出口王仁三郎 文献検索

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物語51-2-91923/01真善美愛寅 鷹宮殿王仁三郎参照文献検索
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第九章 鷹宮殿〔一三二四〕

 高姫は妖幻坊を何処までも杢助と固く信じてゐた。しかして金剛不壊の如意宝珠の力によつて、かかる広大なる楼閣が出来たのだと思つてゐる。
『ああ、私が秋山彦の館で腹へ呑んだ時には、これだけ威力のあるものとは思はなかつた。ヤツパリ私は神力が足らなかつたのだなア。小人玉を抱いて罪ありといふ事は私の事か、同じ玉でも杢助さまがお使ひになると、こんなに立派にその神力が現はれるのだ。阿呆と鋏は使ひやうで切れるといふ事がある。使手がよければ阿呆も間に合ふ、竹光の刀でも正宗に優るものだ。ヤア私もこれから改心をしませう……イヤ改悪をしませう。杢助さまに使はれる如意宝珠は仕合せだなア。しかしながら、これだけ自由自在に神力を持つてゐる男だから、天下の美人はこの神力を見たならば、キツと惚れるであらう。さうなつた時は年の寄つたこの高姫は、折角結構な楼閣に住みながら、お払ひ箱になつてはつまらない。どうかして如意宝珠を杢助さまの隙を伺つて吾懐に入れるか、但は呑込んでしまつて、まさかの時の権利を握り、杢助さまの喉首を押へ、睾丸を握つておかねば、この高姫は安全な生涯を送る事は出来ぬ。オオさうだ さうだ、それが上分別だ。鎌の柄を向ふに握られて、こつちが切れる方を握つてるやうな事では、到底生存競争の激甚なる世に立つことは出来ない。杢助さまも偉い人だ、しかしまた女にかけてはズルイ男だから、これからあらむ限りの身だしなみをして、充分に蘯かしてやらねばならうまい』
と堅く決心しながら、杢助の後に従いて行く。奥殿深く進んで見れば、金、銀、瑠璃、玻璃、硨磲、珊瑚珠等にてちりばめられたる立派な宝座がある。妖幻坊は高姫を顧みて、
『オイ高さま、杢助の腕前は分つたかなア。サア、これからお前と俺とがこの宝座に、日々上つて、万民の政治をするのだ、どうだ、嬉しうはないか』
『ハイ、余りの事で、あいた口がすぼまりませぬ』
と云ひながら半信半疑の念に打たれ、宝座を押へて見たり、柱を押して見たり、足元がもしや草ぼうぼうたる田圃ではあるまいかと、探つてみたり、いろいろ雑多と調べてゐる。けれどもどうしても疑ふ余地がない。高姫はますます笑壺に入り、
『俄に私も出世したものだ、三千世界に高姫位仕合せな者があらうか、ヤツパリ義理天上日の出神様のお蔭だなア』
と小声に言つてゐる。妖幻坊は高姫の背を二つ三つ叩きながら、
『オイ高姫、どうだ、違ひますかなア。蜃気楼的城廓か、或は現実的城廓か、よくお調べなさい。これでも杢助の云ふ事に反きますか』
『イヤ、モウモウ感心致しました。何処までも絶対服従を致しませう』
『高姫、お前の姿を一寸見てみよ、それそこに玻璃鏡が懸つてゐる。その前に立つてみなさい』
と指示す。高姫は玻璃鏡の前に現はれると、鏡面には十七八才の妙齢の美人、金襴綾錦の立派な衣服を着流し、色あくまで白く、頭に七宝の纓絡の垂らした冠を戴き、裾を一丈ばかり後に垂らした美人が立つてゐる。高姫はハツと驚き、心の中に思ふやう……ハハー、杢助さまは腹の悪い男だなア。こんな結構な館を持ち、こんな美人をかくまうておき、私のやうな婆を、此処へ連れて来て、恥をかかし、悋気をささうと企んでゐるのだらう。エエ悔しい……と鏡に映つた天女のやうな美人に打つてかかる。妖幻坊は高姫の手をグツと握り、
『アハハハハ、オイ高ちやま、あれはお前の姿だよ。如意宝珠の神力によつて、三十三年ばかり元へ戻したのだ。お前が十八の時の姿は即ちこれだ。まだ十八の時は、こんな立派な装束を着てゐなかつたから別人のやうに見えるが、これが正真の高宮姫時代だ。この杢助はお前の皺のよつた現界的肉体に惚れたのぢやない、霊界で見たお前に惚れたのだ。随分綺麗なものだらう。それだから、高ちやまに杢助が現をぬかすも無理ではあるまいがなア。もしも疑はしいと思ふなら、お前が目を剥けば目を剥く、口を開くれば口を開く、お前の姿そのままだから、一つ調べてみたらどうだ』
『イヤもう疑の余地はありませぬ。何と立派な美い女だこと、われながら見とれますワ。これでは高姫といはずに高宮姫と旧の名に帰りませうか』
『ウンさうだ、高宮姫の方が、余程優雅で崇高で、何となく雲上の人のやうに聞えて床しいやうだ』
『それなら、これから高宮姫と改めます。どうぞ杢助さま、旧の名を呼んで下さいや』
『ウンよしよし、就いては俺も杢助々々と言はれるのは、何だか毘舎か首陀のやうだ。刹帝利に斉しき名をつけねばならうまい……ウン、お前の高宮姫の夫だから、今日から高宮彦と改名しよう』
『それなら高宮彦様、何卒天地に誓つて、どこどこまでも夫婦だといふ事を守つて下さいますなア』
『天に在つては比翼の鳥、地にあつては連理の枝、梅に鶯、仮令幾万劫の末までも、忘れてくれな、忘れはせぬぞや。サアサアこれから其方の居間を案内致さう』
『ハイ有難うございます』
と妖幻坊に跟いて、ピカピカ光る瑪瑙の板を以て造られたる長い廊下を渡り、金銀の色をなせる庭園の樹木を眺めながら、えも言はれぬ美はしき居間に案内された。高姫は既に十八才の娘気分になつて居た。
『サ、これが奥様のお居間、随分整頓して居りませうがなア』
『成程鏡台から化粧道具、絹夜具から絹座布団、金銀瑪瑙の火鉢、硨磲の脇息、紫檀の机、黒檀の障子の骨、玻璃の瓶、白檀の水屋、何から何まで立派な物でございますなア』
『お前はこの城廓の城主の奥様だ、随分出世をしたものだらう。これから高宮彦は自分の居間に行つて休息するから、其方は此処で、今日一日はゆつくりと寛いだがよからう』
『私と一緒に、なぜ居つて下さりませぬ。何程立派でも只一人こんな所におかれては、たまらぬぢやありませぬか』
『お前は義理天上さまでござるなり、金毛九尾様も狸、狼、大蛇、蟇その他いろいろのお客さまもござるのだから、別に淋しい事はなからうに……』
『ソリヤ居ります。けれども、声がするばかりで、チツトも形を現はしませぬから、つまりませぬワ』
『それなら、二人ほど腰元を、後からつけるやうに取計らつてやる。こんな立派な城内に主人となつた者は、普通の毘舎や首陀のやうに、一間に同棲することは体面上出来るものでない。いざ高宮姫、ゆつくりなされ、高宮彦は吾居間に入つて、しばらく休息を致す』
と言ひすてて、ドアを開き、悠々として、奥へ奥へと進み入る。
 高宮姫は声を限りに、
『モシ杢助さま、モウ一言お尋ね致したい事がございます。このお城は何と云ひますか』
 妖幻坊は後ふり向いて、
『ここは今まで鶏頭城と申したが、今日より改めて高宮城と命名致す』
『ハイ、有難うございました。高宮城に高宮彦、高宮姫、何とゆかしい名でございますな、ホホホホ』
 妖幻坊は、
『左様なら』
と云ひすて、ドンドンと奥に入つた。
 すべて妖魅は変相する時は非常に苦しいものである。それ故時々人に見られない所で体を休める必要がある。高姫の今入つて居つた一間は、その実浮木の森のかなり大きな狸穴であつた。妖幻坊はモ一つ奥の楠の根元の大洞穴の中に身を隠し、他愛もなく寝てしまつたのである。
 妖幻坊には幻相坊、幻魔坊といふ二人の眷属があつた。しかして幻相坊は火の術をよく使ひ、幻魔坊は水の術を使ふに長じてゐた。また妖幻坊は幻術を以て、一時に数百数千の軍人を現はしたり、妙齢の美人を現はしたり、ある時は老翁、ある時は老婆を忽ち現はして、世人を騙る事を楽しみとしてゐた。しかして妖幻坊は日々獣の肉を喰はなくては、体がもえて仕方がなかつた。また時々人肉をも、殊更喜んで喰ふのである。
 高姫は一人美はしき座敷を与へられた事を非常に喜び、知らず知らずに鼻唄さへ歌つてゐた。そこへドアを開ひて、淑やかに十四五才の女が二人、白綸子の着物に紫縮緬の袴を穿ち、美はしき漆のやうな下げ髪を紫の紐にてしばり、上に桃色の〓衣を着て、
『御免なさいませ、奥様のお居間はここでございますか。私は高子と申します、妹は宮子と申します。今日から高宮彦様のお指図によりまして、姫様のお小間使を仰せ付けられました。何分不束な者でございますれば、どうぞ叱つてお使ひ下さいませ』
と優しい手をついて、頭を下げ挨拶をする。高姫は二人の姿を見て、
『ああ何と、揃ひも揃つて美しい娘だなア。しかしながら今はまだ年が若くて大丈夫だが、この女が二三年もたつたら、丁度私のやうな姿になるだらう。そした時は、また杢助さまが変な心を起しはすまいか』
と思ふと、俄にこの二人が、何処ともなく憎らしいやうな気になつてしまつた。高姫は舌長に、
『ハイ、お前は高宮彦さまの身内の者か、但は、どつからか頼まれて御奉公にあがつてゐるのか、それが聞かして欲しい、その上でお世話になりませう』
高子『ハイ、妾は父もなければ母もございませぬ』
『父母もない子が何処にあるものか、ハハー、さうすると、お前は捨児だなア。そして宮子、お前の父母は何と云ふかな』
『ハイ、妾も両親がございませぬ』
『両親の分らぬやうな子供は要りませぬ。何処の馬の骨か牛の骨か分らぬ、女つちよを、ヘン、この素性の高き高宮姫の、お小間使なんて、高宮彦さまも余りだ。コレ両人、こちらに用はないから、トツトと帰つて下さい。そしてこの城内には、高宮姫が今日限りおきませぬぞや』
高子『左様なれば、姫様、是非がございませぬ。妾と妹が両親がないと云つたのは外でもございませぬ、実は如意宝珠から生れた者でございます。妾は火を守護し、妹は水を守護する霊でございます。貴女は火と水がいらないとみえますな。左様なれば仰に従ひ帰ります』
と足早に室外へ出ようとする。高姫は驚いて、
『マママ待つて下さい、ヤ、小母さまが悪かつた。ついどうおつしやるかと思うて、お前さまの気をひいてみたのだ。潮干潮満の、お前は玉だつたな。どうもそれに違ひないと思つたけれど、それとはなしに小母さまが探つて見たのだから、どうぞ悪く思つて下さるな』
高子『ハイ、有難うございます、しかしながら姫様から一遍追つ立てをくつたのでございますから、私は火でございます。どうぞお暇を下さいませ。なア宮ちやま、お前さまだつて、さうでせうね』
宮子『私小母さまには追ひ出され、小父さまの所へ行つては叱られちや、立つ瀬がありませぬワ。私は水の精だから、川の瀬へでも行つて流れませうよ』
『コレコレ、高さま、宮さま、どうぞ、さう言はずに、私の所に居つて下さい。余り気儘な事を云つたと云つて、高宮彦さまにこの小母さまも叱られる。またお前たちも叱られちや大変だぜ。サアサア、小母さまが大切にして上げるから、機嫌を直してくるのだよ』
 二人は、
『アーイ』
と細い涼しい声を揃へて云ふかと思へば、光線の如くパツと室内に入り来り、右と左から高姫に飛び付いて、
『小母さま、姫さま』
と嬉しさうに叫んだ。高子は火の如く熱く、宮子は水の如く冷たい。高姫は火と水に責められ、寒熱に苦しんで、忽ちその場に目をマハしてしまつた。

(大正一二・一・二六 旧一一・一二・一〇 松村真澄録)



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