出口王仁三郎 文献検索

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物語53-4-201923/02真善美愛辰 背進王仁三郎参照文献検索
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第二〇章 背進〔一三八三〕

 鬼春別、久米彦両将軍が連戦連勝の結果、ビクの都の兵士までも従へて、自分の部下としてゐたのはホンのしばらくの間であつた。ヒルナ姫、カルナ姫の千変万化の秘術を尽しての斡旋に、漸くビクの国の軍隊の一部分は刹帝利の支配の下に隷属し、左守は兵馬の権を刹帝利より臨時委任され、城内の秩序を保つこととなり、またタルマンは依然として宣伝使兼内事司を勤め、ヱクスは抜擢されて右守となつた。そして城下の陣営は暫時バラモン軍にその大部分を貸し与へ、茲にビクトリア家とバラモン軍とは整然たる区劃がついた。鬼春別、久米彦両将軍は斎苑の館へ進軍するのも好まず、さりとてハルナへ帰ることも出来ず、黄金山へ向はむか、又々敗北せむは必定である。ともかくビクトル山を中心に仮陣営を築き、此処にて兵力を練り、附近の小国を切なびけ、一王国を建設せむと兵営の増築に全力を尽し、未来に希望を抱いてゐた。そしてヒルナ姫、カルナ姫は元の如く将軍に仕へてゐた。しかしながら種々の辞柄を設けて、二人の美人は両将軍に身を任せなかつた。何時も弁舌と表情と酒とにて誤魔化し、殆ど同衾の暇をなからしむべく、両女が互に入り乱れて助け合ひつつあつた。ビクトリア王もハルナも両女の心をよく察知し、少しも素行上に付いては疑をさし挟まなかつたのである。只々両女が身を犠牲にして、我国家の安泰を守るその苦心を感謝するのみであつた。
 大急ぎで作られた兵営は大半落成した。鬼春別はビクトル山の麓の最も要害よき地点に本営を築き、久米彦将軍と軒を並べて兵を練ることにのみ力を尽し、一方には最愛のナイスを唯一の力と頼み、未来には晴れて完全なる夫婦たるべしと期待してゐたのである。
 かかる所へ慌ただしく入来るは河守の雑兵甲乙丙の三人である。シヤムは受付に事務を執つてゐると、三人は息を喘ませながら、
『申上げます。只今、ライオン河を渡つて、数多の騎士此方に向ひ驀地に駆けつけて参る様子でございます。ともかく御注進申上げます』
シヤム『ナニ、沢山のナイトが川を渡つて来るとは、ハテ心得ぬ 何者であらうかなア』
と首を傾ける。甲は、
甲『エエ察する所、旗印を見れば、どれもこれも三葉葵の紋所を染めなし居りますれば、正しくバラモン教の軍隊かと存じます』
シヤム『ハテ、バラモン教の軍隊が、さう沢山に此方に渡る筈はない。ランチ将軍が浮木の森に控へ居れば、三五教の奴輩が佯つて、三葉葵の旗を立て、攻めよせ来る筈もない、ハテ合点の行かぬことだなア。何はともあれ将軍様に申上げむ、汝等は一時も早く川端に立帰り、敵か味方か取調べた上報告せい』
といひすて、鬼春別将軍の居間に進んだ。そこには折よく久米彦が来て居つた。スパール、エミシも側に侍して何事か嬉しげに話してゐる。そこへ現はれたシヤムは鬼春別に向ひ、一寸目礼しながら、
シヤム『将軍様に申上げます。只今川守の報告によれば、数百のナイトが三葉葵の旗を振り立て振り立てライオン河を渡り来る様子でございます、如何取計らひませうかな』
鬼春別『ハテナ、合点の行かぬ旗印、まさかランチ将軍が逃げて来たのではあるまい。久米彦殿、貴殿の御意見は如何でござるか』
久米彦『察する所、浮木の森のランチ将軍は治国別の言霊戦とやらに敗を取り、血路を開いて逃げて参つたのでせう。三五教ならば、左様に沢山の同勢は伴れては居りますまい。ハテ困つたことだなア』
鬼春別『何はともあれ、スパール、シヤム、汝は駒に跨がり、一時も早く敵か味方か様子を窺ひ報告いたせ』
と下知すれば、『ハツ』答へて両人は直に駒の用意をなし、蹄の音も勇ましく、川縁さして一目散に走り行く。
 両将軍は双手を組み、さし俯いて、稍思案にくれてゐた。ヒルナ姫、カルナ姫はニコニコしながら、あどけなき態を装ひ、琴などをいぢつてゐる。
鬼春別『ヒルナ姫、しばらく琴の手を止めてくれ、一大事が起つたからなア、カルナ殿も同様だ、琴所の騒ぎぢやあるまいぞ』
ヒルナ姫『ハイ、何か御心配なことが突発致しましたか。それは気の揉めたことでございますねえ』
鬼春別『ウーン、別に心配致すやうな事ではないが、どうも怪しい報告に接したのだ、都合によつては、吾々も防備の用意を致さねばなるまい』
ヒルナ姫『ホホホホホ、防備なんか必要はありませぬ。妾にお暇を下さいますれば、駒に跨つて、攻め来る軍隊と折衝致しませう』
鬼春別『イヤイヤ、お前を左様な所へ差向けては、案じられる。また将軍に秋波を送られては、聊か気が揉めるからなア』
ヒルナ姫『オホホホホ、将軍様のおつしやること、そんな柔弱な女ぢやございませぬ。ねえカルナさま、妾と二人駒に跨り、紅裙隊を指揮して、群がる敵をアツと云はせてやりたいものですね』
カルナ姫『本当にさうですワ。妾も将軍様のお許しさへあれば、一働き致したいものでございますわ』
と両女はうまく馬に跨りこの場を立出で、……もしバラモン軍なれば是非なく首将を連れ帰り、鬼春別に会はしてやらうが、万々一三五教の宣伝使または軍隊であつたなればこれ幸ひにこの場を脱け出し、しばらく姿を隠さむ……かと期せずして両人の心に閃いたのである。されど両将軍は、可愛い二人の女に疵をさせては大変だと案じ過ごして容易に出陣を許さなかつた。
 かかる所へ法螺貝の響ブーブーと聞えくる。鬼春別はつツ立ち上り、眼下を見渡せば、数百の軍隊、列を乱して、一生懸命に此方に向つて走り来るその様子、どうも敵軍とは思はれない、敗兵が逃亡して来たと見て取つた鬼春別はヤツと胸を撫でおろし、
鬼春別『アハハハハ、久米彦将軍、あれを見られよ。数百の軍隊が此方に向つて攻め来る様子、しかしながら吾々は仁義を以て主義と致すもの、決して一兵卒も動かしてはなりませぬぞ。ただ吾々が愛の徳によつて敵を悦服さす方法あるのみですから』
 久米彦はまた高欄より打眺め、ヤツと安心したものの如く、
久米彦『アハハハハ、仰せには及ぶべき、如何なる巨万の敵、一斉に押寄せ来る共、愛の善徳を以てこれに対し、決して殺伐のやり方は致さぬ覚悟でござる。戦はずして敵を悦服さすは、勇将のよくなす所、どうだ、カルナ姫、某の無抵抗主義、博愛主義は実に徹底したものだらうがなア』
としたり面にいふ。
カルナ姫『左様でございます、仁義の軍に敵はございませぬ。どうぞ、何処までも無抵抗主義を抱持遊ばすやう御願致します。暴に対するに暴を以てするは、所謂下賤の人民の致す所、実に見上げた立派な将軍様の御志には、カルナも益々感服仕りました』
と表には云つたものの、……万一敵が押よせて来て、この両将軍を何とかしてくれれば都合が好いがなア。さうすれば根本的にビクの国が安全に治まるだらう……と考へてゐた。ヒルナ姫もまたカルナと同様の考へを持つてゐた。
 かかる所へスパール、エミシに導かれ、息せき切つて走り来りしは、ランチ将軍の部下に仕へし、テルンスであつた。テルンスは数百のナイトを引率して、此処に遁走し来たものである。
久米彦『ヤ、その方はランチ将軍の部下テルンスではないか、何か様子のあることと察する。ランチ殿は如何でござるかな』
テルンス『これはこれは両将軍様御壮健にて、先づ先づお目出たう存じます。申上ぐるも詮なきことながら、ランチ、片彦両将軍は三五教の宣伝使治国別のために、スツカリ兜をぬぎ、今は軍隊を解散致し、自らは三五教の魔法を授かり、宣伝使となつてしまひました。ランチ、片彦、ガリヤ、ケースの錚々たる幹部がかくの如く相成りました以上は、やがて治国別を先頭にビクトル山へも押寄せ来るでございませう。三千人の軍隊を抱へたランチ将軍でさへも、一たまりもなく降服致したのでございます。実に恐るべき強敵でございます』
 久米彦はこれを聞いて胸を躍らし、面を蒼白に変へてしまつた、忽ち声を慄はせながら、
久米彦『鬼春別殿、タタ大変でござる。コリヤかうしては居られますまい。何とか工夫をめぐらさうぢやありませぬか』
 鬼春別もこの報告にハツと驚いたが、ヒルナ姫の手前、余り卑怯な醜態も見せられないので、ワザと平気を装ひ、
鬼春別『アハハハハ、猪口才千万な、仮令三五教の宣伝使幾百万押よせ来る共、拙者は大自在天様より授けられたる妙法を心得居ればただ一息に吹き飛ばさむは目の当りでござる、御心配なさるな、アハハハハ』
とワザとに身体をゆすり、腹の底より起つて来る小慄ひを紛らさうとする可笑しさ。
 ヒルナ、カルナ両女は、早くも両将軍の恐怖心にかられてゐることを看破したが、何食はぬ面して、表面を包んでゐた。
久米彦『イヤ将軍殿左様な楽観も出来ますまい、一時も早く軍隊を整へ、黄金山に攻め寄せようぢやありませぬか。吾々の使命は、元よりかやうな所に籠城致すべき者ではござらぬ。治国別が押しよせ来るとすれば、彼に先立つて、黄金山を攻落し、砦によつて治国別の寄せ手を防ぎ、殲滅致さうではござらぬか』
と口では立派に云つてゐるが、その内心は黄金山へ攻めよせるのは、最も両将軍の恐るる所である。さりとて、ここにグヅグヅしてゐては、何時治国別が押寄せ来るかも計り難い、ブザマな敗軍をなし、ヒルナやカルナに内兜を見すかされ、卑怯な男と思はれ、愛想をつかされては大変だと、そればかりに気を揉んでゐる。
鬼春別『成程……言はばビクトル山の陣営はホンの休養所でござる、ここには立派に刹帝利もゐますことなれば、吾々がお節介を致す必要もござるまい。貴殿の御意見に共鳴致し、しからば軍隊を全部引率れ、進軍の用意にかかりませう』
と落ち着き払つて言つてゐるものの、已に治国別はライオン河を渡つて、此方へ来て居るのではあるまいかと気が気でなかつた。しかし治国別は部下を引つれ、クルスの森やテームス峠で悠々閑々と講演会を開き子弟を教育してゐたのは読者の知る所である。水鳥の羽音に驚いて、脆くも遁走した平家の弱武者そのままの心理状態に、両将軍は襲はれてゐた。それ故に何となく落つかない風が見える。
 ヒルナ姫は落着き払つて、
ヒルナ姫『モシ将軍様、折角此処まで兵営を築き上げ、如何なる敵も防ぐだけの準備が整つてるぢやありませぬか。かやうな風景の佳い所で、貴方と一生暮したうございますワ。進軍なんかおやめになつたらどうですか』
 鬼春別はシドロモドロの口調にて、
鬼春別『ウンウン、それもさうだが、機に臨み変に応ずるは、三軍に将たる者の行ふべき道だ。さう心配は致すな、どこまでも其方を伴れて行つてやるから、仮令進軍したと云つても、吾々は将軍だ。矢玉の来るやうな所へは決しておかないから……サ、其方も覚悟をして拙者に跟いて来るのだ。キツと心配は要らないよ』
ヒルナ姫『それでも何だか、殺伐の気に襲はれるやうでなりませぬワ、ねえカルナさま、貴女どう思ひますか』
カルナ姫『妾も何時までもこの陣営において頂きたうございますがねえ、モシ久米彦さま、どうかさうして下さいますまいかね』
久米彦『左様な気楽なことが言つて居れるか。敵は間近く押よせたり、時遅れては味方の非運、サ、一刻も早くここを引上げ進軍致すでござらう』
カルナ姫『モシ、久米彦将軍様、進軍とは真赤な詐り、予定の退却ぢやございませぬか』
久米彦『馬鹿を言へ、敵は黄金山に在り、かうなる上は一時も早く神謀鬼策を廻らし、黄金山を占領すべき必要が起つたのだ、一時も早く進軍の用意を致さねばならぬ』
とモジモジしてゐる。
カルナ姫『貴方の進軍は背進でございませうね、どうでも理窟はつくものですね』
久米彦『何とまあ口のいい女だなア』
鬼春別『サ、早く馬の用意を致せ、そして姫には牝馬の用意だ。スパール、エミシ、テルンスは全軍を指揮して後よりつづけツ、いざ久米彦殿、先鋒隊を仕らう』
と態のよい辞令で、早くも逃仕度にかかつてゐる。
ヒルナ姫『モシ将軍様、先鋒隊は斥候の役ぢやありませぬか。貴方様は総司令官、最後に御ゆつくりとお進みになつた方が安全でございませう』
鬼春別『それもさうだが、先んずれば人を制すといふことがある、これが兵法の奥義だ。頭が廻らねば尾が廻らぬといふからな。長蛇の陣を張つて行くのだから、蛇の歩く如く頭を先に尾が後から行くのだ、それで長蛇の陣といふのだ』
と姫の前に体裁を作り、自分の卑怯をかくすことにのみ努めてゐる。
 鬼春別、久米彦はヒルナ、カルナの両美人と駒を並べ、一目散に西へ西へと駆けり行く。後に残つたスパール、エミシは周章狼狽の余り、軍隊を整理する暇もなく『退却々々』と呼ばはりながら、尻に帆かけて、駒に跨り、軍帽を後前に被つたり、靴を片足はいたり、無性矢鱈に馬の尻を叩いて、敗軍同様の為体で逃げ出した。一匹の馬が狂へば千匹の馬が狂ふとやら、後から強敵が襲ひ来るやうな恐怖心に駆られて、三千の兵士は人を突倒し踏み越えて、吾れ先にと西方さして、一人も残らず逃げ散つてしまつた。
 ビクトル山の森の繁みに数十羽の梟がとまつて、
『ウツフーウツフーオツホホ、アホーアホーアホー』
と声を揃へて鳴き出したり。

(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)



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