出口王仁三郎 文献検索

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物語49-4-161923/01真善美愛子 魔法使王仁三郎参照文献検索
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第一六章 魔法使〔一二九〇〕

 高姫はお寅、魔我彦、ヨルの三人が数千言を尽しての、高姫の勧告を一蹴して、強行的に出立したので、コリヤ大変だと、心も心ならず、吾れと吾手に胸をかきむしりながら、
高姫『エーエ、義理天上さまも、何をしてござる、こんな時にこそ、なぜ不動の金縛りをかけてとめて下さらぬのだい。コレコレ、イル、イク、サール、ハル、テル、何をしてゐるのだ、なぜ早く後を追つかけて行かぬのかいな。エーエもどかしい、荒男が五人も居つて、これほど気の揉めるのに、なぜ捉まへて来ぬのだい。日出神の命令を聞きなさらぬか』
イル『高姫さま、それより義理天上さまに直接にお聞になつたらどうです、貴女は何時も三千世界を自由に致すとおつしやつたぢやありませぬか。それだけ神力のある義理天上の生宮が、引戻せぬといふ事がありますか、かふいふ時にこそ貴女の御神力を見せて頂かねば、吾々は心の底から心服するこた出来ませぬワ』
高姫『コレ、イルや、お前は何といふ分らぬ事をいふのだい。日出神様といへば天の大神様だ、大取締りをしてござるのだよ。つまりいへば総理大臣のやうなものだ、人間を捉へに行くのはポリスの役だぞえ、大臣の位地に在る神様がポリスの役をなさるといふやうな、そんな、道に外れた事がどこにあるものか。それだからお前等五人が、ポリスやスパイになつて、掴まへて来いといふのだよ』
イル『貴女の神様が総理大臣ならば、吾々は知事位なものです。知事がスパイやポリスの役は出来ませぬからな』
高姫『エーエ、気の利かぬ男だな。神様は変幻出没自由自在なるべきものだ。大にしては宇宙一切を統轄し、小にしては微塵の内にも隠れ玉ふが神様の働きだよ。そんな事が出来ぬやうな事で、どうして祠の森の御用が出来ますか』
イル『それほど大神様は大小いろいろに変幻出没なさるのなら、ポリスやスパイになつて掴まへに行つたつていいぢやありませぬか』
高姫『それは日出神の生宮、一人の時の働きだよ。かうして五人も荒男があるのに、私ばかりに苦労をかけようといふ、お前は不了見な人だ。そんな事で神さまの道と云へますか。何もかも日出神が一人でするならば、お前達のやうな分らずやを五人も置いとく筈がないぢやないか』
イク『コレ高姫さま、お前達のやうな分らずやをおいとくとおつしやつたが、ヘン、すみませぬが、私はお前さまに命令を受けてるのぢやありませぬぞや。お前さまこそ勝手に居候に来たのぢやないか、それほどゴテゴテ云ふのなら帰んで貰ひませう』
 高姫はクワツと怒り、目をつり上げて、矢庭にイクの胸倉をグツと取り、
『コリヤ、イク、女と思ひ侮つての雑言無礼、用捨は致さぬぞや。勿体なくも義理天上日出神の生宮、三五教の立派な立派な宣伝使、生田の森の神司、琉の玉の守護神、それさへあるに、三五教の三羽烏、イソ館の総務時置師の神杢助が妻、マ一度無礼な事を言ふなら、言つてみやれ、腮も何も捻ぢ切つてしまふぞや』
と力に任せて、頬をグツとねぢる。イクは、
『アイタヽヽヽ、カヽ堪忍々々』
高姫『余り貴様は頬桁がいいから、この頬桁も下駄の歯も一本もない所まで抜いてやるのだ』
と益々抓る。サールは見るに見かねて、高姫の後から、両足をグツと攫へた、拍子に高姫は筋斗うつて玄関へ飛出し、饅頭まで天覧に供して、慌ただしく起上り、
高姫『サ、イクを此処へ出せ、高姫の足をさらへた奴は何奴ぢや』
と金切声を出して喚き立てる。そこへ飛んで来たのは杢助であつた。
高姫『ヤ、お前はこちの人、女房がこんな目に会ふてるのに、何してござつたのだえ』
杢助『つい、そこら中を散歩してをつたのだ。何だか義理天上さまの声カ……ギ……リ天上の喚声が聞えたので、スワ一大事と、慌てて来て見れば、何の事はない、斯様な男を掴まへての、ホテテンゴ、イヤハヤ呆れて物が言はれぬ哩、ワツハヽヽヽヽ』
高姫『コレ、こちの人、女房がこんな目に会ふてゐるのに、お前は何ともないのかえ』
杢助『イヤ、何ともない事はない。しかしながら元を糺せばお前が悪いのだ、イクの頬辺を女だてら、一生懸命に抓つただないか。そんな事をするによつて、自然の成行として、サールが足をさらへたのだ。実の所は椿の木の下から様子を見て居つた。これは公平な判断から見れば、どちらが悪いとも言へぬ。高姫、お前もチツと上気してゐるから、気の落着くまで、杢助と一所に奥へ行つて、酒でも呑んだらどうだい』
高姫『お前は一体何処へ行つてゐらしたの。お寅といふ婆アや、魔我彦、それに受付のヨルまでが、義理天上の言葉に反対して、無理無体にイソの館へ参拝しよつたのですよ。お前さまが居つてさへくれたら、食ひ止めるのだつたに、あゝあ残念な事をしたわいな。お前さまと私と此処に腰を卸し、イソの館へ行く奴を一人も残らず食止めて、本山をアフンとさしてやらうと思つてゐたのに、困つた事をしたものだ。五人も荒男が居つても、酒を食ふのと理窟を垂れるのが芸当で、チツとも間しやくに合やせぬワ。あゝあ人を使へば苦を使ふとはよう言ふたものだ。私は何程奥へ行つて一杯やらうとおつしやつても気が気ぢやありませぬ哩ナ、コリヤ、イク、イル、サール、お前は今日限り、誰が何と云つても、放逐する、サ、何処なつと行かつしやれ。その代り、ハルを受付にして、テルを内事の取締に任命します』
ハル『エツヘヽヽヽ、これはこれは実に有難うござります。いつまでもヨルが頑張つて居ると、拙者の登竜門を閉塞してゐるやうなものだ、あゝ人の禍は自分の幸ひ、有難くお受け致します。オイ、テル、貴様もイルが失敗つたお蔭で、内事の司になつたのだ。早く御礼申さぬかえ』
テル『これはこれは高姫様、特別の御恩命を蒙りまして、有難う存じます。サ、どうぞ、シツポりと奥へ這入つて、エヘヽヽヽ、一杯あがつて御機嫌を直して下さい。ハル、テル両人扣へある以上は大丈夫でございます』
高姫『コレ、ハル、テルや、お前はバラモン教でも随分羽振を利かして居つた男と言ふぢやないか。お前には何か見所があると思ふて居つたのだ。どうだい一つ出世をさして貰つた恩返しに、三人の奴を引戻して来て下さるまいかな。まだ十丁ばかりより行つて居らうまいから、チツとばかり急いだら追着けない事もなからうから、……』
ハル『実の所はバラモン教にて習ひ覚えた、引掛戻しの法がございます。このハル、テル両人が重い役に御任命下さつた御恩返しとして、今三人を引戻して見せます。これからしばらく大自在天様にお祈りをかけねばなりませぬから、引戻す術が整ひましたら、お知らせ致します。どうぞそれまで奥へ行つて御休息下さいませ。仮令一日が二日、十里向ふへ行つてゐましても、引掛戻の法によつて、三人共此処へ引寄せて御覧に入れます。それは御安心下さいませ、確にやつて見せますから……』
 高姫はニコニコしながら、
『オツホヽヽヽ、お前はどこともなしに気の利いた男だと思つて居つた。神様がチヤンと、それ相応のお役をあてがうて下さるのだ。これだから義理天上様の御神力は偉いといふのだ。コリヤ、イク、イル、サール、何をグヅグヅしてゐるのだい。アタ汚らはしい。トツトと帰んで下さい』
イル『それほど喧しうおつしやるのなら帰にますワ。また元のバラモン教へ這入つて大活動をなし、今に祠の森を占領して、アフンとさして上げるから楽んで待つてゐるがいいワ。オイ、イク、サール、ゲンタクソの悪いサア帰なうぢやないか。序にハルとテルのドタマをかち割つて帰らうかい』
ハル『コリヤコリヤ俺の引掛戻しの法を知つてるかい。指一本でもさへやうものなら、忽ちふん伸ばしてしまふぞ』
イル『ヤ、恐れ入つた。バラモン教の中でも魔術使の名人だと言ふ事は、予て聞いてゐた。ヤ、もうお前には降参だ。そんなら三人はこれから帰ります』
ハル『ゴテゴテ吐さずに直に帰つたがよからう。四の五の吐すとためにならないぞ』
イル『エツ、仕方がないなア、イク、サール、そんなら浮木の森へ逆転せうかい』
高姫『オホヽヽヽ、小気味のよい事だわい。イヒヽヽヽ』
と腮をしやくり、貧乏町の家並のやうな、脱けさがした歯をむき出し、袖の羽ばたきしながら杢助の居間を指して、欣々と進み入る。
 イルはハル、テル両人の前にヌツと首をつき出し、耳に口よせ、
イル『オイ両人、甘くやつたねえ。サ、これから蓑笠を出してくれんかい。丁度、お寅に魔我彦、ヨルの、俺達三人がなつて此処を通るから、その時高姫に見せてやるのだなア、ウツフヽヽヽ』
ハル『大きな声で笑ふない。サヽ、早う早う、受付の溜りに蓑笠が沢山あるから、女のなつと男のなつと、一着づつ持つて、俺が合図するから、ドーン、と太鼓が鳴つたら五分ばかりしてから、この坂を下つて来るのだ。それまであの谷の曲りで、酒でも呑んで待つとつてくれ』
と忽ち協議一決し、イク、イル、サールの三人は旅装束をなし、僅に一丁ばかりの上手の山の裾の曲角に姿を隠し、酒をグイグイ呑みながら太鼓の鳴るのを待つてゐた。
 ハルは三人に用意を命じおき、テルに受付を構はせながら、高姫の居間へ足音高く進んで行つた。受付は沢山の参拝者で、中々雑踏してゐる。テルは今日は神界の都合だと云つて、全部の参拝者を八尋殿に籠るべく命令した。ハルはソツと襖を押あけ、
ハル『エヘヽヽヽ、これはこれは高姫様、お二人、お楽みの所を、御面倒致しました。殆ど準備が整ひましたから、一寸来て下さいませ』
高姫『準備が整つたら、それでいいぢやないか』
ハル『貴女に一つ、引掛戻しの芸当を、実地目撃して頂きたいのですから……その代り少し眷族に酒を呑まさななりませんからその積りで居つて下さいや、何と云つてもバラモン教切つての魔法使ですから、……一度私の隠し芸を御覧に入れますから……』
高姫『杢助さま、貴方も御覧になつたらどうですか』
杢助『アハヽヽヽ、それ位なこた、この杢助だつて何でもないワ。しかしながら少しばかり骨が折れるから、ハル、テルにやらしておくがよからう。俺もお前にいぢめられたので眠たいなり、チツとばかり、腰が変だから、……アツハヽヽヽ』
高姫『コレ杢助さま、みつともない。ハルが聞いてるぢやありませぬか』
杢助『最早ハルが来てるのだから、鶯も鳴くだらう。お前の声も鼠のやうにもあり、鶯のやうにもあるからな、アハヽヽヽ』
高姫『エー、千騎一騎の場合に、気楽な男だな……女房の心も知らずに……』
と呟きながらハル公の後に従ひ、受付までやつて来た。
テル『これはこれは日出神様、今スパイが一つ魔法を使つてお目にかけます。それに付いては沢山の眷族を使つて、三人の奴を引戻して来ねばなりませぬ。沢山の魔神を使ふには、どうしても酒を呑ましてやらねばいけませぬから、ドツサリ酒を此処へ出して下さい』
高姫『勝手にお出しなさい。御馳走が要るなら、まだ夜前の杢助様のお祝のが残つてゐるから、それを取つて来て、肴にして眷族共に呑まして下さい』
『ヤ有難い』といひながら、ハル、テルは酒肴を中におき、向ひ合ひになつて、グイグイと呑み出した、喉の中から妙な声が出て来る、丁度笛を吹くやうに聞えて来た。ハルは尖つた口を前へつき出し、
『おれは大雲山の狼だ、一杯呑ましてくれ』
と作り声し、また今度は真面目な声で、
『ウン、ヨシヨシ、ハル公の肉体へ這入つて来よつたかな、サ、一杯呑め』
と自分の口へ自分がついで、グーツと呑んだ。腹の中から、
『ウマイ ウマイ、俺は大雲山の狐だ、俺にも一杯呑ましてくれ』
ハル『ウン、よしよし、貴様も一杯呑んで、お寅婆や外二人を喰へて来るのだぞ』
腹の中『ハイ、承知致しました、酒ばかりでははづみませぬ、肴も一口入れて下さいな』
ハル『ウン、よしよし尤もだ、遠慮はいらぬ、御苦労にならねばならぬのだから、ドツサリ食つたがよからう』
 テルはまた作り声、喉から声の出るやうな振をして、
『高姫さま、私は北山村に居つた古狐でございます、お久しうお目にかかりませぬ、今日は御恩報じに、お寅、魔我彦、ヨルの三人を喰へてイソの館へ行かないやうに致します、どうぞ一杯よんで下さいな』
高姫『御苦労様だ、ドツサリ呑んで働いて下さいや、千騎一騎の場合だからな。お前さまも首尾よく御用が勤まつたら、またヘグレ神社を建てて祀つて上げるぞや』
 テル公の腹の中から、
『ハイ有難うござんす、早く一杯呑まして頂戴ね、序に甘い肴もねえ』
テル『ヨシヨシ、貴様も仕合せ者だ、俺の肉体へ宿をかりよつて、……充分活動するんだぞ、サ一杯呑ましてやらう』
とまた自分が注いでグツと呑み、鯛の刺身をムシヤムシヤと頬張り、
テル『あゝあ、何ぼ口を使はれても、皆副守先生が食ふのだから、口のだるいこつちや、甘くも何ともありやせぬワ』
 テルの腹の中から『それでも喉三寸越える間は、チツとは甘からうがな』
テル『コリヤ、守護人、偉相に云ふな、喉通る間位甘かつたつて、たまるかい。チツと静にせぬかい、腹の中で騒ぎやがつて……』
 テルの腹の中より『臍下丹田で吾々の同志が集まつて、散財をして居るのだ、モツとドツサリ注入してくれないと、根つからお座が持てぬワイ』
テル『高姫さま、困つたものですな、どうしませう』
高姫『コレ、テル、余り酔はすと、また間に合はぬやうになつちやいけないから天晴御用がすんでから呑ますからと云つて下さいな。御用さへすんだらば何ぼなつと呑まして上げるから……と』
テル『コリヤ腹の中の連中、御用がすんだら幾らでも呑ましてやるから、今それ位で辛抱したらどうだ』
 テルの腹の中から『それだと云つて、まだ一杯づつも渡つてゐないぢやないか、せめて、盃についだのは邪魔臭いから、徳利グチ、一升ばかり注入してくれ』
テル『エ……チエツ厄介な奴だな、嫌でもない酒を呑ましやがつて……チエツ、コラ守護神、御苦労と申せ』
と云ひながら、徳利の口からラツパ呑みを始めた。ハル公も肴を二膳かたしでつかみては頬張り頬張り、また一升徳利の口からテル公同様にガブガブと呑みほした。
 ハルは額をピシヤツと叩き、
ハル『ゲーエー、あゝ酔ふた酔うた、オイ、テル、貴様も随分もう酔ふただらう、否貴様の眷族も酔ふただらう、何だか俺の守護神も腹の中でクダまいてけつかるワイ、……コリヤ高姫、昨夜はどうだい、……コレ高姫さま、あんな事いひますワ、仕方のないヤンチヤがをりますわい、しかしながらかういふヤンチヤでないと、お寅婆引戻しの芸当は出来ませぬからな』
高姫『サ早くお寅外三人を引戻して見せて下さい』
 ハルは何だか口の中で文言を称へ、座太鼓をポンポンポンと打つた。さうするとお寅婆に扮したイルが、首をプリンプリン振り、怪しい腰付をしながら、何物にか引張られるやうな素振をして、受付の前を横切り、坂の下へトツトツトツと去てしまつた。
ハル『サア、どうでげす、高姫さま、引掛戻しの魔法はズイ分エライものでげせうがな。お寅の奴、眷族に袖をくわへられて、折角河鹿峠を半分ほど上つたら、たうとう引ぱりよせられよつた、どうだす、エーエ』
高姫『いかにもアリヤお寅に違ひない、偉いものだな。しかしお寅だけではつまらぬぢやないかい、ヨルと魔我彦が戻つて来なくちや、一人でも向方へやつたら大変だから……』
ハル『エー、今度はテルの番です、オイ、テル公、魔我彦を引張り出すのだよ』
 テルは『ウーン、ヨシツ』と云ひながら、鞭を取り、座太鼓をポンポンポンと三つ打つた。魔我彦に似た蓑笠を被つた男、金剛杖をつき、以前の如く、首や身体を前後左右に振りながら、また前を通り過ぎた。
テル『高姫さま、どうです、妙でせうがなア』
高姫『成程、ヤツパリ神様は水も洩らさぬ仕組をしてござるワイ、日出神様の筆先にチヤンと出てますぞよ、キチリキチリと箱さしたやうにゆくぞよと現はれてるのはこの事だな。何を云つても日出神さまは偉いわい、それ相当の守護神をお使ひ遊ばすのだから……時にテルや、ヨルの奴、まだ後へ帰つて来ぬぢやないか』
テル『其奴ア、ハルが今やる番になつて居ります、守護神もかつために休ましてやらんなりませぬからな』
高姫『成程、サ、ハルや、頼んますぞや』
 ハルは『エヘン』と咳払しながら、太鼓の鞭をグツと握り、座太鼓の面を仔細ありげにしばらく睨みつめ、空中を鞭で七八へんもかくやうな真似をして、鞭の先を高姫の口へ一寸当てた。
高姫『コレコレ、ハルや、何をテンゴーしてござる、早く引掛戻しをなさらぬかいな』
ハル『高姫さま、これが三べん、蛇の子と申しまして、業の終局ですから一寸六かしいのですよ、これが甘く行けばヨルが後へ戻つて来ます。此奴を失敗つたら大変ですから……日出神様が、要するに、吾々をお使ひなさつてるのです。鞭に仕掛がしてあるのですから、日出神様のお口へ一寸持つて行きまして、この次は一寸お鼻へさわるかも知れませぬ……』
高姫『ヤ、業の作法とあれば、どうも仕方ありませぬ、どうなりと御好きなやうにして下さい』
 ハルは鞭を前後左右に、静に振り、
『東方日出神様、西方夕日の大神様、南方星の大神様、北方月の大神様、北極明星、北斗七星大菩薩守り玉へ幸へ玉へ』
と鞭を、益々急速度に働かせ、自分の股倉へつつ込み、高姫の鼻へピタリと当てた。高姫はこれがバラモン教の魔法使の法だ、臭くても辛抱せなくてはヨルが帰つて来ないと思ひつめ、尻に当てた鞭の先を鼻に当てられ、顔をしかめて、待つてゐる。
高姫『コレ、ハルや、そないキツク当てると息が出来ぬぢやないか、何と臭い鞭だなア』
ハル『ソリヤ、チツと臭うごんせうとも、何せよあなた、向ふへ行く奴を引戻すといふ魔法ですもの、つまり、尻の匂ひを高い所の鼻まで持運ばなくちや、相応の道理に叶ひますまい、尻の所謂外臭を、また鼻から引込んで内臭に充さなくちや業は利きませぬからねえ、エヘヽヽヽ。サ、これから本芸に取りかかりまーす』
と鞭を放しがけに、グツと手を伸ばし、高姫の鼻をついた。高姫は鼻柱をつかれて、ウンと仰向けに倒れてしまつた。
 高姫は目がクラクラとして、そこらが廻るやうになつて来た。耳のはたで無暗矢鱈に太鼓を叩き出した。高姫は益々逆上て、目がまひ、遂には家も身体も山もグレリグレリと舞ひ出した。サールはヨルに扮して通つて行く、その姿が上になり、下になりしながらどつかに隠れてしまつた。少時すると、高姫は起上り、
『あゝあ御苦労だつた、お前達は大変な魔法を覚えてるものだな。家を逆様にしたり、山を自由に動かしたり、何と偉いものだよ。ヤツパリお前は、受付だけの値打はあるわい、テルも内司の司だけの値打は十分あるわい。これからお前等二人を魔法使の大将とし、イソの館に行く奴を喰ひとめ、きかぬ奴は今のやうに山まで動かして、往生させるのだ。これから祠の森を大門神社と改名いたすぞや。サ、お前達御苦労だつた、悠くり休んで下さい。私は杢助さまに、お前達の手柄を按配よう報告しておくから……キツと御褒美が出るだらうからなア』
ハル『どうぞ、お酒をドツサリ戴くように願ひますよ』
高姫『アレ、マアあれだけ沢山呑んでおいて、まだ呑みたいのかい、余程よい樽だなア』
ハル『高姫さま、ありや皆魔法使のために守護神が呑んだのですよ。ハルやテルが呑んだと思はれちやたまりませぬワ』
高姫『あゝさうだつたな、まア一寸待つてゐて下さい、御馳走をして上げるから……』
といそいそと奥に入る。
ハル『アハヽヽ、オイ、テル、甘くやつたぢやないか』
テル『貴様ア、ヒドいぢやないか、エヽン、自分の尻を高姫にかがしたり、鼻をついて高姫の目をまかしたり、怪しからぬことをするね』
ハル『それだつて、一番しまひに回天動地の実況を見せておかなくちや、疑の深い女だから、ああいふ具合にしたんだよ、俺の智慧は偉いものだらうがな』
テル『ウン、感心だ、しかし、イル、イク、サールに一杯、改めて呑ましてやらなくちやなるまい、ソツと宿舎へ酒肴を持運び、慰労会でもやつてやらうかな』
ハル『楓さまを、酒注ぎ役として、静に宿舎で呑むやうにしておいてくれ、余り大きな声で歌つたり何かすると分るから大きな声をしないやうに注意をしてくれよ』
 かく両人は相談の結果宿舎に三人を忍ばせ、楓姫の酌にてクビリクビリと小酒宴を開いてゐる。高姫は居間へ帰り、ニコニコしながら、
『コレ杢助さま、喜んで下さい。腐り縄にも取柄とかいひましてな、日出神の義理天上の目鏡に叶ふた、テル、ハルの両人は、バラモン教で魔法使と名を取つただけあつて、偉い事をしましたよ。お寅婆を引戻すやら、魔我彦、ヨルまでが引つけられて惨めな様で坂を返つて行く可笑しさ、そしてまた不思議な芸当を持つてゐますよ。家をまいまいこんこをさしたり、山をグラグラ動かしたりするのですもの、義理天上日出神もあんな弟子を持つて居れば、正勝の時にや山も何も引くりかへしますワ、あゝあ有難うございます日出神様、よい家来を御授け下さいまして、……あゝ惟神霊幸はへませ惟神霊幸はへませ』
杢助『アハヽヽヽ、其奴ア偉い事をやつたね、ウン、感心感心。しかしながらその三人は今どこに居るのか』
高姫『サ、今頃にやモウ山口の森あたりまで逃げて行つたでせうよ』
杢助『其奴ア、何にもならぬぢやないか、イソの館へ行かうと思へば、ここばかりが道ぢやない、遠廻りをしてゆけば行けるのだから、彼奴等三人を此処へ引つけて十分に説き聞かすか、但はどうしても聞かねば、穴でも掘つて、末代上れぬ事にしておかぬ事にや、お前の謀反は成就しないだないか、賢いやうでも女だなア』
高姫『いかにもそうでございましたなア、どう致しませう』
杢助『それ位な事は朝飯前だ、俺が一つここへ呼んで見ようかな』
高姫『杢助さま、貴方にそんな事が出来ますかい』
杢助『アハヽヽヽ、出来えでかい、それ位な事が出来いで、今までイソの館の総務が勤まらうかい、今この杢助が一つ文言を称へたが最後、望み通の人間をここへよせてみせう、その代り高姫、お前もチツと痛い辛抱をせなくちやならぬぞ』
高姫『お前さまのためなら、少々痛い事しましても辛抱しますワ』
杢助『ヨシヨシ一寸高ちやん、ここへお出で、お前は木魚の代りになるのだよ』
と言ひながら、高姫の長煙管を取り、
『ブビヨウ、マフス、ベナ、マカ、お寅婆サンよ、杢助如来が、魔法の功徳によつて、この場へ来れ、早来れ』
 「クワン、グリン グリン グリン グリン」と続け打に、高姫の前頭部を五つ打つた。高姫はまたもや少しく逆上たと見え、そこらがクルクル見え出して来た。パツと現はれたのは、お寅ソツクリの姿である。
高姫『ヤ、お前はお寅ぢやないか、どうだ、義理天上の神力には往生致したか』
お寅『ハイ、サツパリ往生致し……ま……せぬワイ』
高姫『アハヽヽ何と負惜みの強い婆だなア、サ、もうかうなる上はビク共動かさぬのだ。義理天上には、ハル、テルといふ立派な魔法使がついて居りますぞや。お寅さま、もう駄目だから、スツカリ我を折つて、日出神の申すやうになさるが、おのしのお得だぞえ』
お寅『ハイ有難うございませぬ。何分よろしく御願ひ致しませぬ』
高姫『それ見なさい、早く改心すればいいものを、いつまでも我を張つてゐると、この通りだぞえ、ドンあとで首尾悪うすがりて来ねばならぬぞよ……とお筆に現はれて居るぞえ』
お寅『ハイ何分よろしく御願申します。モウこれきり我は出しまする。どうぞ高姫さまの御弟子にして下さいますな』
 高姫は握拳を固め、両腕を力一杯伸し、立あがり、六方をふみながら、雄健びして云ふ。
高姫『三五教に名も高き、高姫さまとはこの方の事、若い時から男女と呼ばれたる、変性男子の生宮の腹をかつて、生れ出でたる剛の女、今は祠の森の杢助が妻となり、山のほでらの茅屋住ひ、先を見てゐて下されよ……と○をまくつて、大音声』
と自ら呶鳴り、芝居気取りになつて、伊猛り狂ふた、その勢の凄じさ。杢助は思はず『ワツハツハヽヽ』と吹出し、またもや高姫に向ひ、
杢助『オイ高ちやん、まだ勇む所へはいかぬ。魔我彦ヨルの両人を此処へ引付けなくちや駄目だよ』
 高姫はハツと気がつき、
『なるほど杢助さま、魔我彦、ヨルはどうしたらいいでせうかな、モウ頭を叩かれるのはたまりませぬがな』
杢助『さうだらう、モウ頭を叩く必要はない。一寸お前が私の云ふ通り、目をつぶつて舌を出してくれさへすりや、それで呪禁が利くのだ、さうすりやキツと二人は此処へ引付けてみせるよ』
高姫『そんな事なら、頭を叩かれるよりもおやすいことです。サア早く呪禁をして下さい』
と云ひながら、目をシツカと塞ぎ、馬鹿正直に舌をニユツと出した。杢助は火鉢の灰を掴んで、高姫の舌へ、口があかぬほど突込んだ。高姫は灰が喉に引かつたとみえて『クワツ クワツ』と咳をし あたりに灰を飛ばした。そして両眼から涙をポロポロと流してゐる。それでもまだ杢助がよいといはぬので、辛い業だと思ひながら気張つてゐる。杢助は、
杢助『オイ高姫、モウ目をあけたら良いよ』
 高姫はパツと目を開けば、豈計らむや魔我彦、ヨルが自分の前にキチンと坐つてゐる。高姫は、
高姫『ヤ、魔我彦か、ヨルか』
と言はむとして、口につまつた灰にまたむせ返り、クワツ クワツと、咳しながら、苦んでゐる。その間に杢助は金盥に水を汲んで口をそそがした。鼻も舌も灰だらけになつた高姫は、ヤツとの事で灰を洗ひおとし、口を清め、魔我彦を睨つけて、ソロソロと憎まれ口を叩き出したり。
高姫『コレ魔我彦、お前は一体どこへいつとつたのだ、エヽー。この御神徳には叶ふまいがな。それだから、日出神の申す事を聞なさいと、あれほど言ふのに、何の事だいな、大本の大橋越えてまだ先へ行方分らぬ後もどり、慢心するとその通り……と日出神の真似の筆先に出て居りませうがな』
魔我『アハヽヽヽ、実の所はお前さまにお土産を持つて来たのだよ。余り何だか食ひた相に舌を出してゐらつしやるものだから、地獄の釜の下から死人の灰を持つて来て、口にねぢ込んであげました、イヒヽヽヽ』
高姫『コレ魔我ツ、何といふ失礼な事を致すのだ。サ、もう了見ならぬ。穴でも掘つて放り込んでやりませう。コレ杢助さま、もうかうなる上は了見なりませぬぞや、魔我とヨルと、穴でも掘つて岩でも被せて末代上れぬやうにして下さいナ』
 魔我彦の口は俄かに尖り出した。そして大きな耳が生えて来た。ヨルはと見れば、これも耳を生やし、牙を出し、キツキツキツト猿のやうに鳴き出した、お寅は獅子神楽のやうな口を開けて、体中斑の虎となり、高姫に向ひ、『ウーウー』と唸り出した。三人一度に怪獣となり、山も砕けむばかりに唸り初めた。高姫はアツと叫んでその場に正気を失つてしまつた。怪獣はのそりのそりと四つ足に還元し、玄関口めがけて飛出した。ハル、テルの両人は両手で頭を抱へ、息をこらして縮こまり、怪獣の帰り去るを待つて居た。俄に山は唸り出し、岩石も飛ぶやうな風が吹いて来た。

(大正一二・一・一九 旧一一・一二・三 松村真澄録)



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