出口王仁三郎 文献検索

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物語51-3-151923/01真善美愛寅 餅の皮王仁三郎参照文献検索
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第一五章 餅の皮〔一三三〇〕

 高姫は宮子と共に吾居間へ帰り、直に襠衣をぬぐ筈だが、マ一度自分の盛装した姿をトツクリと見てからでなくては惜しいと思つたか、鏡の前にスツクと立ち「ウーン」と云つたきり、わが姿に見とれてゐる。宮子は高姫の後に行儀よく坐つてゐた。高姫は益々感心して「ウーン ウーン」と息を詰め、余り気張つて感心したので、上へ出る息が裏門へ破裂し「ブブブブーツ」と法螺貝を吹いた。宮子はビツクリして「クスクス」と鼻を鳴らせながら、二歩三歩後しざりした。この宮子に化けた化物は妖幻坊の片腕で、数千年劫を経た獅子のやうな古狸であつた。忽ち鼻が歪むやうな奴を吹きかけられ、思はず知らず正体の一部を現はして、クスクスと云つたのである。高姫は四辺を見廻し、
『アレマア、宮ちやまとした事が、行儀の悪い、こんな所でオナラを弾じたり、ホホホホホ』
『アレマア、お母さまとした事が、自分がオナラをひりながら、殺生だワ』
『コレコレ宮子さま、お前は侍女ぢやないか。侍女といふものは、主人がオナラを弾じた時に、不調法を致しましたと自分が引受けるのだよ、それが侍女の第一の務めだからな。これから日に七回や八回は出るかも知れないから、その時はキツトお前さまがあやまるのだよ』
『それでも私、閉口だワ』
『狸のやうに、クスクスなんて、これから笑つちやいけませぬぞや』
『それでも、お母さま、余り臭かつたので、狸の屁かと思つたのよ』
『コレ宮さま、一寸外へ遊びにいつて来ておくれ、お母さまはチツトばかり、内証の用があるから』
『ヘヘヘヘ甘い事おつしやいますワイ。私を外へ出しておいて、また自惚鏡の前で、独言を云つて喜ぶのでせう』
『どうでもよろしい、お前さまは子供だから、やつさなくても美しいのだ。女は身嗜みが肝腎だからなア。黒い顔や乱れた髪を、夫や人に見せるのは失礼だ。女として慎しむべきことは第一身嗜みだから、お前さまが居ると、気がひけて、十分に化粧が出来ないから、半時ばかり、田圃へいつて遊んで来なさい。田圃が遠ければ、一遍城内の庭園をみまはつて来て下さい』
『それなら行つて参ります、十分おやつしなさいませ』
『エー、いらぬ事を云ひなさるな、トツトとお行きんか』
『ハーイ』
とワザと怖さうに腰を屈め、這ふやうにしてドアの外に飛出し、三つ四つポンポンポンと足踏みをして床板を鳴らし、それから同じ所をドスドスドスと一歩々々低くし、遠くへ行つたやうなふりを装うた。高姫は足音がだんだん低くなるので、廊下を伝つて遊びに行つたものと思ひ、やつと安心して自惚鏡に立向うた。そして余り一心になつてゐたので、ドアの開いてあるのに気がつかなかつた。宮子は観音開のドアの三角型に開いた一寸ばかりの隙から、丸い目を剥いて中の様子を窺つてゐた。
『あああ、何とマア、見れば見るほど、フツクリとした頬べた、それに紅うつりのよい唇、天教山の木花姫のやうな鼻の形、鈴をはつたよな目許に、新月の眉、雪の肌、耳朶のフツサリとした、髪の毛の艶のよさ、なぜマア造化の神は、私ばかりにこんな美貌を与へて、世間の女には、可愛相に、あんな不器量な顔を与へたのだらう。どう考へてみても、背恰好といひ、高からず、低からず、太からず、細からず、肉は柔かにしてシマリあり、この指だつて、一節々々、梅の莟の開きかけのやうだワ。爪の色は瑪瑙のやうだし、ああ神様、私はなぜにこれほど美しいのでせう、イヤイヤさうではあるまい、義理天上日の出神の生宮だから、ヤツパリ人間ではないのだ。杢助さまが、お前は高天原の最奥霊国の天人だとおつしやつた。成程、それで人間とはすべての点が違ふのだ。あああ、顔や手ばかり見て居つた所で、自分の姿も全部査べてみなくちや分るものぢやない。ドレドレ侍女のをらぬのを幸に、赤裸となつて、肉体の曲線美を査べてみようかな』
と独語ちつつ、着物を全部脱ぎ、鏡に打向ひ、
『ヤア、どこからどこまで完全無欠なものだ。乳房のフツクリとした、そしてツンモリとしてゐる所、何としたいい恰好だらう。胸は扇形になり、腰のあたりは蜂のやうだワ。そして尻はポツクリと丸う丸う太り、肌のツヤは瑠璃光のやうだし、膝頭の位置から踵との距離、大腿骨の太さ、長さ、どつから見ても、これ位理想的に出来た身体は、マアあるまい。ドレドレ肝腎の如意のお玉も、一つ鏡に映してみませうかなア』
とパサパーナをやる時のやうなスタイルで、一生懸命に御玉をうつしてゐる。
『ああ恰好のいい事、ホホホホ、こんな所を人にみられちや、大変だがな、しかしこの御殿は中から開かなくちや、外から開かぬのだから都合好くしてあるワイ』
と夢中になつて鏡に映してゐる。八人の少女に化けてゐた豆狸は、妙な匂ひがするので、戸のあいた所からスツと侵入し、ドブ貝の食ひ頃に腐つたのが落ちてゐると思つて、矢庭に飛び付いた。高姫はキヤツと驚き、赤裸のままひつくり返つた。豆狸は驚いて、雲を霞と逃げ出してしまつた。
『この座敷には、劫経た鼠がゐると見える、うつかり裸にはなつては居れまい。どつかで猫の子でも貰つて来て飼つておかねば、夜分も碌に寝られたものぢやない、アイタタタタ、杢助殿の貴重品を台なしにしてしまつた』
と慌しく着物を着かへ、チヤンと振を直して、尚も自惚れながら、ソツと入口を見れば、観音開の戸は三角型に外へ開き、二寸ばかりのスキから、宮子が半正体を現はし、団栗のやうな目で睨んでゐる。高姫は思はず、
『コラツ』
と叫んだ。宮子はビツクリして、その場を立去つた。
『まるでここは化物屋敷みたやうな所だ。あのドアを確に締めてある筈だのに、音もせずにあいて田螺が睨んでゐた。諺にも美人には魔がさすといふ事がある。私が余り美しいものだから、鼠や田螺までが秋波を送るのかなア。それほど恋慕うて来るのに、私も何とか挨拶をしてやりたいけれど、こればつかりは、博愛主義は実行する事は出来ぬ。愛といふものは普遍的、公的のものだが、恋愛となると一人愛に限る遍狭な愛だから、何程森羅万象が私に惚れた所で、こればかりは仕方がない。天地の万物、必ず必ず高姫を愛するのはよいが、恋愛などはしてくれな。今高姫が天地万有に向つて宣示しておくほどに、ホツホホホ、余り自惚れすぎて、エライ事を云つたものだ。しかしながら事実は事実だから仕方がない。あんな年のよつた姿の時でも、秋波を送つてくれた蠑螈別さまに、一度この姿を見せて上げたいものだなア。ああ、ママならぬは浮世だ。かかる金殿玉楼に、尊貴を極め栄耀を極めて、しかも義理天上日の出神、霊国第一の天人と現はれた身でさへも、世の中にままにならぬ事があるものだなア。双六の賽と河鹿川の流れと蠑螈別さまとの密会は、この高姫のままにならぬ所だ、モウ一つ困るのは三五教の宣伝使共だ。しかしながら上見れば限りなし、下みればほどなし、マアここらで満足せなくちやなりますまい。てもさても幸福な身の上ぢやなア。この上杢助さまがコレラでも煩つてコロツと亡てくれたその後へ、蠑螈別さまがヌツケリとお越しにならば、それこそ何も云ふ事がないけれどなア。北山村でスキ焼鍋を真中に、ハモや鯛や玉子のあばれ食ひ、香ばしい酒に酔うて、狐のやうに釣上つた蠑螈別さまの目元をみた時は愉快であつた。せめて死ぬまでに、モ一度、蠑螈別さまに、この立派な御殿で会うて見たいものだなア』
と何時の間にか声が高くなり、喋り立ててゐる。外からポンポンと叩く礫の音。
『誰だなア、何用だい』
『ハイ、私は宮子でございます、どうぞ開けて下さいな』
『ササお入りなさい、いい子だつたな』
と云ひながら、ドアを開いて、宮子を引入れ、厳しく戸をとぢて錠を卸した。高姫は今の独言を、もしや宮子が聞いてゐなかつただらうか、聞かれたら大変だと、稍不安の念にかられながら、
『コレ宮さま、お前どこへ行つてゐたの、余り早いぢやないか』
『ハイ、お母さまが庭園をまはつて来いとおつしやいましたから、一生懸命に這うて廻りましたの。そした所が、犬の遠吠が聞えたので、ビツクリして逃げて帰つて来たのよ』
『這うて帰つたの、犬の声にビツクリしたのと、まるで狸か何ぞのやうな事を云ふぢやないか』
 宮子はウツカリ喋つてしまつたと思つたが、稍落着かぬ体で、
『イーエ、どつかの人が四這に這つてゐたのよ。そして犬か鼠か知らないが、お尻のあたりを咬まれて走つてゐたのを見ましたの』
と高姫の事は知らねども、うまくその場をつくらうてみた。高姫は自分が鏡の前で赤裸となつて身体を映してゐた事を、外の事によそへて言つたのだと思ひ、稍不機嫌な顔しながら、
『コレ宮ちやま、お前は私が裸になつてゐた所を覗いてゐたのだな』
『イーエ、知りませぬワ』
『それでも、ドアの外に立つてゐただろ』
『チツとばかり立つてゐましたが、田螺のやうな目を剥いたものが向ふから来ましたので、ビツクリして逃げました。そして庭園を一廻りして来ましたよ』
『お前もあの田螺のやうな目を見たのかい』
『ハイ見ました。あれは大方浮木の森に居つた猿の妄念でせう。さうでなければ犬かも知れませぬワ』
『コレ、宮さま、猿だの犬だのと、ここでは云つちやいけませぬよ。お父さまが大変にお嫌ひだから』
『さるの嫌なのはお母さまぢやありませぬか、お父さまは犬が嫌ひなのよ』
『オホホホホ、何とマア口の達者な子だこと』
『如意宝珠の玉の片割れだもの、チツとは口が達者のよ。お母さまの口から入つて口から出たのだから、その口がうつつて、このやうによくはしやぐのだよ。姉さまの高ちやまは懸河の弁、私は富楼那の弁ですよ』
 高姫はキチンと坐り、パンをパクつき、宮子にも割つて与へ、葡萄酒を二三杯、グツと引かけ、ホロ酔ひ機嫌になつて、思ひを遠く海の彼方に走せ、蠑螈別の身の上を案じ煩ひながら、宮子の耳を憚つて、思ひも深き恋の海の歌を唄つた。

『沖を遥に見渡せば
 淋しく聞ゆる潮の音
 空すみ渡る青白き
 月の御蔭に飛ぶ海鳥
 星は深し冷たき魚の血の如き
 真青に慄ふ海
 胸の轟き恋の波
 悲しげに歌ひ続ける
 白い波
 風は物凄く吹き渡り
 冷たい月は雲間に慄ふ
 逃れゆく海鳥の
 憐れげな叫び声
 衰弱せる海の歎き
 ああ神秘の海は
 悲しき歌を永久に
 弥永久に歌ひつづくる』

と恋の述懐をもらしてゐる。今まで杢助に現をぬかし、かかる美はしき金殿玉楼に栄華を極むる身となつては、またもや萌す恋の暗、烈しき焔に包まれて、今は悲しき涙にかきくれてゐる。宮子は不思議さうに高姫の顔を見て、
『アレまアお母さま、泣いてゐらつしやるの、お父さまが気にくはないのですか』
『コレ宮さま、何といふ事をおつしやる、天にも地にも高宮彦さまのやうな偉い人がありますか、どこに一つ欠点のない男らしい、勇壮活溌な、そして気品の高い、筋骨の逞しい、摩利支天様の御霊、勿体ない、嫌ふなんて、そんな事がありますものか』
『それでもお母さま、いま泣いてゐたぢやないか』
『そらさうよ、よう考へて御覧なさい。お父さまは同じ館に住みながら、女房の側にやすんで下さらぬのだもの。私だつてチツとは淋しくもなり悲しくもなりますワ』
『それでも蠑螈別とか、何とか言つてゐらつしやつたぢやありませぬか』
『その蠑螈別といふ奴、私の敵だよ。お父さまを常につけ狙ふ悪い奴だ。そして今は三五教にトボけてゐるのだから、神変不思議の術を習つて、何時私を攻めに来るか分らないワ。けれども、モウかうなつた以上は、お父さまの御神力と如意宝珠の神力で蠑螈別を往生させ、この結構な所を見せびらかしてやりたい。エー、それが出来ぬが残念だと思つて泣いてゐたのよ。こんな事をお父さまに言つちやなりませぬぞや』
『決して、左様な詰らない事は申上げるやうな馬鹿ぢやありませぬワ。そしてお母さまのお側に可愛がつて貰つてゐるのだもの、チツト位お母さまに不都合があつても、隠しますワ。それが母子の情ですからなア』
『成程、お前はヤツパリ私の子だ。どんな事があつても、善悪に拘はらず、喋つてはなりませぬぞや。女の子は口を慎しむのが一番大切だからなア』
 かかる所へまたもやドアの外から、五月の声として、
『モシモシ奥様、宮子様、旦那様がお出でになりますから、此処をあけておいて下さい』
 高姫はこの声に驚き、俄に涙を拭き、そこらを片付けて、宮子に命じて錠を外させ、高宮彦の入り来るを今や遅しと待つてゐる。

(大正一二・一・二六 旧一一・一二・一〇 松村真澄録)



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