出口王仁三郎 文献検索

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原著名出版年月表題作者その他
物語44-3-171922/12舎身活躍未 罵狸鬼王仁三郎参照文献検索
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第一七章 罵狸鬼〔一一八六〕

 松彦は宣伝使格となり、万公、五三公、及バラモン教のアク、タク、テクの六人は、敵味方の牆壁を忘れ、和気靄々として俄に笑ひ興じ出した。月はますます冴えて木立のまばらなこの森は昼の如く明くなつて来た。
 万公は俄に元気づいて喋り出した。
『松彦さま、治国別の先生が居られなくなつた以上は、入信の順序として先づ万公が宣伝使代理を勤むべき所ですな。神の道には依怙贔屓はチツトも無いのだから、神徳の高きものが一行を統一するのが当然でせうなア』
『こりや万公、何と云ふ矛盾した事を吐くのだ。入信順から云へば万公がなる所だと云ふかと思へば、神徳のあるものが当るべきものとは前後矛盾も甚しいではないか、五三公には合点が行かないワ』
『ウン、順序から云へば万公さまが宣伝使代理を勤むべき処だが、松彦さまは後入信でも、バラモン教で素地が作つてあるから神徳が高い、それだから松彦さまが宣伝使代理になられたがよからうと云つたのだよ。宣伝使の弟だつて、何にも神徳のない木偶の坊だつたら、吾々は統率者と仰ぐ事が出来ないと云つたまでだ。それが何処に矛盾して居るか。お前達は根性が曲つてゐるから怪体の処へ気をまはすのだナ。エー』
『後の烏が先になるぞよと云ふことがあるからな。何程万公さまが先輩でも駄目だよ。昨夜の言霊戦には先輩が濁つて全敗し、今晩もまた哀れつぽい泣声を出して全敗したのだから、頼りのない先輩だよ』
『コリヤ五三公、千輩どころかい。俺は万輩だ。それだから俺は万公さまだよ。貴様のやうな東海道とは違ふわい』
『東海道とは何だ。馬鹿にするない』
『それでも五十三次の五三公でないか。破れた着物は東海道と云ふぢやないか。エー、襤褸布を五千三次つぎ合して着て居る乞食の代名詞だ。さうだから貴様は破れ宣伝使と云ふのだよ』
『誰が何と云つても、この五三公さまは万敗さまよりも松彦さまを信用するワ。松は千年の色深しと云つて末代代物だからな』
『何と云つても万公の俺には人望がないのだから仕方がない。そンなら、さうとして置いて、俺の言霊の神力だけは認めるだらうな』
『ハヽヽヽヽ笑はしやがるわい。何が言霊の神力だ。全敗万敗の破れ宣伝使奴が』
『その笑はせやがるのが俺ぢやないか。率先して笑つたのはこの万公さまだぞ。四辺の陰鬱な空気を拭きとつたやうに笑ひ散らしたのだからな。笑ふと云ふ事は即ち歓喜の表徴だ。薄の穂にも怖ぢ恐れビリついて居つた貴様等の魂に光明を与へ、力を与へたのも万公さまが笑ひの言霊の原料を提供したからだ。ウーピーの主人公だよ。凡て人の神霊と云ふものは歓喜楽天に存在するものだからな。悲哀の念を起し嘆声を洩らすと、神霊忽ち萎縮し、遂には亡びてしまふものだ。抑も人の神霊は善をなせば増し、悪をなせば減ず、歓喜によつて発達し、悲哀によつて消滅す。かかる真理の蘊奥を理解した万公さまは実に偉いものだらう。五三公が何程藻掻いた処で、かくの如き深遠微妙なる宇宙の真理は分るまい。エヘン』
『それだけの真理が分つて居ながら、何故女々しく悲哀の語調を並べて慄うて居たのだ』
『それは臨機応変の処置だ。婦人小児の敢て知る所でない』
『アハヽヽヽヽ婦人小児は何処に居るのだ。俺は決して婦人でも小児でもないぞ』
『居ないから云つたのだ。そこが臨機応変だよ。時にバラモンの御三体さまをどう処置する積りだ。鱠にする訳にも行かず、吸物にしやうと思つても骨は硬いなり、ナイフはあつてもこれは人斬り包丁なり、四足を料理する出刃の持合はなし、どうしたらよからうかな』
『貴様、出歯を持つてるぢやないか。山桜の万公と云つて花(鼻)より葉(歯)が先に出て居るだらう。餅の見せられぬ代物だよ』
『何故この万公さまに餅が見せられぬのだイ』
『それでも出歯に餅見せなと云ふぢやないか。アハヽヽヽヽ』
 松彦は声を強めて、
『おい両人、いゝ加減に揶揄つて置かぬか。アク、タク、テクさまが笑ふてござるぞ。三五教にもあンな没分暁漢が居るかと思はれちや、神さまの面汚しだからのう』
 アクは、にじり寄り、
『ヤア松彦の先生、どうせ人に使はれて歩くやうな連中に碌な者はありませぬわ。よう似て居ますわ、私のつれてゐるこの両人も矢張り担うたら棒の折れる代物ですよ。それは万々々、話にも杭にもかからぬ五三々々した奴ですわ。アハヽヽヽヽ』
『こりやアク、貴様の口をアク所ぢやないぞ。万々々て、何だい。俺の事を諷して居よるのだな』
『万更さうでもありますまい。しかしまんと云ふ名のついたものに、あまりよい物はありませぬな。慢心に自慢、高慢、我慢、驕慢、万引に満鉄、それから病気には脹満、と云ふやうなものですな。も一つ悪いのは三面記者の持つて居る万年筆、それから慢性の痴呆性位のものですワイ。アハヽヽヽヽ』
『賛成々々、仲々バラモンにも気の利いた奴がある。やア、もうずつと気に入つた。おいアクさま、それほどお前は物の道理を知つて居りながら、何故人間の身を以て四足の真似をして来たのだ、その理由をこの五三公さまに聞かしてくれぬか』
『別に四足の真似はしたくなかつたのですが、友達が先へ来て待つてゐるものですからナ』
『その友達と云ふのは誰の事だい』
『そこに鎮座まします出歯彦命さまの事ですよ。万公さまと云ふぢやありませぬか。アクはまた早聞きをして馬公さまと聞いて居りました。大分馬鹿のやうなお顔付だからな』
『五三公が聞いて居れば、山口の森でも、馬と鹿と鼬の変化した狸が現はれたぢやないか』
『アハヽヽヽヽそりやテンゴ(冗談)ですよ。吾々三人が互に罵り合つて居つたのです。しかしながら、正真正銘の人間ばかりだから、あまり見くびつて貰ひますまいかい、アク性な』
『そンならこの万公さまも矢張り人間だ。あまり失敬な事を云つちやいけないよ』
『この万公さまは常世姫命の分霊山竹姫の口から生れた子でせう』
 五三公は訝かりながら、
『何、そンな事があるものか。何故またそンな事を云ふのだ』
『常世姫命さまがエルサレムの都で思ふやうにゆかないので、自分の霊を分けて山竹姫と現はれ、何とかして人間の生宮を生まうと天に祈り、口から吐き出した玉が、俄に膨脹して大きな四足の子となつた。そこで山竹姫が吃驚して目を円うし、口を尖らし両手を拡げ、体まで反りかへつて「まんまんうまあ」とおつしやつた。それから馬と云ふのだ。馬も万も矢張り山竹姫さまの口から出たのだから、馬の先祖かと思ひましたよ。随分長い顔ですな』
 五三公は手を打つて、
『アハヽヽヽ此奴あ面白い。話せるわい』
『ヘン、あまり馬鹿にして貰ふまいかい。そンならアクと云ふ奴の因縁を聞かしてやらうか』
『そンな事ア聞かして貰はなくとも、とつくに御存じだ。抑もアクのアは天のアだ。クは国のクだ。天津神、国津神の御水火によつて生れ給うた天勝国勝の名をかねたる大神人だが、一寸下界の様子を探るため、アクせくと人間界にまはつて隅々まで歩いて居る艮金神さまだよ。悪に見せて善を働く神様だから、暗夜を照らすとは、アーク灯と云ふぢやないか。あまり口をアークとすこたんを喰ひますぞや』
『アハヽヽヽヽクヽヽヽヽぢや、抑も万公さまの考へでは、アクと云ふ奴ア、凡て始末におへないものだ。その灰汁がぬけさへすれば食へぬものでも食へるだらう。果物でも野菜でも灰汁の強い奴は水に漬けておくのだからな。藁にだつて灰汁がある。溝に流れてゐるのは皆悪水だ。その悪水に喜ンで棲ンでゐる奴が所謂溝鼠だ。鼬も矢張り溝水に近い処に棲むものだ。つまり要するに即ちアクと云ふのは溝狸の事だ。アハヽヽヽヽ』
 五三公は吹き出し、
『国常立之尊と溝狸とは天地霄壌の相違ぢやないか』
『至大無外至小無内、無遠近、無広狭、無大小、過去現在未来の区別なく、ある時は天の大神となり、ある時は狸は云ふも更、蠑螈蚯蚓と身を潜め、天地の神業に参加するのが即ちアクだよ。艮金神様は悪神祟神と人に云はれて、三千世界をお構ひ遊ばしてござつたと云ふ事を三五教では云ふぢやないか。三五教のアと国常立のクと頭と頭をとつてアクさまと云ふのだからな。馬の子孫とは大分に訳が違ふのだよ。ヒヒーンだ。ヒヽヽヽヽ』
『ウツフヽヽヽヽ何だか知らぬが松彦には人間界を離れて、畜生国の会議に臨席したやうな気がするわい。もつとらしい問題を提出するものはないのかな』
『そりや何程でもありますよ。バラモン教において智識の宝庫と称へられたるアクですからな』
『何とまア万々々吹いたものだな。三百十日が聞いて呆れるわ。フヽヽヽ』
 かく話す時しも一天黒雲に包まれ、俄に真黒の暗となつてしまつた。万公はそろそろ慄ひ出した。
『オイ、いゝゝゝ五三公、もつと此方や寄らぬかい。さう遠慮するものぢやないわ』
『お前から此方へ寄つてくれ。かう暗くては仕方がないわ。俺や何だか体が地にくつついたやうな気がして動けなくなつたのだ、根つから五三々々せぬワイ』
『おい、どうやら怪しくなつて来たぞ、何程気張つても腹の底から慄うて来るぢやないか。どうも合点がゆかぬ。歓喜楽天の奴、いつの間にか万わるく遁走してしまひよつた。俺の神霊もそろそろ脱出したと見えるわい。五三公お前だけなつと、しつかりしてゐてくれよ』
『何、心配するな。松彦さまがついてござるわい。あまり頬桁を叩くから神様から戒めを受けたのだよ。サア祈れ祈れ』
『もし皆さま、どうも怪しくアクなつて来たぢやありませぬか』
『本当に気遣ひな状況になりましたな。皆さま御遠慮は要りませぬ。一所へ五三ぎ密集しませうか』
『おいアク、一所へ寄つちやいかないよ。もしも空から爆弾でも落ちて来たら全滅だ。何事も散兵線が安全だからな、生命は捨タク無いからなア』
『それもさうだ。しかし何とはなしにアクの守護神がよりたがつて仕様がないわ』
 タク小声で、
『この暗がりに三五教の側へ寄ると、あの懐剣でグサツとやられるかも知れぬぞ。あまり気を許しちや大変だからな』
 アクは故意と大きな声で、
『何、暗がりで側へ寄ると、三五教が懐剣で突くかも知れぬと云ふのか。何突いても構はぬさ、突かしておけばよいのさ。敵も味方も牆壁をとつて親しくつき合ひと云ふのだから、つくのは結構だ。つかれるのも結構だ。やがて黒雲排して月も出るだらう』
 タクは袖を引つ張つて、
『おい、アク、さう大きな口を開くものぢやないわ。タク山のタク宣を、そンな大声でさらけ出されちや堪らぬぢやないか』
『大声の方がいいのだよ。大声俚耳に入らずと云うてな。却てこそこそ話をしてゐると聞えるものだよ』
 かく話してゐる処へ、暗の中から光の無い薄青い火の玉が永い褌を引ずつて、地上五六尺の処をフワリフワリとやつて来た。
 松彦は火の玉に向ひ、
『廻れ右へ』
と号令を掛るや火の玉は松彦の言葉に従ひ俄に頭を転じ右の方へクルリと廻つた。さうして松彦の額のあたりを尾にて撫でながらスツと通り、中央にブンブンブンと呻つて、尾を直立させ火柱を立てたやうになつた。
 万公はビツクリしながら、
『松彦さま、「廻れ帰れ」と云つて下さいな。随分厭らしいものがやつて来るぢやありませぬか』
『アハヽヽヽありや狸だよ。最前から狸々と罵つたお前の言霊が実地に現はれたのだから、お前が処置をつけねば誰が処置をつけるのだ。それそれ火の玉がお前の方へ近寄つて来るぢやないか』
『こりや火の玉、貴様の本家は万公ぢやないぞ。バラモンのアクさまだ。アクさまの方へトツトと行け。戸惑ひするのもほどがある。エー』
 火の玉はジリジリと万公目蒐けて迫つて来る。万公は一生懸命になつて両手を組みウンウンと鎮魂の姿勢をとつた。火の玉は益々太く長く膨脹するばかり、見る見る間に鬼女の顔が現はれ頭に三本の蝋燭が光つて来だした。胸には鏡をかけてゐる。夜前の楓姫そつくりである。万公は目を閉ぎ耳をつめて蹲むでしまつた。アク、タク、テクの三人はアツと云つたきり大地に横たはつた。目をぎよろつかせ口を開いたぎり、アフンとしてゐる。怪物は長い舌をペロペロ出しながら嫌らしい声で、
『万公、五三公、アク、タク、テクの五人の英雄豪傑、大雲山から迎へに来たのだ。さア俺について出てござれ。(大声)違背に及べば噛み殺さうか』
『たゝゝゝゝゝ狸の化物奴、なゝゝゝゝ何を吐しよるのだイ。だゞゞゞゞ誰が大雲山まで行く奴があるか、ばゞゞ馬鹿、五三公の神力を知らぬかい』
と冷汗をかきながら呶鳴りつける。怪物の姿は象が屁を放つたやうにボスンと云つたまま消えてしまつた。中天に昇つた月は、もとの如くに皎々と輝いてゐる。四辺を見れば一匹の白い動物が太い尾を垂らしノソリノソリと森の中を目蒐け逃げて行く。
『アハヽヽヽヽヽまたやられたな』
『ヘヽヽヽヽ』
と一同のかすかな笑ひ声でつき合ひ笑ひをやつてゐる。これより松彦は五三公、万公、アク、タク、テクの五人を従へ夜明けを待ち浮木の森をさして出でて行く。

(大正一一・一二・九 旧一〇・二一 北村隆光録)
(昭和九・一二・二九 王仁校正)



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