらくお待ちなさい。貴方は此処へ来る所ぢやありませぬ』
女『私はアマンの後を慕うて参りました者でございます。どうぞそんな意地の悪い事をおつしやらずに、此処を通して下さい』
赤『コレヤ女、その方のネームは何と申すか』
女『ハイ、鎌子と申します』
赤『ウーン、さうすると、カウント悪川不顕正の娘だな』
女『ハイ、お察しの通り、カウンテスでございます』
赤『その方は貴族の家に生れながら、世間の義理も考へず、祖先の家名をも省みず、雇人の六助と情交を通じ、道徳を紊したあばずれ女だな』
鎌子『ホホホホ、何とマアこれだけ開けた世の中に、古い頭を持つてゐられますなア。チツと頭のキルクを抜いて、新しい空気を注入なさいませ』
赤『コレヤ怪しからぬ、豪胆不敵の曲者奴。その方は夫のある身を以て不義の快楽に耽り、家庭を紊し、上流社会の名誉を傷けた大罪人だ』
鎌子『ヘーエ、私が六さまと密通したのが、それほど罪になりますか。今日の世の中を御覧なさい。すべて貴婦人といふ者は役者を買ひ、或は情夫を拵へるために夜会といふものが出来て居るのです。女は交際界の花ですから、花にはキツと蝶がとまつて来るものです。今日の世の中に情夫の一人もよう持たないやうな女だつたら、決して貴婦人とは云へませぬよ。活眼を開いて社会の裏面をよく観察して御覧なさい。私の如きは恒河の砂の僅なその一粒が現はれた位なものです。こんな事が罪になるのならば、今日の社会は全部罪の社会ですよ。男本位の圧制的社会の制度を根本改革し、痛ましい虐げられた女の社会を造るための犠牲に、私は現れて来たものです。日々の新聞紙を御覧なさい。大抵三件か五件、多い時には十件ばかりも密通沙汰や情死沙汰を報道してゐるぢやありませぬか。新聞紙上に現はれる世の中の出来事と云ふものはホンのその中の一小部分に限られてるのです。それから考へてみましても、新聞紙上に現れてゐない悲哀なる姦通事件や情死沙汰は幾ら行はれつつあるか知れますまい。なぜかうした痛ましい事件が頻々と起るのであらうか。この問題に対して何人が責任を負はねばならぬか、もし責任を負はねばならぬとすれば、それは男でせうか女でせうか。言ふまでもなく、社会全般が責任者でなければなりますまい』
赤『さうすると、お前の今度の不始末事件も、社会が負はねばならぬといふのか。チツと勝手な理窟ぢやないか』
鎌子『さうですとも、よく考へて御覧なさいませ。現在の社会組織といふものは、すべてが貴族本位、資産家本位は申すに及ばず、男子本位で強い者勝でございませう。特に男女の関係に付いては、今日の制度は何もかも男に取つては有利な事柄ばかりです。そして女に対しては何等の特権も与へられて居りませぬ。実に不公平至極な社会制度で、女に取つてこれほど不利益な悲惨な事はありませぬ。なぜかうした不公平を、男と女の間に設けておかねばならないのか、その理由を知るに私達は苦む者です。ですから一度夫婦間にある事情から離婚問題が持上つたが最後、何時も男は有利の位地に立ち、女はその反対の立場におかれて、泣寝入の体ですよ。女は自分に正当の理があつても、男の立場になつて、しかも男にのみ有利に定められた現代の法律では、少しも女の正当な申し出でを聞入れてくれませぬ。どこまでも女は男に従属したものだといふ観念の下に、かうした問題に対しても、男の方を上にして断定を下す事になつてますが、果してこれが正しいと云はれませうか。道徳でも法律でも、男女平等に行はなければならないと、吾々女性は絶叫してゐるのです。女の立場からすれば、どうしてもさう叫ばずには居られないでせう。しかし元々男と女の間に、さうした差別が勝手に設けられたのですから、云はば無理非道な公平を欠いだものと言はねばなりませぬ。だから女は女としての権利があります。その権利を女の方から、そんなに遠慮したり、自分自らを卑下したりするには当らないと思ひます。どこまでも一個の人間として、男と同等の考へで押し進んでゆけば、それでいい事ぢやありませぬか。そこに女としての生命があり、自由があり、幸福があるので、それこそ女としての本来の持つべきものなのです。男女関係ばかりでなく、今日の制度は弱肉強食、優勝劣敗の悪制度が行はれて居りますから、吾々はカウントの家に生れたのを幸ひ、誤れる古き道徳や形式を打破して、新しい社会の光明となる考へで、女一人としての本能を発揮したばかりです』
赤『どうも挨拶の仕方がない、しかしながら左様な考へでは社会の秩序が紊れるから、ヤツパリ男尊女卑の法則を守らねばなりませぬぞ。何程男女同権だと云つても、夫婦となつて家庭を作る上は、夫唱婦従の法則に従ひ、茲に始めて男尊女卑、所謂夫婦不同権の域に入るのだ。不都合千万な夫の目を盗み、雇人と姦通をしておきながら、社会の目を醒ますの、新社会の光明となるとは怪しからぬ言ひ解けだ。お前の云ふ通りに、世の中がなるのなれば、第一家庭が紊れ、姦通は白昼公然と行はれ、嫉妬紛争の絶え間がなくなるではないか』
鎌子『相愛の男女が夫婦となつたのならば、決して何程解放的にしておかうが、法律がなからうが大丈夫ですが、今日の如き圧迫結婚、財産結婚、門閥結婚、本人以外の者の定めた結婚には、真に夫婦としての互の貞操を保持する事が出来ぬぢやありませぬか。愛のない結婚を強るがために、遂に抑へ切れなくなつて、かやうな問題が起るのですよ。それだからこの責任を社会が負はねばならないと、私は主張致します』
赤『しかしお前はまだ、生命が現界に残つてるから、今日は余り追及する事は避けておかう。しかし現界へ帰つたら、よく胸に手を当てて、自分の誤れる思想を考索し、今の夫に貞節を尽さねばなりませぬぞ。妻の方から真心を以て向へば、夫は必ず妻を親愛する者だ』
鎌子『私の夫はどれだけ辛く当つても、気の好いノロ作だから、うるさいほど親愛しようとします、それが私は厭なんですよ。よう考へて御覧なさい、恋人と心中をせむとして死そこねたその女房を、一言も立腹せず、世間の恥も考へず、下僕の如き態度を以て病院で介抱するのですもの、そのノロさ加減と云つたら、私は益々愛想が尽きました。どうしてもチツとばかりは苦味の走つたヒリリとした所がなければ、女は決して男に愛を注ぐ者ぢやありませぬ。甘酒だつて、ヤツパリ椒をすつて入れたり、或は山葵などの辛味を調和せなくちや、本当の甘酒の味がありますまい。甘いばかりで辛味の入つてゐない甘酒は一口はよろしいが、三口四口呑みますと、ヘドになつて出ますからね。エエエエ、あの難しい顔わいの、丁度私の父のやうなお方ですなア。おつしやる事もよう似てゐますワ。その癖蔭では六助さま以上の事をやつてるでせう。私の父だつてさうですもの、ホホホホホ』
 赤は采配を以て、『馬鹿ツ』と一喝、鎌子の頭部を目がけて打下ろす途端に、鎌子の精霊はパツと消えて元の肉体へ復つた。

(大正一二・二・二三 旧一・八 於竜宮館 松村真澄録)



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