出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語52-4-221923/02真善美愛卯 空走王仁三郎参照文献検索
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第二二章 空走〔一三五八〕

 ガリヤはサベル姫の口許に赤い生血がついてゐるのを見て、いよいよ此奴ア不思議な奴と目を注いだ。サベルはガリヤに睨みつけられ、ビリビリと身慄ひしながら、俄に笑ひ声、
『ホホホホホ、あのマア男らしいお顔わいの、なぜそのやうに私を睨ましやんすのですか』
『お前の口許に赤い血がついてるので、不思議だと思つて覗いたのだ』
 サベルは驚いて、小袖の袂で唇を拭き、
『これは紅をつけましたの、余り慌てたものですから、つひ流れまして、無細工な所を、貴方に見付けられたのですよ。どうです、貴方はお厭ですか』
『厭でも何でもありませぬが、私は人の耳にかぶりついたり、○玉にキツスするやうな化女は嫌ですよ。徳はどうなりましたか、随分満足して居るでせうな』
『ハイ、徳さまは四人のお方に一任しておきました。私、本当にガの字のついた人が好きでたまらないのですよ。ねえ、貴方、余り憎うはありますまい』
と云ひながら、ガリヤの耳に喰ひつかうとした。ガリヤはサベルの腕をグツと握つてみれば、象牙細工のやうな光つた腕と見えてゐたのは、毛だらけの古狸の手であつた。ガリヤは全身の力を籠めてグツと握り、チツとも放さぬ。サベルは忽ち正体を現はし、古狸となつてヂタバタ体をもがいてゐる。ガリヤは直に懐より細紐を取出し、四つ足を固く括つて、天井裏に吊り下げてしまつた。そしてケース、初の両人を此処へ引寄せて、目を醒ましてやらうとの考へであつた。狸は一生懸命に悲鳴をあげて泣き叫ぶ。この声に驚いてやつて来たのは、妖幻坊と高姫の二人であつた。
妖幻『ヤア、ガリヤさま、コリヤ何ですか、えらいものが手に入りましたな』
『ハイ、狸汁でも拵へて一杯やつたら、随分甘いことでせう。サベル姫なんて、うまく化けよつて、吾々の耳を咬み取らうと致した曲者ですよ。ここに沢山ゐる美人は皆狸ばかりでせう。どの女もどの女も、一斉に耳が動いてるぢやありませぬか。ヤ、お前さまも耳が動きますね』
『アハハハハ、何分空気の動揺が烈しい所ですから、身体の末端が風に揺られて動くのでせう。しかしながらこの狸は私が手料理致しますから、お任せ下さい』
と云ひながら狸を下げて次の間に行かうとする。高宮姫は吃驚して、一言も言はず……あのサベル姫が狸であつたか、何とマア油断のならぬものだなア……と秘かに舌を巻いてゐた。高宮彦は無理無体に古狸を引抱へ自分の居間に姿を隠した。これは綱を解いてやつて自分の家来を助けるためである。サベルに化けてゐたのは幻相坊であつた。それからガリヤはケース、初公の密談の居間へ行つて様子を探らうと、跫蛩音を忍ばせ壁に耳を当てて聞いてゐると、四人の男女が金切声を出して、甘つたるい言葉つきで何か意茶ついてゐるやうである。室内の四人はガリヤが外に立つて様子を聞いてることは夢にも知らず、現をぬかして、女の取合、男の取合に火花を散らして正に戦ひ酣なる時であつた。天下分目の関ケ原、天王山の晴戦は今や瞬間に迫れりといふ調子で、あらゆるベストを尽し、夢中になつてゐる。
『初稚姫のあたえは、何と云つてもケースさまが好きです。そして初さまもヤツパリ好きですワ』
『エヘヘヘヘ、オイ初公、どうだ、ヤツパリ、ケースのものだらう。貴様は宮野姫で辛抱せい』
『馬鹿云ふな、俺は初から初稚姫さまにきめてあるのだ。宮野姫さまはお前のものだよ』
『何と云つてもケースの妻は初稚姫さまだよ』
『私は誰が何と云つても、ケースさまが好きですよ。そして初さまも、ヤツパリ好きですワ、宮野は二人を夫に持ちますワ』
『初稚も二人とも夫に持ちますワ』
『何と、色男に生れて来ると苦しいものだなア。何でこんな良い男に、親の奴、生みやがつたのだらう。チツと子の迷惑も考へて製造するといいのだけれどなア。有難迷惑だ』
と調子に乗りケースは自惚れてゐる。ガリヤはたまらなくなつて、無理にドアを押しあけ、飛込んで見ると、ケース、初の両人は、古狸に耳たぶをスツカリむしり取られ、血みどろになつて倒れてゐる。古狸は逃げ場を失ひ、鼠のやうに室の隅をクルクルと駆け廻る。ガリヤは漸くにして一匹の狸を押へた一刹那、二の腕にかぶり付かれ……「アイタタ」と云つて放した途端に、二匹の古狸は一生懸命に姿を隠してしまつた。しばらくすると宣伝歌の声が涼しく聞えて来た。
『ウー ワンワン』
と猛犬の声。四辺を見れば、ガリヤは草奔々たる萱野の真中に立つてゐた。そして、ケース、初の両人は顔一面泥まぶれとなり、耳たぶを半分ばかり咬み取られ、血みどろになつて呻いてゐる。宣伝歌の主は真の初稚姫であつた。そして愛犬スマートは前後左右に駆け廻り、古狸を追ひ駆け、咬み殺すその勢ひに、流石の妖幻坊も幻魔坊、幻相坊もゐたたまらず、曲輪の術を以て、高宮姫を雲に乗せ、空中に赤茶色の太い尾をチラチラ見せながら、東南の天を指して帰つて行く。竹藪の中には蜘蛛の巣だらけになつて、ランチ、片彦将軍は青い面して慄うてゐた。徳公は耳たぶをむしられ、大の字になつて、シクシク原にふん伸びて居た。
 初稚姫はガリヤに向ひ、
『貴方は三五教の信者ぢやありませぬか』
『ヤ、もう面目次第もございませぬ。狸の巣窟と知りながら、一つ査べてやらうと思ひ、ここまでやつて参り、反対にしてやられました。貴女は真の初稚姫様でございますか。貴女の御神力によりまして、吾々一同の目が醒めました。有難うございます』
と感謝してゐる。そこへランチ、片彦両将軍は徳公を助けて入り来り、初稚姫の前に危難を救はれしことを涙と共に感謝し、これより心を取直し、祠の森を指して進み行くこととなつた。初稚姫は六人の者によくよく真理を説き諭し、スマートを従へて、宣伝歌を歌ひながら西南を指して別れ行く。

(大正一二・二・一〇 旧一一・一二・二五 松村真澄録)



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