出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語50-3-131923/01真善美愛丑 盲嫌王仁三郎参照文献検索
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第一三章 盲嫌〔一三〇七〕

 初稚姫の居間には初稚姫、楓姫の二人が丸火鉢を中に置いて、やさしい声で談話が始まつてゐる。
『楓さま、お腹が立つでせうけど、そこを忍ぶのが勇者と云ふものですよ。なる勘忍は誰もする、ならぬ勘忍するが勘忍と申しまして、忍耐位善徳はありませぬ。世の中の一切の事は忍耐によつて平和に治まり、また忍耐せざるによつて騒動が起るのです。忍ぶと云ふ字は刃の下に心と云ふ字を書きませうがな。胸に刃を呑むやうな苦しさ残念さも、これに耐へ得るのがこれが忍ぶです。国祖大神様はこの広大な世界をお造り遊ばし数多の神人を安住させ、サアこれで一息と云ふ処で、金毛九尾その他の悪神のために、反対に国治立尊は悪神だ、祟り神だと八百万の神様にまで罵られ、また千座の置戸を負はされて、あるにあられぬ苦労を遊ばし、口惜し残念を耐りつめてただの一言も御不足らしい事はおつしやらなかつたのですよ。斎苑の館の生神様、素盞嗚尊様も、あるにあられぬ無実の罪をきせられ、頭の毛を一本一本抜きとられ、手足の爪を剥がれ、髭を切り、その上に尊き御身を漂浪人として高天原より放逐され給ひながら、少しもお恨み遊ばさず、天下万民の罪を一身に引受けて、瑞の御霊と顕現し給ひ、今や不心得千万な人間を善道に導き、天国の生涯をいや永久に嬉しく楽しく、一人もツツボに落さず助けてやらうとの思召で、三五教を天下にお開き遊ばし、妾もその手足となつて天下にその宣伝をしてゐるのでござります。貴女もまたこの尊き大神様にお仕へ遊ばす珍彦様のお娘子、そして貴女は三五教の清き尊き信者なれば、何程高姫さまが無理難題をおつしやつても、一言も怨んではなりませぬぞえ。人間はチツとでも腹を立てたり致しますと、悪魔がその虚に乗じてその霊を亡ぼし、遂には肉体までも亡ぼしますから、腹を立てる位恐ろしいものの、損なものはござりませぬよ』
『ハイ、有難うござります。妾も父から忍耐の最も必要なること及び忍耐は万事成功の基であり、人格の基礎であると云ふ事を聞かされて居りますが、何分はしたない女ですから、つひ心の海に荒波が立ちまして、柔順なるべき女の身として高姫様に対し暴言を吐きました。今になつて思へば本当に恥かしうござります。神様は妾の我情我慢をさぞお憎しみ遊ばすでござんせうな』
『いえいえ、決してお案じなさいますな。貴女にそのお気がついて今後忍耐の徳をお養ひなさいますれば、決して神様はお咎め遊ばす所か、大変にお喜び遊ばし、貴女の霊にも肉にも愛の光明を投げ与へ給ひ、この世において最も清き美はしき大いなるものと成さしめ給ふものでござります』
『いろいろの御教訓、身に沁み渡つて嬉し涙が思はず零れて参ります。さて初稚姫様、高姫様は今の悪心を改良して下さいますでせうか。さうでなくては吾々は父母両親の身の上案じられてなりませぬがな』
『御尤もでござります。貴女が子として御両親をそこまでお思ひ遊ばすのは実に感じ入つた御心掛けでござります。しかしながら高姫様には御気の毒ながら、いろいろの悪霊が体内に群居して居りますから、到底吾々の力では及びませぬ。それだと申して高姫様を魔道へ落したくはありませぬ。飽まで仁慈と忍耐とを以て立派なお方にして上げなくては、吾々三五教に仕ふるものの神様に対する役が勤まりませぬからな』
『どう致しましたら、高姫様を救ふ事が出来ませうかな』
『この上は神様の御神力を借るより外に道はござりませぬ。そして何とおつしやつても、此方は誠と親切と実意と忍耐とを以て相対する時は、神様のお恵によりまして屹度よいお方になつて下さるでせう。吾々は神様から試験問題を与へられたやうなものですからな。高姫様を改心させる事が出来ないやうだつたら、妾は宣伝使等と云つて歩く事は出来ませぬ』
『本当に御苦労様でござりますな。妾もこれから忍耐を第一とし、高姫様をわが父母同様に敬ひ愛する事に致しませう』
『ああよう云うて下さいました。有難うござります。サア楓さま、お父さまやお母さまがお待ち兼ねでござりませうから、追ひ立てたやうで済みませぬが一先づお帰り下さつて、また改めて遊びにおいで下さいませ。高姫さまが今スマートに引きずられ、大変に逆上して居られますから、貴女のお顔を見られたら、何時もの病気がまた再発するかも知れませぬからな』
『左様なれば御免を蒙ります。貴女と妾と心を合せて高姫様を、ねー、……』
と言葉終らぬに、高姫は襖を蹴破り夜叉の如き勢にて、闖入し来り、怒りの面色物凄く、二人をハツタと睨めつけ、声を震はせながら、
『隠れたるより現はるるはなしとかや。お前等両人は何を相談してござつた。貴女と妾と心を協して高姫を、ねー……とか狙ふとか現に今云つて居ただらう。そのやうな悪い企みを致して居ると、天罰で忽ち現はれませうがな。誰知らぬかと思うても天知る、地知る、人も知る、吾も知る、サア二人の方、もう、了簡がなりませぬ。何を企んでござつた、サア、キツパリと白状なさいませ。これ楓、お前は大それた義理天上の生宮を騙討に致して、後から小股を攫へ、私を前栽へおつ放り出し、これこの通り向脛を擦り剥かせ、膝頭から血を出さしたぢやないか。サアどうして下さる。もう了簡はしませぬぞや』
『真に済まない事を致しました。どうぞ御了簡して下さいませ。妾が悪うござりました』
『ヘン、ようおつしやいますわい。「妾が悪うございました」とは、それは何の事だい。悪いと云つて謝つて事が済むのなら世の中は悪の仕放題だ。売言葉に買言葉、貰つたものは必ず返礼せなくちやならない。お前さまも、蟻一匹とまつてもならぬと云ふ大切な向脛を擦り剥かして下さつたのだから、私もこのままで措いちや真に義理が済みませぬ。これから返礼に思ふ存分こついて上げるから向脛を出しなさい。世の中は義理が大切だ。この義理天上が充分にお礼を申しますぞや』
と震ひ声に怒りを帯び、涙交りに喚き立てる。
『もし、お母様、どうぞ許してあげて下さいませ。まだお年も行かぬなり、どうぞ神直日、大直日に見直し聞直し、以後お慎みなさるやうに妾からも御注意を申上げますから』
『ヘン、これ初稚、ようまあツベコベとそんな白々しい事が云はれますな。お前さまは今楓と二人で、現にこの高姫を二人が心を協して狙うてやらうと云つて居つたぢやありませぬか。そんな事に誤魔化される義理天上ぢやありませぬぞや。お前は杢助さまの命令を聞くと云つて、あの悪い犬を追ひ返したと云うたのぢやないか。それに何処かへ隠して置いて、私をあんな非道い目に遇はし、森の奥まで引張つてやらしたのも、お前さまの企みだらう。イル、イク、サールやハル、テルが来てくれなかつたら私は殺されて居る所だ。大悪人奴が、美しい顔して、心に針を包んでをるお前は悪魔だ。もう今日から暇をやります。アタ穢らはしい、お母さま等とおつしやつて下さいますな。人殺の張本人奴が、鬼娘奴が、この義理天上はもう承知しませぬぞや』
『お母さま、さう無息に怒つて下さいますな。どうぞ一通り聞いて下さいませ』
 高姫はニユツと舌を出し、赤ベイをしながら腮を三つ四つシヤくつて見せ、冷笑を浮べて、嘲るやうな口吻で、
『ヘン、おつしやりますわい。中々劫経た狸だな。ここへ来た時からただの狸ぢやないと思うてゐたのだ。けれど、恋しい恋しい杢助さまの娘だと思つて、今まで可愛がつてやれば増長しよつて、大それた事を企むとは、言語道断な大悪党ではないか。それほどお前さまが親切さうに云ふのなら、何故私があの犬畜生に引張られてゐた時に助けに来なかつたのだ。お前は仮令名義上から云つても私の娘ぢやないか。チツと位誠があれば義理人情も弁へて居る筈だ。イル、イク、サールのやうな訳の分らぬヤンチヤでさへも、マサカの時は私を助けに来たぢやないか。それに何事ぢやい。ヌツケリコと、現在母の私を大怪我さした楓の阿魔を自分の部屋に引張り込み、気楽さうに私を○○しよう等と、大それた陰謀を企てて居つたぢやないか。エー、グヅグヅしておればお前達にしてやられるかも知れぬ、先んずれば人を制すだ。覚悟なされ』
と言ひながら棍棒を打振り、初稚姫を打伸めさうとする一刹那、俄に駆け込んで来たスマートは「ワン」と一声、高姫の裾を喰はへてまたもや後へ引倒した。初稚姫はスマートに向ひ、
『これ、お前、何と云ふ乱暴の事をなさるのだい。早くお放しなさらぬか』
とたしなめた。スマートはビリビリと腹立たしさうに震うてゐた。けれども主人の命令には背き難く、素直にパツと裾を放した。高姫はツと立上り、棕櫚箒を以てスマートの頭をガンと殴つた。スマートは怒つて飛びつかうとするのを初稚姫は「これ」と一声かくれば、スマートは残念さうにして俯向いてしまつた。
『これ、スマートや、決してお母さまに対し、嚇かしちやなりませぬよ。しかしお前は賢い犬だから、お母さまを引きずつて行つても、何処も咬まなかつた事だけは偉かつたね』
と頭や首を撫でスマートの心を和めて居る。高姫は声荒らげて、
『エー、汚らわしい初、楓の阿魔、ド畜生をつれて、其方行つてくれ。グヅグヅしてゐると義理天上は死物狂だ。どんな事を致すか知りませぬぞや』
と殆ど発狂の態である。初稚姫は余り怒らしては却つて気の毒と思ひ言葉優しく両手をついて、
『お母さま、えらい済まない事でござりました。左様なれば仰せに従ひ、彼方に控へてゐますから、御用がござりますればどうぞお手をお打ち下さいませ』
『ヘン、そんな、諂ひ言葉を喰ふやうな私ぢやござりませぬわいの。さアさア早く珍彦さまの処へでも行つて、シツポリと高姫征伐の相談会でも開いたがよいわいのう。シーツ シーツ シーツこん畜生』
と云ひながら歯の脱けた口から啖唾を吐きかけ、箒を振り廻し、掃出さうとした。
 初稚姫、楓はスマートと共に、
『御免なさいませ』
と云ひ捨て、匆々にこの場を辞し珍彦の館をさして出でて行く。
 後に高姫は無念の歯をかみしめ、虎狼の如き蛮声を張上げて、
『エー、ザ残念や、口惜しやな。悪神共の計略にかかり、肝腎の杢助様は怪我を遊ばし何処かへお出でになり、この義理天上は神の生宮と云ひながら、珍彦の魔法使のために目をこつかれ、腰を挫かれ、その上あんな楓のやうな阿魔ツチヨに投げつけられ、ドン畜生には引きずられ、実にこれが黙つて辛抱が出来ようか』
と云ひながら火鉢を投げつけ、戸棚の膳椀鉢等を引つ張り出しては戸外へ投げつけ、「ガタンビシヤン、ガチヤガチヤ」と神楽舞を遺憾なく演じ終り、再び座敷の中央にドツカと坐り、首を上下左右に振り、泣きしやくつてゐる。忽ち高姫の腹中より、
『ワツハハハハハ、俺は初稚姫の守護神だ。初稚姫に頼まれてこの肉体を亡ぼすべく入り込んだのだぞよ。もう一人は楓の守護神だ。何と小気味のよいことだわいのう、ウフフフフフ』
とひとりでに笑ひ出した。しかしこの声は決して初稚姫に頼まれて這入つた守護神でもない、また楓の守護神でもなかつた。依然として高姫の体内に潜居してゐる悪狐の声である。されど高姫は全く両人が高姫の肉体を亡ぼすべく、吾肉体に隙を窺うて侵入して来たものと思うてゐるから堪らない。これから両人を憎む事蛇蝎の如く、隙さへあれば両人を懲してやらねばおかぬと決心したのである。凡て悪霊が人を傷つけまた人を苦しましめむとする時は、右の如き手段を採るものである。例へば大本教を破壊せむとする悪霊は、ある社会的勢力を有する人間の体内にソツと入り、内部より大本教に対する悪口を囁き、之等の手によつて破壊せむとするものも魔の中には沢山あるのである。また稍小なる魔に至つては病人の体に入り込み「この方は大本から頼まれてその方の命を取りに来たものだ」等と口走り、名を悪くせむと企むものである。かくの如き悪魔は何時の世にも頻々として現はれ来るものである。故に役員たり信者たりするものは、充分に霊界の消息に通じ、彼等の詐言に迷はされてはならぬのである。
 さて高姫は自分の腹を例の如く握り拳で三つ四つ打叩きながら、狂乱の如く怒りの声を張り上げて、
『こりや、悪神の張本、初稚姫、楓姫の生霊奴、何と心得てる。そんな事に往生致す常世姫の身魂、義理天上日出神の生宮ではないぞよ。サアその方は企みの次第を逐一白状致せばよし、致さぬにおいてはこの方にも了簡があるぞよ。どうだ、返答致せ』
と喚き立てる。腹中より、
『はい、真に済まない事を致しました。私は初稚姫の生霊でござります。そしても一人は楓姫の生霊でござります。どうかして吾々二人が力を協せ、日出神の生宮を亡ぼしてやらうと企んで這入りました。しかしながら貴女の御神徳があまり強いので、どうする事も出来ませぬ。ああ苦しい苦しい許して下さいませな許して下さいませな』
と初稚姫、楓姫の声色を使つて腹の中から詫び出した。しかしその実は依然として、もとの兇霊の言葉であり、その兇霊が初稚姫の威光に畏れ、何とかして高姫の肉体と喧嘩をさせ、ここを両人とも追ひ出し、悠々閑々として高姫の体内に棲み、わが目的を達せむと企んだのである。高姫はこれを聞くより、
『うん、よし、悪逆無道の四足身魂、了簡ならぬ』
と喚きながら棍棒を小脇に掻い込み、珍彦の館をさして阿修羅王の荒れたる如き勢凄じく、火焔の熱を吐きながら頭髪を逆立て進み行く。初稚姫、楓の二人はヒソビソと話をしてゐた。そこへ高姫は現はれ来り、
『悪逆無道の四足、思ひ知れ』
と樫の棍棒を真向にふり翳し、今や打下さむとする一刹那、何処ともなくスマートは宙を駆りて飛んで来り、強力に任せて高姫をトンとその場に押倒した。高姫はこの猛犬を見て怖気づき、細くなつて再びわが居間に逃げ帰り、中から戸障子に突張りをして、夜具をひつ被つて震へてゐた。スマートは高姫の後を追つ駆け来り、戸の外に足掻きをしながら、
『ウーウ ウーウ、ワウワウワウ』
と頻りに呻り立ててゐる。高姫も体内の悪霊もこの声に縮み上り、小さくなつて梢に残つた柴栗のやうに固まつて震うてゐる。

(大正一二・一・二一 旧一一・一二・五 北村隆光録)



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