出口王仁三郎 文献検索

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物語50-2-91923/01真善美愛丑 真理方便王仁三郎参照文献検索
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第九章 真理方便〔一三〇三〕

 高姫は初稚姫の帰り来る足音を聞き付け、待ち遠しげに、
『初稚さま……ではないかな』
 初稚姫は、
『ハイ』
と答へ、スツと障子をあけ、見れば高姫は顔面全部、干瓢のやうにふくれ上り、どこが目だか鼻だか判別し難きまでに相好変じ、丸つきり妖怪の如くであつた。しかして腫れた目は額の方に転宅し、鼻は無遠慮に霊衣の外に突出し、恰も雲を帯にした山容の正しからざる高山のやうに見えてゐる。唇は夜着の裾のやうに厚くふくれ上り、半ば爛熟した熟柿のやうに薄つぺらい皮膚が厭らしう、赤く且紫を帯びて幽かに光つてゐる。初稚姫はハツと驚き、早速に言葉も出なかつた。しかして心に思ふやう……ああ何とした恐ろしい顔だらう、丸で地獄に棲んでゐる怪物のやうだ。高姫さまの内的生涯の発露かも分らない。否々これが事実だ、ホンに不愍なものだなア。何とかして早く助けて上げねばならないが、何と云つても罪業の深い方だから……と心に囁きながら、キチンと足駄を上り口に向ふむけに揃へて、ハンケチにてポンポンと塵うち払ひ、静に高姫の側に寄り添ひながら、さも同情ある声にて、
『お母さま、大変なお怪我をなさいましたね。私が力一杯介抱をさして頂きますから、どうぞ御安心して下さいませ』
と云ひつつ、何時の間に来たのかと訝かりながら、スマートの頭を撫でてゐる。スマートは嬉しげに、尾を打振り、座敷をキリキリと廻り始めた。
 高姫は歪んだ口の横の方から、半ば破損した鞴のやうな鼻声交りの声で、
『ハイ御親切に有難うございます。そして杢助さまはまだ帰つてござらぬかな。御病気の具合はチツとよろしいかな。折も折とて二人の親が、一時にこの通り大怪我をしたのだから、お前もさぞ心配だらう。偉いお骨を折らします』
 初稚姫は、杢助が居なかつたと言へば、高姫が大変に失望落胆するだらう、目が見えないのを幸ひ、ここは何とか気休めを言つておかねばなるまいと決心し、
『ハイ、お父さまは谷川の側に休んでゐられましたが、私がそこへ参りまして……お父さまお父さま……と声をかけようとすれば、ムツクと起上り、さも愉快相な顔をして、……ああお前は初稚姫か、ようマア来てくれた。わしは思はぬ怪我をして、こんな不細工な顔をお前に見らるるのは、親として本当に恥かしい。顔は瓢のやうにふくれ上り、目鼻口の位置も、俄の地異転変で生れてから行つた事もない地方へ転宅し、口も鼻も殆ど塞がつてかやうな鼻声より出はせぬが、しかしながらようマア来て下さつた……と親が子に手を合して拝むのですよ』
『ああさうだつたかな、それは何よりも結構なことだ。杢助さまも余り我が強いので、見せしめのために神界から怪我をさせなさつたのだろ。これでチツとは優しうお成りなさるだらうから、夫婦が病気全快の上は層一層御神業に、家内和合して尽すことが出来るでせう、ああ惟神霊幸倍坐世』
『お母さま、お塩梅はどうでございますか、御気分に障るでせうな』
『ナアニこれしきの怪我に気分が悪いの、どうのと云ふやうなことではないが、チツとばかり目が見えにくいので、不便を感ずること一通りでございませぬ。しかしながら神様のお蔭でホンノリとそこらが見えるやうだ。この塩梅なれば、やがて全快するでせう』
『どうぞ、何でも早く癒つて頂きたいものでございますな、何といふ私は運の悪いものでせう。お父さまといひ、折角仁慈深きお母さまが出来て、ヤレ嬉しやと喜ぶ間もなく、かやうなキツイお怪我を遊ばし、これがどうして忍ばれませうか。身も世もあられぬ思ひが致します』
『どうもお前さまの御親切、仮令死んでも忘れませぬぞや。しかしながら私はかうして結構な畳の上に坐り、暖かい火鉢の前に手をあぶりもつて養生をさして戴いてゐるが、杢助さまは草の上に横たはつてござるのだから、どうしても私の心が治まりませぬ。どうぞ初稚さま、珍彦さまに言ひつけて杢助さまをここへ担いで来て下さいな』
『左様でございますな。私が何程お勧め致しましても、中々容易に帰らうとは致しませぬ。ヤツパリ、スマートが怖いとみえます』
『杢助さまは決して犬が怖いのではない、犬がお嫌ひなのだよ』
『怖いものは、つひ嫌ひになるものですからなア、しかしお母さまの仰せに従ひ、これから珍彦さまに頼んで来ませう』
『ああどうぞさうして下さい。夫婦枕を並べて養生をさして頂けば、こんな結構な事はありませぬわ』
『それなら、頑固な父でございますけれど、娘の私が行つても聞きませぬから、珍彦さまに御願申して、此処へ帰つて来るやうにして貰ひませう。さうすれば私が御両親の真中にすわつて、御介抱を申上げますわねえ。夜分に寝る時は、お二人さまの中に挟まつて川と云ふ字に寝ませうね。しかしお母アさま、私が此処を出て行きますとお一人になりますが、どう致しませうか』
『さうだなア、誰か呼んで貰ひたいものだ』
『ヘー、何ぞ御用でございますか』
とイルは初稚姫の顔がみたさに、呼びもせぬ先に、慌てて襖をスツと開き、次の間からニユツと首をつき出した。
『アレまア、イルさま、私、余り突然なので、ビツクリしたのよ』
『ハイ、別にビツクリ遊ばすには及ばぬぢやございませぬか。目元涼しく鼻筋通り、口元の締つた軍人上りのこのイルですもの。高姫さまのやうな、そんなボテ南瓜みたやうな、化物じみたお顔を御覧になるよりも、イルの顔を御覧になつた方が余程御愉快でせう、エヘヘヘヘヘ』
『陀羅尼助を嘗めた後で三盆白をなめると、いいかげんに調和の取れるものですからね』
『コレ、お前はイルぢやないか。わしの顔を化物と言うたな、そして大事の大事の娘に、この親の許しも受けずに、若い者が言葉をかはすといふ事があるものかいなア。未来の聖人が言はしやつただろ……男女七歳にして席を同じうせず……とかや、しかるに何ぞや、呼びもせないのに、ヌツケリと若い者の居間へやつて来るとは、何かこれには訳がなくてはならぬ。お前は大方初稚にスヰートハートしてゐるのだろ。杢助さまや私が病気だと思つて、娘に無体な事でも言はうものなら、承知しませぬぞや』
『メツソーな、誰が左様な事考へて居りますものか。そんな下劣な人格者だと思つて貰ひましては、エヘヘヘヘ聊かこのイルも迷惑千万でございますよ。実の所は、イク、サール、ハル、テルの奴、余り剛情な婆アさまだから構うてやるな、放つとけ放つとけと云つて、廊下を走つて表へ行つてしまひました。それにも拘らず、拙者は貴女のお目が不自由なと存じ次の間に控へて、御用があらば早速の間に合ふやうと、此処に行儀よく控へて居つたのです。お目が見えぬのでお疑ひも無理とは申しませぬが、さう安い人間と見られちや、イルの男前が下りますからなア』
『どないでも理屈はつくものだ。口といふものは調法なものだから、鷺を烏と、烏を鷺と言ひくるめるのは現代人の特色だ。お前さまのいふ事を強ち否定するのではないけれど、マア十分の一位認めておきませうかな』
『認めるとおつしやつても、そんな目で分りますかな』
『イルさま、お母アさまは御病気なのだから、どうぞ揶揄つて、お気を揉ませないやうにして下さいねえ』
『ハイ、承知致しました。外ならぬ貴女のお言葉でございますから、一も二もなく服従致します。しかしながら初稚姫様、貴女本当にこの高姫さまを、お母アさまと思つてござるのですか』
『さうですとも、父の世話をして下さる高姫さまだもの、お母アさまに間違ひありませぬワ』
『ヘーエツ、何とマア気のよいお方ですな。ヤツパリ、姿のいい人は心まで美しいかな。ヤもう実に感心致しました。私もこれから貴女の真心に倣ひまして、どつかで親を捜して、孝行してみたいものでございます。そして天下一の孝行者と名を揚げたいものでございます』
『貴方は孝行を世間に知られたいと思ひますか、それでは真の孝ぢやありますまい。自己を広告するための手段でせう。要するに自己愛で、偽善者の好んで行ふべき手段でございますよ。真の孝行は決して人に知らるる事を望むものぢやありませぬ。本当に心の底からこもつた情愛でなければ、到底行へるものぢやございませぬ』
『成程、イヤもうズンと合点が参りました。しかし初稚姫様、貴女は杢助様に対する場合と、高姫様に対する場合とは、愛の情動において幾分かの相違があるでせうなア』
『さうでございます。何程高姫様を本当のお母ア様だと思つても、ヤツパリ肉身の父に対する時の方が、何とはなしに愛情が深いやうな心持が致します』
『成程、貴女は正直なお方だ。世間の奴は自分の親より義理の親が大切だと、心にもない詐りをいひ、また世間の継母は、義理の子だから吾子よりも大切にしなくてはならぬ、何だか知らぬがこの子は自分の生んだ子よりも可愛て仕方がないなどと、人前で言ひながら、蔭へまはつて、抓つたり叩いたり虐待するものですが、貴女は実に天真爛漫虚偽もなく一点の陰影もなき水晶玉の大聖人でございます。私も今日まで随分沢山の人につき合つて来ましたが、貴女のやうな方は、未だ一度も会つたことはございませぬ。本当に神様でございますなア』
と切りに感歎の声を漏らしてゐる。
『イルさま、お母さまが大変お急きになつてゐるのだから、御心の休まるやうに、早くお父さまを呼んで来て下さいませ。珍彦さまにお頼み申せば、キツとそのやうに取計らつて下さるでせう』
 イルは、
『ハイ、承知致しました』
と表へ駆け出した。
『コレ初稚さまや、何だかガサガサと騒がしい音がするぢやありませぬか、誰かまた貴女の美貌に心をとろかし、悪性男がガサガサと、昼這にでも来てゐるのぢやあるまいかな。偉う不思議な音が致しますぞや』
『別に何も居りませぬが、大方お母さまのお頭が痛むので、さうお感じ遊ばすのでせう』
『ああさう聞けばさうかも知れませぬ。何分頭を金槌でこつかれるほど痛く感ずるのだからなア』
『お母さま、少し按摩をさして戴きませうか』
『イヤどうぞお構ひ下さいますな。何と云つても、血肉を分けた親の方が、愛情の程度が違ふさうですからなア』
と意地悪いことを姑流にほざき出した。
『余り正直な事を申しまして、お気を揉ませましたねえ。しかしこの初稚は、決して薄情な女でございませぬから、さうおつしやらずに按摩をさして下さいませな』
 高姫は一寸すねたやうな口吻で、体の自由も利かぬ癖に、ろくに舌もまはらない口から、
『ハイ、有難う、何れまたお頼み申します。まだお前さまに撫でて貰ふ所まで耄碌はしてゐないのだから、御縁があつたら頼みますワ。イ、ヒ、ヒ、ヒ』
『お母アさま、どうぞ立腹して下さいますなや。何分年が行かないものですから、お気にさはる事を申しまして……どうぞ神直日大直日に見直し聞直し下さいませ』
『かくしても隠されぬのは心の色、言霊にチヤンと現はれて居りますぞや。ああああ、ヤツパリ自分の腹を痛めた子でなうては気が術無うて、お世話になる訳には行かないワ、虚偽と阿諛諂侫の流行する世の中だから、何程キレイなシヤツ面をして居つても、心は豺狼に等しき人物ばかりだ』
と妙に当てこすり、焼糞になり、悪垂口を叩き始めた。初稚姫は真心より高姫の境遇を憐れみ、何とかして霊肉共に完全に助けてやりたいものと思ふより外に何もなかつたのである。そして病気中は成るべく気を揉ませないやう、腹を立てさせないやう、能ふ限りの慰安を与へたいものと真心に念じてゐたのである。されど根性のひがみ切つた高姫は、初稚姫の親切を汲み取る事は出来なかつた。初稚姫はイルに質問された時、高姫の喜ぶやうに言葉を飾つて、一時なりとも、安心させたいと、瞬間に心に閃いたけれども、見えすいた嘘を云ふことは到底初稚姫には出来なかつた。苟くも宣伝使たるものが、心にもなき飾り言葉を用ふる事は出来ない。それ故正直に愛の程度に関し、少しばかり差等のある事を言つて聞かしたのが、無理解な高姫に恨まるる種となつたのは是非もない事である。それだと云つて、初稚姫も高姫を改心させるためにはその時相応の方便を使つて居たことは前記の物語によつても散見する所である。しかし教義を説く時においては、初稚姫は儼然として一歩も仮借せないのである。すべて真理といふものは磐石の如く鉄棒の如く、屈曲自在ならしむるを得ざるが故である。もし宣伝使にして真理までも曲げて方便を乱用せむか、忽ち霊界及び現界の秩序は茲に紊乱し、神の神格を破壊する事を恐るるが故である。ああ惟神霊幸倍坐世。

(大正一二・一・二一 旧一一・一二・五 松村真澄録)



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