出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語53-2-101923/02真善美愛辰 女丈夫王仁三郎参照文献検索
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第一〇章 女丈夫〔一三七三〕

 カントの報告に打驚いて、一同はしばらく沈黙の幕を下ろした。諺にも兄弟檣にせめぐ共、外その侮りを防ぐとかや、父死して家にせめぐ子なし、……とは宜なるかな。国家の危急存亡目睫の間に迫れるを聞いて、流石の右守も今までの争論をケロリと忘れ、ともかく外敵を防がむとのみに焦慮し出した。右守は慌てて口を開き、
右守『刹帝利様、国家の危急、目睫に迫りました。斯様な時に内紛を醸すのは最も不利益千万でございます。この右守は君のため、国のため、一切の主張を曲げて、吾君様、ヒルナ姫様、左守殿に一任致します、どうぞよきに御取計らひを願ひませう』
と打つて変つた挨拶に、ビクトリア王は漸く顔をあげ、
刹帝利『汝の赤心は只今現はれた。人は愈の時にならねば本心の分らぬものだ。サアこれから左守、右守、タルマン、一致の上防ぎの用意を致されよ』
ヒルナ姫『左守殿、如何でござる。其方は三軍を率ゐ、右守殿と力を協せ、防戦にお向ひなさらぬか』
左守『ハイ、委細承知仕りました。しからばこれより、右守殿、軍隊を二手に分ち、その一班を拙者が預りませう』
右守『これは怪しからぬ、軍学に経験なき其方、左様な事がどうして出来ませうか。この防戦は拙者にお任せ下され。一兵も動かさずして、樽爼折衝の間に解決をつけてみせませう』
 かかる所へ第二の使者として、慌ただしく入り来るはエムであつた。エムは一同の前に平伏し、汗を拭ひながら、
『御注進申上げます、敵は目に余る大軍、バラモンの勇将、鬼春別、久米彦両将軍指揮の下に数千騎を以て押寄せ来り、忽ち表門を破壊し、陣営を焼払い、民家に火を放ちました、時遅れては一大事、一時も早く防戦の用意あつてしかるべし。いで某は、命を的にあらむ限りの奪戦を致し、君のために一命を捨て申さむ。早く御用意あつてしかるべし』
と言ふより早く、韋駄天走りに駆け出だし、何処ともなく消え失せたり。
左守『只今となつて、拙者は貴殿の意思に反き、内紛を続くる事を好み申さぬ。しからば吾君の御身辺の保護を仕るべければ、貴殿はこれより三軍を率ゐ、華々しく戦ひめされ、日頃鍛へし武術の手並、現はし玉ふはこの時ならむ。サ早く早く御用意あれ』
とすすむれど、右守司は泰然として動きさうにもない。
ヒルナ姫『右守殿、国家危急の場合、一時も早く防戦におかかりなさらぬか』
右守『これはこれはヒルナ姫様のお言葉とも覚えませぬ。敵は目にあまる大軍、勝敗の数は既に決してをりまするぞ。あたら勇士の屍を戦場に曝すよりも、しばらく敵の蹂躙に任し、極端に無抵抗主義を発揮して、敵をしてアフンと致さすが兵法の奥義でござる。右守が胸中に貯へたる神算鬼謀を発揮するは瞬く内、まづまづお待たせあれ。急いては事を仕損ずる、英雄閑日月あり程の度量がなくては国家を処理する事は出来ますまいぞ。アハハハハ』
とクソ落着きに落着き、何か心に期する所あるものの如くなりき。その実右守は実際の卑怯者で早くも腰を抜かしてゐたのである。しかしながらヒルナ姫及その他並ゐる歴々の手前、驚いて腰が抜けたといふ訳にも行かず、さりとて軍隊を左守に渡せば、再び兵馬の権は吾手に還つて来ない。出でて武勇を現はさむとすれば、已に腰が抜けてゐる。また勝算の見込がない。なまじいに戦つて敗北をなし、自分の沽券を堕すよりも、太刀を抜かざれば、その勝劣が分らないであらう、何とかならうから……といふズルイ考へが咄嗟に起つた。ヒルナ姫は心に弱点があるので、右守司に対して厳しく叱咤する事が出来ず、実に煩悶苦悩の極に達した。刹帝利は心焦ち、
『アイヤ右守殿、早くお立ちなされ、日頃軍隊を練り鍛ふるは、斯様な時の必要あるためではないか。汝が武勇を現はすはこの時ではないか、サ早く早く』
と急き立つる。左守も側によつて、
『右守殿、早くお出ましなされ。貴殿において不賛成とあらば、拙者が軍隊を預り、防戦に出かけませう。早く返答を聞かして下さい』
と双方から詰めかけられ、右守は一言も答へず腰を抜かしたまま、首を左右に振つてゐる。
 カルナ姫は側近く寄つて、
『お兄さま、君の御心慮を慰め、貴方が忠誠を現はすは、今この時でございます。飾りおいたる弓矢の手前、かやうの時にお働きなさらねば、却て武門の恥辱でございまするぞ』
右守『エエ小ざかしき女の差出口、構つてくれな、右守は右守としての成案があるのだ。燕雀何ぞ大鵬の志を知らむやだ。ひつ込みをらう』
と妹に向つて、噴火口を向けた。
カルナ姫『エエ不甲斐ない兄上、ようマア右守司だと言つて、今日まで威張られたものだ。こんな卑怯未練な兄があるかと思へば、カルナ姫残念でございます。イザこれよりはこのカルナが三軍を指揮し、戦陣に向ひませう、兄上さらば』
といふより早く立出でむとする、右守はカルナの手をグツと握り、目を怒らして、
『コレヤ妹、女の分際として戦陣に向ふとは何事だ。越権の沙汰ではないか』
カルナ姫『エエこの場に及んで、越権も鉄拳もありますか、上はタルマンを始め下一兵卒の端に至るまで、力を合せ心を一にして、王家と国家を守らねばならぬこの場合、ササそこ放して下さい』
ともがけど、剛力に掴まれたカルナ姫の細腕は容易に離れなかつた。カルナ姫は幸左の手を握られてゐたのだから、右の手にて懐剣の鞘を払ひ、右守の二の腕をグサツと突き刺せば、パツと散る血潮と痛さに驚いて手を放したり。カルナ姫は、
『ハルナ殿、サア、ござりませ。妾と共に防戦の用意、吾君様、ヒルナ姫様、御身を御安泰に』
と言ひながら、一目散に駆け出した。
刹帝利『汝不届至極な右守司、この場合になつて、卑怯未練にも防戦の用意を致さぬとは、不忠不義の曲者、一刀の下に斬りつけてくれむ、覚悟いたせ』
と大刀をスラリと抜いて斬りつけむとする。ヒルナ姫は王の腕にすがりつき、
『吾君様、しばらくお待ち下さいませ。妾が悪いのでございます、ここにて一切の罪科を自白致しまする。どうぞ右守をお斬り遊ばすならば、それより先に妾を御手にお掛け下さいませ。そして臨終の際に申上げておかねばならぬ事がございます。この右守は表に忠義面を装ひ、数多の軍隊を擁し、内々手をまはして国民を煽動し、各地に暴動を起させ、収拾す可らざるに至るを待ち、已むなく王様を退隠致させ、自ら取つて代つて、刹帝利たらむとの野心を抱いて居りまする。妾は陰になり陽になり、この野謀を悔い改めしめ、王家を救はむために、彼と不義の交はりを致しました。これも全く王家を思ふ一念より女のあさはかな心から、女として行く可らざる道を通りました不貞の罪、万死に値致しますれば、どうぞ妾を先へ御手にかけ下さいまして、右守を御成敗下さいますやう、偏にお願申します』
 刹帝利はこれを聞いて、怒髪天を衝き、一刀の下にヒルナ姫を斬り捨つるかと思ひきや、刀を座敷に投げ捨て、ドツカと坐し、両手を組み、涙をハラハラと流して云ふ、
刹帝利『ヒルナ姫、其方の心遣ひ、吾は嬉しう思ふぞよ。女の行く可らざる道を行つてまでも、王家を守らむとしたその誠忠、実に感歎の余りである。しかしながらその自白を聞く上は、最早吾妃として侍らす事は出来ない。可愛相ながら、夫婦の縁を切る。しかしながら以前に変らず、王家のために尽してくれ、其方の赤心は実に感謝致すぞよ』
とヒルナ姫の背を撫でて慰めた。ヒルナ姫は王の愛情に絆され、立つてもゐてもゐたたまらず、懐剣を抜くより早く吾喉につき立てむとしたるを、タルマンは目敏くこれをみて姫の手を固く握り涙と共に、
『姫様、吾君のお許しある上は、国家危急の場合、自殺などなさる所ではございませぬ。そこまでの覚悟をお定めなさつた以上は、王家のために今一息の命を存らへ、敵の陣中に駆け入り、仮令一人なり共敵を悩ませ、勇ましく討死なさつたらどうでございませう。さすれば姫様の死花が咲くといふもの、勇猛な女武者として、千載にその芳名が伝はるでせう、しばらく思ひ止まつて下さいませ』
と涙ながらに諫止する。姫は打ち頷き、
『ああ如何にも、其方の言ふ通り、王様のために陣中に駆け込んで命を捨てませう。今此処で自害して果つれば、犬死も同様、不義不貞腐れの女よと、醜名を後の世に流すのも残念でございます。ああよい所へ気がついた』
と気を取直し、俄に武装を整へ、後鉢巻凛としめ、薙刀小脇に掻い込み、門外さしてただ一人、トウトウトウと足早に駆け出すその勇ましさ。王は後姿を見送つて、手を合せ『盤古神王守らせ玉へ』と祈願を凝し、かつ姫が天晴、功名手柄を顕はして、華々しく凱旋せむ事を祈願した。左守司は老齢の事とて、王の命により王の側近く仕へた。タルマンは、
タルマン『われもこれより戦陣に向ひ、一当あてて敵の肝を冷してくれむ、吾君様、さらば』
と言ひ残し、武装を整へ、表をさして一目散に駆けり行く。

(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)



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