出口王仁三郎 文献検索

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物語50-3-101923/01真善美愛丑 据置貯金王仁三郎参照文献検索
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第一〇章 据置貯金〔一三〇四〕

 祠の森には誰云ふとなく獅子、虎両性の怪物が現はれ、人間に化けてゐる。その人間が祠の森の主管者だから、ウツカリ詣らうものなら喰はれてしまふと云ふ評判がパツと立つた。それ故気の弱い連中は忽ち恐怖心にかられて、ここ二三日は誰も寄りつかなかつた。受付も事務室も極めて閑散である。ただ相変らず忙しいのは珍彦の神司のみである。珍彦は至誠神に仕へ、参拝者の有無に拘はらず、朝と晩とのお給仕を忠実にやつてゐる。イル、イク、サール、ハル、テルの五人は、受付も事務室もほつたらかしにして、瓢と鯣などを携へ、祠の森の最も風景佳き日当りのよい場所を選んで、頻りに酒を飲み始めた。
イク『オイ、御連中、何とまア祠の森も淋しくなつたぢやないか。エー、杢助さまが怪我をしたとか云つて踪跡をくらまし、あの悪たれ婆さまの義理天上さまは杉の木へ天上して顛倒し、腰骨をしたたか打ち、梟鳥の奴に両眼をこつかれて顔面膨れ上り、丸でお化のやうになつてしまつたぢやないか。あんまり嫌らしくなつてこの神聖なお館も妖怪窟のやうな心持になつて来て、ジツクリとして居られないぢやないか。酒でも飲んで元気をつけなくちやアやりきれないからな。おいイル、貴様は義理天上さまのお世話をして居たぢやないか。随分気分が悪かつただらうな』
『何、そんな事に屁古垂れるイルさまぢやないわ。世の中は善悪相混じ美醜互に相交はると云ふからな。一方には醜の醜、悪の悪なる義理天上さまの生宮の顔を見ながら、また一方には善の善、美の美なる天女のやうな初稚姫様の紅顔麗容を拝してゐるのだから、相当に調和がとれるよ。美しいものばかり見てゐると、何時の間にか瞳孔の奴、増長しやがつて美しいものも美しうないやうになるものだが、何と云つても極端な妖怪的醜面とまた極端な芙蓉の顔月の眉、雪の肌、日月の眼、花の姿の初稚姫様を見返つた時にはその反動力とでも云はうか、その美は益々美に見え善は益々善と映ずるのだ。それだから辛抱が出来たものだよ。いや結句、辛抱どころか、得も云はれぬ歓喜悦楽の気分が漂ふのだ。イツヒヒヒヒヒ』
サール『おい、イル、それほど高姫さまの側が結構なら、何故朝から晩までくつついてゐないのだ。俺等のやうな醜面の処へ来て、口賤しい酒を喰はなくても、初稚姫様の顔を見て恍惚として心魂を蕩かし、酔うてゐたらいいぢやないか』
『それもさうぢやが、初稚姫様が「あたえ、一人でお世話を致しますから、イルさまはどうぞ休んで頂戴ね、また御用がござりましたらお願ひ致しますから」と、それはそれは同情のこもつたこのイルさまに……ヘヘヘヘヘ、一寸細い目を向けて優しい声でおつしやるのだもの、なんぼ頑固の俺だとて、君命もだし難く退却仕ると云ふことになつて、しばらく差控へてゐるのだ』
テル『ハハハハハ、馬鹿だな。本当に貴様はお目出度い奴だよ。態よい辞令で肱鉄をかまされよつたのだ。貴様の面を水鏡で一寸見て見よ、薩張顔の詰がぬけてしまつてるぢやないか』
『ナーニ吐しやがるのだい。唐変木の貴様等に分つて堪るものかい。初稚姫様と俺との関係を貴様知つてるのか。以心伝心、不言不語の間において万世不易の愛的連鎖が結ばれてあるのだ。誠に済みませぬな、エツヘヘヘヘヘ。エー、涎の奴、イルさまの許可も無くして勝手気儘に出ると云ふ事があるかい。何程俺がデレルと云うても、貴様までが勝手にデレルとはチツト越権だぞ。ウツフフフフフ』
と云ひながら牛のやうな粘液性に富んだ細い涎を手繰つてゐる。
テル『ハハハハハ、夢でも見てゐやがつたな。貴様と姫様との関係と云ふのは、ただ主と僕との関係だ。到底夫婦なんぞと、そんな事は柄にないわ』
イル『実の所は、初稚姫様の美貌を幻になつて眺めてゐたものだから、義理天上さまの命令も耳に這入らず、ポカンとして居つた所を、高姫の奴目も見えない癖に、ポカンとやりやがつたのだ』
『愈三段目になつて来たな。さア一杯グツと飲んで、正念場を聞かして貰はうかい』
『酒の一杯や二杯では、神秘の鍵は渡す事は出来ないわ。この上話して聞かした処で、下根のお前等、所謂八衢人間には到底解し得ないから、まア云はぬが花として筐底深く秘めて置かう。開けて口惜しき玉手箱でなくて、ぶちあけて嬉しい玉手箱、折角握つた運命の鍵を貴様等に占領されちやア、折角の苦心が水泡に帰するからな』
『おい、そんな出し惜しみをするものぢやない。その先の一寸小意気な所を窺かしてくれないかい。刀の鑑定人は、チツトばかり砥石でといで窓をあけ、柄元の匂ひを見れば、直にその名刀たり或は鈍刀たる事を知る如く、このテルさまは名の如く、心の底までよくテルさまだからな』
『実の所は、その先は余りで云ふに忍びないのだ』
『忍びないとは何だ、ヤツパリやり損ねたのだな。玉茸を採り損なつて梟の宵企みに目玉をこつかれた口だらう。ウフフフフフ』
『秘密にしてくれたら言つてやるが、お前等四人は一生涯他言はせぬと云ふ誓ひをするか。さうすれば一部分位はお祝に表示してやらぬ事もない』
 四人声を揃へて、
『よし誓つた。誓つた以上は大丈夫だからね』
『それなら云つてやらう。初稚姫さまが、それはそれは何とも知れぬ情緒のこもつたお声で、柔かい細いお手々を出して、「これイルさまえ、お前もお母さまのお世話をして下さるので、さぞお疲れでせう。どうぞコーヒーなつと一杯お飲り下さいませ」……ヘヘヘヘヘなーんておつしやつて、それはそれは情のこもつた笑を湛へて注いで下さるのだ。それから頭脳鋭敏の某、チヤーンと相手方の心の底まで見てとり、例の軍隊式で身体をキチンと整理し、コーヒーを左手に一寸持ち、貴様等が酒を飲むやうなしだらない事はなさらないな。第一姿勢を正しうし、気を付け「一、二、三」と、かう空中に角度を描いて、わが口中へ徐に注入した。さア、さうすると流石の初稚姫さまも堪へきれないやうな笑を洩して、「ホホホホホ」と鶯のさね渡りのやうな美声妙音を放つて笑ひ遊ばしたのだ。さうすると一方に控へて居る義理天上の怪物奴、目が見えないものだから初稚姫様に喰つてかかり「これ初稚、お前はこれほど親が苦しんでゐるのに、何面白さうに笑ふのだい。小気味がよいのかい」等と意地苦根の悪い、あの優しいお姫さまに毒ついてゐるのだ。憎いの何のと、この時こそは愛人のために敵を討つてお目にかけむと奮然として立上り、高姫の横つ面目がけて骨も挫けよとばかり「ウーン」と叩いたと思へば火鉢の角だつた、アハハハハ。よくよく見れば指から血が滲んでゐる。そこで「痛い」と云はむとせしが待てしばしだ。それはそれ、初稚姫様が監視してござるだらう。千軍万馬の中を命を的に勇往邁進し、砲煙弾雨を物ともしない軍人の某、マサカ弱音を吹く訳にも行かず、痛さうな顔も出来ないのだから随分我慢したね。さうすると、またもや初稚姫様が梅花の唇を開いて、鶯でも囀つてゐるやうに「ホホホホホ」と笑ひ声をお洩し遊ばしたのだ。そこでこのイルさまが「これはしたり、初稚姫殿」とやつたね』
テル『うーん面白いね。談益々佳境に入りけりだ。謹聴々々』
『さうすると初稚姫様がおつしやるのに「あのまあイルさまの勇壮なお顔、口をへの字に結び眉間にまで皺を寄せてござるお姿は、ビリケンの化相した山門の仁王さま見たやうだわ」とおつしやるのだ、エヘヘヘヘヘ。ここに初めて某のヒーロー豪傑たる真相を認められたと思つた時の嬉しさ、勇ましさ、イヤ早形容すべき言語もない位だつた』
サール『馬鹿、貴様、馬鹿にしられ居つてそれが嬉しいのか。恋に恍けた奴の目には、何でもかんでも愛に映ずるのだから堪らぬのだ。本当に此奴は睾玉を落して来よつたのだよ』
『こりや、サール、黙つて聞かう。聴講者の妨害となるのを知らぬか。あまり騒擾致すと会堂外へ退去を命ずるぞ』
『ヘヘヘヘヘ、あーあ、あーあ、化物屋敷ぢやないが、アークビが出るわい』
テル『おい、イル公、サールなどに構はずドシドシと長口舌を運転さしてくれ。機関の油がきれたらまたこのアルコールをグツと注してやるからな』
『竹林の七賢人でなくて、森林の四賢一愚人がここに集まつて林間酒を暖めながら、田原峠の実戦の状況を実地に臨んだその勇士から聞くのだから、随分勇壮なものだぞ。謹んで聞かないと、再び斯様な面白き趣味津々たるローマンスは一生涯聞く事は出来ないぞ』
『うん、さうだろ さうだろ。これからが正念場だ』
と捻鉢巻をしながら肱を張り、自分がやつたやうな気で二足三足前へニジリ寄り、咬み犬のやうな顔をしてイルの顔をグツと見上げてゐる。イルは演説口調になつて、四辺の木の幹に片手を支へ、右の手を腰の辺りに置き、稍反身になつて喋々と虚実交々取りまぜて、講談師気分で喋り始めた。
『さて、前席に引続きまして御静聴を煩はしまする。愈祠の森、高姫の段、三五教にその人ありと聞えたるイルの勇将に、一方は古今無双のナイス、初稚姫との面白き物語でござります。そこへ勇猛なる義犬スマートをあしらつた物語でござりますれば、益々佳境に入り、お臍の宿替は申すに及ばず、睾玉の洋行致さないやう、十二分の御注意を払はれむ事を希望する次第であります』
ハル『おい、そんな長口上はどうでもいいわ。早く本問題に移らないか』
『お客様の仰せ、御尤もには候へど、今申したのは今夕の添物と致しまして、愈本問題に差しかかりまする』
テル『おい、最前のやうに坐つて酒を飲みながらやつてくれないか。何だか学術講演会へ出席してるやうな気がして、酒を飲んでる気分がせないわ』
『御註文とあれば仰せに従ひ、それでは一寸天降りを致し、光を和らげ塵に同はつて、下賤の人物と共に兄弟の如く、朋友の如く、打解けて御相談を致しませう。ハハハハハ』
と云ひながらドスンと腰を卸した拍子に、細い木の角杭の削ぎ口が槍のやうに劣つて居るその上に尻を下ろしたのだから堪らない。忽ちブスツと肛門に突入し、恰も粉ひき臼の上臼のやうになつてしまつた。
『アイタタタ、しかし丸いものと云ふものは誰でも狙ふものと見えるわい。木の株までが俺の尻を狙つて居やがる。何程株が流行る世の中でも、この株ばつかりは御免だ。しかし節季になつて尻拭ひが出来ぬと困るから、今の内に倹約して此処にチヤンと据置貯金だ。イヒヒヒヒヒ』
と少しばかり肛門を破り血をたらしながら、ズブ六に酔うて居るので、そんな事に頓着なく滔々として弁じ始めた。
『さて、初稚姫様のお顔が目にちらつき、日が暮れても、寝ても起きても、雪隠の中にでも俺の目の前に現はれるのだ。何とまアよく初稚姫さまも惚れたものだな。何処に行つてもついて来てゐる。据膳喰はぬは男でないと思ひ、轟く胸をグツと抑へ、勇気を鼓してその優しい手をグツと握つた途端に、「ウー、ワンワン」と云つて俺の耳たぼに噛振りつき、これ、この通り傷をさせよつたのだ』
テル『何と顔にも似合はぬ恐ろしい女だな』
『何、姫様だと思つたら猛犬の手を力一杯握つたものだから、畜生吃驚して喰ひつきよつたのだ、アハハハハハ』
サール『何だ。大方、そこらが落ちだと思つてゐたのだ。貴様は一霊四魂の活動が不完全だから、そんな頓馬な事ばかりやりよるのだ。チツと霊学の研究でもしたらどうだい、男爵様が気をつけるぞや』
『ヘン、男爵、馬鹿にするない。貴様は首陀の生れぢやないか』
『男が酌をして飲むのが男爵だ。私が勝手に酌をして飲むのが私爵だ。小酌な事を申すと承知致さぬぞ』
『俺は酒を飲んで口から嘔吐と一緒に吐いたから吐く酌様だ。吐く酌として余裕ある一丈七尺の男子だからな』
『ヘン、一丈七尺なんて七尺にも足らぬ小男奴、偉さうに云ふない』
『八尺と九尺とよせて八九尺だ。一丈七尺と云つたのが何処が算盤が違ふのだ。何と粗雑な頭脳の持主だな。一霊四魂がどうだのかうだのと、偉さうに云ふない。それほど偉さうに云ふのなら、一つ解釈して見よ』
『貴様のやうな木耳耳には聞かしてやるのは惜しけれど、俺が無学者と思はれちや片腹痛い。云ひがかり上、男子として説明の労を与へないのも、学者の估券を傷付くる事になるから、一つはりこんで教訓してやらう。エヘン、抑々一霊四魂と云ふのは、直霊、荒魂、奇魂、幸魂、和魂を云ふのだ。さうして荒魂は勇なり、幸魂は愛なり、奇魂は智なり、和魂は親なり、分つたか、随分よく学理に明るいものだらう』
『勇とは何だ。勇の説明をせぬかい』
『マ男を即ち勇者と云ふのだ。どうだ、分つたか。それから親の講釈だ。親と云ふ事は親と云ふ字だ。辛い目を八度見せるのを親と云ふのだ。それから愛だ。どんな事でも有利なものであつたならば喉を鳴らして受ける心、これを愛と云ふ。ヘン、また日々貴様のやうに口で失策する奴を智と云ふのだ。十目一様に見るのを直霊の直といふのだ。何といつてもサールさまだらう。俺の知識には、誰一人天下に手をサールものがないのだから、サールさまと申すのだ、エヘン』
テル『成程、妙々、如何にもよく徹底した。文字と云ふものは感心な意味を含んだものだね』
 かく話す折しも楓は森の彼方より、
『イルさま、皆さま、早う帰つて下さい』
とありきりの声を出して呼ばはつた。
 五人は取る物も取り敢へず、バタバタと事務所をさして帰り行く。

(大正一二・一・二一 旧一一・一二・五 北村隆光録)



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