出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=53&HEN=2&SYOU=13&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語53-2-131923/02真善美愛辰 醜嵐王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=14981

第一三章 醜嵐〔一三七六〕

 スパール、エミシ両人の仲裁によつて鬼春別、久米彦両将軍の斬り合も漸く治まつた。両将軍は椅子にかかつてハートに波を打たせながら汗を拭うてゐる。スパールは鬼春別に向ひ恭しく、
スパール『もし将軍様、何故のお争ひでございますか。三軍を指揮し部下に模範を示すべき尊き御身を持ちながら、この状態はどうですか。これには何かの様子ある事と思ひますが、この副官に包まず隠さず御打明かし下さらば、拙者は拙者として最善の方法を講ずる考へでございます』
 鬼春別は赤面しながら言ひ憎さうに、
鬼春別『いや、別に大した事はない。あまり無聊の余り久米彦殿と撃剣の稽古を致して居つたのだ。アハハハハ』
スパール『撃剣の稽古ならば何故竹刀をお持ちなさらぬ。互に真剣を抜いて御打合とは険難千万、拙者が駆け付けるのが、も少し遅かつたならば両将軍共に如何なる運命に陥り玉ふかも計られますまい。万一これだけの軍隊に重鎮を失へば軍紀は忽ち乱れ、部下の士卒は支離滅裂になつてしまひます。どうぞ戯れもいい加減にして下さいませ』
鬼春別『アハハハハ、えらい……もう気を揉ませました。ツイ煽てが真剣になつて、埒ちもない事だつたよ』
 エミシは久米彦に向ひ、
エミシ『将軍様、今鬼春別将軍のおつしやつた通り撃剣をなさいましたのですか』
 久米彦は言ひ憎さうに、
久米彦『ウン、撃剣と云へば撃剣だが、実の所は鬼春別将軍は軍律を乱さむと致した故に一刀の許に斬りつけむとしたのだ。もう一息と云ふ時に其方がたがやつて来て、いかい邪魔を致したな。アハハハハ』
エミシ『これは将軍のお言葉とも覚えませぬ。拙者は貴方の副官として只今まで忠実に仕へて参りましたが、仮令鬼春別将軍様に如何なる非違があるとも、刃を以て向ふと云ふ乱暴な事がありますか。拙者はこれより貴方の部下を離れ、鬼春別将軍様に同情を致します。その御面相はどうですか。顔部一面に、眼は釣り、色は褪せ、唇は紫に変つて居りますぞ。それに引替へ鬼春別将軍様は、顔色少しも変らせ玉はず余裕綽々として存し、英雄の態度を崩さずに居られます。……何卒鬼春別様、一兵卒の末輩でも構ひませぬ。どうぞ貴方の直轄に使つて頂きたいものでございます』
鬼春別『また後ほど久米彦殿とトツクリ協議を致し、その意見を承はつた上、久米彦殿に異議がなければ、拙者の部下と致すであらう』
スパール『私が愚考する所によれば、この争ひはここにござるヒルナ姫、カルナ姫の争奪戦だと考へますが、ヒルナ姫様は拙者が途上にてお助け申し鬼春別様に奉つたものでございますれば、別に争ひはございますまい。またカルナ姫はエミシがお助け申し、久米彦将軍様に奉つたものなれば、初めからきまりきつた話でございまする。どうか両将軍とも如何なる御意見の衝突か知りませぬが、天から与へられたこのナイス、さうなさつたらどうですか』
 鬼春別はニコニコとしながら、
鬼春別『如何にも、スパールの申す通り、さう致せば問題はないのだ。久米彦殿、如何でござる。これに異存はござらうまいがな』
久米彦『はい、是非に及びませぬ。しからばカルナにて辛抱致しませう。当座の鼻塞ぎに』
と云ふのを聞いてカルナ姫は故意とに柳眉を逆立て、
カルナ姫『これ、久米彦将軍様、妾は一人前の女、当座の鼻塞ぎだとか、カルナ姫でも……とか、左様な条件のもとには身を任す事は出来ませぬ。貴方はラブ・イズ・ベストと云ふ事を御存じのないお方と見えまする。心の多い、女を玩弄物扱ひになさる悪性男の性質を遺憾なく暴露遊ばしたぢやありませぬか。貴方は萍草のやうな、フィランダラーでございますな。妾の方からキツパリお断りを申し、フオーム・ウエーゼン・デヤ・リーベを弁へた鬼春別将軍様の仮令下女になりとも使つて頂く考へでございます。どうぞこれまでの御縁と締めて下さいませ。左様な無情なお方に身を任すよりも、妾は寧ろセリバシー生活を営む方が何程楽いか知れませぬ。貴方の恋愛は所謂虚偽の恋愛です』
と手厳しく刎ねつけられ、またもや久米彦将軍は柄に手をかけ憤然として、カルナ姫を一刀の下に斬りつけむとした。この様子を見るよりエミシは久米彦の手をグツと握り、
エミシ『将軍殿、相手は女でござるぞ。チツトおたしなみなさい』
 久米彦は『ウーン』と気の乗らぬ返事をして椅子に腰をおろした。
カルナ姫『ホホホホホ、あのまア男らしうもない、見さげ果てたる久米彦将軍様、繊弱き女一人を相手に刃を抜かうとなさるその卑怯さ、未練さ、妾はゾツコン嫌になつてしまひました。ホホホホホ、もし鬼春別将軍様、下女になつと使つて下さいと申したのは表向き、どうぞ妾を宿の妻としてイターナルに愛して下さいませ』
 鬼春別は色男気取になり、
鬼春別『アハハハハ、てもさても可愛いものだな。しかしながら拙者にはヒルナ姫と云ふ尤物が已にに予約済なれば、折角の願なれどもお断り申すより道はない。ヒルナ姫の許しさへあれば、其方も第二夫人として連れてやらぬ事もないがな』
と云ひながら、ヒルナ姫の顔を一寸覗いた。ヒルナ姫は故意と柳眉を逆立て声を尖らし、
ヒルナ姫『これ将軍様、貴方は何とした薄情なお方です。妾におつしやつた事は皆虚偽でございましたな。貴方の性質はアマンジヤクだから甲の女にも乙の女にも手をおかけ遊ばすのでせう。真の恋愛は一人対一人のものでございますよ。かう見えても妾は決して娼婦ぢやございませぬから、カニパニズムのやうな醜行は御免蒙りまする。貴方は婦人に対し沈痛なる侮辱を加へましたね』
鬼春別『ア、いやいや、さう怒つて貰つちや堪らない。あれはホンの冗談だよ。お前の側であのやうな事が云へるか、よく考へて見よ。流石は女だな』
ヒルナ姫『仮にも三軍を指揮する御身を以て冗談をおつしやると云ふ事がありますか。左様な御戯談をおつしやると軍隊のコンテネンスが保たれますまい。どうして部下をコントロールする事が出来ませうか。よくお考へなさいませ。妾は仮にも将軍様と夫婦にならうと言挙げ致しました上は将軍様に対し、十分の御注意を申上げる権能が具備して居りますよ』
鬼春別『アハハハハ、賢明なるヒルナ姫の諫言により、いやもう鬼春別、目が覚めたやうだ。何と其方は悧巧な女だな』
ヒルナ姫『カルナを貴方はどうしてもお使ひなさるお考へですか』
鬼春別『さうだ。頼まれた以上は無下に断る訳にも行くまい。下女になつと使つてやらうかな。其方も腰元がなければ不便だらうからな』
ヒルナ姫『将軍様、腰元なんか要りませぬ。下女の仕事も皆妾が致します。女と云つたら牝猫一匹でもお側へ置きなさつたらこのヒルナが承知致しませぬぞや』
鬼春別『アハハハハ、何と嫉妬深い女だな。女は嫉妬に大事を洩らすとやら。チツトは心得たがよからうぞや。嫉妬ほど女の徳を傷つけるものはないからのう』
ヒルナ姫『嫉妬のないやうな夫婦関係ならば真正の愛ではございませぬ。嫉妬せない女は屹度外に何かがあるのですよ。三角生活を営んでゐる不貞腐れのやる事です。嫉妬は恋愛の神聖を表はすものです』
鬼春別『アハハハハ、お面、お小手、お胴、お突、と手厳しく打込まれては如何なる英雄も退却せざるを得ないわ。何と好男子に生れて来ると気の揉めるものだな。エヘヘヘヘ』
カルナ姫『鬼春別将軍様、貴方が何とおつしやいましても妾はお後を慕ひます。どうぞお妾でもよろしいから使つて下さいませ』
ヒルナ姫『これカルナさま、お前さま、それだけ鬼春別様にラブしてゐるならば主人の妾が貴女の恋を横取りしたと云はれては片腹痛いから、どうぞ鬼春別様の正妻になつて下さい。妾は寧ろ久米彦将軍様の正妻にして頂きまする』
と両人が交互に腹を合せて両将軍を操る腕の凄さ。両将軍は恋の虜となり了り眼を血走らしてナイスの争奪戦に固唾を呑んでゐる。久米彦将軍は侍女のカルナ姫にまで肱鉄を噛まされ、男をさげ自棄気味になつてゐた所へ、ヒルナ姫が久米彦将軍様の正妻にして頂きませうと云つた言葉に、百万の援軍を得たやうな強味を感じ、直に得意の色を満面に漲らし、
久米彦『エツヘヘヘヘ、ヒルナ姫殿、拙者も将軍の一人、所望とならば御請求に応じませう。人には添うて見よ、馬には乗つて見よと云ふ諺もござれば、鬼春別将軍の如き箒木さまに身を任すよりも、何程貴方は幸福かも知れませぬぞ』
ヒルナ姫『はい、有難うございます。さう願へれば誠に幸福でございます。マリド・ラブの真味は、互に意気の疎通した間柄でなくては、完全と云ふ事は出来ませぬからね』
 鬼春別はヒルナ姫の形勢が何となく変になつたのでまたもや顔を顰め出した。カルナ姫は故意とに怒つたやうな顔をして、
カルナ姫『もし、ヒルナ様、貴女は主人だと云つても妾のラブを横領する事は出来ますまい。妾は久米彦将軍様にあのやうな事を申しましたのは決して真から云つたのぢやございませぬ。一寸悋気をして拗て見たのですよ。もし将軍様、妾と貴方は先約がございますから、どうぞヒルナさまのやうな方に相手にならないやうにして下さいませ』
 久米彦は二人の女に揶揄れてゐるのを恋に逆上せた目からは少しも気付かず、得意になつて、
久米彦『ヘツヘヘヘヘ、アーア、困つた事だ。……此方立てれば彼方が立たぬ、彼方立てれば此方が立たぬ、両方立つれば身が立たぬ。……好男子と云ふものは辛いものだなあ。もし鬼春別殿、お粗末ながら、一旦約束を覆行し、拙者の妻とカルナをした上、お古を閣下に進上しませうから霊相応と喜んでお受け召され。エヘヘヘヘ、これも全く上官に対する拙者の懇切と申すもの、よもや不足はござるまいな』
 鬼春別は閻魔が煙草の脂を飲んだやうな顔して、巨眼を瞠き、身慄ひしながら、剣の柄に手をかけ、顔を真赤に染めて殺気を漲らしてゐる。
ヒルナ姫『久米彦さま、自惚もいい加減になさいませ。貴方は腰元のカルナで結構ですよ、妾も一寸鬼春別将軍様の恋愛の程度を試すために斯様の事を申しました。決して心中より、誰が貴方のやうなお方に秋波を送りませうか。お生憎様、チツと御面相と御相談なさいませ。ねえ鬼春別様、貴方と久米彦様とを比ぶれば月と鼈、雲と泥と位、その人格が違つてゐますわね』
 鬼春別は忽ち顔の紐を解き、ニコニコ顔に変つてしまつた。両将軍の面相は二人の女に自由自在に翻弄されて秋の空の如く忽ち晴となり、忽ち時雨となり、その変転の速かさ、恰も走馬灯を見るやうであつた。
鬼春別『おい、ヒルナ姫、随分其方も人が悪いぢやないか。当時の教育を受けた女は到底一筋縄や二筋縄ではおへないと聞いてはゐたが、実に感心なものだな』
ヒルナ姫『ホホホホホ、今時の女は、こんな事は宵の口でございます。妾は高竹寺女学校においても最も品行方正と謳はれた淑女でございますよ。嘘と思召すならば学校へ行つて妾のメモアルを調べて来て下さいませ。行状録には……品行方正にして優美なり、柔順にして克く友を愛し、人と親しみ、智慧晃々として日月の如く輝き渡り、目は玲瓏玉の如く、瞳孔より一種人を圧するの光を放ち、色飽迄白く、耳尋常に、鼻は顔の中央に正しく位置を保ち、紅の唇、瑪瑙の歯並、背は高からず低からず、皮膚軟らかく肉体の曲線美は天下にその比を見ざるべし……とキツパリ記してありますよ。ホホホホホ』
鬼春別『そら、さうだらう。教育者も偉いものだな。よく調べてゐるワイ。いや、もう何も弁解は要らぬ、百聞は一見に如かずだ。実物を見た以上は何にも文句はない。いざこれより其方と将来の相談を致さう。久米彦殿、ここは拙者の事務室、どうか貴方の室へお帰り下さい』
カルナ姫『最も愛する久米彦将軍様、さア帰りませう。何程ヒルナ様が妾の主人だつて、容貌が佳いといつても、あまり羨むには及びませぬ。本当の心と心との夫婦でなければ駄目ですからね』
としなだれかかる。久米彦は、
久米彦『ウン、よし、そんなら帰らう』
カルナ姫『さアおじや』
と睦じげに手を洩いて吾事務室に帰り行く。スパール、エミシの二人は逸早く軍務監督のために、この悶錯の一段落を告げたのを見て出でて行く。

(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 北村隆光録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web