出口王仁三郎 文献検索

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物語53-3-171923/02真善美愛辰 奉還状王仁三郎参照文献検索
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第一七章 奉還状〔一三八〇〕

 刹帝利、左守、右守その外一同は、鬼春別、久米彦両将軍及四人の副官や属僚が酒に酔ひつぶれ、前後も知らず寝込んだのを見すまし、漸く口を開き善後策につき相談会をヒソビソと始め出した。
タルマン『刹帝利様を始め皆々様、実に意外の好結果を得たものでございますなア。これ全く盤古神王様の御守護の致す所は申すに及ばず、貞婦烈婦のヒルナ姫様、カルナ姫様の必死の御活動が此処に到らしめたものと考へます。誠にこんな有難い事はございませぬなア』
刹帝利『感じ入つたる両女の働き、其方等も王家のため、国家のために随分骨を折つてくれたなア。実に感謝の至りだ』
タルマン『刹帝利様に一寸伺つておきたいのでございますが、貴方はヒルナ姫に暇をお出し遊ばしたが、しかしながらかくの如く勲功が顕はれた上は、元のお妃にお直し遊ばすでございませうなア』
刹帝利『彼れの如き貞婦烈婦は、またと世界にあらうまい。この方も彼のために国家の危急を救はれたのだから、少々の過がありとて、国を思ふためにやつた仕事だから、別に咎る訳には行くまい。この件に付いては其方に一任致す』
タルマン『早速の御承知、有難う存じまする。ヒルナ姫様もさぞ御満足遊ばすことでございませう』
左守『ヒルナ姫様と云ひ、カルナ姫と云ひ、実に天晴な者だ。右守司の率ゆる軍隊も相当にあつたけれど、弱将の下に弱卒ありとでも言ふものか、一人も間に合はなかつた。カルナ姫は右守殿の妹と云ひながら実に天晴の女丈夫だ。ハルナ、其方も手疵を負うて苦しからうが、あれ位な女房を持つ上は聊か慰むる所があるだらうのう』
ハルナ『ハイ』
と云つたきり面赤らめて俯いてゐる。
左守『かく和合の出来た上は、鬼春別将軍はヨモヤ、ビク城の軍隊まで指揮せうとは致すまい。バラモン軍はバラモン軍として、また別に陣営を造るであらう。さすればこの際右守殿の兵馬の権を、スツパリと刹帝利様に奉還なさるがよからうと存ずるが、右守殿如何でござらうな。その方は内憂外患を防ぐための軍隊だと主張しながら、国家危急の場合になつてから弱腰をぬかし、この城内をして零敗の憂目に陥らしめたのは全く其方の責任でござるぞ。其方も一片の赤心あらば、この際罪を陳謝し、スツパリと兵馬の権を、王様にお還しめされ』
 右守はさも不愉快な面をしながら、
右守『これは心得ぬ左守殿のお言葉、拙者の家は兵馬の権を握る家筋なれば、その家系より生れたるカルナ姫は、拙者に代つて軍功を立てたではござらぬか。カルナ姫は左守の家に遣はしたりとは云へ、ヤハリ右守家に生れた者、右守家に生れたカルナ姫がかくの如き勲功を立てた上は、決して右守家に兵馬の実力がないとは言はれますまい。千軍万馬を動かして勝利を得るも、また一人の女によつて、目的を完全に達するも同じ事ではござらぬか。またヒルナ姫は拙者が親族の娘、ヤハリ右守家の系統を曳いた者、これを思へば、どこどこまでも、右守が兵馬の権を握つて居らなくては、ビクの国家は保たれますまい。左守殿は老齢の事とてチツとばかり耄碌遊ばしたなア』
左守『邪智侫弁を揮つて、飽くまで野望を達せむとする憎くき其方の心根、いいかげんに改心なさらぬと、神罰立所に至りますぞ。畏れ多くも王妃を取込み、且道ならぬ道を行はしめ、遂には不羈の謀計を達せむと致した極重悪人、世が世ならば、逆磔にしても許し難き其方なれども、何を云つても其方は兵馬の権を握つてゐた実権者だから、刹帝利様も涙を呑んで今日までお忍び遊ばしたのだ。この左守だとてその通り、またヒルナ姫様も国家を思ふ一念より、いろいろと御苦心遊ばした跡は、歴然として居りますぞ。其方も右守の家に生れたものならば、なぜ男らしく割腹して王の前に罪を謝するかまた、兵馬の権を奉還して、民家に下りその罪を陳謝なさらぬか』
 右守は少時考へて居たが、何か心に頷き厭らしい目付をしながら、俄に下座に直り両手を仕へ、
右守『ハハア、刹帝利様、その外のお歴々様、右守は今日只今より、仰に従ひ前非を悔い、兵馬の権を奉還仕りますれば、何卒御受取り下さいませ。そして吾々の罪、お赦し下さらば右守は民間に下り、首陀となつて田園生活に余生を送る考へでございます』
 刹帝利は左右を顧み、
刹帝利『タルマン、左守殿、今右守の申した事、汝等に異存は無いか』
 タルマン、左守はハツと頭を下げ、
左守『吾々はこの事あらしめむと、日夜心を悩ませ居りました者、いかでか異存のございませうや』
刹帝利『ウン、しからば右守の願を許すであらう、右守、有難く思へ』
右守『ハイ、君の御仁慈、肝に銘じ、有難く存じ奉ります』
左守『ヤア右守殿、天晴々々、武士はさうなくては叶はぬ。しからばここで奉還状をお認めなさい。そして拇印を押して貰ひませう』
 右守はこの言葉にハツと当惑し、……奉還状を書いたが最後、自分の地位は台なしになつてしまふ。コリヤ困つた破目に陥つたものだ……と思ひながら、さすが老獪な右守、素知らぬ面にて、
右守『刹帝利様に恐れ謹み申し上げます。拙者も右守家を相続致す武士の片割れ、一旦奉還すると申上げた以上は、決して変がへは致しませぬ。武士の言葉に二言はございませぬ。何卒私の人格を買つて下さいませ。言葉の上にて奉還さして頂きたうございます』
 左守は厳然として言葉鋭く、
左守『右守殿、人格を認めよと言はれたが、其方に人格があると思はるるか、よく胸に手を当ててお考へなされ。よくもマア左様な図々しい事がいへるものだなア』
右守『御不承知とあれば已むを得ませぬ。しからば武士の言葉であれど、奉還すると申出でた事は、刹帝利様始めお歴々のお気に召さぬと見えまする。この上は止むを得ませぬ、依然として祖先の家を継ぎ、右守となつて兵馬の権を掌握するでございませう』
タルマン『右守殿、苟くも王様の前に申上げた言葉、決して後へは引かれますまい。左様な没義道な事を仰らるるならば、やむを得ませぬ。拙者にも考へがござる』
と片方にあつた弓に鏑矢をつがへ、満月の如く引しぼつて、矢の穂先を右守の面体に向けた。流石の右守もこれには辟易し、サツと面色を変へ、唇を慄はせながら、
右守『イヤ、たつて、自説を主張しようとは申しませぬ。あ、しからば奉還致しませう』
 タルマンは尚も弓を満月に張り、アウンの息を凝らしてゐる。タルマンの弦にかかつた拇指が一寸でも動いたが最後、右守の命は忽ち風前の灯火である、否寂滅に陥るのである。
左守『しからば右守殿、サ、早く、此処に料紙も硯もござれば、奉還状を御認めなされ』
 右守は歯ぎしりしながら、
『ああ是非に及ばぬ』
と小声に呟きつつ、机に向ひ筆を染め料紙に対して、手をビリビリ慄はせながら、奉還状を認め、左守の手に渡した。左守は一度文面を検めむと、よくよく見れば、

一、拙者事、右守家の相続人として、兵馬の権を握り、国家の保護に任じ、今日まで何の不都合もなく、ビクの国及び王家をして泰山の安きにおきたる事、右守家の相続者として茲に刹帝利様に軍職奉還の義を申出づる事を光栄とす。
一、この度のバラモン軍の襲撃に際し、右守家に生れたるカルナ姫の軍功は、右守家が兵馬の権を握れる家系にして勇壮活溌な血液の伝はり居る事を検証したるを以て光栄とす。
一、刹帝利の妃ヒルナ姫は、ヤハリ右守家の血統より生れ、今日の軍功を立て、祖先の血統を明かにせしことを光栄とす。
一、右の如く軍功顕著なる家柄なるを以て、ここ三年の間はこのまま兵馬の権を握り刹帝利殿を始め、左守に軍学の素養備はりし時を以て、兵馬の権を奉還する事を約す。
 右の条々相違これなく候也。
   年月日   右守、ベルツ

と記してある。左守は口をへの字にまげ、改めて王の前に朗読した。王は無言のまま一言も発せず、口を結んで控えてゐる。タルマンは弓に矢を番へながら、
タルマン『右守殿、この条文によれば、其方が兵馬の権に恋々たる執着心は十二分に現はれてゐることを認めざる得ない。傲慢不遜の言詞を改め、キツパリと男らしく、直様奉還致すやうお書替へなさい。左様な奉還状は反古同様でござる』
左守『右守殿、タルマンの言はるる通り、サ、素直に、男らしく、キツパリと奉還状をお認めなされ』
右守『サア、それは、しばらくの御猶予を願ひ、沈思黙考の上認めて呈出致すでござらう』
タルマン『右守殿、侫弁を揮ひ、一時を糊塗し、この場を遁れて、またもや野心を企む所存であらうがな。汝が面体に歴然と現はれて居りますぞ』
と心の底まで矢を射ぬかれて、遁るる途なく執着心の鬼を押へながら、引くに引かれず進むに進まれぬこの場の仕儀と決心の臍を固めて、再び状を認め始めた。

   兵権奉還状の事
一、今日まで右守家の祖先がビクトリア家より委託されたる兵馬の権を悉皆、現刹帝利ビクトリア王の御許に奉還仕り度候間、何卒特別の御詮議を以て御採納下され度、偏に懇願奉り候也。
   年月日   右守、ベルツ

と記し、左守の手に渡した。左守はまたこれを王の前に朗読した。
刹帝利『ウン、ヨシ、直様聞届る。一時も早く左守司に引つぎを致せよ。しかしながらこれに念のために、拇印を押しておくがよい』
右守『拇印を押すべき処なれど、昨日の騒動にカルナの奴に腕を傷つけられ、指の先まで痛みを感じ到底拇印は出来ませぬ。全快するまで御猶予を願ひまする』
左守『右守の創は右の手ではござらぬか、拇印は左の手に限りますぞ。サ、早く押して貰ひたい』
と前へ突き出す。タルマンは弓に矢を番へたまま、右守の面体を睨みつけてゐる。右守は後日の言ひ掛りを拵へんため、ソツと右の鬢の毛をむしり、指に当て、墨をつけて拇印を押した。これは指紋を誤魔かさむがためである。左守は目敏くこれを見て、
左守『右守殿、この拇印は間違つてござる。マ一度押し直して貰ひたい』
右守『これは心得ぬ左守殿の言葉、拙者の左の拇指は一本よりござらぬ。これがお気に入らなくば、左守殿、拙者の代理に其方が立派に押しておいて下され』
左守『益々以て不埒千万な右守の言葉、髪の毛を以て指紋を変じ、後日の言ひがかりを拵へむとの、伏線でござらうがな。左様な事の、老眼と雖も、分らぬ拙者ではござらぬ。サ、早く男らしく捺印なされ』
 右守は無念の涙を零しながら、進退惟れ谷まつて、厭々ながらも、今度は本当に拇印を捺した。
左守『ヤ、天晴々々、刹帝利様、これにて手続きは済みましてございます。お目出度うございます。ヤ、右守殿、其方も目出度いなア』
右守『ハイ、根つから……お目出度うございます』
と歯切れせぬ答弁をやつてゐる。右守は刹帝利に向ひ、
右守『目出度く奉還を御許可下さいました上は、拙者は館に帰り、しばらく謹慎を致し、君の御命令を御待ち致します。何分よろしく御願ひ致します』
と言ひながら、タルマン、左守その他の面々を尻目にかけながら、ドシドシと廊下をワザと鳴らして出でて行く。

(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)



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