出口王仁三郎 文献検索

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物語54-1-31923/02真善美愛巳 懸引王仁三郎参照文献検索
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第三章 懸引〔一三八九〕

 暁の空は茜さし、百鳥の声は千代千代とビクの国家の繁栄を祝し、またビクトリア王が親子対面の慶事を寿ぐ如く、今朝は何となく勇ましく鳥の声さへ聞えて来る。
 治国別は神示によつて、今朝未明に松彦一行の帰つて来る事を悟り、門口の戸を開け放ち、湯などを沸かし、座蒲団を並べて待つてゐた。そこへ八男一女はイソイソとして帰つて来た。五人の男兄弟は熊のやうに顔一面に鬚ムシヤムシヤと生やしてゐる。一見した所では、どうしても人間らしく見えなかつた。しかして永らく山住居をしてゐたので、体中苔が生えたと疑はるるばかりに垢がたまつてゐる。
松彦『先生様、お蔭によりまして、漸く六人の御兄妹をお迎へして帰りました』
治国『ああ三人共御苦労であつた。サアサア六人様、こちらへお上り下さい。そして湯を沸しておきましたから、お兄さまから順々に湯浴みをして下さい』
アール『イヤ、何共御礼の申上やうがございませぬ。父が大変御厄介に預かつたさうでございます。その上また吾々兄妹をお救ひ下さるとは、貴方方は神様のやうに存じます』
と荒くれ男に似ず、嬉し涙をハラハラと流してゐる。
治国『御礼を云はれては恐れ入ります。何事も神様のために御用をさして頂いたのでございますから、御心配なく御湯をお召し下さいませ。オイ万公、御湯場へ御案内を致せ。そして垢をおとして上げるのだよ』
万公『ハイ承知致しました。サ、アールさま、貴方からお入りなさい。背中を流しませう』
と云ひながら湯殿へ案内した。松彦、竜彦は代る代る六人の兄妹を湯浴みさせ、親切に洗うてやり、それからスツカリと鬚を剃りおとし、ホーフスから預つた六人分の衣類を着替へさせた。何れもかうなつてみると、気品の高い貴公子然たる男ばかりである。ダイヤ姫は女の事とて、男が背を流す訳にもゆかず、ただ一人湯浴をなし、念入りに身体の垢をおとし、ラブロックを整理し、美はしき小袖に身を纒ひ、ニコニコしながら治国別の前に両手をついて、再生の恩を感謝した。
 万公はダイヤ姫の姿を見て、肝を潰し、
万公『ヤア、これはこれはとばかり花の吉野山、女は化物だと聞いてゐたが、コラまアどうした事だ。小北山のお菊から比べてみると雲泥の相違だ。何とマア立派なシヤンだなア、エヘヘヘ』
松彦『オイ万公、ヤツパリお菊が恋しいか、困つた男だなア。それではモンクになつても駄目だぞ』
万公『イヤ、もう文句も何もありませぬ。素的滅法界惚ました、ああ惚た惚た。われながらよう惚たものだ』
松彦『アハハハハ、彫刻師か井戸掘の検査のやうに言つてゐやがるな。困つた男だなア。それぢや何時までも万公で行かねばなるまい』
万公『万公の同情を寄せて、この姫様をお迎へして来たのだから、何れこの……何でせう、お兄さまがあるのだから、刹帝利家を継がれる筈はなし、どこかへ○○をなさるお身分だから、ねえ松彦さま、モウお菊は思ひ切りますワ、エヘヘヘヘ』
松彦『アハハハハ、身分不相応と云ふ事を知つてゐるか、本当に困つた奴だなア』
万公『門閥や、財産や、地位や、名望や、そんな物が何になりますか。そんな物を以て神聖なる恋愛を制肘せられちや堪りませぬワ、キツと私のものですよ。貴方だつて、万公にやるのは惜しいでせうが、そこは部下を愛するといふ神心を以て、私に媒介して下さるでせうなア。否キツと子弟を愛する慈悲深いお心から、周旋をして下さるだらうと固く信じて居ります。刹帝利様だつて、一旦ない者と定めてござつたから、つまり云へば拾ひ者ですワ。さうだから、キツと吾々がお迎へにいつた御褒美として、貴方方の周旋の如何によつて、万公に与へるとおつしやるでせう。キツと抜目なく、先生、頼みますで……』
ダイヤ『ホホホホ、あのマア万公さまとやら、御親切によう云つて下さいます。しかし私には既に業に夫がございます。年は十一才でも女として一人前の心得は持つて居りますからねえ』
万公『これはしたり、貴方の夫といふのは何方ですか。まさか兄妹同士、そんな馬鹿な事はなさいますまいし……』
ダイヤ『ハイ、先生様にお願ひ申し、父に掛合つて頂いて、左守司の息子ハルナさまと、二三年したら結婚するやうに願つて頂きたいものでございます。私はハルナさまが一番好きなのでございますからねえ』
 万公は首を頻りにふり、
万公『折角ながら、ハルナさまは駄目ですよ。既に業にカルナ姫といふ立派な奥さまが出来ました。そして貴女とは年が違ふのですからそんな事は思ひ切つたがよろしからう』
ダイヤ『あれマア、ハルナさまとした事が、一年の間にチヤンと奥さまを持たれたのですか。私、どうしませう』
万公『ハハハ、さうだから、それだけ年の違ふ男にラブしても駄目だと云ふのですよ』
ダイヤ『ハルナさまと私と年が違うといつても、僅か十年ばかりですよ。貴方は三十年も違ふぢやありませぬか。そんな方と夫婦になつたら、世間の人がお半長右衛門だと云つて笑ひますがな。ホホホホ、あのマアいけ好かないお顔』
とプリンと背中を向ける。
万公『ヤア此奴ア失敗つた。どうしたら年が若くなるだらうかなア。なぜ二十年も後から生れて来なかつただらう』
松彦『アハハハハ』
竜彦『オイ万公、馬鹿な事を云はずに、早くお客さまの御飯の用意をするのだ。貴様はこれからボーイを命ずる。早く台所へ行つて襷がけになつて活動せぬかい』
万公『ヘー、承知しました。しかし、これだけ沢山のお客さまだから、万公一人では手が廻りませぬ。炊事に女がなくてはなりませぬから、一つダイヤさまに手伝つて貰ひませうかい。それが厭なら、竜彦さまも水汲みなつとして貰ひませう』
治国『イヤ、松彦、竜彦は大変な御用がある。これから種々の準備を整へホーフスへ参り、刹帝利様にいろいろと御相談に行かねばならぬ。御苦労ながら万公、お前今日だけ一人でやつてくれ。ダイヤ様は女の事でもあり、しばらく手伝つて頂けば此方も都合が好し、お前も喜ぶだらうが、どうも万公では険難で、さうする訳にも行かず困つた者だ』
万公『先生、そんな御心配はいりませぬ、私も男です。滅多に不調法はしませぬから、どうぞ、仮令半時でも一緒に仕事をさして下さい。きつい山坂を荊を分けて往来し、ヤツと此処まで帰つたと思へば、三助をやらされる、また炊事まで命ぜられる……といふのだから、チツと御推量下さつてもよささうなものですな』
ダイヤ『妾は山中において不便な生活をしながら、六人分の炊事をやつて来ました経験がございます。妾一人が、そんなら炊事場を預りませう。万公さまはお休み下さいませ』
万公『滅相もない、お年のいかぬ若い姫様に、コーカー・マスターをさせては、男が立ちませぬ。また刹帝利様に聞えてもすみませぬから、夫婦……オツトドツコイ男女共稼で、コーカー・マスターを勤めませう。ねえ先生、それで差支ありますまい』
治国『ダイヤ様さへ御承知なればよからう。しかしお前は飯炊役、ダイヤ様はバトラーになつて貰はう』
万公『エエ仕方がない。君命に従ふ事に致しませう』
と万公はいろいろの食料品を集め、炊事に襷がけで取掛つた。ダイヤは火を焚き、茶を沸し、チヤンと準備が整うて、膳部を運び、一々毒味を了り座敷に並べた。これより一同は朝飯を喫し、ゆるゆると山中生活の話や、または宣伝使の苦労話や、愉快な話を交換し、ビクトリア城内の戦争談などを始めて、一時ばかり面白可笑しく時をうつした。
 治国別の内命によつて、松彦、竜彦両人は、衣紋を繕ろひ、ホーフスに参入した。内事司のタルマンは二人を叮嚀に向へ、奥の間に通し、茶菓を饗応しながら、六人の子女の消息を待ち兼たやうに尋ね出した。
タルマン『大変にお待ち申して居りましたが、お子様の消息は如何でございましたか』
 竜彦は早速六人を無事に連れ帰つたと云つては、余り興味がない、ここは一つ内事司をぢらしてやらうと、徒好の竜彦はワザと心配相な顔をして、ナフキンで唇の唾をふきながら、咳払を七つも八つもつづけ、言ひにくさうにモヂモヂして揉手をしながら、
竜彦『エー、折角、参りましたが、中々以て、容易の事ではありませぬ。それはそれは、意外にも深山幽谷で荊蕀茂り、鳥も通はないやうな難所でございましたよ』
タルマン『ヘー、成程、大変お困りでございましただらうな。そして御子女は無事に御帰りになりましたか』
竜彦『サ、そこが、ウン、何です。誠に早、骨を折りましたよ。

 月花の友は次第に雪と消え
 光明は三日の月のあとへさし
 藪医者は験より変を見せるなり』

タルマン『エ、何と仰せられます。御子女はゐられなかつたのでございますか』
竜彦『ヘー、居られるはゐられました。それがサ、中々容易に、ウンとおつしやらぬので、猪突槍を以て吾々三人を十重二十重に取囲み、蟻の這ひ出る隙間のなきまでに、攻め来るその猛烈さ。僅に血路を開いて雲を霞と逃げ帰り候……といふやうな為体でございましたよ。あああ、是非もございませぬ』
タルマン『向ふは六人さま、十重二十重だとか、蟻も這ひ出る隙間もない……とか、そんな御冗談おつしやらずに、早く吉報を御聞かし頂きたいものでございます』
 松彦はニコニコしながら、黙つて二人の問答を聞いてゐる。そして時々「プープー」と噴き出してゐた。タルマンは気を焦ち、膝をすりよせながら、
タルマン『エ、焦らさずに早く言つて下さい。キツと勝利を得られたのでせう』
竜彦『吾々三人がヤツと格闘の結果、到底生捕にして帰る訳にも行かず、首をチヨン切つて、漸く凱旋致しました。やがて首実検に供へませう。毛は熊の如くに顔一面に生えて居りますから、御見違ひのないやうにお検めを願ひます。今治国別さまの館で仮令首だけでも疎には出来ませぬから、輿を作つて舁いで参りますからよくお検め下さいませ』
タルマン『左様な事を誰が御願申しましたか、以ての外の乱暴、首ばかり持つて帰つて何になりますか。貴方は人殺の大罪人、これから、何程神徳の高きモンクだと云つても、許す訳には参りませぬ、覚悟をなされ』
と顔色を変へて怒り出した。竜彦は平然として、
竜彦『アハハハ、大きな体を引抱へて帰る訳にも行かず、首だけ持つて帰れば大変軽便だと思ひ、刹帝利様の意志に従つて、ビクの国家を乱さむとする、悪逆無道の御子女を亡ぼし帰つたのが、何がお不足でござるか。六人の子供が顔さへ見せてくれさへすれやよいとおつしやつたでせう。別に胴体を見せいとも、手足を見せいともおつしやらなかつたでせう。さやうな不足は、吾々は聞く耳は持ちませぬ、アハハハハ』
 タルマンは余りの事に呆れ果て、真青な顔をして唇を慄はせながら、恨めしげに竜彦の顔を睨んでゐる。ここへ、レーブ・アン・ルームにあつて、治国別の返辞を待つてゐた、左守右守はどうやら竜彦の声がするやうだと、ドアを排し、廊下を伝うてこの場に現はれ、見ればタルマンは顔色土の如くなつて慄うてゐる。二人はニコニコとして笑うてゐた。左守のキユービツトはこの体をみて、……ハハア、タルマンの奴、予言者だ、宣伝使だと威張つてゐるから、懲戒のために油を取られてゐるのだ、此奴ア面白い……と思ひながら、三人の前に現はれ来り、
左守『今喫煙室において様子を聞けば、どうやら、不成功に終つた様子でございますが、イヤもう何でも結構でございます。アールさまさへ連れて帰つて下さらば、ビクの城中は磐石の如くでございます。ヤ、誠にお骨を折らせました、どうぞ治国別様へよろしくお礼を申して下さい』
松彦『漸くの事で、いろいろと事情を申上げ、お一人だけお連れ申すことに致しました。やがて治国別様が駕籠にお乗せ申して御送りになるでせう、どうぞ御受取り下さいませ』
左守『有難うございます。さぞ刹帝利様も満足遊ばす事でせう。そしてそのお一人と申すのは何方でございますか』
 竜彦は松彦の返答せぬ内に、
竜彦『アイヤ、余り顔一面に毛が生えてゐるので、男とも女とも兄とも弟共見当がつきませぬ。何だか知りませぬが、エ、一人だけやうやうと引張て帰りました。どうぞ、よくお調べ下さいませ』
 かく話す所へ駕籠に舁がれて万公が先に立ち、やつて来たのは総領息子のアールであつた。松彦は、
松彦『ヤ、今お帰りになりました。サ、皆さまお迎へ致しませう』
と玄関口に出迎へた。駕籠は玄関口に横づけとなつた。中からヌツと現はれた、髭をそりおとし、立派な衣装をつけた貴公子は総領息子のアールであつた。タルマン始め左守右守はアツとばかりに驚いて、しばし言葉も出なかつた。
治国『皆さま、この方が御総領のアールさまでございます』
 左守右守は俄に嬉し涙がこみ上げて来て、ただ一言も発し得ず、左右の手を取つて、刹帝利の居間へ案内して行く。タルマンもヤツと胸を撫でおろし、
タルマン『竜彦さま覚えてゐなさい。キツと御礼を申しますから……』
と云ひながら、アールの後に従ひ、奥の間に姿を隠した。治国別は万公を伴ひ逸早く刹帝利にもあはず、吾住家に残した五人が気にかかるので帰つて行く。

(大正一二・二・二一 旧一・六 於竜宮館 松村真澄録)



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