出口王仁三郎 文献検索

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物語50-2-61923/01真善美愛丑 玉茸王仁三郎参照文献検索
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第六章 玉茸〔一三〇〇〕

 高姫は祠の森を隈なく探ね廻つた。漸く草むらの中にウンウンと呻きながら眠つてゐる杢助の姿を眺め、
『これ、杢助さま、サア帰りませう。こんな処に横たはつてゐてお風邪を召したら大変ですよ。サア私と一緒に帰らうぢやありませぬか』
『さう八釜しう云つてくれな。俺はチツとばかり頭が痛いのだから、自然のお土に親しんでしばらく此処で休んで帰るから、お前は彼方へ行つて休んだがよからうぞ』
『これ杢助さま、何と云ふ水臭い事をおつしやるのだい。二世を契つた夫婦の仲ぢやありませぬか。夫の難儀は妻の難儀、妻の喜びは夫の喜び、何処までも苦楽を共にしようと契つた仲ぢやありませぬか。そんな遠慮はチツとも要りませぬ。さアどうぞ、私が介抱して上げませう』
『いやどうぞ構うてくれな、私の体にどうぞ触らないやうにしてくれ、頼みだから……』
『これ此方の人、お前さまは私が嫌になつたのだな。女房が夫の体に触れない道理が何処にありますか。夫の病気を素知らぬ顔して、女房の身としてこれが放任して居れますか。この高姫は一旦お前さまと夫婦の約束をした上は、仮令この肉体が粉にならうと、何処までも貞節を尽さねばなりませぬ。そんな水臭い事をおつしやるものぢやござりませぬぞや』
『ヤー、決して俺がかう云つたとて、気を悪うしておくれな。またお前が決して嫌だと云ふのでも何でもない。さアどうぞ早く館へ帰つて、万事万端気を付けてくれ』
『それだと云つて、これを見捨てて何ぼ気強い私でも帰られませうか。何なら罹重身倒でも探して来ませうか』
『いや、何にも要らない。そんな結構な物を頂くと、却つて神罰が当るかも知れない。私がかうして怪我をしたのも、全く神様の見せしめだ。神様がお許し下さらば、屹度直して下さるだらう。何程人間が藻掻いた処で仕方がないからのう』
『それなら天津祝詞を奏上して上げませうか』
『いや、それには及ばぬ。かうなり行くのも神様の御都合だ。祝詞なんか奏上ては、却つて畏れ多い。どうぞ頼みだから、館へ帰つてお前は御用をしてくれ。それが何よりの功徳だ。さうすれば、私の怪我もすぐ癒るだらう』
『それなら、鎮魂をして上げませうか。……一二三四……』
と云ひかけると、杢助は慌てて押止め、苦しさうな声を出して、
『高姫、それに及ばぬ。そんな勿体ない事は云はぬやうにしてくれ。却つて私は苦しいから』
『それなら、初稚姫さまを呼んで来ませうか。そして介抱をさせたら貴方の気に入るでせう。到底私のやうな婆アの介抱では、病気がますます重くなりませうからな』
と稍嫉み気味になつて言葉を尖らし始めた。
 この杢助は、その実ハルナの都の大雲山に蟠居せる八岐大蛇の片腕と聞えたる肉体を有する兇霊で、獅子虎両性の妖怪であり、その名を妖幻坊と云ふ大怪物である。妖幻坊はスマートに眉間を噛みつかれ、ここに大苦悶を続けてゐたのである。されど高姫にその正体を看破られむことを恐れて、一時も早く高姫の此処を立去らむ事をのみ望んでゐた。されど高姫は何処までも大切の夫の介抱をせなくてはならぬと思ひつめ、少しも其処を動かうとはせない。妖幻坊の杢助は、人間の形体を負傷の身を以て保持してゐるのは非常な苦痛である。ウツカリするとその正体が現はれさうになつて来たので、声を励まし稍尖り声で、
『これ、高姫、何故そなたは夫の申す事を聞いてくれないのか。お前も高姫と云つて随分剛の者ぢやないか。夫の病気に心をひかれて、肝腎の神様の御用を次ぎに致さうとするのか。そんな不心得のお前なら、もう是非がない。縁を切るから、其方へ行つてくれ』
『杢助さま、お前さまは頭を打つてチツと逆上せてゐるのだらう。さうでなければ、そんな水臭いことをおつしやる筈がない。ああ気の毒な事だな。ああ惟神霊幸倍坐世』
『こりや高姫、私は最前も云うた通り神様の戒めにあつて居るのだから、そんな事はどうぞ云つてくれなと云つたぢやないか。何故夫の言葉をお前は用ひないのか』
『よう、そんな事をおつしやいますな。初稚姫があれだけ大切にしてゐたスマートを私がお父さまの命令だからと云つて千言万語を費し説きつけた処、初稚は到頭私の言ひ条についてスマートに大きな石を五つもかちつけ、頭蓋骨を割り、大変な血を出したので、スマートは、あた気味のよい、キヤンキヤンと悲鳴をあげて逃げてしまひましたよ。大方今頃は河鹿峠の懐谷近辺で倒れて死んでしまつてゐるに違ひありませぬ』
『何、スマートに石をかちつけて初稚姫が帰なしたと云ふのか。ヤー、それは結構だ。持つべきものは子なりけりだな』
『そら、さうでせう。お前さまの目の中へ這入つても痛くないお嬢さまですからな。持つべからざるは女房なりけりと云ふお前さまは水臭い了簡でせうがな』
『もう頭の痛いのにクドクドとそんな事は云つてくれな。また痛みが止まつてから不足なり、何なりと承はらう。それよりも早く宅へ帰つて初稚姫を呼んで来てくれ。そしてお前は人知れず受付の前にある大杉の木へ上つて玉茸と云ふ茸があるから、それをむしつて来てくれないか。それさへあれば私の病気は一遍に治るのだ』
『それなら、ハルかイルに梯子でもかけて取らせませうかな』
『いやいや、これは秘密にせなくては効能が現はれぬのだ。仮令娘の初稚姫にだつて覚られちや無効だぞ。とに角、初稚姫を呼んで来るよりも、お前が早くその玉茸をソツと取つて来てくれないか。夫が女房に手を合して頼むのだから……』
と涙を両眼に垂らして高姫を拝み倒した。高姫はオロオロしながら両眼に涙を浮べ、
『これ、杢助さま、夫が女房に手を合して頼む人が何処の世界にありますかいな。それならこれから玉茸をとつて参ります。どうぞしばらく此処に待つて居て下さい。苦しいでせうけれどな』
『それは御苦労だ。どうぞ怪我をせないやうに、そして人に見付からぬやうに採つて来て下さい。それまでは初稚姫にも何人にも云つてはいけませぬぞ』
『ハイ、何もかも呑込んで居ります。それならこれから取つて来て上げませう。しばらく此処に……ネー杢助さま、貴方も摩利支天様の御身魂だから、これ位の傷にはメツタに往生なさる事はありますまいからな』
『うん、さうだ、大丈夫だよ。お前も夫に対する初めての貞節だから、どうぞ怪我をせないやうにして玉茸の採取を頼むよ』
『ハイ、承知致しました』
と大きな尻をプリンプリンと振りながら、杢助の倒れて居る姿を見返り見返り、チヨコチヨコ走りに受付の前の大杉の木の蔭にソツと身を寄せた。杢助に変化してゐた妖幻坊はヤツと一安心して元の怪物と還元し、一先づ此処を立去らねば、またも人に見付けられては堪へ難き苦痛だと、谷の流れを伝うてガサリガサリと山の尾の上を渡り、向ふ側の日当りのよき窪んだ処に横たはり、四辺に人なきを幸ひ、ウーンウーンと呻き苦しんでゐたのである。
 さて一方の高姫は、森の木蔭に身を忍び、受付の様子を考へてゐると、イルとハルとが火鉢を真中に囲み、何事か「アツハツハハハハアツハツハハハハ」と笑ひながら雪駄直しが大仕事を受取つたやうな態度で、何時動かうともしない。高姫は気が気でならず、
『早く両人何処かへ行つてくれたらよいがな。気の利かぬ奴ばつかりだ。早く玉茸を取つて杢助さまに上げなくちや、あの塩梅では大変傷が深いから本復せぬかも知れない。でも彼奴等に見られちや薬が利かぬのだし、エーぢれつたいことだなア』
と森蔭に地団駄を踏んでゐる。ハル、イルはそんな事も知らず何事か笑ひ興じてゐる。高姫も耳をすましてこの話を聞くより外に取る術はなかつた。大杉の一方に姿の見えないやうに身をかくして聞いて見れば、イルは、
『どうも怪しいものぢやないか。エー、杢助さまだつて耳がペラペラと動くなり、また今度来た初稚姫さまはどうも一通りの人ぢやないやうだし、楓姫さまが素敵な美人だと思つてゐたのに、これはまた幾層倍とも知れないナイスぢやないか』
 ハルは、
『ウン、さうだな、俺達も男と生れた以上は、あんなナイスと仮令一夜でもいいから添うて見たいものだな。しかし初稚姫さまだつて楓姫さまだつて、何れ養子を貰はねばならぬのだから、満更目的の外れる事もあるまい。あんな人になると却つて器量を好まぬものだ。口許のしまつた色の浅黒い男らしい男を好むものだよ。貴様だつて、俺だつて軍人教育を受けとるのだから、何処ともなしに軍人気質が残つて凛々しい処があるなり、一つ体を動かすにも廻れ右、一二三式なり、本当に女の好きさうな男だからな』
『うん、そらさうだ。貴様だつてあまり捨てた男前でもなし、俺だつてさう掃溜に捨てたやうな男前でもなし、婿の候補者には最も適当だ。さうして宗教の変つたものと結婚すれば互にその信仰を異にするが故に、どうしても家庭の円満を欠くと云ふ点から、三五教の信者は三五教の信者と結婚する事になつてゐる。死んでからでも同じ団体の天国へ行かうと思へば、同じ思想、信仰を持つて居なくちや駄目だからな。それ位の事はあんな人になればよく承知してゐるよ』
『エツヘヘヘヘヘ中々以て前途有望だ。これだから三五教は結構だと云ふのだ。何と云つても斎苑の館の素盞嗚尊はイドムの神といつて縁結びの神様だからな。そして金勝要神と云ふ頗る融通の利く粋な神様があつて「添ひたい縁なら添はしてやらう、切りたい縁なら切つてもやるぞよ」と、それはそれは中々話せる神さまだから、俺等には持つて来いだよ』
『それはさうと、イク、サール、テル等が競争場裡に立つて中原の鹿を追ふやうな事はあるまいかな』
『そりや大丈夫だよ。あんなシヤツ面した気の利かない頓馬が、どうして二人のナイスのお気に入るものかね。そんな事ア到底駄目だよ。マア安心したがよからう』
『さうお前のやうに楽観して自惚れてゐる訳にも行くまいぞ』
『何さ、そんな心配は要らぬ。チヤーンと運命が決つてゐるのだ。初稚姫様があの凛々しい犬をつれてござつた時、僕の面をチラツと見てニタツと笑つて居られた。その時は情味津々として溢るるばかりだつたよ。そしてあの涼しい目からピカピカツと電波を送られた時の美しさと云つたら、まるでエンゼルのやうだつたよ。あの目付から考へても、屹度俺に思召があると云ふ事は動かぬ事実だ。アーア、しかしながら気の揉める事だわい』
『こりや、貴様、そんな甘い事があるかい。俺は初稚姫さまぢやなけりや、どんな女房だつて持たないのだ。貴様は楓姫さまが合うたり叶うたりだ。楓姫さまは何時もお前の事を「何と男らしい方だね」と云つてござつたぞ。それに決めておけ』
『馬鹿を云ふない。先取権は俺にあるのだ。そんな虫のいい事は云つてくれなよ』
『馬鹿にするない。屹度俺が初稚姫さまを此方へ靡かして見せようぞ』
『何、俺が見ん事、靡かしてお目にかけよう』
などと何時迄も限りなしに、こんな空想談に耽つてゐる。高姫は気も狂乱せむばかり苛だてども、何時迄待つても動く気遣ひはなし、二人の話は益々佳境に入り、日が暮れても夜通ししても容易に動かぬ様子である。高姫は是非なく裏口にまはり、普請に使つた梯子を引張り出し来り、大杉の受付から見えない方面に立てかけ、太い体をシワシワと梯子を弓の如くしわませながら漸く一の枝へとりつき、蜘蛛の巣にひつかかりながら、杢助の云つた玉茸は何処にあるかと探しまはつた。されど茸らしいものは少しも見当らない。杢助さまが確にこの杉だと云つたのだから、何処かにあるだらうと可成く音のせぬやう、枝から枝へ伝ひ上つて行くと、昼目の見えない梟鳥が丸い目を剥いてとまつてゐた。高姫は余り慌ててゐるので、視覚に変調を来して居たと見え、梟の両眼を見て、
『ほんに玉のやうに丸い茸だ。成程玉茸とはよく云つたものだ』
と小さい声で囁きながら梟の目を一寸撫でた。梟は驚いて無性矢鱈に高姫の光つた目を敵と見做し、尖つた嘴でこついたから堪らない、高姫はズズズズドスン、「キヤツ、イイイイ痛い」と小声に叫んだ。されどイル、ハルの両人は勝手な話に現を抜かし、女房の選択談に火花を散らしてゐたから、杉の大木の根元に落ちて苦しんでゐる高姫の体が目につかなかつたのである。祠の森の群烏は俄に何物に驚いたか、ガアガアと縁起の悪さうな声をして中空を鳴きながら翺翔してゐる。

(大正一二・一・二〇 旧一一・一二・四 北村隆光録)



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