出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=51&HEN=4&SYOU=17&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語51-4-171923/01真善美愛寅 狸相撲王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=16921

第一七章 狸相撲〔一三三二〕

 お菊は夜明け間近くなつたので、余り遠くもない小北山へ、一度帰つて見ようと思ひ、暗がりに落ちてゐる石を二三十拾うて、ここらあたりと思ふ所へ、一つ二つ三つと数へながら投付けて、
『ああこれで文助さまの仕返しもしてやつた。何れ暗に鉄砲のやうな石玉だけれど、一つでも当れば尚面白いがなア』
と独言を云ひながら、スバシこく帰つてしまつた。二人は怪志の森でお菊の放つた礫に鼻を打たれ、額を打たれて、三日ばかりウンウン唸りつづけ、懐からパン片を出して飢を凌ぎ、漸く手足が動くやうになつたので、何処までも高姫、杢助の在処を探ね、敵を打たねばおかぬと、杖を力に進み行く。
 浮木の森の槻や樅、松の大木がコンモリとして広く展開してゐるのが目につき出した。この辺一面は森の中も外も身を没するばかりの萱がつまつてゐる。また篠竹や小竹の藪が彼方此方に散在してゐる。しかしながらランチ将軍の軍隊が駐屯してゐただけあつて、かなり広い道だけはあいて居た。二人はチガチガ足をさせながらやつて来ると、椿の根元に高姫が泥まぶれになり、羽織を裏向けに着て、大きな狸が二匹つき添ひ、椿の花をおとしては、甘さうに吸うてゐる。高姫は、竹切れの腐つたやうな穴のあいたのへ、草をむしつては入れ、馬糞をつかんでは捻ぢ込み、一生懸命になつて、わき目もふらず、何かブツブツ言ひながら竹筒につめてゐる。
初『オイ、高姫が誑されてゐるぢやないか。あれみよ、大きな狸が二匹、椿の木をゆすつては花を吸うてゐるぢやないか。そこへ高姫の奴、着物を逆様に着やがつて、ありや大方騙されてゐるのかも知れぬぞ』
徳『ホンニ ホンニ大きな狸だなア。暗がりに俺達の頭をはつて逃げやがつた罰で、古狸にやられてるのだ。放つとけ放つとけ、いい見物だからなア』
 二人は萱ン坊の中に身を隠し、高姫が、どんな事をするか、あの狸奴、どこへ行きやがるかと、目を放たず見てゐると、狸は椿の葉を口にくはへ、花を頭に被り、三つ四つ体を揺ると、十四五の何ともいへぬ美しい乙女になつてしまつた。さうして高姫は二人の乙女に手を曳かれ、目をつぶつたまま、首を切りにふつて、ある立派な火の見櫓の中に引張られて行くのであつた。これを見た両人は、狸の化けるのに上手なのを非常に感心して、
初『オイ徳、高姫の奴、あの立派な火の見櫓の中へ引張られて行きよつたぢやないか』
徳『ウン、確に行きよつた。しかし狸の奴、甘く化けるものだな。大方高姫は一人は杢助、一人は蠑螈別位に思つてるか知れぬぞ。一つ後をつけて、高姫がどんな事をしられよるか、見てやらうぢやないか』
『そら面白い、サア行かう』
『そつと、足音のせぬやうにして行かぬと、狸がカンづいたら駄目だぞ、静に静に』
と二人は差足抜足しながら、火の見櫓の側に立寄つて、戸の節穴から覗いてみた。見れば今まで美人に化けてゐた狸は、またもや正体を現はし、高姫に泥を掴んでかけたり、木の葉を引付けたり、いろいろとしてゐる。しまひには萱の刈つた奴をドツサリ抱へて来て、高姫の身体を包んで、一度にドツと火をつけた。高姫は火焔の中に包まれて、苦しさうな声を出し、
『助けてくれい、助けてくれい』
と呶鳴つてゐる。かうなつて来ると、何程憎い高姫でも、人情として助けねばならぬ。高姫を救ひ出し、二匹のド狸を捕りくれむと、戸を蹴破り、矢庭に飛込んだと思へば、二人は糞壺の中におち込み、頭から黄金を浴びて、山吹色の活仏となつてしまつた。
初『エー、クソいまいましい、狸の奴、こんな所へ落しやがつたぢやないか。オイ徳、ここらで清水が湧いてをつたら、トツクリと洗うて、眉毛に唾をつけ、この憎くき狸を平げようぢやないか』
徳『さうだ、馬鹿にしてけつかる、これではどうも臭くて仕方がない。いい水が湧いとらぬものかなア。マアともかく、あの椿の木の下あたり、行つて見ようぢやないか。キツと椿の木のある所にや溜池のあるものだ。

 井底より上におち来る椿かな

と云つてな、椿の花が上から落ちるのが、水に映つて、池の底から上へ落ちて来るやうに見えるものだ。俺も一つ井戸をみつけて、下か上へ、椿ぢやないが、ドブンと落ちこみ、肉体の洗濯をして、それから出かけよう。赤裸では困るから、しばらく、乾くまで、この馬場で相撲でも取つて居らなくちや、寒くて辛抱が出来ぬぢやないか、ヤ、案の条泉水があるぞ』
と、今度は小便壺へ糞まぶれの着物ぐち飛込み、バサバサと振り落し、漸く這ひ上り、両人はクルクルと赤裸となつて、石の上に着物をおいて、捻ぢたり、踏んだり、圧搾したりして、漸く水気を落し、傍の木の枝に引懸け、それから四股をふんで、一生懸命に萱の中で相撲を取つてゐる。妖幻坊の眷族、幻相坊、幻魔坊を始めとし、沢山の古狸や豆狸が幾百千とも分らぬほど、四辺を取巻いて、二人の相撲見物をやつてゐる。そこへ宣伝歌を歌ひながらやつて来たのは、ランチ将軍に仕へてゐたケースであつた。ケースは……大変な大相撲が広い馬場に始まつてるなア、なんと沢山の見物だ、俺も余り急ぐ旅ぢやないから、一つ見物して行かうか、ロハの相撲なら安いものだ……と蓑笠を脱ぎすて、金剛杖にもたれて、沢山な見物の後の方から伸び上つて、口をあけ「ワハハハワハハハ」と笑ひ興じてゐた。立変り入変り、古狸が初公、徳公を相手に相撲を取つてゐる。けれども初、徳は言ふに及ばず、ケースの目にも人間とより見えなかつた。ケースは俄にどの力士も取口が下手なのに、劫が湧いて堪らず……俺も一つ飛入りでやつてやらう……と早くも着物をそこに脱ぎ棄て、褌をしめ直し、土俵の側に飛出し、ドンドンと四股を踏み鳴らしてゐる。数多の見物は手を叩いて「ワアワア」とぞめいてゐる。ケースは俺が今出たので、何といふ立派な体格だ、彼奴が出たら、この相撲も活気がつくだらうと思うて、田舎者の見物が騒いでゐやがるのだな、ヨーシ、日の下開山横綱のケースが力量をみせてやらう。東から出ようか、西から出ようか……待てよ、東は智慧証覚の優れた者の居る所だ。さうすると、ヤツパリ俺は東の大関と惟神的にきまつてゐる……と独言云ひながら、東の土俵にドスンと腰をおろし、横綱気取で狸の相撲を「アハハハアハハハ」と笑ひながら見てゐる。春とはいふものの、まだ何処ともなしに寒くて仕方がない。一つ相撲でも取組まなくては体温を保つ事が出来ぬ。ぢやと云つて、どうやら三番勝負になつたらしい。さうするとこの大関も順が廻つて来るのは日の暮だらう。三役が今頃から裸になつて居つても詰らない。今の内に着物を着て、俺の番が来るまで待たうかな、しかしながら一旦大勢の中で赤裸になつたのだから、後へ引返して着物を着て来るのも、力士の体面を恥しめるやうなものだ。ナアニ構ふものか、ここが辛抱だ……と我慢してみたが、体一面に寒疣が出てガタガタ慄うて来る。「此奴ア四股をふみ、体中に力を入れるに限る」と一生懸命に腕を固めドンドンと四股ばかり踏んでゐる。漸く汗がタラタラ流れ出した。しかし今の中にこれだけ力を出してしまつたら、肝腎の俺の番になつた時は、モウ力の品切れになるかも知れぬぞ。マアしばらく休養しようかなア……とドスンと東の力士の席に坐り込んだ。さうすると行司が唐団扇を持つてやつて来た。
『モシ貴方は飛び入りでございますか』
『ウン、飛込だ』
『何と云ふお力士さまでございます』
『俺は日の下開山、野見の宿禰の再来、摩利支天の兄弟分、谷風、小野川、稲川、雷電為右衛門、出羽の海事梅ケ谷、大錦の丈常陸山勝右衛門だ。体量はウソ八百八十貫八百八十匁、如何なる者なりとも、この方の褌に手をかけた者は、ルーブル紙幣百円を褒美として遣はす』
『ヤア、それは随分偉い力士が来て下さつたものです。勧進元もさぞ満足致しませう。しかしながら、それほどお強いお方にはお相手がございますまい。誰とお相撲をお取りなさいますか』
『ハハハ誰でもよい。山門の仁王を呼出し、それに霊を吹きかけて、活躍させても苦しうない。それでゆかねば、ゴライヤス、五大力、まだ足らねば、当麻蹴速、それで行かねば、八岐の大蛇に金毛九尾、妖幻坊、誰でもよいから、強いと名のついた奴には相手になつて遣はす』
『前以て貴方のやうな力士がお出でになるといふ事が分れば、相手方を願つておくのでしたが、余り俄の事で、一寸困ります。エーこの相撲は晴天十日続くのございますから、今日はお控へを願つて、明日か明後日あたり、堂々と土俵に上つて貰ふ訳には参りますまいかな』
『折角裸になつたのだ。武士が刀を抜いたら、キツト血を見なくちやをさまらぬと同様に、力士が裸になつた以上は、せめて一番なりと組合はなくては、このままに下る訳には参り申さぬ。孫悟空でも金角坊でも銀角坊でもよいから、一寸臨時傭うて来てくれないか』
『ハイ、それなら直様、飛行機を以て、金角坊さまを願つて参りませう』
『エー、凡そ時間は幾らほどかかるかな。余り遅くなると、こつちも困るのだが』
『ハイ半時ばかりお待ちを願ひます。さうすれば仮令一万里あらうとも、魔法を以て呼寄せます』
『ソリヤどうも有難い、早く頼むぞ。イヤア、腕がなる、この腕の持つて行きどころがないと思うて居つたに、マアこれで俺の男が立つといふものだ。如何に金角坊魔術を使ふとも神力があるとも、このケース横綱の腕つ節を以て、ただ一突に土俵の外へ、蛙をブツけたやうに投出し、忽ち大の字を地上に描く大曲芸、この中には随分美人も沢山居る。キツト俺の力量を見たならば惚れるだらう……相撲取を男にもち、江戸長崎国々へ行かんしやんしたその後で、夫に怪我のないやうと、妙見様へ精進を……なんて、ぬかすナイスが一ダースや二ダース飛び出すに違ひない。さうすりや俺もチツと困らぬでもないが、その中から互選をさして、最高点者を女房にするのだなア。その上堂々と祠の森を越え、斎苑の館へ、日の下開山の御参拝だ。まだ斎苑の館へは、沢山人は参詣するけれど、日の下開山横綱の力士が参るのは初めてだらう、エヘヘヘヘ、面白うなつて来たぞよ、オホホホホ』
とシクシク原に尻を下し、得意になつて、一人笑壺に入つてゐる。立ちかはり入りかはり、幾十組ともなく、痩せた力士や腹ばかり大きな不恰好な奴が土俵に現はれては、脆くも倒れる可笑しさ。初、徳の二人は尻を紫色に腫らかしたまま、かはるがはる土俵へ上つては取組んでゐる。ケースは……
『あの尻の黒い男、消しでもないのに、何遍でも出やがる。その癖余り強い力士ではない。此奴ア怪しからぬ、一つ行司に掛合つて見ようかなア……オイオイ行司、一寸尋ねたい事がある。あの尻の紫とも墨とも分らぬやうな力士、二人に限つて何遍でも取つ組み合せをするぢやないか、あらどうしたものだい。俺だとて彼奴が出られるならば、出られない筈がないぢやないか』
『ハイ、あの方は相撲気違ですから、特別に許してあるのですよ。年寄連中も、彼奴はこの土地切つての顔役でもあり、力強でもあるから、言ふ通りしておかねば、後が面倒いといふので、相撲道の規則には反きますが、これも地方の状況によつて、止むを得ず取らして居ります。随分強い男でせうがな』
『ウン、相当に強いな、しかし外の奴が弱いから強く見えるのだ』
『貴方とはどんなものでせうな』
『さうだ、到底相撲にならぬワイ。しかしながら、俺もかうチヨコナンと、見役ばかりしてゐるのも手持無沙汰だから、頼みとあれば、彼奴二人を向ふへ廻し、取つてみてもいい』
『ああ左様でございますか。それなら、一つ年寄と相談を致します。一寸待つてゐて下さいませ』
と行司は頭取の席に走り行き、何だかブシヤ ブシヤと話をし、また東の席へ飛んで来て、頭取や年寄と囁き、ケースの前に現はれ、
『ヤ、エー、頭取や年寄衆が賛成です。どうぞ一つ取組んでみて下さい。そして貴方のお名乗は余りお長いやうですが、何とか簡単なお名をつけて頂きませぬかな』
『摩利支天でも仁王ケ岳、ゴライアスでもいいぢやないか』
『それなら貴方は浮木の森と云ふ名を付けたらどうでせう』
『ウン、そら結構だ、どうぞ頼むよ』
『ハイ』
と行司は答へて、土俵に上り、唐団扇をふつて、
『東イ浮木の森、西イ負田山並に転田山ツ、二人一度に日の下開山、浮木の森に消しがかり』
 見物は雨霰の如くピシヤ ピシヤ ピシヤと手を拍ち、各自に狸の腹鼓をうつて、ワアワアと喚き立てた。初、徳の両人は、
『ヤア面白い、新手が来よつた、俺達両人は彼奴を十六俵の土俵の外へ投出し、大喝采を受けねばなるまい。馬鹿らしい、二人も一緒にかかるのは、一人に限るよ』
と囁きながら、土俵に上る。先づ初公は西方に現はれ、四股踏みならし、砂を手に掬うて体にぬりつけ、両方から猫の狙ふやうな調子で呼吸をはかつてゐる。行司は「ヤツ」と団扇をひいた。ペタペタペタと四つに組んだが、何だか負田山の体がヌルヌルしてゐて臭くて堪らない。されど大法螺を吹いた手前、此奴を倒さねば男が立たぬと、ケースは一生懸命に押して行く。糞まぶれの一方の体はヌルヌルと鰌の如く鰻のやうに辷る所へ、スカシをくつて、土俵の中央へ、うつ向けに倒れ、口に砂を一杯頬張り、歯から血が滲み出した。行司は団扇を西の方へ上げた。見物は一度にワアイ ワアイと喚く。ケースはむかついて堪らず、死物狂となつて、四本柱を引抜き、縦横無尽に負田山、転田山の二人に向つて打ちかかる。二人もまた同じく柱を引抜き、前後左右に荒れ狂ひ、遂には力尽きて三人その場にドツと倒れてしまつた。彼方にも此方にもポンポンポンと鼓の声、これは沢山の豆狸が腹鼓を打つて笑ひながら、各古巣へ帰り行く声であつた。

(大正一二・一・二七 旧一一・一二・一一 松村真澄録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web