出口王仁三郎 文献検索

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物語54-3-131923/02真善美愛巳 岩情王仁三郎参照文献検索
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第一三章 岩情〔一三九九〕

 猪倉山の頂上には巨大なる猪の形をした岩倉がある。これを以て猪倉の名が出来たのである。山の五合目以上は全部岩を以て固められ、五合目以下は凄いやうな密林である。そしてこの岩には所々に岩窟の入口があつて、その内部は数里に渡つてゐると噂され、大きな蝙蝠が沢山に棲んでゐた。この窟内には所々に綺麗な水が湧いてゐて、少しも水には不自由がない。そして所々岩から甘露のやうな油がにじみ出し、これさへ嘗めて居れば、余り労働をせぬ限り、二ケ月や三ケ月は体力が衰へないと云ふ、天与の岩窟である。鬼春別、久米彦両将軍は部下の兵卒を探険のために窟内深く進ましめ、調査の結果、別に恐ろしい猛獣も棲んでゐない事が分つたので、愈ここを本拠と定め、五合目以下に俄作りの兵舎を作つて、谷川を堺に立て籠もつたのである。この岩窟に居りさへすれば、いかに治国別が神力あり共、決しておとす事は出来まい、大雲山の岩窟よりも幾倍堅固であり、且広いかも知れぬ。両将軍はここを自分の千代の住家として全力を注ぎ、岩を切り拡げたり、いろいろ雑多として、三千の兵士の中で孔鑿に器用なものを選んで昼夜岩窟の鑿掘をやつてゐた。穴の入口の前には俄作りの事務所があつて、そこにはスパール、エミシのカーネルが固く守つてゐた。窟内の中央とも覚しき稍広き居間には鬼春別、久米彦両将軍がそこら中で徴収して来た葡萄酒を傾け、懐旧談に耽つてゐる。
鬼春『久米彦殿、かやうな堅城鉄壁に陣取つた上は最早大丈夫でござるが、しかしながら千載の恨事ともいふは、ヒルナ、カルナの両人を遁した事だ。此奴をどうかして奪り還す工夫はなからうかな』
久米『サア、命を的にかけさへすれば、奪り還されない事はありますまいが、あの通りライオンが、あの女には守護してると見えますから、一寸は難かしいでせう』
鬼春『何と云つても、目も眩むやうな美人だから、元より一通りの者ではないと思うてゐた。大方あれは何神かの化身であつたに違ない。ああ、馬鹿な目を見たものだ。久米彦、お前が気が利かないものだから、掌中の玉を取られてしまつたのだよ。鼻はねぢられ、顔はかきむしられ、イヤもうゼネラルとしての貫目はゼロでござる』
久米『何と云つても、あなたが率先して美人に魂をぬかれ遊ばすのだから、拙者がのろけるのは、言はば閣下の教育によつたも同然、仕方がありませぬワ』
鬼春『馬鹿を申すな。カルナを始めて陣中に引張つたのは、貴殿ではござらぬか』
久米『あつて過ぎた事は云ふに及びますまい、それよりも今度ぼつたくつて来た、スミエルにスガールの両人、あれを何とか説きつけて、一時ヒルナ、カルナの代用品にしたら如何でござる』
鬼春『イヤもう女には懲々した。あれは飯焚をさしておけばいいのだ』
久米『しからば両人に飯焚きをさせませう、そしてあなたが女に懲々なさつたとあれば、拙者が両人共頂く事に致しませう』
鬼春『イヤさうは参らぬ、貴殿が勝手に致す位なら拙者も勝手に致す』
久米『しからばあなたは上官の事でもありますから、姉のスミエルを御自由になさいませ。拙者はスガールを預りませう』
鬼春『スガールはカルナ姫に次いでの美人、スミエルは比較的醜婦だ。左様な勝手な事は出来ますまいぞ』
久米『しからば両人の自由に任せ、選択をさせたらどうでござるかな』
鬼春『ヤ、それがよからう、しからばスガールを呼出して、お前どちらが好きだか……と尋ねてみよう。そしてスガールの好きだと云つた方が彼女を自由にするのだ、無理往生さしても面白くない、また男らしうもないからな』
久米『そら面白いでせう、しかしながら、あなたは軍服を見れば上官だと云ふ事が分つて居りますから、女といふ者は虚栄心の強いもの故、キツと地位の高いものに靡くは当然、それでは面白くないから、どちらもチューニックを脱ぎ平服になり、階級の高下が分らないやうにし、選ましたらどうでせう』
鬼春『ウン、そら面白い、それが本当だ。サ、早く誰かを呼んで、スガールを此処へ召伴れ来るやう、お命じなさい』
 久米彦はうち諾づき、この居間を出て、次の岩窟に至り、リウチナントのサムといふ男に、スガールを将軍の居間へ引つれ来る事を厳命した。リウチナントは『ハイ』と答へて、スガールの押込んである岩窟の一間に足を急いだ。両将軍は軍服を脱ぎ、平服と着替へ、顔の整理などして、色男の競争をやつて、今や遅しと待つてゐる。
 しばらくあつてスガールは恐る恐る中尉に送られ、将軍の居間にやつて来て、ビリビリ慄うてゐる。鬼春別は相好を崩し、
鬼春『オイ、スガール、お前も随分不便であらうの。この方は全軍を統率する将軍だ、ここにゐる男もまた同じく将軍だ。部下に悪い奴があつて、其方を斯様な所へ伴れて来たさうだが実に不愍な者だ。どうかしてお前を親の内へ送つてやりたいと、いろいろ両人が骨を折つてゐるのだが、何と云つてもこの山の麓は、三五教の軍勢が、幾万とも知れず、押寄せて来てゐるのだから、険難で送つてやる訳にも行かず、しばらくマア此処で時節を待つたがよからう、そして不自由な事があつたら、どんな事でも聞いてやるから、遠慮なく言うたがいいぞ』
スガール『ハイ、思ひもよらぬ御親切、有難う存じます』
 久米彦は鬼春別に女の気に入り相な事ばかり、先に言はれてしまひ、自分の云ふ事がないので、どうしようかなアと胸を痛めつつ考へ込んだ。どうやら鬼春別にスガールは思召がありさうに思はれるので、気が気でならず、
久米『ああ其方スガールといふ玉木の村でも有名な美人だ、本当に悪者の手にかかつて、かやうな所へ来るとは、不愍な者だなア、俺も同情の涙にくれてゐるのだ、どうかして、一時も早く玉木の村へ送つてやりたいのだが、今将軍のいはれた通り、敵軍が取囲んでゐるから、ここしばらくは辛抱してくれねばなるまい、バラモン軍に捉はれてゐなければ三五軍に捉はれてゐるのだ、それを思へば、お前は実に仕合せだよ。キツト敵を退散させてみる心算だから、何事もこの方の申す事を信じて、楽んで待つてゐるがよいワ。なア、スガール、かう見えても、随分親切な男だらう』
スガール『ハイ、御両人様、御親切によう言うて下さりました。どうぞよろしう御願申します』
鬼春『オイ、スガール、お前はこの将軍さまと私と何方が優しい男と思ふか、それが一つ聞きたいものだなア』
スガール『ハイ、どちら様も、人情深いお方でございます。しかしながら、何だか知りませぬが、一口でも先へ、優しい言葉をおかけ下さつたお方が嬉しうございます』
鬼春『アハハハハ、さうすると、この髭面の方が気に入つたと言ふのかな』
スガール『ハイ、別に気に入るといふ事はございませぬが、ともかく御親切な御方だと喜んで居ります』
鬼春『ウン、親切は分つてゐるが、もし仮りにお前が夫を持つとしたらば、何方を夫に持つか、それが聞きたいものだ』
スガール『どうぞ、そんな事はおつしやつて下さいますな、妾は軍人なんか夫に持つ気はございませぬ』
鬼春『軍人が気に入らねば軍人をやめてもよい、そしたらお前はどうするか』
スガール『ハイ、御両人様が一度に軍人をやめて、普通の人間にお成り遊ばした時には妾はあとのお方に貰つて頂きます。しかしながらモツトモツト、綺麗な気の利いた男も世間にはありませうから、さうあわてるには及びませぬ』
久米『コリヤ、女、お前は年にも似合はず大胆な事を言ふ奴だなア、しかしながら拙者が好きだと云つたな、エヘヘヘヘ、鬼春別さま、すみませぬが、御約束通拙者が頂戴致しませう、あなたはスミエルさまで御辛抱なさいませ』
鬼春『オイ、スガール、実際の事を云つてくれ、俺にも考へがあるから』
スガール『ハイ、実際の事を申しましたら、御両人様がお立腹遊ばしますでせう、マア言ひますまい』
久米『本当の事を云つてくれ、決して喧嘩はしない、何程将軍が御立腹遊ばしてもお前の意見できまるのだから、武士の言葉に二言はないのだから、サ、ここで、スツパリと久米彦さまが好きなら、言つたがよからうぞ』
スガール『バラモン軍の頭をしてござるやうなお方には、死んでも身を任す事は出来ませぬ。あなたは人民の仇です、かやうな所へつれ込まれ、あなた方の、獣の弄物になるのなら、死んだがマシでございます、再び親の内へ帰らうなどとそんな未練は持ちませぬ、エエ汚らはしい、どうぞ殺して下さいませ』
鬼春『アハハハハ久米彦殿、如何でござる。余り、得意になつて、ホラも吹けますまい』
久米『エエ仕方がない、牢獄へぶち込んでやろ、怪しからぬ事を言ふ奴だ。そしてその方の考へ一つによつて、姉のスミエルも如何なる運命に陥るか知れぬから覚悟をせい』
と荒々しく呶鳴り立てながら、久米彦はスガールの手を無理に引ぱつて、長い隧道を伝うて行く。鬼春別は双手をくみ、首をうなだれて、独言、
『ああこの道ばかりは如何なる権力も強迫も駄目だなア、しかしながら一旦言ひ出した事、このままひつ込んでは男が立たぬ、また久米彦に占領されては、尚々顔が立たない、何とか工夫をめぐらして、スガールの心を動かす方法はあるまいかなア』
と小声で囁いてゐた。一方久米彦は牢獄へ投ずると云ひながら、長い隧道をくぐつて、曲り角の暗い所へ行つた時、
久米『オイ、スガール、お前本気であんな事云つたのか』
スガール『本気です共、妾は命は欲しくはないんですから、命を放り出してゐるのですもの』
久米『フーム、さうか、俺のために命を放り出すと云ふのだな、ヤ、心底がみえた、感心々々、俺もそのつもりで影から可愛がつてやろ』
スガール『エエ気色の悪い、誰があんたなんかに命を差出す者がありますか、悪の張本人、馬賊の親方みたいな男に、死んでも靡きませぬワ』
久米『ハハハハハ、ヒルナ、カルナの奴には惚れたやうな顔をして、甘く騙されたが、此奴アまたあべこべだ。こんな奴に本当のものがあるのだ、ここが一つ骨の折所だ』
と自惚れながら、スガールの背中を撫で、猫なで声を出して、
久米『オイ、スガール、さう腹を立てるものぢやない、お前が俺の云ふ通りにすれば何事も都合好くゆくのだ。キツとお前のお父さまやお母さまに会はしてやるから、俺の言ふ通りになるのだ、いいか、よく物を考へてみよ』
 スガールはとても抵抗した所で遁れない、一時のがれに何とかゴマかしておかうと俄に思案を定め、ワザと嬉しげに、
スガール『ハイ、本当の私の精神はお察し下さいませ、将軍様の前でございますから、あのやうに云つてみたのでございますよ』
久米『アハハハハ、ヤツパリ俺の目は黒い、さうだらう。ヨシ、それなら俺のここに特別室があるから、ここへ這入つて居れ、将軍の方へは、お前を牢獄へぶち込んだと甘く云つておくから……』
スガール『それは有難うございますが、どうぞ姉さまと一緒において下さいな、別々に居るのも淋しうございますから、妾を真に愛して下さるのなら、恋しい姉さまと一緒において下さるでせうねえ』
久米『さうだ、二人おくのはチツと都合は悪いけれど、外ならぬお前の事だから、曲げて願を叶へてやろ、どうだ嬉しいか』
スガール『ハイ嬉しうございます、サ、早く、どうぞ姉さまを呼んで来て下さいませ』
 久米彦は打うなづきながら、自分の居間にスガールを忍ばせおき、スミエルを牢屋から引ぱり出し、自分の寝室に伴れ帰つた。
スガール『あれマア姉さま、会ひたうございました。どうしてゐらつしやいましたの』
スミエル『ハ、暗い暗い所へ一人入れられて、モウ死なうかモウ死なうかと覚悟してをつた所へ、憐み深い将軍様がお出で下さいまして、妹に会はしてやらうとおつしやつて此処へ連れて来て下さつたのよ。将軍様、有難うございます』
久米『ヨシヨシ、モウ心配はいらぬ、また時機をみて、親の内へ送つてやる。お前等二人は大きな声を出さずに、此処に隠れてゐるがよろしい、また鬼春別将軍に見付かると大変だから、私は一寸軍務の都合によつて、陣営を巡視してくるから』
と云ひながらピタリと戸をしめ、外から鍵をおろして、どつかへ行つてしまつた。

(大正一二・二・二二 旧一・七 於竜宮館 松村真澄録)



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