出口王仁三郎 文献検索

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物語53-1-31923/02真善美愛辰 軟文学王仁三郎参照文献検索
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第三章 軟文学〔一三六六〕

 ビク王国の制度は、左守司は王の師範役となり、国内一切の枢要なる事務を取扱ふこととなつてゐた。そして右守司は軍馬の権を握り、内寇外敵の鎮圧に努むる職掌であつた。左守司のキユービツトは、家令のヱクスと共に密談を凝らしてゐる。
左守『ヱクス、どうも今日の国情は日に月に悪化し、国民怨嗟の声は四方に充ち、各所に動乱起り、暴徒はその隙に乗じて民家を焼き放ち、白昼強盗往来し、人を斬り、婦女を辱め、天下は麻の如く紊れて来たではないか。ビクトリア王様も御老齢の身を以て、日夜宸慮を悩ませ玉ひ、余に向つて種々と鎮圧の道をお尋ね遊ばすけれ共、何を云うてもかかる時には兵馬の権を握つてゐないために、強圧的に一時なり共鎮圧することが出来ない。何とかして右守司の職権を左守に移さなくては仕方がない。何とか妙案があるまいかな』
ヱクス『何と申しましても、右守司、奸侫邪智にして、ヒルナ姫様に取入り、権を恣に致して居りますれば、刹帝利様も、左守司様も、殆ど有名無実の有様、実に残念でございます。加ふるに右守司、野心を包蔵し、国内の動乱を煽動し、紛擾をして益々大ならしめむとするの傾向がございまする。モ少し早く軍隊を動かし、鎮撫にかかつたならば、斯様な事にはならないのですが、右守司は胸に一物ある事とて、この紛擾を傍観し、軍隊を以て民に向ふは、政治の本義ではない、民心を怒らしむるは危険至極だと主張し、蔭から暴動を煽動し、自発的に貴方の退位を余儀なくせしめ、自ら取つて代らむとの野心が仄見えて居ります。何とか今の内に用意を致さねば、取返しのつかぬ大事が起るだらうと、私も昼夜心胆を砕いて居ります。加ふるに、甚申上げ難い事ながら、左守司の跡をお継ぎ遊ばすべき御賢息様は、耽美生活だとか、軟文学だとか云つて、荐に妙な議論をまくし立て、国家の事などはチツトも念頭においてござらぬのだから、困つた事でございます』
左守『如何にも、親の目にも、彼奴は困つた奴だと思つてゐるのだ。何とか彼を甘く改心させ、王様のために舎身的の忠勤を励むやうにさせたいものだなア。しかし仄かに聞けば伜のハルナは右守の妹、カルナに対しラブ・レタースを取交してゐるとやら聞いたが、それが果して真なら、何とかしてこの結婚を成立させ、災を未発に防ぐ手段を廻らさねばならぬ。国内の紛擾を治めむとすれば、先づ城内の暗闘を防ぎ、一致団結しておかねば右守司の術中に陥るやうな事があつては実に困るからなア』
ヱクス『如何にも御尤もな御説、ハルナ様とカルナ姫との間に、左様な消息があるとすれば、一つハルナ様に此処に来て貰つて、御意見を承はつた上、何とか工夫を致さうだありませぬか』
左守『それも一つの方法だ。ヱクス、お前一寸伜に会うて、意見を叩いて来てくれまいかな』
ヱクス『ハイ畏まりました。直様ハルナ様に御面会を願ひ、御意見を承はつた上、詳細なる復命を致しませう』
と左守の室を後にしてハルナの居間を訪れた。ハルナは一生懸命に机に凭れて、少し青白い顔をしながら、マトリモーニアル・インスティチューシャンズを繙き、読み耽つてゐた。そこへ頑強な無粋な忠義一途のヱクスが、古い頭をニユツと突出して、糊つけ物のバチバチを着たやうな四角張つたスタイルで、ソツと襖を引あけ、
ヱクス『ハイ、御免下さいませ。ヱクスでございます』
 ハルナはこの声が耳に這入らぬとみえて、一生懸命に結婚制度史の上に目を注ぎ、ゲツティング・マリドだとか、フヰジオロヂー・オブ・ラブなどと首をかたげて考へて居る。ヱクスは頓狂な声を出して、
ヱクス『モーシ、ハルナ様』
と呼はる声にハツと気がつき、慌てて結婚制度史を机の引出しにしまひこみ、素知らぬ顔をして、膝の上に両手をキチンとおき、
ハルナ『ヤ、お前はヱクスだないか、僕が勉強してる所へ突然やつて来たものだから、面くらつてしまつたよ』
ヱクス『また軟派文学でも耽読してゐられましたのでせう』
 ハルナはハツとしながら、首を左右に振り、
ハルナ『アアイヤイヤ、軟派の文学などは青年の読むべきものでない、俺は硬派文学を耽読してゐるのだ』
ヱクス『それでも、貴方、机の上にマトリモーニアル・インスティチューシャンズがチヨコチヨコおいてあるだありませぬか』
ハルナ『ウンあれか、あれは結婚制度史だから、お前のやうな既婚者は必要はないが、吾々には強ち不必要と断ずることは出来ない。しかしながら少しばかり軟派でも硬派を研究比較上、一度は読んでおかなくちやならないからなア』
ヱクス『もし、ハルナ様、私は軟文学が大好物でございますよ。貴方の不在中にも、チヨコチヨコ拝借しまして、覗き読みをさして頂きましたが、随分面白いものですな』
ハルナ『吾々の参考書を無断で、お前は読んだのか、怪しからぬだないか』
 ヱクスは頭を掻きながら、
ヱクス『ヘー、誠に済みませぬ、余り面白いものですから、お父上に、ソツとお見せ申しました所、このやうな軟文学は汚らはしい、雪隠壺へでも放り込んでしまへ……とお目玉を頂くかと思ひの外、流石はハルナ様のお父さまだけあつて、ヘヘヘヘヘ、開けたお方ですよ。内の伜もここまで徹底したか、流石は私の息子だ。これならば左守の後を継がしても大丈夫だ……と以ての外のお喜び、口を極めて御讃嘆、イヤもうこの頑固爺も意外の感に打たれ、それから後といふものは、スツカリ軟派に改悪……否改良致しまして、この古い頭もチツとばかり新しくなりました。この書籍のお蔭で全くヰータ・ヌーバの気分になり、どこともなしに心が若やいで来ましたがな、アハハハハ』
とうまくハルナの精神にバツを合さうとしてゐるその老獪さ。ハルナはヱクスの心中を知らず、大に喜んで、
ハルナ『成程父上様も、時代に目覚め遊ばしたと見えるなア、イヤ有難い有難い。元より左守家は殺伐な軍馬の権を扱ふ家だない、文学の家だから、お父さまがさうなられるのも当然だ。お前も今までのやうに拙者の恋愛論に就て、この上ゴテゴテ苦情は云はないだらうなア』
ヱクス『ハイ、仰せまでもございませぬ、頭は禿げても、気はヤツパリ十七八、貴方の御主義に全部共鳴して居ります。アハハハハ』
ハルナ『父上様はそこまで人間味がお分りになつた以上は、僕の主義にキツト賛成して下さるだらうかな。レター・ライタの中に普通一般の往復文の中にラブ・レターズが混入してゐる今日の教育法だから、ラブ・イズ・ベストの真理は分つてゐるだらうなア。コーエデュケーシヤンの行はれてゐる今日、古い道徳に捉はれて、夫婦別あり、男女席を同うせずなどと、旧套語をふり廻したり、門閥結婚、強圧結婚、無情結婚、自分以外の者が定める結婚などの迷夢は醒まされたであらうなア』
ヱクス『決して御心配なさいますな。お父さまはジュネス・アンテレック・テーエルですよ。キヨロキヨロしてゐると、貴方よりも遥かに新しうなられますからな』
ハルナ『さうすると、僕のゲツティング・マリドに就ては決して干渉せないと云ふ御方針だな。今までお前達の云つて居つた、アメージング・マリーヂな事を強られると、俺のやうな文明人士はサイキツク・トラウマを来し何時の間にか、ヒステリックになつてしまふ。今日の親はすべてをその子の自由意志に任すのが賢明なる親たるの道だからなア』
ヱクス『実に貴方は明敏な頭脳の持主ですな、この親にしてこの子あり、イヤ早、この頑固なヱクスも恐れ入りました。付いては貴方が理想の妻となさる御方はきまつて居りますか』
ハルナ『きまつたでもなし、きまらぬでもなし、今熟考中だ。何ぞ好い機会があつたらお前に相談してみたいと思つてゐたのだが、何分今までのお前と俺とは思想上の距離が余り甚しいので、つい言ひ出しかね、今日まで煩悶苦悩を続けて来たのだよ』
ヱクス『ハハハ、そんな御心配がいりますか、娘が乳母に打あけるやうに、私は左守家の家令でございますから、万一お父さまが亡くなられた後は、貴方の直接の御家来、どんな事でも、腹蔵なくおつしやつて頂きたうございます。心の秘密を家令の私にお打明けなさらぬとは、実にお水臭い御心根、ヱクスはお恨み致します』
とワザとに袖に空涙を拭ふ。ハルナは得意になり、
ハルナ『ヤア、そんなら打明かすが、実の所は右守司の妹カルナ姫とゲッティング・マリドの予約が出来てゐるのだ』
ヱクス『エツ、何と仰せられます、あのカルナ様と情約締結が整うたとおつしやるのですか……ヘーエ……何と貴方も辣腕家ですな。このヱクスもゾツコンから感服致しました。ヤ、大におやりなさいませ、双手をあげて家令のヱクス賛成致します』
ハルナ『お前は賛成してくれても、肝心要の父上の御意思を伺はねば、まだ安心する所へは行けない、よく考へて見よ。右守左守両家の暗闘は時々刻々に激烈になつて来てゐるのだからなア』
ヱクス『貴方にも似合ぬ事をおつしやいますなア。両家の暗闘は暗闘だありませぬか。人生に取つて肝心要の、それがために、結婚問題までも犠牲にするといふ事がありますか、ソレヤ問題が違ひますよ。キツトお父上もこの問題に就いては賛成遊ばすことは受合です。貴方の決心が定まれば、一時も早く、及ばずながらこのヱクスが斡旋の労をとらして戴きます。御安心なされませ』
 ハルナはさも嬉しげに、包みきれぬやうな笑を頬に泛べて、恥かしげに俯いた。ヱクスはしてやつたりと、心中に頷きながら、
ヱクス『ハルナ様、善は急げでございますから、直様お父上に申上げ、先方に掛合ふ事に致しませう』
とイソイソとして、この場を立出で左守司の居間に一伍一什を報告すべく進み行く。
 後にハルナは天にも上る心地して、
ハルナ『あああ、時節が来たかなア、よく開けた父上だ。盤古神王様、どうぞこの恋が完全に成就致しますやうに、守らせ玉へ、幸ひ玉へ、惟神霊幸倍ませ惟神霊幸倍ませ』
と合掌し、結婚の成立を祈願した。天井から鼠がクウクウクウ チウチウチウ チーチー ドドドドド、バタバタバタと鳴きながら走る声が聞えて来る。

(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)



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