出口王仁三郎 文献検索

リンク用URL http://uro.sblog.jp/kensaku/kihshow.php?KAN=48&HEN=4&SYOU=19&T1=&T2=&T3=&T4=&T5=&T6=&T7=&T8=&CD=

原著名出版年月表題作者その他
物語48-4-191923/01舎身活躍亥 兵舎の囁王仁三郎参照文献検索
キーワード: 物語
詳細情報:
場面:

あらすじ
未入力
名称


 
本文    文字数=13598

第一九章 兵舎の囁〔一二七三〕

 コー、ワク、エム三人の守衛連は陣営の一室に集まつて、ランチ将軍以下蘇生の祝酒に舌鼓をうちながら雑談に耽つて居る。
コー『オイ、チツと怪体ぢやないか。エヽーン、本当に馬鹿にしてゐよる。俺やモウこんな事と知つたら、こんな処までついて来るのぢやなかつたに、えらい番狂はせだ』
ワク『オイ、コー、何が何と云ふのぢやい。テンと貴様のおつしやることは耳に疎通せぬぢやないか』
『きまつた事だ。テンと意味が疎通せぬ事が出来たのだ。よう考へて見よ。ランチ、片彦両将軍は女の取り合ひをして、終ひにや生命のとりあひまでやつたぢやないか。さうしてその女と云ふのはドテライお化さまだ。しようもない、生きたり死んだりしよつて、亡者ばつかり沢山にモジヤモジヤと本営に集まり、亡者会を開きその祝ぢやと云つて……糞面白くもない。俺達に味なくもない酒を滅多矢鱈に強ひよるぢやないか。俺やむかつくの、むかつかないのつて、亡者の酒と思へや、このサケどうなるかと思つて、気が揉めて仕方がないのぢや。よく考へて見よ、あの金をくれやがつた蠑螈別やお民や治国別、竜公、その他将軍に副官、〆めて八人も天の八衢とか幽冥界とかへ行つて来て俄に弱気になり、モウ明日から剣は持つ事ならぬとか、戦はやめだとか、戦するよりも三五教の神様を一生懸命に拝めとか、幽霊みたやうな事を吐すぢやないか。俺やモウ、それがムカムカするのだ。斎苑の館へ行つて天晴功名手柄を現はし、一国の宰相にでもならうと思つて居つたのに、サツパリ源助だ。ワク、貴様はこれでも何ともないか、エヽーン』
『智勇兼備のランチ将軍さまだ。それに片彦さまのやうな豪傑がついてござるのだから、吾々の燕雀は、そんな事に口嘴を容れるものぢやない。それよりも結構なお酒を頂戴したのだから、おとなしう呑んで寝たがよからうぞ』
『これがどうして寝られるかい。武装撤廃だとか軍備廃止だとか、余り胸のよくない話を聞くぢやないか。吾々一兵卒と雖もこれが黙許せられるか。貴様も余程腰抜けだな』
『さうぢやないよ、浄海入道の法衣みたやうなものだ。表面に法衣を着て裏面に甲冑を装うて居るやうな有様だ。あゝ云ふ三五教の治国別を陥穽を入れて殺し損ねたり、却て自分が死ぬやうな目にあひ給ひ、治国別やその他の者に油断させるために、軍隊一般にあのやうな事をお触れになつたのだよ。貴様は馬鹿正直だからな』
『それなら気が利いてる。どうやら、それらしくないぞ。最前もテルンスが云つて居たが、両将軍並に副官までが一生懸命に三五のお経を唱へ、これから軍隊を解散するか、但は一般を三五教の信者にするかと云ふ了簡らしいぞ』
『そんな事があつたら俺だつてこのままにや済ますものか。忽ちハルナの都に注進して、お褒めを頂き、マア将軍の後釜にでもなるのだな。その時や貴様も秘書官位にしてやるわ。さうして月の国の相当の、二三万の人口ある刹帝利に使つてやるから、マア楽んで待つたがよからう』
『馬鹿云ふな。果してランチ将軍が三五教に恍けよつたなら、俺が全軍の指揮官となり斎苑の館を蹂躙し、七千余ケ国の月の国を少くも五分の一位頂戴し、貴様をその中の一番小さい国の刹帝利に使はぬ事もない。それも貴様の心の持ちやう一つだ。アヽこんな事を思ふと腹立も何処かへ消滅してしまつた。ランチ将軍や片彦将軍が三五教に沈没すれば、却て吾々の栄進の道が開くと云ふものだ。かう思へば腹立処か、双手を挙げて賛成すべきものだ』
エム『何と俄に御機嫌が直つたぢやないか。しかしさう世の中は思惑通りに行くものぢやないよ。あれだけ武名高き片彦将軍だつて、あの通り治国別に敗北したのだからな。マア、そんな空想は止めにして、もう少しばかりお神酒を頂き、果して将軍様が三五教になられるか、但は治国別一行を征伐なさる御計略か、トツクリと二三日待つて調べた上でなけりや、ウツカリした事云つて将軍の耳にでも這入つたら大変だぞ』
 かかる所へ見廻りに来たのは、陣中にても稍相当の位置を持つてるテルンスであつた。テルンスはツカツカと入り来り、
『オイ、お前達は今何を云つてゐたか』
コー『ハイ、いえ別に何にも云つた覚えはございませぬ。治国別を一つ計略にかけて亡き者にすれば結構だと云つたのです。それより外は何も云ひませぬ。のうワク、エムさうだろ』
『馬鹿云ふな。貴様はハルナの都へ注進するとか、全軍の指揮官になるとか、大それた事を申したぢやないか』
『ウン、そりや申しました。しかし酒の上で一寸法螺を吹いてみたのですよ。よう考へて御覧なさいませ。テルンスと云ふ上官があるのに、貴方を差措いてそんな事が出来ますかな。何卒冷静にお考へ下さい』
『おい、ワク、エム、コーが今云つてる事は本当か、嘘か、どうだ』
ワク『ヘー、嘘らしうもあり、本当らしうもございます。十分に酩酊して居つたものですから、何を云つたか満足に聞えませず、私だつて酒が云つたのだから、肝腎の御本人は何も知りや知りませぬ。何卒大目に見てやつて下さい』
『コリヤその方は詐りを申しちやならないぞ。本当の事を云はないか』
『酒に酔うて居ましたから、酔うて居つて何の覚えもないと云ふのです。それが事実ですもの』
『ヨシ、知らぬなら知らぬでよい。明日は締木にかけてでも白状致さす。何程弁解致してもこの方はシツカリ証拠が押へてあるのだ』
と云ひながら戸をピシヤツと荒く閉め、また次の兵舎に足音を忍ばせ進み行く。
 後に三人は小声になり、
ワク『それ見よ、コーの奴め、仕様もない事を吐かすから俺までも疑はれてしまふのだ。俺とエムとが貴様の云つてる事を本当に証明しようものなら、お前の生命はないのだぞ。なあエム、俺だとて、隠されるだけは隠してやるけど、痛い目や辛い目に遇ふのなら、本当の事を云つてやらう。それが自利上、否吾身保全の上において最も利巧のやり方だ』
『さうとも、俺だとて、痛い目や苦しい目までしてコーの保護してやつた所で別に喜ぶでもなし、何時も組頭顔をしやがつて俺達を頭抑へに抑へやがるから、いい敵討ちの時が到来したのだよ。こらコー、恐れ入つたか』
と稍巻舌になりながら後前を見ずに喋り出した。コーは二人に素破抜かれちや大変だと思ひ、傍の剣を執るより早く二人に向つて斬りつけた。二人は手早く身を躱し、コーの両足をグツとさらへて仰向けにドタンと倒した。コーは大いに怒り、
『己れ、両人、もはや了簡はならぬ。もうかうなる上は死物狂ひだ、覚悟をせよ』
と大刀を提げ斬つてかかる。ワク、エムの両人は表にバラバラと駆け出し、雪道を転け惑ふ。コーは狂気になつて追駆け廻る。忽ちコーは雪に包まれた捨石に膝頭を打ち、
『アイタツタ』
と云つたきり目を廻し、抜刀のまま雪の上に倒れてしまつた。エム、ワクの両人は狼狽へてテルンスの営舎へ走り行き、息を喘ませながら、
ワク『テヽヽヽテルンス様、どうぞタヽヽヽ助けて下さいませ』
と云ひながらエムと共に転げ込んだ。テルンスは二人の慌しき勢に不審を抱き、
『その方はワク、エムの両人ぢやないか。何を騒々しく夜中にやつて来るのだ。何か変事が突発したのか』
ワク『タヽヽヽヽ大変が出来ました。コーの奴、喋つた事を貴方に素破ぬくと申したら、怒つて大刀を振上げ、ソレ…そこに追駆けて来ます。いつもなら私はあんな奴の三人や五人恐れはしませぬが、何分足も充分運べぬやうに酩酊してるものですから、どうする事も出来ませぬ。どうぞ彼奴を掴まへて下さい』
『アー、さうか、コーは何と申して居つた』
エム『ヘー、ハルナの都へランチ将軍、片彦将軍の三五教に惚けた事を早馬に乗つて注進し、自分が全軍の指揮官になり、月の国の刹帝利になるとか云つて居りましたよ。私とワクとは、もしもそんな事になつたら、テルンスさまを将軍に仰ぐと云ひましたら、大変に怒つて大刀を引き抜き私を殺しにかかつたのです。あんな悪人はおためになりませぬ。どうぞ捕手を出して捕へて下さい』
と虚実交々まぜて述べ立てた。
『何、コーが左様の事を申して居つたか。中々以て気骨のある奴だ。大に見込みがある。その方はこれからコーを拙者の命令だと云つて呼んで来い。相談したい事があるから』
ワク『オヽヽオイ、エム、お前行つて来い。俺や足がチツとも動かないわ』
『俺だつて酒に足を取られてゐるのだから、一足も歩けぬぢやないか』
『一足も歩けぬと申すか、此処までどうして来たのだ』
エム『ハイ、雪の中を転げて来ました』
『しからば転げて呼んで来い。それで結構だ』
『へー、それだけは何卒御免下さいませな』
『イヤ、ならぬ。上官の命令だ』
『上官の命令とおつしやつても、あんな危険の奴の所へ行かうものなら、私の首がなくなります』
『首がなくなつた所で別に俺の損害になるでもなし、構はぬぢやないか。貴様等の小童武者の一人位死んでも何かい。武士は戦場に屍を曝すが名誉だ』
『オイ、ワク、貴様御苦労だが御用に行つてくれないか』
『アイタヽヽ俄に腰が痛くなつた。オイ、エム、一つ撫でてくれ。息がつまりさうだ。アー、痛い痛い痛い』
『アハヽヽヽ、ナマクラの奴ばつかりだな、卑怯者奴が。何のために貴様のやうな奴を飼うてあるのだ。マサカの時に生命を捨てさすために、高いパンを食はしておいてあるぢやないか』
エム『まるで鶏か豚を飼ふやうにおつしやいますな。そりやあまりです。チツとは情と云ふ事を考へて下さいませ』
『馬鹿申せ。慈悲や情に構つて居つて、こんな人殺し商売が出来るか。残忍の上にも残忍性を発揮するために、毎日日日剣術をやつたり柔術を稽古してるぢやないか』
『それは吾身を保護するための稽古ぢやありませぬか』
『馬鹿申せ、吾身を保護するためなら、こんなに沢山の軍隊がかたまる必要がないぢやないか。かくまで大部隊を引率して将軍がお出でたのは敵を鏖しにするためだ。そのために槍や剣を持たしてあるのだ。槍や剣は決して猪や狸を斬るためぢやないぞ。人斬り庖丁と云つて人を斬るためだ。そんな事が分らずに武士の本分が尽せるものか』
『それでも、軍人は平和の守り神と云ふぢやありませぬか』
『ある時は平和の守り神となり、ある時は天下の攪乱者となり、血河屍山を築き、以て敵国を占領し、戦利品を沢山に収納するのが武士の本領だ』
『まるで強盗みたやうなものですな』
『貴様は余程よい頓馬だな。軍隊の必要とならば人家も焼かねばならず、人命もとらねばならず、米麦、金銭は申すに及ばず、豚鶏、大根蕪、凡て必要品は無断徴集するのだ。それでなくては、何で軍隊の維持が保たれるか』
『おい、ワク、テルンスさまのおつしやる事あ、チツと道理に叶はぬぢやないか。二つ目には、斬るの、盗むのと、そんな武士があるものだらうかな』
『そら、さうだな』
 テルンスは抜く手も見せず雪にひらめく氷の刃、忽ちエムの首を薙ぎ落し、返す刀にワクの頭を無残にも斬り落し、雪の庭は忽ち紅に化した。

(大正一二・一・一四 旧一一・一一・二八 北村隆光録)



オニドでるび付原文を読む    オニド霊界物語Web