出口王仁三郎 文献検索

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物語50-1-41923/01真善美愛丑 御意犬王仁三郎参照文献検索
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第四章 御意犬〔一二九八〕

初稚姫は高姫の往つた後で、小さい声で、ホホホホホと吹き出さずには居られなかつた。さうして自分の笑ひ声に驚いて小声で独言、
『高姫さまも気の毒なものだなア。さうして金毛九尾の悪狐奴、またもや祠の森に頑張り、斎苑の館の御神業を妨害し、数多の精霊や人民を迷はさうと思つてゐる。その遣方の奸黠さ、憎らしさよ。高姫さまは熱心な人だけれど、常識が足らないから、いつも狂妄に陥り易く、あの通り悪魔の擒となつてしまつたのだなア、どうぞして助けて上げたいけれど、一つ目を醒まさなければ、到底復活の見込はない。肉体をもつて居る獅子、虎両性の妖魅に誑惑され、父の杢助と思つて居るのはほんに気の毒なものだ。高姫さまに憑依して居る金毛九尾の悪狐は、高姫の肉体を通してでなければ現界を見る事が出来ないのだから、あのやうな怪物にだまされて居るのだ。憑霊自身も高姫も、その怪物たる事を知らない。高姫自身は兇霊は認めて居るが、あの怪物の方からは、高姫に憑依して居る金毛九尾の正体は見る事は得ないのだ。つまり妖怪と妖怪とが高姫さまの肉体を隔てて暗中模索的妄動をやつて居るのだ。しかしこれが大神様の水も漏らさぬ御注意の点である。杢助さまに化けた怪物と高姫身内の悪狐とが互に素性を知り合ひ、またその姿を認め得たならば、内外相応じて高姫を愈悪化せしめ、如何なる害毒を天下に流すか知れたものぢやない。ああ有難い神様の思召し』
と感涙に咽んで居る。スマートは初稚姫の膝に頭を横たへ、初稚姫の独言を了解するものの如くであつた。
『これスマートや、お前は行儀の悪い、なぜきちんとお坐りなさらぬのだい』
 スマートは耳をペロペロと動かしながら、まだ起きようともしない。
『ああさうさう、スマートや耐へておくれ。お前さまは足を怪我したのだな、坐りなさいと云つたつて坐れないのは無理はない。これは私が悪かつた、許しておくれ』
とやさしく頭を撫でてやる。スマートは嬉しさうに尾をふつて感謝の意を表するものの如くであつた。
 スマートはムツクと起き、体をプリプリと振りながら、形相凄じく前の足を立てて何物にか飛びつくやうな勢を示した。さうしてウーウーウと小声で唸つて居る。初稚姫はスマートを撫でながら声も優しく、
『これスマートや、何が来たのか知らないが、お前は必ずイキリ立つてはいけませぬよ。私が命令をするまで、どんなものが来ても、決して唸つたり飛びついたりする事はなりませぬぞや。私だつて何もかもよく知つてゐるのだけれど、これには少し訳があるのだから、どうぞおとなしうして居ておくれや』
と諭せば、スマートは首を垂れ尾をふつて承諾の旨を表示した。
『ほんに畜生ながら賢いものだなア。お前は私の家来だよ。私と何処までも一緒について来るのだ。さうして立派な御神業を完成した上は、再び人間と生れ変り、立派な宣伝使となつて世界万民を導き、天国に安楽な生活を送らして頂くやうに忠実に務めるのだよ。ほんにお前は何処ともなしに変つた犬だ。勇猛にして且柔順な理想的なお前は犬だ』
と頻に頭や首を撫で可愛がつて居る。スマートは漸くにして足をかがめ、畳に顋をすりつけ、目を塞いで柔順な態度を示して居る。
『あの杢助と化相した怪物を、スマートがよく看破し、最前も追つ駆けていつて格闘の末、こんな傷を負つて来たのだな、ほんに勇敢なスマートだ』
と激賞して居る折もあれ、例の高姫は静々と帰つて来た。
『アアお母さま、御苦労様でございました。父は居られましたかな』
『ハア、やつとの事でお目にかかつて来ましたよ。杢助さまは森林を逍遥なさる際、藤葛に足を引掛け、岩石に眉間を打ちつけ、大変な傷をなさつて、谷川で傷を洗つて居られました』
 これを聞くよりスマートはまたもやムツクと頭を上げ、ウーウと唸りかけた。初稚姫は慌てて頭を撫でながら、
『これスマート、おとなしくするのだよ。主人の云ふ事を聞きなさいや』
と静になだめながら、
『はてな、怪物はこのスマートに眉間を噛まれたのだな』
と鋭敏の頭脳に直覚した。されど素知らぬ体を装ひ、言葉柔しく満面に笑を湛へながら、
『あのお母さま、お父さまは本当にお危ない事をなさいましたなア。大した事はございませぬか。私、心配でなりませぬわ。そして直に帰つて下さるのですか』
『別に大したお怪我でもありませぬが、中々我の強いお方で、お前さまがお出でだと云つても、容易にお動き遊ばさぬのですよ』
『父は私の事を何と云つて居ましたか、定めて怒つたでせうなア』
『何、初さま、自分の娘が来て居るのに怒る人がありますか。そんな事怒るやうな方だつたら人間ぢやありませぬわ』
『それでも私の父はハルナの都の御用が済むまで、どんな事があつても面会は致さぬと、それはそれは厳しう申して居ましたよ』
『そこが杢助の杢助さまたる所だ。ほんとにお偉い方ですよ。母の愛は舐犢の愛、父の愛は秋霜の愛と云つて、云ふに云はれぬ所があるのです。何程厳しくおつしやつても、本当の心の中は母親の愛に優る千万無量の涙を湛へてござるのだからな、しかしこの高姫は切つても切れぬ身霊の親子でもあり、肉体上の義理の親子でもありますから、その愛の分量は、到底生みの母の及ぶ所ではありませぬ。どうぞ打ちとけてこの母の云ふ事を守つて下されや』
『ハイ承知致しました。何分にも宜敷くお願ひ申します』
『早速ながら初稚さま、私の云ふ事を聞いて貰へますまいかなア』
『これはまた改まつてのお言葉、私のやうなものにお頼みとは、どんな事でございますか』
『実の所は、お前の折角可愛がつてござるこの犬を、いなして貰ひたいのだ。杢助さまは犬が大変お嫌ひだから、「この神聖の館にそんな四つ足を入れることはならぬ。聖場が汚れるから、いなしてくれ、さうでなければ私は此処には居ない」と、それはそれは堅う堅うおつしやるのだよ』
 初稚姫はそれと感づきながら、態と空惚けて、
『何と不思議な事でございますなア、私の父は特別犬が好きなのでございますが、斎苑の館でも、往き復り、犬を離した事はないのでございますよ。それに心機一転遊ばすとは不思議ぢやございませぬか。それほどこの犬が怖い、イヤ嫌ひなのでございませうかなア』
『何と云つても此処は神聖なお仕組の場所、汚れた四足を置いておくと大神様のお気障りになるから、杢助が神様に対し謹慎の意を表し、犬をいなせとおつしやつたのですよ』
『それでも産土山の聖場には沢山に犬が飼つてございます。御本山でさへもあれだけ沢山の犬が居るのに、何故此処には一匹も置く事が出来ないのでせう。私この犬が唯一のお友達でもあり力でもあるのですからなア』
『初稚さま、お前さまはこの犬を離すのが嫌とおつしやるのですか。産土山に沢山の犬が居るのは、素盞嗚尊様や八島主さまや東助や役員の方の御霊が曇つて居るのだから、結構な聖地に四つ足がうろついて居るのだ。また狐の霊や豆狸が入り込まないやうに犬が置いてあるのだ。御神徳さへあれば犬の力を借らなくても、狐や狸や大蛇や蟇の霊が出て来るものぢやありませぬ。産土山に犬が置いてあるのを見ても、御神徳がないのが分るぢやありませぬか』
 初稚姫は、高姫の暴言に呆れながら、さあらぬ態にて柔しく空惚けて、
『左様でございますかなア、御神徳と云ふものは尊いものでございますなア』
と相槌を打つて居る。
『遉は杢助さまの娘だけあつて、何につけても悟りがよいわい。ほんに水晶の御霊だ。さう早くものが分つた以上は、この犬を斎苑の館へおつ帰して下さるだらうねえ』
 スマートは二人の問答を聞いて不安に堪へ兼ねたやうな形相をしながら、またウーウウーウと小さく唸り出した。初稚姫はスマートの頭を撫でながら、耳許に口を寄せ何事か小声に囁いた。スマートは柔順に頭を下げ目を塞いでしまつた。
『サア、お父さまの云ひつけだから、どうぞ早くいなして下さい。それが親に対する一番の孝行だ。そして神様に対する麻柱の大道だから、きつと柔順にかへして下さるだらうねえ』
 初稚姫は打ち首肯き、
『お母さまやお父さまのお言葉、背いてなりませうか。大事の大事のスマートでございますけれど、御両親の仰とあれば、背く訳には往きませぬ。アア残念ながらスマートに別れませう』
『何とまア柔順なよい娘だこと。ほんたうに杢助さまは、どうしてこんな立派な娘をお持ちなさつたのだらう。八島主さまが宣伝使になさつたのも無理はないわい』
と初稚姫を無性矢鱈に褒めちぎつて居る。
『お母さま、犬位いなしたつて、さう褒めて貰ふやうな事がございませうか。どうぞお気遣ひ下さいますな。しかし畜生とはいへ折角此処まで連れて来たのですから、門口かまたは一二町ばかり送つてやりまして、そこで篤り云ひ聞かせ、再びここへ帰つて来ないやうに申し聞かせます』
『オホホホ、何とまア御叮嚀な御子だこと、門口から追ひ出せばよいものを、御主人か何ぞのやうに、お前さまが送つてやるとは、些と分に過ぎはしませぬか、オイ畜生、お前は冥加に尽きるぞや、私の娘に送つて貰ふなぞとは果報者だ。しかしながらこの高姫も何だかこの犬が怖ろしい、イヤイヤ怖い嫌ひなやうな気がして居たのよ、アアこれでやつと安心した。金毛九尾も……』
と口から云ひかけてグツと口をつまへ、自分の腹をギユーギユーと揉みながら、
『こりや、気をつけぬか』
と吾と吾身をきめつけて居る。初稚姫はまた空惚けて、
『お母さま、「気をつけぬか」とおつしやいましたが、何か不都合がございますか。どうぞ至らぬものでございますから、御注意を下さいませ』
『エエ、イヤ何でもありませぬ、つひ一寸何です……この聖地は何彼につけて神聖な所だから、万事気をつけねばならぬと云つたのですよ』
『ハイ有難うございます。一寸其処まで犬を送つて参ります。お母さま、此処に待つて居て下さい。やがてお父さまも帰つて下さるでせう』
と言葉を残し、スマートを伴ひ一二町ばかり坂の彼方に進み、山の裾に隠れて館の見えない地点までスマートを伴ひ往き、頭や首背を撫でながら、
『これスマートや、お前は偉いものだなア、杢助に化けて居る怪物や、高姫の身内に潜んで居る悪い狐がお前を大変怖がつて居る。それだからあのやうに二人が私に「お前をいなしてくれ」と迫るのだよ。しかし私はお前と主従の約束を結んだ以上は、仮令半時の間だつて離れるのは嫌だよ。お前だつてさうだらう。しかし今の場合どうする訳にも往かないから、一旦お前は帰んだ事にして、日が暮れたらそつと私の居間の床下に隠れて居て下さい。御飯をソツとお前の腹の減らないやうに上げるから』
と懇々と諭せば、スマートは尾をふり首を数回も縦にゆりながら「万事承知致しました」と云ふ心意気を表情に示して居る。
『分つたかな、アアそれで私も安心した。きつと私が此処に居る間は姿を見せないやうにして下さい。しかしまた、夜分には恋しいお前さまと抱合つて遊びませう。お前さまは雌犬だから、私と抱擁したつてキツスをしたつて、構ひはしないわネー、ホホホ』
と笑ひながら別れて館に帰つて来た。スマートは日の暮るるを待ち兼ね、ソツと初稚姫の居間の床下に身を忍ばせ、主人の言ひつけをよく守り、且初稚姫の保護の任に当る事となつた。

(大正一二・一・二〇 旧一一・一二・四 加藤明子録)



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