出口王仁三郎 文献検索

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物語53-1-91923/02真善美愛辰 蛙の腸王仁三郎参照文献検索
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第九章 蛙の腸〔一三七二〕

 ビクトリア王の奥殿には、王を始めヒルナ姫、並に内事の司兼宣伝使たるタルマン及左守のキユービツト、右守のベルツ、ハルナ、カルナ姫の七人が列を正し、左守右守の両家が結婚によつて、和睦の曙光を認めたる祝意を表するため、王に招かれて、この異数の酒宴に列したのである。左守司は先づ王に一礼し、順を逐うて叮嚀な挨拶をした。
左守『吾君様始め、ヒルナ姫様の深厚なる御仁慈によりまして、愚なる伜に名声高き右守殿の妹カルナ姫をめあはし下さいまして、実に左守は申すに及ばず伜に取つても無上の光栄でございます。それにも拘はらず、今日はまた盛大なる宴会を開いて、吾等がためにお心をお尽し下さいまする、その御仁慈、終生忘れは致しませぬ。この上は身命を抛つても、君国のために赤心を尽し、万分一の御恩に酬い奉る所存でございます』
刹帝利『いかにも、汝の言ふ通り、今回は実に奇縁であつた。これといふのも全く盤古神王様の思召、神は未だビクの国を始め、ビクトリア家を見捨て玉はざる御証拠、この方も実に満足であるぞよ。今日までは左守家右守家は犬猿啻ならず、常に暗闘を続けて来た。これに就いてはこの方は非常に頭を悩ませてゐたのだ。かくなる上は文武一途に出で、協心戮力上下一致して以て、国家を守り、民を安からしめ、五六七の神政を招来することが出来るであらう』
と非常に喜んで挨拶を返した。左守はハツとばかりに差俯き、嬉し涙に暮れて居る。右守司は威丈高になり、
右守『只今吾君の仰せには、「文武一途に出よ」と仰せられたやうでございますが、左守家は文学の家、右守家は武術の家でございますれば、その根底において職掌を異に致し、到底氷炭相容れざる家柄でございまする。しかしながら私的交際においては、切つても切れぬ親戚の間柄、従前に増して親密の度を加へ、両家和合致すでござらう。抑も武は国家を守る必要の機関にして、武備なき国家は、翼なき鳥も同様、到底国としての存立は望まれませぬ。故に武は非常の時に必要のもの、文学は平時に民を導き、世を治むる上において必要なものたる事は、賢明なる刹帝利の御熟知さるる所でございませう。文武両家の職を混同して、内事外交に臨む時は、却て殺伐の気、天下に充ち国家の擾乱を来すでござらう』
ヒルナ姫『右守殿の御意見、一応尤もながら、今日の如き内憂外患の頻到する時に際し、文武両家が力を併せ、国家を守り、民を安むるは時宜に適したるやり方と考へます。右守殿、御熟考を願ひませう』
右守『これはしたり、ヒルナ姫様、左守家が万一武術の権を握らば、軍学に経験なき御身なれば軍隊の統制はよろしきを得ず、却て内乱の種を播くやうなものではござらぬか。大工は家を建て、左官は壁を塗り、傘屋は傘を作る、すべて各の職に応じて特色を持つてゐるものでござる。左官は家を造る事を知らず、大工はまた壁を塗る事を知らない、同様に文官は武術を弁へず、况してや三軍を統率するの権威は俄に備はるものではございますまい。これに反して武門の右守、如何に文学方面に心を注ぐとも、到底完全なる結果は得られますまい。文武両道相並んでこそ国家の安全は保持されるのでせう』
刹帝利『アイヤ右守殿、左様な心配は要り申さぬ。吾はこれより刹帝利として、吾祖先が汝の祖先に預けておいたる兵馬の権を改めて受取り、左守右守をして、文武の両道を管掌せしむる事に致す考へだ。ヨモヤ違背はござるまいなア』
右守『祖先が預かりましたか、或は祖先が刹帝利様を擁立してこの国家を造つたか、記録もなければ、遠き昔の事、私には少しも分りませぬ。私は右守の武家に生れ、父より兵馬の権を譲渡された者、恐れながら吾君にお還し申す理由はチツとも認め申さぬ』
と気色ばんで息を喘ませ、刹帝利の前をも省みず、傍若無人に言つてのけた。流石のヒルナ姫も、タルマンも呆気に取られ、左守右守両人の顔を見つめゐたり。タルマンは宣伝使兼内事の司として、左守右守の上に座を占むる特別の地位であつた。彼は始めて口を開き、
タルマン『ビクの国の主権者ビクトリア王様のお言葉は所謂神の御託宣でござる。今日までは右守家兵馬の権を奪ひ、上はビクトリア家を悩ましまつり、下国民の膏血を搾り、それがために国内には紛擾の絶え間なく、革命の機運は国内に漂うてゐる。今にして吾君の仰せを承はり、兵馬の権を御返し申さざるにおいては、民の怨府となりし右守家は直ちに覆滅の悲運に接し、延いて害を王家に及ぼすは、火を見るより明かでござる。右守殿、よく胸に手を当て、時代の趨勢に鑑み、その方が聰明なる頭脳によつて、最善の方法を取られむ事を忠告致します。これは決してタルマンが私言ではござらぬ、盤古神王塩長彦命様の御託宣の伝達でござるぞや』
と思ひ切つて宣示した。
 右守はタルマンをハツタと睨み、
『名のみあつて実力なきその方の言葉を耳に挟むやうな右守ではござらぬぞ。察する所、汝は左守司に抱き込まれ、或は牒し合せ、右守が兵馬の権を横奪し、遂には軍隊の力を以て、国民を威圧し、時を待つてビクトリア家を亡ぼし、左守と汝が取つて代らむとの野心を包蔵することは、この慧眼なる右守の前知する所でござる。刹帝利様の災を招かむとする曲者奴、下りおらう』
と反対に呶鳴りつけた。左守司はこれを聞くより奮然として立上り、
左守『こは心得ぬ右守の言葉、何を証拠に左様な無体な事を仰せらるるや、証拠があらば承はりたい』
右守『アハハハハハ、悪人威々しいとはその方のこと、証拠は心にお尋ねなされ。

 人問はば鬼はゐぬとも答ふべし
  心の問はばいかに答へむ

とは、左守司及タルマン輩の心の情態でござる。いかに隠さるる共、その面貌及言語に表はれて居りますぞ』
左守『これは怪しからぬ、右守こそ野心を包蔵せりと云はれても弁解の辞はありますまい。何となれば君命に反き、兵馬の権を私するは、これ全く王家を脅かすもの、右守にして一点の、王家を思ひ国家を思ふ赤心あらば、国家の主権者たるビクトリア王様になぜ奉還なさらぬか』
右守『お構ひ御無用でござる。王家はビクの国の飾り物、その実権はすべて右守家に握つてゐるのは避く可らざる事実でござる。いかに王家と雖も、左守家と雖も、右守家に対し地位こそ高けれ、国家の実権を握るは、軍隊を統率する者の手裡にあるは当然でござる。右守に一片の野心あらば、時を移さず、吾軍隊を指揮して、恐れながら王家を亡ぼし、左守家を粉砕し、自ら取つて刹帝利と成るは朝飯前の事ではござらぬか。かかる実力権威を具備する某が汝如き老耄の下位に甘んじ、忠実に勤めてゐるのは、野心のなき証ではござらぬか。左守如き頑迷不霊の宰相に兵馬の権を握らせようものならそれこそ気違ひに松明を持たせたも同様、危険千万でござる。餅は餅屋、傘は傘屋、下駄は下駄屋でござる。及ばぬ野心を起すよりも、左守家相当の職を守り、君国のために尽されたがよからう』
ヒルナ姫『右守殿、左守司は決して左様な野心は毛頭ござらぬ。何事も善意に解し、両家和衷協同して、君国のために、国家危急の場合、下らぬ争ひを止め、共に共に力を国家のために尽して下さい。まして親密なる親戚の間柄、御両人の争ひをハルナ、カルナ姫殿が聞かれたならば、さぞ苦しい事でございませう。そこは賢明なる右守殿、平静に御考へを願ひたうございますなア』
右守『ハルナ、カルナの両人は恋愛至上主義を振り翳し、結婚を致した者でござる。云はば私的関係ではござらぬか。軍職は所謂天下の公機、一夫一婦の私的関係を以て公職を混同するは天地の道理に背反したる大罪悪ではござらぬか。この右守暗愚なりと雖も、斯様な道理の分らぬ男ではござらぬ。親戚は親戚、国家は国家、職務は職務、区劃整然として自ら法則あり。察する所、左守司やタルマンの野心より兵馬の権を右守から掠奪せむとする計略に出でたる事はよく見え透いて居ります。姫様、必ず御心配遊ばすな。この右守は左守やタルマンの杞憂する如き反逆人ではござらぬ。手なづけておいたる軍隊を以て王家を守り、国家を保護致しますれば、今日の提案は刹帝利様のお言葉を以て、速かに御撤回あらむことを希望致します』
といつかな動かぬ磐石心、流石の刹帝利も手を下すべき余地がなかつた。右守の妹カルナは右守に向ひ、
『兄上様、貴方は何時も武術の家に生れながら、兵は凶器だとか、殺伐だとか言つて、蛇蝎の如く忌み嫌つて居られるではありませぬか。文化生活といふものは、武備撤廃まで行かねば到底駄目だといつもおつしやつたでせう。それほど御嫌ひな軍隊なら、左守殿の仰せに従ひ、刹帝利様に速に奉還なさつたらどうです』
右守『女童の容喙する所でない、スツ込み居らう。某の理想が出現するまでは軍隊の必要がある。理想世界が現はれた以上は、軍備全廃を誓つて致す拙者の考へだ。汝の如き半可通のナマ・ハイカラが何を知つてゐるか。ハルナの美貌に迷ひ、生家を忘れ、兄に楯つくとは不都合千万、今日より兄妹の縁を切る。さう覚悟を致せ』
カルナ姫『それは貴方の御勝手になさいませ。何時までも兄上の世話になる訳には行きませぬ。妾は最早夫の家が大切でございます』
右守『ヨシツ、よう言つた、その言葉を待つてゐたのだ。今日より左守右守両家は親戚でないほどに、汝一人のために吾目的……否々……我国の国力発展の目的を妨害するには忍びない。キツパリ暇をつかはすツ』
と呶鳴りつけた。ハルナは慌てて立上り、
ハルナ『お兄様、カルナ姫の申した事、お気に障ませうが、何を云つても女の申した事、また兄妹の間柄だと思つて、斯様な気儘な事を申したのでございませう。折角刹帝利様、ヒルナ姫様の思召によつて、両家和合致し、その祝宴として、勿体なくも王様よりお招きに与つたこの宴席において、左様な事を仰せらるるとは、君に対して不忠と申すもの、何卒見直し聞直し、冷静にお考へを願ひたうございます』
右守『黙れツ青瓢箪、汝の如き木端武者の知る所ではない』
と云ひながら、ヒルナ姫の顔を一寸覗いて見た。ヒルナ姫は差俯き、両眼よりハラハラと涙を落し、歯をくひしばつてゐる。かかる処へ慌ただしく入り来るは、ライオン河の関守の長カントであつた。
カント『ハイ申上げます、タタ大変な事が出来致しました』
刹帝利『カント、大変とは何事だ、詳細に言上せよ』
 カントは胸を撫でながら、息苦しき声を張り上げて、
カント『只今ライオン河の彼方より、三葉葵のしるされたる旗、数百旒を押立て、数千のナイトは単梯陣の姿勇ましく、暴虎の勢を以て、旗鼓堂々攻めよせ来りまする。如何致せばよろしきや、心も心ならず一目散に走せ参じ、御注進に参りました』
と聞くより一同は面色を変へ、しばし双手を組んで各沈黙に入る。

(大正一二・二・一三 旧一一・一二・二八 於竜宮館 松村真澄録)



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