出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語53-2-111923/02真善美愛辰 艶兵王仁三郎参照文献検索
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第一一章 艶兵〔一三七四〕

 鬼春別の股肱と頼む、シヤムは驀地に城内を襲ひ、ハルナの指揮する軍隊を片ツ端から斬りちらし、薙倒した。城内の味方は周章狼狽し、武器を捨て、卑怯にも一目散に四方八方に散乱した。ハルナは槍を提げて敵の陣中に入り、縦横無尽に戦へども、敵は目に余る大軍、遂に力尽き、身に十数創を蒙り、無念の歯を食ひしばりながら、ドツと倒れた。シヤムは部下に命じ、高手小手に縛つて捕虜となし、城内の庫に投込み繋いでおいた。それより王の殿中に阿修羅王の如き勢にて進み入り、右守のベルツを苦もなく捕縛し、これまたハルナを投込んだ庫の中に繋いでおいた。ビクトリア王、キユービツトは弓に矢をつがへ、よせ来る敵を七八人倒した。王の弓弦はプツツと切れた、最早運命これまでなりと、短刀を引ぬき自殺せむとする一刹那、左守は弓の手をやめて、王の手に縋りつき、涙と共に自殺を思ひ止まらむ事を諫めた。
左守『モシ吾君様、短気をお出しなされますな。神様のお守りある以上は、屹度この戦ひは恢復が出来まする。貴方がお崩御になれば、どうして三軍の指揮が出来ませう。国家のために死を思ひ止まつて下さいませ』
と一生懸命に止めようとする、王は決心の色を浮べ、
刹帝利『この期に及んで、卑怯未練に命を存らへむとし、却て名もなき雑兵に首を渡せば王家の恥辱、その手を放せ』
左守『イヤ放しませぬ』
と争ふ所へ進み来るシヤムは、有無を言はせず、数十人の雑兵と共に二人を捕縛し、猿轡をはめて、同じ庫の中に繋ぎ、バラモン軍の万歳を三唱した。
 カルナ姫は到底味方の勢力にては敵し難しと見て取り、俄に武装を解き、美々しき身を装ひ、蓑笠を着け、旅人と扮し、軍隊の進み来る路傍に呻き声を出して、ワザと倒れてゐた。久米彦将軍の副官エミシは百余の軍隊を引率して、進み来る路傍に何者か倒れてゐるのを見て、部下のマルタに命じ、調査せしめた。
マルタ『コレヤ、その方は吾々が進軍の路傍に横たはり、不都合千万、何者だ』
と言ひながら蓑笠を無雑作に引むしつた、みれば妙齢の美人が苦し相にウンウンと呻いてゐる。
マルタ『モシ、エミシ様、ステキ滅法界の美人でございますぞ。これは旅人と見えますが、余り沢山な軍隊の勢に恐れ、女の小さき心より吃驚を致して、目を廻したのでございませう、何と美しい者でございますなア』
エミシ『成程、立派な女だ。何はともあれ、久米彦様の御前に連れ参り、将軍のお慰みに供したならば如何であらうか』
マルタ『如何にも将軍は定めて満足さるるでせう。しからばこれより拙者がお届け申しませう』
エミシ『マルタ、決してその方の手柄に致しちやならぬぞ、……エミシが将軍様にお届け申せ……と云つたと伝へるのだぞ』
マルタ『ヘヘヘ、決して如才はございませぬ、御安心下さいませ』
と三四人の部下に担がせ、マルタは後に跟いて、将軍の仮陣営へ送り行く。エミシは城内を指して、四辺の民家に火をつけながら、猛虎の勢、勝に乗じて進み行く。
 一方ヒルナ姫は到底戦利あらずと見て取り、同じく旅人の風を装ひ、軍隊の進み来る路上に横たはり、黄泉比良坂の戦ひに、大神が桃の実の紅裙隊を用ひ玉ひし故智に倣ひ、敵の主将を吾美貌と弁舌を以て説服せしめむと忠義一途の心より危険を冒して待つてゐる。此処へ隊伍を整へ堂々とやつて来たのは、鬼春別の股肱と頼むスパールであつた。スパールは目敏く、ヒルナ姫を見て、その美貌に肝をつぶし、軍隊の進行を止め、ヒルナ姫の前に進みよつて、
スパール『その方は進軍の途上に何を致して居るか、早く立去らないか』
とワザと声高に罵りける。
ヒルナ姫『ハイ、妾は旅の女でございます。ビクトル山上の盤古神王様の祠へ参拝のため、遥々参りました所、余り沢山のお武家様で肝を潰し、腰を抜かし、一歩も歩めなくなりました、どうぞお助け下さいませ。決して身に寸鉄も帯びない女なれば、お手向ひは致しませぬ』
と涙含みつつ言ふ。スパールはヒルナ姫の美貌を熟視し、首を傾け舌をまきながら、ウツトリとして見とれてゐる。
 しばらくあつてスパールは顔色を和らげ、
スパール『イヤ、旅のお女中、決して御心配なさるな、拙者が貴女の身の上は安全に守つて上げませう。……従卒共、鬼春別将軍の御前に、スパールがこの女をよろしくお頼み申したと云つて送り届けて来い』
 『ハイ』と答へて、前列の兵卒二名、従卒二名と共にヒルナ姫を大事相に担いで、鬼春別将軍の陣営に送り届けたり。
 鬼春別、久米彦両将軍の陣営はテントを張りまはし、若草の芝生の上に臨時に造られてあつた。そして両将軍とも一つのテントを隔つるのみにて、二間ばかりの距離を有するのみであつた。久米彦将軍は味方の勇士の戦報を聞きつつ、ビクトリア城内外の地図を披いて、敵味方の配置を調べてゐた。そこへマルタは四人の兵卒に美人を舁かせて入来り、
マルタ『エー、将軍様に申上げます、城内の敵は殆ど殲滅致しました様子でございますれば、先づ御安心遊ばせ。就きましては何処の者とも知らず、吾々軍隊の威勢に恐れ、路傍に倒れ目を眩かしてゐる女がございますので、強いばかりが武士の情でないと、近寄つてみれば、かくの如き妙齢の美人、やうやう介抱を致し、息を吹返させました。所が貴方の副官エミシ殿が一目みるより目を細くし、涎をくらせ玉ひ……惜いものだなア、この女を陣中の無聊を慰むるため、吾女房にしたいものだ……などと虫のよい事を申します。しかしながら、この女をみつけたのも、介抱致したのも、拾つたのもこのマルタでございます。言はば戦利品同様、中々エミシの自由には致させませぬ、これは将軍様に献上し、陣中のお慰みに供したいと思ひ、ワザワザ送つて参りました。どうぞ首実検の上、お受け取り下さいますれば有難う存じます』
と追従を並べて述べ立てた。久米彦は一目見るより恍惚として、目を細くし、涎の滴るのも知らなかつた。されど隣のテントには上官の鬼春別が陣取つてゐる事とてワザと声を尖らし、
久米彦『不都合千万な、この陣中に女を持ち運ぶとは、武士にあるまじきその方の所業、汚らはしい、トツトと持ち帰れ』
マルタ『ヘー、貴方は日頃の御性質にも似ず、斯様な美人がお気に入りませぬか。左様なれば是非には及びませぬ、この戦争がすむまでどつかにしまひおき、私の女房に致し、軍隊を辞して、楽しき一生をこのナイスと共に送ることに致しませう。何程軍人なればとて、女一人を見すてるは武士の取るべき道ではございますまい。お気にいらねばどつかへ連れて参ります』
と四人に目配せして伴れ帰らうとする。久米彦は、慌てて、手を頻りに振りながら、
久米彦『アア、イヤイヤ、汚らはしいと云ふは表、ソツとその女をここへおツ放り出し、その方は一時も早く戦陣に向つたがよからう』
マルタ『ヘツヘヘヘ、ヤツパリお気に入りましたかな。猫に松魚、男に女、何程軍人だとて、女の嫌ひな男はございますまい。しかしながら喉をならして欲しがつてゐる男も沢山ございますから、余り、お気に進まぬものを無理につきつけようとは申しませぬ。これほどの美人を貴方に献るのに、苦虫を噛んだやうな面をして居られちや、根つから張合も骨折甲斐もございませぬワ』
久米彦『軍人は戦争さへすればいいのだ。ゴテゴテ申さず、早く立去つて戦陣に向へ、怪しからぬ代物だ』
とワザとに隣室に聞えるやう、呶鳴り立てた。マルタは面をふくらし、ブツブツ小言を言ひながら、シヨゲシヨゲとして再び陣中に進み入る。
 久米彦は四辺の幕僚を種々の用を言ひつけ、遠ざけおき、女の側近く寄り、背を撫でながら、猫撫で声を出し、
久米彦『其方は何処の者だ。殺気立つた軍隊に出会ひ、嘸驚いたであらうのう。この方は久米彦将軍と云つて全軍の指揮官だ。最早吾懐に入る上は大丈夫だ、安心致せよ』
女『ハイ、妾はカルナと申しまして、この国の生れでございます。日頃信仰致します盤古神王様に参拝せむと、一人の伴れと共に此処まで参りました途中に、沢山なお武家様に出会ひ、ビツクリ致し、目が眩み路傍に倒れて居りました。所がお情深いお武家様に助けられて、斯様な嬉しい事はございませぬ。モウ帰りましても気遣ひはございますまいかな、何ならば貴方様のお印を頂き、それを以て軍隊内を通過し、帰国さして貰へますまいかな』
 久米彦は折角手に入つたこの美人を帰しては大変だと直に言葉を設け、
久米彦『武士は情を見知るを以て第一とする、しかしながらここしばらくの間はいろいろ雑多のよからぬ軍人も交つて居れば、実に険難千万だ。この戦が片づくまで、吾陣営に居つたらどうだ。それの方が其方の身のためには安全策だと思ふ。先づ先づ親の懐に入つた心算で、気を落ち着けてゆつくり致すがよからうぞ』
カルナ姫『ハイ有難うございます。左様なればお言葉に甘え、お世話に与りませう』
久米彦『ヨシヨシ、それで俺もヤツと安心致した』
カルナ姫『何といい陽気になつたものでございますな。この青い芝の上にテントをめぐらし、陣営を構へて、三軍を指揮し遊ばす将軍様の御勇姿は、実に何とも言へぬ崇高な念に駆られます。妾も女と生れた上は、どうかして軍人の妻になりたいものでございます、ホホホ』
久米彦『其方はまだ未婚者と見えるなア』
カルナ姫『ハイ、現代の男子は総て恋愛神聖論だとか、デモクラチツクだとか、耽美生活だとか言つて、実は女の腐つたやうな男ばかりでございますから、妾の夫として定むる男子が見当りませぬので、未だ独身生活を続けて居ります』
久米彦『其方の理想とする夫は、さうすると軍人だと言ふのかな、軍人位単純な潔白な勇ましいものはない。夫に持つのならば軍人に限るなア、アハハハハ』
カルナ姫『何程妾の如き者が、軍人の夫を持たうと思ひましても、駄目でございますワ。軍人にもいろいろございまして、上は将軍より下は一兵卒に至るまで、ヤツパリ軍人でございますが、靴磨きや馬の掃除をするやうな軍人なら、真平御免です。どうかしてせめて、士官位な夫が持ちたいと希望致して居ります』
 久米彦は自分の鼻を抑へて、
久米彦『拙者はお気に召さぬかな』
カルナ姫『あれマア何おつしやいます、御勿体ない、妾は士官級で結構でございます。将軍様は将官級ではございませぬか。そんな事は夢に思うても罰が当ります、ホホホホホ、御冗談おつしやらないやうにして下さいませ。ねエ将軍様』
 久米彦は策戦計画も地図も何も放つたらかして、隣のテントに鬼春別が控へて居る事も忘れてしまひ、ソロソロ、ド拍手のぬけた、惚気声を出して、カルナを膝元に引よせ、カルナの肩を撫でながら、
久米彦『オイ、カルナ、さう男に恥をかかすものだない。どうだ、キツパリと将軍に身を任すと云つたらどうだい』
カルナ姫『貴方は最早奥さまもあり、お子様も大きくなつてゐらつしやるでせう。何程顕要な地位に立たれる貴方だとて、妾になつて女の貞操を弄ばれるのはつまりませぬからなア、そんな御冗談はやめて下さいませ』
とワザとにプリンと尻をふつてみせた。久米彦はたまりかね、目を細くしながら、
久米彦『イヤ、御説御尤も、しかしながら拙者も理想の女がないので、恥しながら、今日まで独身生活を続けてゐるのだ』
カルナ姫『ホホホホホ、四十の坂を越えてゐながら、独身生活を続けてるとおつしやるのは、どこか御身体の一局部に欠点がお有りなさるのでございませぬか。貴方は男らしい立派な男、まして顕要の地位にあらせらるる将軍様ですから、沢山の女にチヤホヤされ包囲攻撃をくつて、遂には肝心の機械を毀損し、六〇六号の御厄介にお預り遊ばしたのではございますまいか。そんな事であつたならば折角無垢の妾の体に病毒が感染し、一生不幸に陥らねばなりませぬ、しかし失礼の段はお許し下さいませ』
と早くもカルナは久米彦の自分に惚け切つてゐるのを看破したので、ソロソロ厭味半分に揶揄ひ、ヂラさうと考へてゐる剛胆不敵の女である。
 久米彦は目を細うし、声の調子まで狂はせて、
久米彦『コレヤ、ナイス、余り男を馬鹿にするものでないぞ、エエー。お前は美しい顔にも似ず、随分思ひ切つた事をいふ女だな。大抵の女ならば、かやうな男ばかりの殺風景な陣中へ送られて来た時は、ブルブル慄うて、一言もよう言はないものだが、お前の言葉から考へても、どうやら女子大学を卒業した才媛とみえる。どこともなしに、お前のいふ事は垢抜けがしてゐるよ。この夫にしてこの妻ありだ。軍人の妻たる者は軍隊を恐るるやうな事では勤まらない、今時の女性は活気がないから実に困つたものだ。しかしお前は新教育を受けただけあつて、実に明敏な快活な頭脳を持つてゐる。イヤそれが久米彦将軍にはズツと気に入つた。どうだ俺の奥様になる気はないか』
カルナ姫『ハイ、有難うございます。願うても無い御縁でございます。しかしながら何程新しい女だと云うても、妾には両親がございますから、この戦ひの終局次第、両親の許しを受けてお世話に預りませう。貴方も今やビクトリア城攻撃の真最中において、女を相手となさる訳にも行きますまいからねエ。本当に好きな将軍様だワ』
久米彦『そんな気の永い事を言つて待つてゐられるものだない。俺はモウ情火燃え拡がり殆ど全身をやき尽さんばかりになつてゐる。どうだ、此処で一つ情約締結をやらうではないか』
カルナ姫『左様ならば、互に心の底が分つたのでございますから、予定の夫婦と致しておきませう。それから相当の仲介人を頼んで、両親に掛合つて貰ひ、そこで内定といふ順序をふみ、いよいよ確定に進むべきものですから、マア楽んで、互に吉日良辰の来るを待つ事に致しませうかねえ』
久米彦『成程、予定、内定、確定、ヤア面白い。いかにも新教育を受けただけあつて、お前のいふ事は条理整然たるものだ。丸で軍隊式だ、ヤ、益々気に入つた、アハハハハ』
と他愛もなくド拍子の抜けた声で笑ふ。カルナ姫は所在媚を呈し、『ホホホホホ』と何気なき体で笑つてゐる。しかし心の中では、……夫のハルナさまはどうなつたであらうか、もしや討死をなさつたのではあるまいか、但は捕虜となつて、敵に捉はれてござるのではあるまいか、刹帝利様や父上は如何なり行き玉ひしか……と気も気でなかつた。しかしながら大事の前の一小事と、胸底深く包んで少しも色に現はさなかつたのは、天晴な女丈夫である。
 鬼春別将軍は久米彦将軍の笑ひ声に聞耳を立て、様子を窺へば、何だか艶かしい女の声、そしてどうやら久米彦と情意投合したやうな気配がするので、嫉けて堪らず顔を真赤にしてテントを出で、久米彦将軍の室に進み来り、声を尖らして、
鬼春別『久米彦殿、ここは陣中でござるぞ。その狂態は何事でござる』
と怒気を含んで叱責した。
 久米彦は頭を抑へながら、
久米彦『ヘー、エ、何でございます、これには一寸様子があつて……』
と頻りに腰を屈め、手を揉み、この場を糊塗せむと焦つてゐる可笑しさ。カルナ姫は思はず、
『フツフフフフ』
と吹出し、俯いて腹を抱へてゐる。

(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)



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