出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語49-4-201923/01真善美愛子 山彦王仁三郎参照文献検索
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第二〇章 山彦〔一二九四〕

 初稚姫はスマートを伴ひ、河鹿峠を宣伝歌を歌ひながら降つて来る。途中においてお寅、魔我彦、ヨルの一行に出会ひ祠の森に高姫や杢助の居る事を聞き、訝かしさの限りよと心に思ひながらも、さあらぬ態を装ひ、三人に別れを告げて、祠の森をさして急ぎ下り行く。
 話変つて、高姫、杢助両人はまたもやヒソビソ話に耽つて居る。
高姫『杢助さま、世の中に智慧位偉大なものはありませぬな』
杢助『うん、さうだ。何といつても智慧だな。もうかうなる上は珍彦夫婦も、やがて倒死だらう。さうすれば彼が息をひきとると共に、変身の術を以て、お前と私は珍彦夫婦にならねばならぬ。何時知れるか分らぬから今から、用意にかからねばなるまい』
高姫『その用意とはどうすればよいのですか』
杢助『ア、さうだ。すこし嫌の事だけど、私は珍彦の放いだ糞を飯粒一つ位舐ねばはらぬ。お前は静子の糞を一掴位舐るのだ。さうすれば直に変身の術が行はれる』
高姫『何ぼ何だつて糞が舐られますか。外に何か方法がありさうなものですな』
杢助『何と云つても此奴あやらなくては駄目だ。やがて毒がまはつて倒れるに間もあるまいから、早く身代りを拵らへて置かなくてはならぬ。高姫、実の処は此処に両人の糞をある方法を以て取寄せて置いたのだ』
と竹の皮包みを懐から取り出した。
高姫『アーア、嫌だわ。まるで犬見たやうな事をせなくてはならないのかな』
杢助『犬でさへも糞を食へば目が見えると云ふぢやないか。糞からはアンモニヤと云ふ薬をとり、之等で種々の薬を造り、パンだつて饅頭だつてこれで膨れるのだ。変身にはこれほど利くものは無いのだ』
高姫『アー、仕方がありませぬわ。これもヤツパリ義理天上日の出神様のためだと思へば、辛抱して頂きませうかな』
杢助『実の所は嘘だよ。お前の気を引いてみたのだ。もつと外にいい薬があるのだよ』
高姫『アーア、やつと安心しました。本当に腹の悪い人だな。腹の虫が食はぬ前から、厭がつてグレングレンしてゐましたよ』
杢助『これが……さア妙薬だ……これさへ飲めば、変身の術は即座に行はれるのだ』
と懐からまたもや皮包を出す。
高姫『杢助さま、そりや何ですかい』
杢助『これは猿の肝だ。猿胆と云ふものだ。チツとは苦いけど、これを飲めば直に変身術が出来る』
高姫『お前さまは、さうして何を飲むの』
杢助『この杢助は懐に持つてゐるが、この秘密を女に覚られたら、出来ぬのだからしばらく発表を見合して置かう。さア早くこれを飲みなさい。いざと云ふ時に私が文言を唱へるから、これを合図にパツと化身するのだ』
高姫『どうも有難うござります。そんなら頂きませうか』
杢助『さあ早う飲んだり飲んだり』
 高姫は目を塞ぎ苦さを耐へて猿胆をグツと飲んでしまつた。その六かしい苦相な顔は殆ど形容が出来ぬやうだつた。
杢助『ハヽヽヽどうも六かしい顔だつた。三年の恋も、あれを見ちや一度に冷めるやうだ。まるつきり猿のやうな顔をしたよ』
高姫『そら、さうでせうとも、猿の肝を飲んだのだもの。しかしお前さま、三年の恋が一度に冷めるなんて、そんな薄情な事を思ふてゐなさるのかい』
杢助『ハヽヽヽヽどうも恐れ入りました。山の神様の逆鱗には智勇兼備の杢助も降服仕る。南無山の神大明神、義理天上日の出神許させ玉へ、惟神霊幸倍坐世』
高姫『これ、杢助さま、私がこんな苦い目をして苦しんでゐるのに、陽気な事を云つてゐらつしやるのだな。女房の意思は夫の意思、夫の智性は女房の智性、双方相和合してこそ、夫婦の和合ぢやありませぬか。それほど私が苦しんでるのが面白いのですか』
杢助『ハヽヽヽ世の中に何一つ恐い事のないこの杢助も義理天上さまには恐れ入りますわい。南無お嬶大明神、許させ玉へ、見直し玉へ、アツハヽヽヽヽヽ』
高姫『杢助さま、よい加減にチヨクツて置きなさい。千騎一騎の場合ぢやありませぬか。貴方は世の中に怖いものはないけど、私が怖いと云ひましたね。それほど怖い顔なら何故女房になさつたのですか』
杢助『ハヽヽヽさう短兵急に攻めかけられては聊か迷惑だ。拙者の怖いものは犬位なものだよ』
高姫『エー、お前さまは耳が動くと思へばヤツパリ犬が怖いのかな、ハテナー』
杢助『アツハヽヽヽ犬と云ふのはスパイの事だ。も一つ怖い犬はワンワンワンと囀りまはすタの字とカの字のつく犬だ、ハツハヽヽヽヽ』
高姫『私を犬と云ひましたな』
杢助『さうだ。二つ目には悋気してイヌイヌと云ふのだから仕方がないわ。イヌの、走るの、暇くれのと、高ちやんの常套語だからな』
高姫『何なとおつしやいませ。ヘン、また晩に敵討をして上げますわ』
杢助『アツハヽヽヽヽ』
 かく笑ふ所へ慌ただしくやつて来たのは受付けのイルであつた。
イル『もし、御両人様、只今イソの館から初稚姫様がスマートとか云ふ犬を連れてお立寄りになり「吾父の杢助がゐるさうだから一目会はしてくれえ」とおつしやいますが如何致しませうかな』
杢助『ヤー、初稚姫の奴、親のこんな処に居るのを悟りよつたのかな。おい、高姫、何ぼ俺だつて年が寄つてから親だてら夫婦然として居るのは子に対し恥しいやうだ。俺はしばらく森へ姿をかくすからお前行つて、うまく初稚姫を帰なしてくれないか。おい、イル、初稚姫に杢助さまはお留守だと云つてくれ』
イル『ハイ、承知致しました。しかしながら折角娘さまがお訪ねなさつたのだから、会つてやつて下さつたらどうですかな』
杢助『いや、却つて甘やかしちや娘のためにならぬから、此処は会ふてやらぬ方がよいだらう。それが親の情だ。高姫、オイお前も表に出て初稚姫に得心さしてくれ』
高姫『はい、承知致しました』
と大きな尻をプリンプリン振りながらイルを伴ひ、玄関口へ駆け出した。その間に杢助は化物の正体を現はし、スマートが怖さに巨大なる唐獅子となつて裏の森林へ飛び出し、山越に何処ともなく姿を隠しける。初稚姫が伴ひ来れるスマートは、俄に『ウーウー』と呻り出し、足掻きをしながら一目散に森林をさして駆け入りぬ。初稚姫は不審の眉をひそめてスマートの行衛は如何と案じ煩ふ折もあれ、スマートは前足に少しく傷を受けながら足をチガチガさせ初稚姫の前に帰り来たり、「キヤーキヤー」と二声三声泣きながら、一生懸命に足の傷を舐て居る。初稚姫は高姫のとどむるも聞かず、無理に奥へ進み行つた。スマートは足をチガチガさせながら、廊下を伝ふて初稚姫の後に従ひ行く。高姫は吾居間に帰つて見れば杢助の姿が見えないので声を限りに『杢助サーン杢助サーン初稚姫さまが見えましたぞや』と怒鳴り立ててゐる。向ふの谷間から木魂の反響で、山彦が『杢助サーン杢助サーン初稚姫さまが見えましたぞや』と答へて居る。
 雪の混つた初春の寒い風が遠慮会釈もなく屋外を渡つて行く。

(大正一二・一・一九 旧一一・一二・三 北村隆光録)



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