出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語47-1-31923/01舎身活躍戌 寒迎王仁三郎参照文献検索
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第三章 寒迎〔一二三六〕

 治国別は竜公、タールを伴ひ、枯野の露を踏み分けて浮木の里に屯せるランチ将軍の陣営さして進み行く。竜公は意気揚々として先に立ち、四方の景色を眺めながら呂律も合はぬ新派口調で歌ひ出した。

『月山に入らず
 天は暁けざれど
 雲雀や百鳥の
 忙はしき声に励まされ
 眠たき眼を擦りながら
 早くも荒野に
 歩みを起しぬ
   ○
 露持つ草葉を
 草鞋に踏めば
 袖吹くあしたの風は
 美はしく薫りて
 汗を拭ひ胸を洗ふ
 旅路の愉快さよ
 坂照山の月清くして
 松風に添ふ
 笙の音も
 いとど床しく聞え来りぬ』

タールは、
『オイ竜公さま、笙もない、笙の音も何も聞えて居ないぢやないか。エー、詩人といふものはソンナ嘘を言つても良いのか』
『そこが詩人だよ。詩といふ字は言偏に寺といふ字を書くからなア。寺は死人の行く所だ。笙々違つた所で正味が面白ければいいぢやないか。どうせ生きたる人間の作るものぢや無いからな、半詩半笙の人間か、または現世に用のない老爺や三文蚊士の言ふことだ。俺も一寸詩人の真似をして見たのだ』
『正味ぢやない、趣味のことだらう』
『正笙ぐらゐ違つたつて別に詩才はないぢやないか。アハヽヽヽ』
『モシ先生、アノ月さまも矢張り詩人ですか、中空にぶるぶると慄へて居るぢやありませぬか。太陽さへあれば、月は必要のないものですなア。太陽の光に圧倒されて追々と光が弱り、殆ど死んだやうに見えて来たぢやありませぬか』
『ウン、さう見えるかな。それでは一つ竜公さまに習つて、治国別が詩でも詠んで見ようかなア。

 数百万年の太古から
 冷え切つた死んだやうな
 寂かな月が
 大空に独り輝いてゐる
 それは
 地上の万有に
 瑞光を投げて
 仁慈の露を
 蒼生の上に降し
 生命の清水を
 与へむがために
 和光同塵の
 温姿を現じ給ふためだ
 月は盈ち或は虧け
 或は没して
 地上の世界に
 明暗の神機を示し
 仁慈の神業を
 永遠無窮に
 営ませ給ふからだ
 人間の眼より
 冷然たる月と見ゆるは
 温情内包の摂理に
 その霊光を隠させ給ふためだ。

序に今吹く風の音を詠んで見よう。

 そよそよと吹く
 風の音
 脚歩の響
 草葉の声を聞けば
 万物みな
 こころ有りて
 何事か神秘を
 心暗き吾耳に
 語るあるに似たり』

 治国別は神の愛と信と智慧証覚に充たされ、さしもの強敵の陣営に向つて武器をも持たず進み行くについても、殆ど下女が春秋の籔入に親里に帰るやうな心持で途々歌を歌ひながら進み行くその雄々しさ。竜公もタールも何時とはなしに治国別の悠揚迫らざる態度に感化されて、すつかり天国の旅行気分になつてしまつた。タールは、
『もし、先生様、平等愛と差別愛とは何処で違ふのでせうか。差別愛から平等愛に進むか、平等愛から差別愛に分離するのでせうか。私は差別的平等愛、平等的差別愛だと聞いて居りますが、どちらから出発点を見出だせばよいのでせう』
『差別愛とは偏狭な恋愛のやうなものだ。平等愛とは普遍的の愛だ。所謂神的愛だ。今一つ駄句つて見よう』
と治国別は、

『生来の差別愛より
 神的なる
 平等愛に進む径路は
 実に
 惨憺たる血涙の
 道を行かねばならぬ
 これが
 不断煩悩得涅槃の
 有難い消息が秘められてあるのだ。

序に、も一首信仰と法悦の信楽に就いて駄句つて見よう。

 信仰によつて
 不信なる吾人の頑壁が
 身心脱落し崩壊し去る時は
 神の宝座より
 吹き来る霊風の鞴に
 解脱新生の歓喜をなし
 猛火も焼く能はず
 波浪も没する能はず底の
 金剛不壊の法身
 おのづから
 吾に本具現成するを
 自覚し得るに至る
 その時こそは
 百千の夏日昇りて
 一時に灼鑠たるも
 ただこれ
 自性法界を荘厳するの七宝
 清浄妙心を照映するの
 摩尼宝珠なるべきのみだ。
   ○
 吾人が法悦の信楽は
 現代の冷たい哲学の鋸や
 慧しい科学の斧に由つて
 忽ち幻滅の悲運に
 会ふやうな
 ソンナ空想的のものでは無い
 主の神の持し給へる
 愛の善と信の真とによつて
 智慧と証覚の上に
 立脚したる大磐石心だ』

『只今のお歌によつて、私も大変に法悦の信楽を味はひました。漸く今日の日輪様もお上りになつたと見え、坂照山の頂は大変に明るく輝いて来ました。一つ歌でも詠んで見ませう』
とタールは歌ふ。

『燃えさかる希望に充ちし心もて
  昇る旭を拝みにけり。

 遠山の峰は真白し今はしも
  昇らむとして雲映え居れり。

 より強く生きむと思ふ吾前に
  昇る旭の大いなるかな』

竜公『山荒れて風の捲きくる郊外は
  あたりも見えず雪に暮れけり』

『アハヽヽヽ、オイ竜公、寝愡けちやいかぬよ、「雪に暮れけり」とは何だ。なぜ「雪に明けけり」と云はぬのだ』
『これは昨晩の貯蔵品だ。あんまり永く貯蔵しておくと寝息物になるから、先づ古い粗製品から売つて、それからまた新しい奴を売り出すのだ。あたら名句を腹の中で腐らしてしまつちや経済がもてぬからな。さあこれからが新規蒔直しだ。

 山明けて風そよそよと吹く野路は
  あたりも清く胸も静けき。

と宣り直すのだ。エヘン』
『何と立派な歌だなア』
『まだまだこれから、とつときを放り出すのだ、エヘン。

 厳かに旭を浴びて坂照山の
  高嶺は雲の上に聳ゆる。

とはどうだ』

タール『厳かに生きむとするか気高くも
  錦の山は空に聳ゆる』

『いや、何れも秀逸だ。こんな立派な詩人と同道して居ると治国別も殆ど顔色なしだ。さあボツボツと行かうぢやないか』
 かく云ひつつ三人は朝露を踏んで枯草茂る野路を進み行く。前方よりはランチ将軍数十人の騎馬隊を引き率れ、此方に向つて走り来るその勢ひ、山岳も蹴飛ばすばかりに思はれた。先頭に立つたのは最前治国別に救はれて逃げたアークである。
 アークは馬を飛び下り、治国別の前に進み寄り、叮嚀に会釈しながら、
『先刻はえらい御厄介に預かりまして有難う存じます。就きましては、直様本陣に立帰り、将軍様に貴方の事を申上げた処、将軍様も大変にお喜び遊ばしお迎へに出なくちやなるまいとおつしやいまして、今此処に御出陣なさいました。さあ私の馬に乗つて本陣までお越し下さいますやうに』
『やあ、それは御苦労だつた。そしてランチ将軍殿は此処に居られるのかな』
『ハイ、あの金色燦爛たる軍帽を冠つて居られますのが将軍様でございます』
『いや何と立派な服装だな。しからば一つ御挨拶を致さねばなるまい』
 かく云ふ折しも、ランチ将軍は馬をヒラリと飛び下り、治国別の前に揉み手をしながら現はれ来り、
『拙者は大黒主の神司に仕へ奉るランチ将軍と申す者、この度主君の命によつてイソの館へ攻め寄せる途中、吾先鋒隊片彦将軍は貴方等の言霊とやらに散々に打ち捲られ、脆くも敗走致した様子、神力無双の三五教の宣伝使に対し到底吾々如き非力無徳の者にては敵対ひまつる事相叶はぬ次第なれば、浮木の森へ陣営をはり幕僚と協議の結果、全軍を率ゐて貴方の膝下に帰順するより外なしと衆議一決した以上は、もはや貴方等に対して敵対行為は毛頭とりませぬ。何卒吾陣営へおいで下さつて尊きお話を聞かして下されば、実に望外の幸福でござります』
と真しやかに述べ立つる。治国別は一々ランチの言葉を信ずるにはあらねども、この時こそは彼を正道に導く好機会なりと心に定め、何喰はぬ顔にて、
『しからば仰せに従ひ、貴軍の陣中へ参りませう』
 ランチ将軍は自分の乗り来し名馬に治国別を乗せ、自分は控へ馬に跨り、意気揚々と陣営さして帰り行く。
 門の前に立止まり、ランチ将軍は治国別を見返り、
『見る蔭もなき俄造りの陣営、遠来の客を遇するには不都合千万なれど、何卒ゆるゆる御休息を願ひ上げまする』
と慇懃に挨拶をする。治国別は、
『ハイ、有難う』
と僅かに答礼しながら奥へ奥へと進み入る。
 数多の軍卒共は退屈紛れに土俵を築き素人相撲をとつてゐる。竜公、タールの両人はその相撲に見惚れて治国別の奥深く進み入つたのを気がつかず、負投げ、腰投げ、突出し、河津等の四十八手の使ひ方を批評しながら、
『アハヽヽヽ』
と笑ひ、遂には手を拍つて囃し出した。この中で一番の力自慢のエキスは四股踏み鳴らし、土俵の真中に仁王立ちとなり、
『さア誰なつと来い、消しかかりだ』
といきりきつて居る。来る奴来る奴片つ端から投げつける、その手際のよさ。竜公はエキスの態度と弱武者の腑甲斐なさに憤慨し、何時の間にか両の手が腰へまはり、帯をスルスルと解いてしまひ、真裸となつて土俵の真中へ飛び出した。さうしてドンドンと四股を踏み鳴らしてゐる。エキスはこれを見て癪に触つたと見え、
『おい、貴公は竜公ぢやないか。この間から何処へ逃げて居つたのだ。そんな弱虫の出る所ぢやない。俺達と相撲をとるなんぞと云ふ野心を起すものぢやないぞ。野見の宿弥の再来とも云ふべきこのエキスさまに相手にならうと思ふのか。エー、措け措け、恥をかくやうなものだから』
『ヘン、馬鹿にすない。俺でも若い時や幕の内まで入つたものだ。襦子の締込み、バレンツの相撲束ねの櫓鬢、大黒主の前でも大胡床をかき、立つて水のみ、手鼻汁をかむ、十と六俵の土俵に出たら、獅子奮迅、土つかずの竜公さまだ。いつも土俵の上で横になつた事はない、いつも立ちつづけだから竜公さまだ。またの名を勝公さまだ。さあ一つ揉んでやらう』
『エー、生命知らず奴、土の中へ植ゑてやらう。吠え面かわくな』
『そりや俺の云ふ事だ。末期の水でも飲んでしつかりせい』
と云ひながら四本柱に括りつけた塩をポツポツと左右に打振り、水をも飲まずに四股を踏み出した。エキスも負けぬ気になり塩を一掴みグツと握つて竜公にぶちかけ、水をも飲まずドンドンと地響きさせながらペタペタと四つに組んでしまつた。半時ばかり竜虎の争ひ、いつ勝負の果つべしとも見えない。タールは一生懸命になり、軍扇を握り土俵に行司気取りに飛び出し、
『はつけよい はつけよい のこつた のこつた、後がないぞ、はつけよいや』
と土俵の周囲を右左に廻つてゐる。大勢は固唾を呑んでこの勝負如何にと見つめて居る。流石のエキスも力尽きハツと吐く息の気合を窺ひ、ポンと右の手をぬいて褌の三辻を竜公がたたくとコロコロコロと土俵の中を三つ四つ廻つて西の溜へドスンと雪崩が落ちたやうに転げ込んでしまつた。エキスは大に面目を失し、真裸のままスタスタと陣中奥深く姿を隠した。ワーイワーイと称讃の声、拍手の音、四辺も揺ぐばかりであつた。

(大正一二・一・八 旧一一・一一・二二 北村隆光録)



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