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物語53-1-11923/02真善美愛辰 春菜草王仁三郎参照文献検索
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第一章 春菜草〔一三六四〕

 水温み、木々の梢は膨らんで、花咲き匂ひ、鳥歌ひ蝶は舞ひ、陽炎閃き、野は一面に青毛氈を布きつめたやうに春めき渡つた。目も届かぬばかりの広きライオン河の西岸に瓢をさげて逍遥しつつ、悠々たる川の流れを眺めながら、雑談に耽つてゐる四五人のバラモン信者兼兵卒があつた。
甲『オイ俺達は何と云ふ仕合せ者だらうな。斎苑の館の進軍に際し、ランチ、片彦両将軍が敗北してくれたお蔭で、斯様な結構な所で婦女を姦し、牛、羊、豚を無料で徴発し、酒までロハで喰ひ、誰憚る者もなく、日々歓喜の生活に酔うてゐるのも、全くバラモン神のお蔭だ。大将を持つなら、どうしても久米彦さま、鬼春別さまのやうな明智の将軍の部下にならなくちや駄目だなア』
乙『ウンさうだ。ランチ、片彦さまが、猪武者であつて見よ、俺達は今頃は斎苑の館で血河屍山の犠牲になつてゐるに違ひないのだ。何と云つても部下を愛する大将でなくちや駄目だ。何程国家のため、大黒主のためだと云つても、命を取られちや、世界の平和も糞もあつたものだない。軍術の達人はよく遁走す……と云ふぢやないか。本当に吾々は都合の好い大将に仕へたものだ。強い奴には蛇の如く鳩の如く敏捷に逃げ、弱い奴とみれば、疾風迅雷的に押寄せて敵を殲滅するのが孫呉の兵法だ。鬼春別将軍吾意を得たりと云ふものだ。アハハハハ』
丙『それだと云つて、吾々は斎苑の館に進撃するのが使命ではないか。その使命も果さずに、こんな所まで退却して、倫安姑息、土地の人民を苦め、没義道なことをして、吾れよしのやり方をやつて居つても、大自在天様は、御立腹遊ばさないだらうか、チツト考へねばなるまいぞ』
甲『馬鹿だなア、貴様はそんな古い頭だから、何時までも一兵卒として上官の頤使に甘んじ、馬の掃除や靴磨きばかりさされるのだよ。人間は何と云つても、悧巧に敏活に立廻らなくちや、生存競争の世の中に立つて、理想の生活を営むことは出来ないぞ』
丙『ハハハハハ、理想の生活が聞いて呆れらア、強盗強姦、所在悪事を尽して、それが理想の生活か。よく間違へば間違ふものだなア。そして貴様は俺に対し、何時までも馬の掃除や靴磨きをしてゐると吐したが、貴様だつて、ヤツパリ靴磨きだないか、どこに高下勝劣があるのだ』
甲『俺は未来の総理大臣兼元帥様だ。貴様のやうな頭では、何時になつても駄目だ。俺は大に未来を有するのだ。前途有望の青年だぞ』
乙『ともかく、現代は表面に善を装ひ、立派な熟語を使ひ、そして多数の人間をチヨロまかせ、聖人君子、英雄豪傑と思はしめなくちや、到底大人物にはなれない。また上官に対しては能ふる限り巧妙な辞令を用ひ、お髭の塵を払ひ、何から何までよく気をつけて、うい奴、可愛い奴と言はれなくちア駄目だぞ。それだから俺達は鬼春別、久米彦両将軍のお気に入るやうに、その意志を忖度して、大将が女を弄べば、俺達も女を弄ぶ、酒に酔へば酒に酔ふ、つまり共鳴をするのだ。抑も軍隊は一個人の形式によつて組織されてるのだから、頭の思ふ所を手足たる吾々が柔順に行へば、それで完全に職務が勤まるのだ。云はば将軍は吾々……多数の兵卒を統轄した一個の人格者である。そして吾々はその個体である。全体は個体に和合し、個体は全体に和合するのが社会の秩序を維持する上において、最必要な条件だ。丙の如き陳腐な言説は最早今日には通用しないぞ。チツト脳味噌の詰替をせなくちや、いつも人後に撞着たらねばならぬ、社会の廃物となるより道はなからう、フツフフフ』
丙『俺はモウこんな悪虐無道な思想を持つてゐる連中と伍するのは飽々して来た。一層のこと、深山幽谷にでも隠れて、仙人を気取り、閑寂な生活を送り、霊の浄化に努めたいと思ふのだ』
甲『そんなら何故、一時も早くお暇を頂いて、隠君子を気取らないのか。ヤツパリ貴様も口先ばかりの人間だ。本当に貴様の言ふことが、心の底から湧いたのならば、不言実行と出かけたらいいだないか。将軍様は来る者は拒まず、去る者は追はずとの大襟度を持つてゐられる、智勇兼備の名将だからのう』
乙『時にランチ、片彦将軍は浮木の森に滞陣して、英気を養ひ武を練り、やがて斎苑館に捲土重来するといふ方針だと云ふことだが、実際戦ふ心算だらうかなア。どうも怪しいものだぞ。河鹿峠の戦闘において、片彦将軍の手並は遺憾なく、その卑怯振を暴露したのだから、ヨモヤ捲土重来の勇気はあるまい、加ふるに全軍の勢力を両分してしまつたのだから、随分怪しいものだなア』
甲『ナアニ、ああ言つて、あこに糞詰りといつて空威張りをしてるのだ。三年たつても五年たつても、斎苑館へ進軍などとは思ひもよらぬことだ。さうでなければ、あのやうな半永久的な陣屋を造る筈がない。キツと持久戦をやる心算だらうよ。何程敵が強いと云つても、敵の大将の年が老れば、戦はずして死んでしまふのだから、それを待つてゐるのだよ。ハハハハハ』
乙『このビクトル山の陣営も比較的立派なものが出来てゐるなり、先繰々々、増築してゐることを見れば、ランチ将軍のやり方に傚つて、何時迄も此処に滞陣する心算だらうかなア』
甲『きまつた事だ。よく考へて見よ。ハルナの都へは何程厚顔無恥の将軍だとて、のめのめとこれだけの軍隊を引率れて帰る訳にはいかうまい、ぢやと申して斎苑の館へは猶更行けず、何でもエルサレムの黄金山へ攻めよせるといふ宣言だが、これもまた怪しいものだ。たつた一人の治国別の言霊とやらに、脆くも逃散つた将軍だもの、黄金山と雖も、治国別以上の人物が二人や三人は居るのはきまつてゐる。さうだから先づ此処で王者気取りとなつて、新しい国を造り、ビクトル山を中心に王城を作り、刹帝利気取となつて永住する考へだと、俺は直覚してゐるのだ。さうでなくちや、こんな手間の要つた陣構へをする筈がない……だないか』
乙『さう聞けばさうかも知れぬのう。オイ丙の奴、チツと頭を改良して、ここ一年ばかり辛抱したらどうだ。伍長位にはなれるか知れないぞ』
丙『俺の考へではビクトル山の陣営は到底永続せないだらうと思ふよ。どうしてもロートル・ダンゼーが迫つて来るやうな心持がしてならないワ。よく考へて見よ。斎苑の館からは、仄聞する処によれば、照国別、玉国別、黄金姫、初稚姫、治国別と云ふ宣伝使隊が、ハルナの都へ押寄せて行くといふことだないか。そしてその行掛の駄賃に所在バラモン軍を言向和して、暴風の原野を薙ぐ如き勢で進んで来るといふことだから、キツとビクトル山へも押寄せて来るに違ひない。貴様は此処にへ張りついてさへ居れば、やがてオー・シヤンスが吾身に降つて来るやうに思うてゐるが、そんな泡沫に等しい考へは念頭よりキツパリ削除せなくちや、アフンと致さなならぬ破目に陥るぞ、チツとコンモンセンスを輝かして、前後の状況を考へて見よ』
甲『ヘン、一寸先は暗の夜だ。吾々如き人間の分際として、世の中の変遷が分るものかい。刹那心を楽しむのだ。三五教の教理にも……取越苦労をすな、また過越苦労も致すな……とあるだないか。その時やその時のまた風が吹くさ、万々一、三五教の連中が猛虎の勢で迫つて来た時には将軍様に傚つて戦術の奥の手を出し、尻に帆をかけて、逸早く遁走すれば、それでいいのだ。それがセルフ・ブリサベーシヨンの最必要とする要件だ。アハハハハ』
丙『何とマア、貴様達は、善とも悪とも判別し難き代物だなア。それでも人間だと思つてゐるのか』
甲『ヘン、馬鹿にするない。これでもヤツパリ一人前の哥兄さまだ。世の中は表面は軍律だとか、法律だとか、道徳だとか、節制、カウンテネンスだとか云つて、リゴリズムを標榜してゐるが、その内面はヤツパリ内面だ。詐り多き現代に処して、馬鹿正直なことを墨守してゐても、世の中に遅れるばかりで、しまひには廃人扱にされてしまふよ。それよりも大自在天様から与へられた同様のこの盗み酒、ホリ・グレールを傾けて、神徳を讃美し、生きながら天国の生涯を、仮令一瞬間なりとも楽しむが人生の極致だ。世の中は食ふ事と飲む事とラブする事を疎外したら、到底、生存することは出来ない。ぢやと云つて、かかる殺風景な陣中において、ラブ・イズ・ベスト論を持出した所で、有名無実だから、先づ手近にあるホール・ワインでも傾けて、浩然の気を養ひ、イザ一大事と云ふ場合には、吾れ先に戦術の奥の手を発揮さへすれば至極安全といふものだ。貴様のやうにクヨクヨと致して、サイキツク・トラーマを続けてゐると、遂には神経衰弱を来し、地獄界の餓鬼さんのやうになつてしまふぞ。人間は心の持様が第一だ。今日は新しい人間の社会だ。一日も早く悔い改めて、ジウネス・アンテレク・テーユエルの域に進み、社会の波に呑まれないやうにせなくちや人生は嘘だ。素より神経質な道徳論に捉はれてゐるやうな者が、悪虐無道のバラモン軍に従軍するものか。貴様は軍人になるなんて、性に合うてゐない。サイコ・アナリシスによつて調査したならば、キツと汝の心中には弱虫が団体を組んで、現世を呪うてゐる馬鹿者の軍政署となつてゐるだらうよ。悪人は悪人とユニオンし、善人は善人と結合するのだから、貴様はこの河を向ふへ渡つて、治国別さまでもお迎へ申し、弁当持でもさして頂くが性に合うて居らうぞや、イヒヒヒヒ』
と論争してゐる。河の向方より七八人のナイトは三葉葵を染めなした手旗をかざし、長閑な流れを驀地に渡つて、ザワザワザワと此方に向つて渡り来る。一同は何事の突発せしならむと、酒の酔も醒め、目をみはつてゐる。

(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)



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