出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=54&HEN=1&SYOU=5&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語54-1-51923/02真善美愛巳 万違王仁三郎参照文献検索
キーワード: 人間平等観
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=18110

第五章 万違〔一三九一〕

 左守は青い面をしながら、切りに首を傾け、治国別の館を訪れた。治国別は竜彦、松彦を伴ひ、ビクトル山の神殿建築の模様を見むとて、監督がてら出て行つた後である。万公は入口の間にただ一人机に凭れて居眠つてゐると、『御免なされませ』と入つて来たのは左守のキユービツトであつた。万公はこの声に驚いて、
万公『あ、左守殿、よくお越し下さいました。何の御用でございますか、大方縁談でお越しになつたのでせう、エヘヘヘヘ』
左守『お察しの通り、縁談に付いて治国別様に御相談に上りました。治国別様は御宅でございますか』
万公『ハイ、今一寸ビクトル山の御普請監督がてら、お越しになりました、やがてお帰りになりませうから、待つてゐて下さい。しかしながら御不在中はこの万公が全権を行使することになつて居りますから、つまり拙者の意見は先生の意見でございます。どうぞおつしやつて下さいませ、随分青いお顔ですな』
左守『イヤもう地異天変、話にも杭にもかからない結婚沙汰が持上りまして、私には判断がつき兼ね、治国別様の御判断を願はうと思ひ、御邪魔を致しました』
 万公は早くも……ダイヤ姫と自分は炊事や膳部係をやつた時、チヨイチヨイ視線を通はしておいたから、姫さまが駄々をこね出し、頑固な左守がその事でもて余し、治国別様に御相談に来よつたのだな、ヨシヨシ、不在を幸ひ、この際に頑固爺の頭脳を改造しておかねば、折角の姫様の思召しも画餅になつてしまふ……と自分の事に取り、ワザとすました顔で、
万公『地異天変的縁談とは、ソレヤまた何でございますか、相思の男女が結婚をするについては、別に地位も門閥もヘツタクレもあつたものぢやありますまい』
左守『イヤ、理窟を云へばさうかも知れませぬが、何を云つても一方は刹帝利家の事でございますから、余程考へなくてはなりますまい。未だ王様にも申上げず、先づ治国別様の御意見を伺つた上と、忍んで参りました』
万公『成程、それは御苦労さまでございます。刹帝利家に関する事とあれば、ハア、殆ど分りました。男女の地位に付いて非常な懸隔があるから、それで御心配をしてござるのでせう。抑も恋愛と云ふものは古い頭の昔人間が考へた如き、決して劣情なものではありませぬよ』
左守『ソレヤよく知つて居りまする。恋愛なくては結婚問題は持上らぬ位は、左守だつて心得てゐます。しかしながら恋愛は結婚の要素だと言つても、さう無暗に地位も考へず、決行することは出来ませぬ。恋愛がなかつても結婚は立派に成立するものです。毘舎首陀の身分なれば、恋愛至聖論を振廻しても通りませうが、何を云つても一国の城主の体面に拘はる一大事ですから、下々のやうな平易な簡単な訳には参りませぬからなア』
万公『ソレヤ、チと、僻論だありませぬか、よく考へて御覧なさい。貴方は結婚問題と恋愛問題と放してゐられるやうですが、左様な無理解な事は、今日の教育を受けた人間には思考する事は出来ませぬ。例へば頭脳はなくても人間は人間でせう。頭脳以外の要素が備はつておれば、いかにも人間に相違ありますまい。しかしながらそれをどうしても立派な人間らしい人間だとは言はれますまい。それと同様に恋愛がなくても法律上の婚姻は、形式として立派に成立することはするでせう。しかしそれは真に男子たり、女子たる者の人格と自由を尊重した精神的意義ある完全な結婚だとは、吾々は断じて信ずる事は出来ませぬからな』
左守『さう承はれば、さうに違ひありませぬが、世の中は思ふやうにいかぬもので、理論と実地とは違ふものですからなア』
万公『今は旧道徳廃れ、新道徳起らずと云ふ混沌時代ですから、非常に青年男女が頭を悩ましてをりますが、時勢に目の醒めた女ならば、キツと恋愛結婚を以て最上の方法とするでせう。私は現代の婦人に同情致します。特にダイヤ姫様などは、時代に目の醒めた方ですよ。私とホン少時でございましたが、炊事場の立話に、かやうな事をおつしやいましたよ。……』
左守『エ、姫様が、どんな事をおつしやいましたか、参考のために一つ聞かして貰ひたいものですなア』
万公『サア、聞かして上げない事もありませぬが、イ……この話が落着するまでしばらく保留しておきたいものです。互の迷惑になると困ります』
と早くも左守が自分とダイヤ姫の結婚問題に就いて来たものと信じてゐる。
左守『どうか、私も左守として御教育申上げる関係上、一つ聞きたいものですな。何と云つてゐられましたか』
万公『私と姫様との談話の中に、かふいふお言葉がありました。実に賢明なお姫さまですよ。今時の婦人はああなくては叶ひませぬワイ。姫様のお言葉によれば、人間と生活とを先づ本質的に、根本的に、第一義的に考へてみなくてはならぬ。何等の偏見もなく、捉はるる所もなしに、人生の真味を正しく悟つてみなくてはならぬ。互に理解なき結婚といふものは実に人生における罪悪の源泉となるものだ……との結論でございました。本当に、左守さま、姫様のお言葉の通りだありませぬか、私は非常にそのお説に共鳴したのですよ』
と姫の一口も云はない言葉を甘く、左守に、聞いたやうな顔して話してゐるその狡猾さ。左守は……ダイヤ姫さまの事なら、定めてすれつからしだから、年はゆかいでも、その位な事はおつしやるだらう……と少しも疑はず、膝を乗り出し、首を前へ突出して、『ハイハイ』と熱心に聞きかけた。万公はここぞと言はぬばかりに、
万公『そこでダイヤ姫様がおつしやるには、……人間としての婦人ならば、すべての欠陥と不備とを見て、避け得らるるだけの害悪はこれを排除しようと努めねばならない。この努力を惜むやうな婦人は卑怯者だ。卑怯者でなければ怠惰者だ、怠惰者でなければ馬鹿者だ……と云つてゐられましたよ。……かふ云ふ卑怯者や馬鹿者、怠惰者の絶えない内は世間は一歩たり共進む事は出来ない、何事も改造されて行く時機だから、吾々は何事も率先して上下階級の差別を撤廃したい……と、年にも似合ず、それはそれは舌端火を吹いてまくしたてられましたよ。私もそのお説と弁舌にスツカリ共鳴致しました、実に姫様のお言葉には千釣の重みがあるだありませぬか。改造のない所には向上も進歩もあるものではない。そんな事では何時まで経つても、天国の門戸はエターナルに開けるものだありませぬ。そして真善美の光明は遂に地上に輝く事は出来ないでせう』
左守『成程、一応御尤もですが、貴方は何程姫様の説を共鳴なさつたと云つても、宗教家だから、心底からそんな事に耳を傾けらるる方でないと、私は信じますが、どうですかな』
万公『宗教家だと云つて、どうして宇宙の真理を曲げる事が出来ませうか。抑も愛は人間生活の根本要件であり、そして一切宗教の源泉もまた愛から出てゐるのです。さうだから人心を支配して正しくこれを導き得る所のものは勿論禁欲主義のバラモン教や、ウラナイ教のやうなものではありませぬ。三五教はそのやうな古い事は云ひませぬぞ。三五教は自己否定的な古い道徳でもなく形式でもなく、本当に時代に適応した明かな教でございます。人間らしき欲求を否定し去る事によつて、地上に天国楽園を建設し得るとは、どうしても考へる事は出来ませぬからな。寧ろ人間の欲求を肯定し強調して、しかもそれがまた同時に自己否定、自己犠牲の精神と全然合一して、吾と非我との間に不調和なきものであらしめねばならぬものだと思ひます。かくの如き心境はどうしてもこれを愛の世界に見出すより外ないだありませぬか、愛には上下の隔てもなければ、階級だの、形式だの、財産だの、法律などの仮定的なものの容喙を許さない神聖不可犯なものですからな。貴方は、私と姫様との恋愛観を、要するに先生に願つて、不調ならしめむとする御考へでせう。何程本人以外の者が垣をしたつて、堰けば溢るる堰の水、どつかへ破裂致しますから、そこはよく御考へなさるがよろしいでせう』
左守『アハハハハ、イヤ、それや話が違ひますよ。ダイヤ姫様と貴方の事に就いては、まだ一回も話頭に上つた事はありませぬ。随分貴方も自惚心がお強いお方ですな、アハハハハ』
 万公は拍子の抜けたやうな顔をして頭を掻き、
万公『ヘーン、そんな筈はないのだがなア。あれほど固う約束をしておいたのだもの、ハハア大方恥しいので隠してゐらつしやるのだな。治国別さまにラブしたやうな顔をして、お前さまに談判に来さしたのかな、治国別さまは立派な奥さまがありますよ、松彦だつてその通り、竜彦だつてどつかにありませう、さうすれば拙者にきまつて居りませうがな』
左守『アハハハハ、ヤアもう万公さまの自惚には感心致しました。それだけの馬力がなくては到底宣伝使に伴いて歩く訳には行きますまい。問題がスツカリ間違つてるのですからな』
万公『問題が間違うと云つても、ここへお出でになつた以上は吾々四人の中でせう。あの荊だらけの山阪を越えて、六人の御兄妹をお伴れ申して帰つたのだから、人情の上から云つても、メツタに外へ嫁入をなさる筈がありますまい』
左守『とても見当が取れませぬから、先づ治国別様が御帰りまで、ここで一服さして貰ひませう。お茶を一つ頂戴致したいものですな』
万公『常なればお茶を差上げますが、結構な縁談に茶々が入つては約りませぬから、今日は白湯でこらへて貰ひませう、折角の良縁がフイになつては、互の不利益ですからなア』
左守『ヤア、どうも恐れ入りました。何でも結構でございます』
 万公は白湯を汲んで手を震はせながら、左守の前に恭しくつき出した。
左守『ヤ、有難うございます、えらうお手が震うてるぢやありませぬか』
万公『イヤもう震うといふ訳ではありませぬが、ダイヤ姫様が私の手をグツと握つて細い目をしながら、お歌ひ遊ばした事を今思ひ出し、ハートに波が打つて、少しばかり全身に動揺を感じたのですよ、エヘヘヘヘ』
左守『あんな若い娘がどんな歌を歌はれました、一寸聞かして貰ひたいものです』
万公『天機洩らす可らず、どこまでも「これは万公さま、内証だよ」とおつしやつた言葉を無にする訳には行きませぬから、発表するのは先づやめておきませう。しかし姫様と私との間柄を汲み取つて下さるならば、申上げない事もありませぬ』
左守『お歌の様子によつては、左守にも考へがありますから、ともかく聞かして貰ひたいものです』
万公『エー、キツと笑ひませぬか、……否立腹しちやなりませぬよ。何と云つても情のこもつた歌ですからな。貴方のやうなお年よりにはチツと解しにくいかも知れませぬが、この万公の鋭敏な頭脳には電気に打たれやうに感じましたよ。マア沢山の歌の中で一二を申しますれば、ザツと左の通りです』
とダイヤ姫が歌つた事もない歌を急造して歌ひ始めた。

万公『恋着の南風に
 いとかむばしき帆を上げて
 漂渺たる大海原を
 遠く遠く
 恋しき君を乗せ行く
 ヘヘヘヘヘ
 果てしも知らぬ恋の海
 愛の船路のいや永く
 いと遠く
 うら紫の
 潮の歌のゆらぎにとけてゆく
 恋に縺れし吾思ひ
 花爛漫と咲匂ふ
 恋の泉のそのほとり
 うつす姿は万公さま
 花を争ふダイヤ姫
 晴れて添ふ日を松の下。

ヘヘヘヘヘ、てな事をおつしやりましたよ。どうです、これでも両人の心が汲取られませぬかな』
左守『ハハハハハ、大分に陽気がポカポカするので春情があふれて来たとみえますな……ヘン馬鹿にして下さるな。黙つて聞いてをれば、ようマア、モンクの身として左様なウソが言はれますな、姫様に何もかも聞いてありますよ。姫様の夫に持ちたいとおつしやるのは竜彦さまです。しかしこれも治国別様に先日お尋ねした所が、お許しにならなかつたので、これは駄目でした。お前さまはてんで問題になつて居りませぬがな。性欲を抑制するために臭ボツでもお呑みになつたらどうですか、それで足らねばルタ・グレベオレンスク草か、但は芥子か唐辛をおあがりなさい。春駒があばれ出しては、治国別さまも大変御迷惑だらうから、それが厭なら、淡泊な食物か、多量なアルコールでも飲めばキツと抑制出来ますよ。アハハハハ』
 万公はクワツと怒り、
万公『コレヤ爺、何程左守だとて偉相に言ふな、ドタマの古い男だなア、お前達が今日かうして安全に暮してるのは、皆俺の先生のお蔭だぞ。先生の御恩を覚えてるのなら、なぜ最愛の弟子を嘲弄するのだ。男の鼻を折らうと致しても、いつかな いつかな折られるやうな万公ぢやないぞ』
左守『イヤ実に失礼な事を申しました。何分老耄れて居りますので、お気に障ることがございませうなれど、どうぞ御許し下さいませ』
万公『お前達のやうな老耄は恋愛や情欲の如何なるものかと云ふ事は分るまい。それだからそんな残酷な無味乾燥的な挨拶をするのだ。チとお前も性欲を増進させて、恋愛の真味を味はひなさい。玉葱に薤、牛蒡に人参、オランダ三つ葉に魚肉、牡蠣に牛肉、アヒルの焼肉を精だして食つて御覧、そすれば青春の血に燃ゆる青年男女の心裡状態もチト分るだらう。それだけ食つても効能がなければ、カンタリヂンを呑むかストリキニーネか、或はセンソ、ヨヒンビン、或は臭化金か鉛製の白粉の匂ひを嗅ぐとキツと性欲が増進して来る。そして少量のアルコールを興奮剤として呑むのだ』
としつぺ返しに性欲増進剤を並べ立て、揶揄つてみた。
左守『ハハハハハそれではチツと鉛製の白粉の臭でもかいで若やがうかなア』
と話してゐる所へ治国別は松彦、竜彦を伴い、門口から突然這入つて来た。
治国『ヤア、左守殿、よく来て下さいました。不在でさぞ不都合でございましたらう』
左守『イエイエ決して決して、エライ御厄介に預かつて居ります』
治国『どうも万公が失礼な事を申上げましてすみませぬ。この男は一寸発情期に向つて居りますから、あの通り目が血走つて居ります。どうかお気にさへられないやうに願ひます。アハハハハ』
万公『先生、御帰りイ、大変お早うございましたな』
治国『ウン、せうもないことを言つてはなりませぬぞ』
万公『妾もない所か、至つて微妻に渡り婦人論を妾妻にまくし立てて居つた所です。この爺さまは丸で枯木寒巌的の方ですから、どうしても若い者とはバツが合ひませぬ』
竜彦『ハハハハ万公、また自惚をしよつたな、いいかげんに夢をさまさぬか』
万公『ヘン、自分のラブを先生に茶々入れられただないか、チヤンとそんなこた、この万公がダイヤ姫さまから聞いてるのだ。ヘン、済みませぬな』
竜彦『ハハハハ、サ、松彦さま、ここは万公に任しておいて、左守の司の御接待に奥へ参りませう』
 松彦は『ハイ』と答へて治国別の居間に進み行く。

(大正一二・二・二一 旧一・六 於竜宮館 松村真澄録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web