出口王仁三郎 文献検索

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物語54-3-121923/02真善美愛巳 妖瞑酒王仁三郎参照文献検索
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第一二章 妖瞑酒〔一三九八〕

 甲乙丙の三人はベツト、フエルの両人を庫の中へ突つ込みおき、代る代る入口に錠をおろして番をする事となつた。この屋敷は祖先代々から、玉木の村の里庄を勤めてゐる豪農で、庫の数が二十戸前も並んでゐた。ここへ入れへおけば、絶対に気のつく筈がない、窓から水や食料を放り込んで、娘の帰るまで、二人をここに監禁する事としたのである。そして二人のチユーニツクはスツカリはがせ、相当の衣類を与へておいたのである。甲の名はシーナといふ。この男はテームス家の譜代の家来であつて、テームス家一切の家政を司つてゐた。
 さて道晴別はシーナに導かれ、テームス、ベリシナ夫婦の前に現はれて、シメジ峠の頂上でベツト、フエルに会うた事や或はその神力に打たれて此処まで引張られて来た事などを、詳しく物語つた。テームス夫婦は非常に喜んで茶菓などを出し、湯を沸せて風呂に案内し、宣伝服を着替させ、客室に請じ、娘の危難の事情を物語つた。
テームス『貴方は音に名高き三五教の宣伝使様、よくマア来て下さいました。しかしながら何千といふ軍隊の中へ二人の娘が攫はれて参つたのでございますから、いかに御神力強き貴方様でも、容易に取返して頂く事は難かしうございませうなア』
と顔を覗いた。道晴別は少時双手を組んで思案の体であつたが、何か確信あるものの如く微笑みながら、
道晴『ああ決して御心配なさりますな。到底一通りや二通りでは行きますまいが、何とか工夫を致しまして、敵中に忍び込み、お嬢さまを連れ帰ることに致しませう。しかしながら連れ帰つた所で、またもや取返しに来られては何にもなりませぬ、此奴は徹底的に敵を改心させるか、但は追散らすか致さねば駄目でせう』
ベリシナ『どうか、老夫婦が首を鳩めて日夜心配を致して居りますから、神様の御神力によつて御助け下さいますやう、御願申します』
道晴『当家はウラル教と見えますが、貴方は三五教を信仰する気はありませぬか』
ベリシナ『ハイ、神様は元は一株、祖先が祭つた神様を俄に子孫が替へるといふのは、何だか先祖に対してすまないやうな気が致します。貴方の信仰遊ばす三五の神様をお祭り致しても神罰は当りますまいかな』
道晴『神様は一株だから、ウラル教にならうが、三五教にならうがそんな小さい事をおつしやる神様ぢやありませぬ、そして最も神徳の高い詐りのない誠一つの教を信仰するが祖先へ対しての孝行でございませう。先づ第一に三五の神様をお祭り致し、その御神徳によつて、お二人様の命が助かるやう、願はうぢやありませぬか。それとも、どうしてもウラル教を改めるのが厭とおつしやるならば、それでよろしい、決してお勧めは致しませぬから……』
テームス『婆の意見は何と申すか知りませぬが、これだけ朝から晩まで、ウラルの神様を信仰しながら、こんなに苦しい目に会ふのでございますから、ウラル教の神様もこの頃はどうかしてござるだらうと疑つて居ります。現にビクの国のビクトリア王様もウラル教でゐらつしやるのに、あのやうな大難にお会ひなされ、三五の神様に助けられたとの噂が立つて居りまする。どうぞよろしう御願ひ致します。ベリシナ、お前もヨモヤ異存はあるまいなア』
ベリシナ『貴方がさうおつしやるのならば、女房の私は決して異議は申しませぬ。どうぞ祀つて貰つて下さいませ』
道晴『しからば三五教の神様と、ウラル教を守護遊ばす盤古神王様を並べて祀る事に致しませう。神様は元は一つでございますからなア』
テームス『いかにも仰の通り、実に公平無私なお言葉、先づ第一に神様をお祀り致し、その上娘を救つて頂く事に願ひませう』
とここに愈、夫婦の決心が定まつたので、道晴別は俄に神殿を作り、簡単なお祭をすませ、いよいよ猪倉山に向つて、スミエル、スガールの姉妹を取返さむと進み行く用意に取かかつた。幸、ベツト、フエルの軍服があるので、道晴別とシーナの両人はこれを着用に及び、夜に紛れて陣中に進み入る事となつた。
 シーナは近くの事とて、猪倉山の地理はよく知つて居つた。谷川の激流を右に飛び越え、左へ渡り、漸くにして東北西の三方深山に包まれた一方口の広い谷間に着いた。三千人ばかりの兵卒の中へ、同じ軍服を着て紛れ込んだのだから、上の役人ならば目につくが、軍曹や平兵の服では容易に見破られる気遣ひがないのである。
 月は東の山の端を覗いて、谷川に光を投げてゐる。彼方此方の若葉の間から時鳥の声が面白く聞えて来る。見上ぐるばかりの大岩の麓に四五人のバラモン兵が趺座をかいて夜警を勤めてゐる。何れも皆酒に酔うてゐるらしい。
甲『オイ、敵もないのに、毎日日日夜警ばかりやらされて居つては、つまらぬぢやないか。夜警もこの頃はヤケクソになつて、ヤケ酒でも呑まなくちややり切れない。すつぱい腐つたやうな酒を、カーネル奴、……これは夜警に呑ませ……なんて吐しやがつて、自分等の呑みさしばかりをまはして来るのだから、本当にむかつくだないか』
乙『だつて呑まないよりマシだ。別にこれを呑まねば軍規に反すると云つて厳命したのでもなし、退屈だらうから、これでも構はねば呑んだらどうだと云つて、カーネルさまが下げて下さつたのだ、チツといたみた酒でも貰はぬよりマシぢやないか』
甲『さうだと云つて、自分達は芳醇な酒にくらひ酔、ホフクー、ゲスラートだと云つて、用もないのに、小田原評定ばかりやりやがつて、スミエル、スガールの頗る別嬪に酌をさせ、ヤニ下つてゐやがるのだもの、俺達雑兵は殆ど人間扱をされてゐないのだからな』
乙『馬鹿云ふな、そこが辛抱だ。辛抱さへしてゐれば、時節が来たら花が咲くのだ。これからゼネラルの命令によつて、猪倉山の城寨が完成した上は、近国を荒し廻り、馬蹄に蹂躙し、大共和国を建設するのだ。さうなればどうしても人物が必要だ、何程雑兵だつて、汝でもキヤプテン位には登庸されるよ』
甲『ヘン、大尉位になつたつて、何が結構だ、貧乏少尉の、ヤリクリ中尉の、ヤツトコ大尉と云ふぢやないか、そんな事でどうして嬶が養へるか。せめてユウンケル位にしてくれりや、骨折つてもいいのだが。三五教の宣伝使の三人や四人に恐怖して、こんな所へ籠城するやうな大将だから、先が見えてゐるワ、何と云つても、鬼春別、久米彦両将軍が馬鹿だからなア』
乙『オイそんな大きな声で云ふな。丙丁戊が居眠つたやうな面して聞いてるぞ。人間の心と云ふものは分つたものぢやない。いつ俺達の裏をかいて、畏れながらと、ゼネラルの前へ密告するか分りやしないぞ』
甲『ナニ、こんな奴がそんな事共致してみよれ、忽ちウーンだ』
乙『ウンとは何だい、また糞パツだな、そんな所でウンをやられちや臭くてたまらないワ』
甲『ハハハハ、分らぬ奴だな。三五教の言霊で、ウーンとやつてやるのだい』
乙『汝は元は三五教だな、此奴ア油断のならぬ奴だ』
甲『油断がなるまい。俺はチヤンとビクトリア城へ治国別がやつて来た時に、門の外にすくんで、どんな事やりよるかと考へてゐたら、両手を組んで、ウーンとやるが最後、何奴も此奴も体が動けぬやうになつたのだ。そして足ばかりは自由に動くものだから皆逃げよつたのだ。その呼吸をチヤンと呑み込んでゐる。グヅグヅいふと一寸やつてやらうか』
乙『ソレヤ面白い、一つ此所でやつてみよ』
甲『やらいでかい、マアみて居れ、汝に一つ霊縛をかけてやらう』
と云ひながら、両手を組んで、一生懸命にウンウンと唸つてゐる。余り唸つたので唸つた拍子にブウブウと裏門へ一二発破裂した。
乙『アハハハハ、たうとう屁古垂れやがつたな。大方そんな事だと思うて居つたのだ。余りホラを吹くものぢやないぞ』
甲『俺達は、ヘーたれさまだ、口からホラを吹いて尻からラツパを吹くのが職掌だ』
乙『オイ、丙丁戊、早く起きぬかい。何だか、向ふの方から二人やつてくるやうだ。モシや治国別の片割れぢやなからうかな』
 治国別といふ声を聞いて、三人の泥酔者は俄に起上り、ソロソロ逃仕度をしかけた。
乙『コレヤ、まだ敵か味方か分らぬ先から逃げ仕度をする奴があるかい。卑怯者だな』
丙『分つてから逃げた所で仕方がないぢやないか、分らぬ先に逃げるのが兵法の奥の手だ。モシ敵でもあつてみよ、抜き差がならぬぢやないか』
乙『モシ敵が出て来たら、俺達が撃退するやうに、一歩も此所より中へ入れないやうに番をしてゐるのぢやないか、肝腎の時に逃げる奴がどこにあるかい。しつかりせぬかい』
 かかる所へ道晴別、シーナの両人はチューニック姿で登つて来た。
甲『誰だア、名を名乗れツ』
と呶鳴りつける。
道晴『俺はバラモン軍の軍曹、デクといふものだ』
シーナ『俺はシーナといふ軍人だ。ゼネラル様の命令によつて汝達がよく勤めてるか勤めてゐないかを巡検に来たのだ、そのザマは一体何だ』
乙『ヘ、誠に済みませぬ。しかしながら貴方もウスウス御存じでせうが、ゼネラルから賜つたこのお酒、退屈ざましに頂いて居つたのです』
シーナ『頂いた酒なら、呑むなと云はぬが、軍務に差支ないやうに致さぬと困るぢやいか』
乙『ハイ、チツと過ごしましたが、よう考へて御覧なさい、別に敵が来るでもなし、さうシヤチ張つて居つた処で、暖簾と脛押しするやうなものです。私ばかりぢやありませぬ、皆附近の民家へ行つて、色々のドブ酒を徴発し、勝手気儘に呑んでるぢやありませぬか』
シーナ『かう軍規が紊れては、どうも仕方がない、これからチツと監督を厳重にせなくちやなりませぬなア、デクさま』
デク『ウン、さうだ、チツとこれから厳しくやらう。オイ雑兵共、この川に橋を架け』
乙『ヘー、架けないこたございませぬが、カーネルさまの御命令によれば、……この橋を架けちやいかない……と云つて落されたのですから、一寸伺つた上でなくては、軍曹さま位の命令では聞く事が出来ませぬからなア』
デク『俺はこの肩章を見たら分るが、一人は伍長だ。伍長と雖も、汝らの上官だぞ、なぜ上官の命令を聞かないか』
乙『ヘー、そんなら仕方がありませぬ、私達が橋になつて向方へお渡し申しませう。時に軍曹様、マアゆつくりなさいませ。ここに、何ならスツパイ御神酒がチツとばかり残つてゐますがなア』
デク『そんな酒は俺は呑みたくない、今玉木村の豪農、テームスの宅へ闖入して、かやうな結構な酒を貰つて来たのだ。何なら、汝、これを一杯呑んだらどうだい』
 因にこの酒は非常に苛性的な狂乱を起す薬が入つてゐたのである。一寸一口呑むと、何とも知れぬ舌ざはりである。乙は、
『ヤア、軍曹殿、話せますなア、ヤツパリ泥棒軍の上官だけあつて、気が利いてますワイ』
デク『上官に向つて、泥坊とは何だ』
乙『それでも、人の内へ入つて、脅かして貰つて来るのは泥坊でせう、ヘヘヘヘ』
デク『マ一杯呑んで見よ、盃を出せい』
乙『盃なんか、気の利いたものはありませぬ、ここに竹製の臨時盃がありますから、どうぞこれに注いで下さい。竹筒に注いだ酒はまた格別に甘いものですよ』
と云ひながら、竹筒をつき出す。デクは瓢からドブドブと注ぎ与へ、
デク『オイ汝一人呑んではいかないぞ。これは妖瞑酒というて、一口呑めば三十年の命が延びるのだ。二口呑めば三十年の寿命がちぢまるのだ。それだから、これを五人に呑み廻すのだ』
乙『何と難かしい、気のじゆつない酒ですなア』
と言ひながら、一口より呑めぬといふので、十分に口にくくんだ。何とも知れないいい味がする、モ一口呑みたくて仕方がないが、三十年の寿命が縮まるのも惜いと思つたか、惜相に甲に渡した。甲は一口呑んでその風味に感じ、また厭相に丙丁戊と呑みまはした。戊の口に廻つた時分は、ホンの舌がぬれるほどより無かつた。五人は俄に踊り出し、息苦しくなり、川に飛込んだり、這ひ上つたり、訳の分らぬ事を喋り出して、一目散に陣中に駆込んだ。非常に猛烈な匂がする、この匂を嗅いだものは忽ち感染し、軍服を脱ぎすて、赤裸になつて、川中へ投げ込むのが特色である。次から次へ伝染して、三千人の軍隊の大半は剣を谷川に投すて、チューニックを脱いで、これまた谷川に放り込み、赤裸となつて、ワイワイと訳の分らぬ事を囀り初めた。次から次へと伝染して、スボスボと赤裸になる者ばかりなので、カーネルのマルタはこれを見て驚き、ともかく将軍に注進せむと本陣指して一目散に駆込んだ、赤裸の沢山の軍人は訳の分らぬ事をガアガアと囀りながら、列を作つて、将軍の陣営指して突喊し行く。

(大正一二・二・二二 旧一・七 於竜宮館 松村真澄録)



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