出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語44-3-181922/12舎身活躍未 一本橋王仁三郎参照文献検索
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第一八章 一本橋〔一一八七〕

 松彦一行は野中の森を後にして、宣伝歌を歌ひながら浮木ケ原をさして進み往く。此処には河鹿川の下流が横たはつて居る。この河は、ライオン川に注ぐと伝へられて居る。
 かなり広い河に、天然の河の中の岩を土台として、一本橋が架けられてある。橋を渡つて帰つて来る二人の女があつた。一人は中年増、一人は十五六才の少女である。一行六人は橋の詰めに立つて清らかな激流を眺めて息を休めて居た。万公は二人の女に向ひ、
『随分、烈しい流れだが、こンな一本橋を女の身としてよく渡れたものだなア、一体お前さまは、何処から来たのだイ』
『ハイ私は浮木の里の者でございますが、この間から沢山の軍人が私の村に陣取り、女と云ふ女を軒別に徴集して炊事をさせたり、いろいろと辱たりするので、誰も彼も皆逃げてしまひました。私は婆の事なり、相手にはしてくれませなンだが、段々と女が減るにつけ、婆でも少女でも構はぬ、女でさへあれば引張つて帰りますので吾村を逃げ出し、この橋を渡つて小北山の神様のお館へ身を隠して居りましたが、あまり沢山の女で寝る所もなく断られて、親子二人が此処まで帰つて来たのでございます』
 アクは言葉せはしく、
『ウン、女ばかりが小北山に隠れて居るとは一体幾十人ほど居るのだい』
『ハイ、一寸百人ばかり集まつて居りますが、私は後から行つたものですから、部屋と云ふ部屋は酢司詰の有様で軒下にも寝る所がないのでござります。それ故帰つて参りました。この先どうしたらよからうかと思案に暮れて居ます。貴方の笠には十曜の紋がついて居ますが、不思議の事には小北山の神様にも十曜の紋がつけてありました』
『さうして何といふ神様が祭つてあるのだ』
『ハイ国治立命様とか承はりました』
『ハテ国治立命様を祭つてあるとは合点が往かぬ。三五教の一派ではあるまいかなア』
『何だか知りませぬが、小北山の神様と云うて参つて居ります。一寸外からは分りませぬが、あれ御覧なさい、細い煙が立ち上つて居りませう、あすこが神様を祭つてある所です。そして門もあり、沢山の神様も祭つてあつて一々名は覚えて居ませぬが何でも六ケ敷名のついた神様ばかりでございます』
『松彦さま、この婆さまの話は耳寄りぢやありませぬか。国治立神様が祭つてあると云ひ十曜の紋がついて居ると云つたでせう。ひよつとしたら治国別の先生が、其処へ往かれたのではありますまいかな』
『さうでもあるまいが、松彦もその小北山とやらへ一寸立寄つて様子を考へて見度いものだなア』
『そンならお伴致しませうか。オイ、五三さま、万公さま、タク、テク、お前等も賛成だらうなア』
 四人一度に「賛成々々」とばつを合した。
『ヤア小生の提案を満場一致賛成下さいまして、アクの身に取り有り難うございます』
『ハヽヽヽヽ、アクさま、この二人の女は見殺にする積りかな、何とかして連れて往つてやらねば、可愛さうぢやないか。百人も居る処へ二人位融通のつかぬ筈はあるまい。この婆さまは何か万びきでもやつたのぢやあるまいかな』
『さうだなア、やりよつたのだらう。随分手癖の悪い奴が、女の中にもあるからなア』
『これこれあなた方、私を手癖が悪いとおつしやつたが、さうどんどんとおつしやるからには何ぞ証拠がありますかな、サアそれを聞かして貰はう、こンな事を聞いては、何程女だと云うて聞き捨てになりませぬ、盗人の名をきせられて、先祖に対して申訳がありますか、娘にだつて合す顔がない。何を証拠にそンな事をおつしやいますか』
と眉を逆立て、睨みつける。
『ヤアこいつは失敗つた、まことに粗疎千万アク言を申上げました。つい口が辷りましてなア』
『口が辷つたの、足が辷つたのと、そンな事で云ひ訳が立ちますか。私に着せた濡れ衣をサアどうして乾かして下さる。お前さまも世界の人を導いて歩くお方だと見えるが、そンな事でどうして神様の御用が出来ますか』
『イヤ誠に閉口頓首だ、アクの身魂はやられた哩』
『オイ、アクさま、態を見ろ、余り言霊を使ひ過ぎると、七尺以上の男が女に屁古まされるやうな事が起るのだよ。アハヽヽヽ万の悪い代物だなア』
『さうするとお前はアクと云ふのかい、道理で万引のやうな面をしてござるわい。オヽ恐ろしい恐ろしい、こンな所で追剥せられては大変だ、サア菊、長居は恐れ、早く帰りませう』
『お母さま、浮木の里へ帰ればバラモンの軍人に追剥をされたり、念仏講に合はされたりしては耐りませぬから、一層此処へ身を投げて死にませうか。小北山へ行つても放り出される、ここへ来れば追剥にせられる。家へ帰れば軍人に訶まれる、どうする事も出来ぬぢやありませぬか』
『これこれ母子御両人さま、私は五三公と申すもの、決して盗人ぢやありませぬ。三五教の宣伝使のお伴だ。決して人を難めたり、追剥なンどはしてくれと云はれても致しませぬから安心して下さい。大切な命をこンな所で果すとは悪い了見だ。気の短いにもほどがある。これお菊さま、この叔父さまはそンな怖い者ぢやない、まア安心しておくれ』
『イエイエお前さまは泥棒だよ。そこにござる三人のお方は、この間私の村へ出て来て「女徴集だ」と云つて、掻つ攫ひに来たお方ぢや。顔に見覚があります。そんな事をおつしやつても私は承知は出来ませぬよ。なアお母さま、さうでせう』
『成るほど、そこの三人の男は家へもやつてきた男だ。隣のお亀を攫へよつたのはそこの三人だ。バラモン教の目付けだと云つて威張りよつた。こら三人の奴、この婆はかう見えても浮木ケ原のお寅と云つて若い時には賭場を開帳して居つた白浪女だ。もはや娘が命を捨てると覚悟した以上は、このお寅も足手纏ひがなくて力一ぱい活動が出来る。サア小童共このお寅が河へ投げ込ンで村の人の仇を打つてやらう。サアどうぢや』
と目を釣上げ、偉い剣幕で睨めつけた。アク、タク、テクの三人はお寅婆の勢に辟易し、後ずさりして頭を掻いて居る。
『ハヽヽヽヽ、オイ、アク、貴様等三人偉さうに云つて居るが随分悪い事をしよつたなア、年貢の納め時だ。一つ婆アサンとこの激流に投げ込まれて見よ、俺も何なら婆アさまの助太刀をせぬ事もないワ、万公末代の善の鏡だから』
『これこれお婆さま、さう怒つてくれては困る、アクの俺は役目で止むを得ず女徴集と出たのだ。役目だと思うてまア見直してくれ』
『何と云つてもお寅婆が死物狂ひ、許すものかい。これや万公とやら貴様も同類であらう。これお菊、お前は死ぬと覚悟を極めた上は一人死ぬのも勿体ない。これ等六人を残らず河へ投げ込ンで、大活動をし、天晴れ勇者となつて、冥途に行つた時にその勇名を誇らうぢやないか』
『お母さまそンなら一つ私も死物狂の活動を致しませう。仮令一人でも道連にしてやらねば腹が癒へませぬからなア』
 松彦は初めて口を開き、
『もしもし、お寅さま、お菊さま、先づお静まりなさい、決して吾々は悪人ではありませぬよ。バラモン教の中にもたまには善人が混つて居りますからなア。この三人は成るほど女徴集に往つたのは事実でせう。しかし今日は最早改心をして三五教の宣伝使のお伴して歩いて居るのだから、どうぞ許してやつて下さい』
『お前さまは一寸賢さうな顔をして居るだけに一寸分つた事をおつしやる。許し難き餓鬼なれども、今日は見逃しておきませう。そのかはり三人の餓鬼に「どうも悪かつた」と犬蹲ひになつてお詫をさせにや承知しませぬよ。命だけは助けてやります』
『オイ、アク、テク、タク三人薩張顔色無しだナ、女の一人や二人にこみわられて慄つて居るやうな事で、どうして男の顔が立つか。これを思へば悪い事は出来ぬものぢやなア。万公末代万年の恥だよ。アハヽヽヽ』
『何も俺はこの婆さまにあやまりの条がないのだ。婆さまや娘の体に指一本さへたのでもない、隣の家まで往つたのみだ。オイ婆さま、隣の家の敵打だなンて旧いぢやないか。お前も随分頭が旧いなア』
『エヽつべこべと今の奴は青表紙や蟹文字を噛つてけつかるから、そンな小理屈を吐すのぢや、強太う致して謝罪らぬなら謝罪らないでもよい。此方にも覚悟があるのだから』
『ハヽヽヽヽ剛情な婆だな、江戸の敵を長崎で打たうとして居る。オイ、俺達三人はこの一本橋を向ふへ渡つて、婆の来ぬやうに、この橋を落してやらうぢやないか、タク、テク、サア来い』
と尻を引き捲り一本橋を無性矢鱈に渡らむとし慌てアクは渦まく激流にドブンと落ち込ンだ。タク、テクの両人は辛うじて向ふへ渡る。お寅とお菊は両手を上げて、ウワイ ウワイとぞめいて居る。
 松彦は驚き、
『オイ、万公、五三公、これやかうしては居られない。婆さまも婆さまだがアクを助けてやらねばなるまい、サア渡らう』
と云ひながら松彦は先に立つて一本橋を渡り初める。続いて五三公も渡り出した。万公は、
『アクを助けるとは妙だなア、俺だつたら善を助けるがなア』
とほざいて居る。後からお寅は万公の首筋をグツと引き、お菊は足を浚へ、ドスンと河端に倒してしまつた。
『バヽヽヽ婆さま、ナヽヽ何をするのだ。俺はスヽヽ些しもシヽヽ知らぬぢやないか』
『知つても知らぬでもよいわ。貴様は敵の片割れだから親子寄つて集つて命を取つてやるのだ』
 万公は吃驚して、
『オイ松彦さま、五三公さま、人殺だ、救けてくれ』
と声を限りに叫び居る。激流の音に遮られて向ふ岸には聞えなかつた。四人はアクを助けむと右往左往に周章へ廻つて居る。アクはどうしたものか二三町下手の岸に漸く泳ぎつき、真裸体となつて濡れた着物を圧搾し初めた。
『アーもう大丈夫だ、矢張アクは偉い奴だ。松彦も感心した。悪運強いとはこの事であらう、ハヽヽヽヽ』
『もし松彦さま、万公が居らぬぢやありませぬか』
『何、五三公、万公が居らぬか』
と云ひながら向ふの岸を見ると、二人の女に押へられ藻掻いて居る。
 松彦は言せはしく、
『オイ、タク、テクの両人はアクの方へ往つて世話をしてやつてくれ、五三公は御苦労ぢやが一本橋を渡つて万公を助けて来い』
『ヘイ承知致しました、しかし貴方はどうなさるお積りです』
『私は宣伝使代理だから先づ中央に坐を占めて両軍の戦闘振を講評する積りだ、サア早くゆかないか』
『エヽ仕方がない』
と五三公は一本橋をまたもや渡り、
『これやツ!!』
と呶鳴りつけるを、お寅にお菊は平気なもので、
『これお前さま何を邪魔をするのだイ。向ふに先生が待つてござるぢやないか、とつととあちらに往かつしやれ。此奴は万公と云つてな、私の娘をチヨロマカした奴だよ。お菊の姉のお里が野良へ往つた処を待ち伏して野倒しをやり、たうとう夫婦気取りで、一年ばかりも私の家で暮して居つた奴ぢや。お里は悪縁で腹が膨れ、そのために難産をした揚句に死ンでしまひよつた。さうするとこの薄情男奴後足で砂をかけて逃げてしまひよつたのだ。どこへ往つたかと探して居たが、天命遁れず此処で廻り合つたのだ、娘の敵だ、どうしても殺さねや承知しないのだ。目が悪いと思うて万公の奴知らぬ顔して居るが、そンな事の分らぬ婆さまぢやない。娘の敵この鉄拳でも喰へ』
と握り拳をふり上げてコンコンと叩く。
『アイタヽヽヽ万々々どうぞ勘弁へておくれ』
『姉さまの敵承知しないぞ』
とまた拳を固めてコンコンと打つ。
『オイ五三公の奴、助けてくれないか。私も三人や四人の女に弱るやうな男ぢやないが、お寅婆アさまは柔道百段だから、グツと掴まれたら、どうする事も出来ないのだ』
『オホヽヽヽ、これ五三公とやらこの婆に指一本でもこの体にさへたら承知せぬぞ』
『これや五三公も手の出しやうがないわい、滅多に命を取るやうな事もあるまいから、精出して叩いて貰へ。なアお婆さまどうぞ強つく、柔かう頼みますよ』
『お母さま、こンな腰抜け男を叩いても仕方がない。もう勘忍してやりませうか。それよりも浮木ケ原へ帰り、ランチ将軍の陣営に飛び込み、斬つて斬つて斬り死をした方が死甲斐があるかも知れませぬぜ』
『さうだ、こンな蠅虫の二匹や三匹相手にしたつて仕方がない、許してやらう。命冥加の奴だ。今後はきつと慎め、万公奴』
『ハイ謹みます』
『私の云ふ事を何時までも覚えて居つて、あの先生の云ふ事を好う聞いて善心に立ち帰るのだよ。サア三千世界の放ち飼ひ、何処へなりと万公勝手に往け』
と掴むで居た手をパツと放した。万公はムクムクと起き上り、
『婆さま大きにお世話になりました。お蔭で肩の凝りが癒りました』
と捨台詞を残して逃げて行く。
『仕方のない男だな。彼奴はまだ、どせう骨が直つて居ないと見える。後より追つついて、も一つ折檻してやらう、サアお菊』
と一本橋を渡らうとする。五三公は両手を拡げ、
『お婆さま、まあまあ待つて下さい、私がとつくと言うて聞かしますから、もうこれ切り許してやつて下さい。貴女も一旦許すとおつしやつたのだから、もう、これ切り許して下さい。さう執念深く追駆ないでもよいぢやありませぬか』
『憎い奴ではあるけれど、たとへ一年でも可愛娘の可愛がつて居た男だから、十分言うて聞かして懲してやり、一人前の男にしてやりたいばかりに、かうして母子が手荒い事をしたのだ。万公を打擲したのは矢張可愛いからだよ。何しに憎うて頭の一つも叩かれやうぞ』
と云ひながら涙を袖に拭ふ。お菊も顔を隠し涙をそつと拭いて居る。
『アヽ親の恩と云ふものは有り難いものぢやなア。お婆さま左様なら』
と云ひ捨て、五三公はまたもや一本橋を慌しく渡つてしまひ、小北の霊場へと急ぎける。

(大正一一・一二・九 旧一〇・二一 加藤明子録)
(昭和九・一二・二九 於湯ケ島 王仁校正)



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