出口王仁三郎 文献検索

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物語44-2-91922/12舎身活躍未 怪光王仁三郎参照文献検索
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第九章 怪光〔一一七八〕

 治国別外五人は祠の跡に蓑を敷き端坐し、天津祝詞を奏上し神言を唱へ、漸く寝に就きぬ。晴公は万公に力一杯罵倒されかつ言霊の神力の現はれざりしに胸を痛め、五人の鼾を聞きながら首を左右に振り治国別の言霊の解説歌を思ひ出し、万公よりも早く真意を諒解しアツと言はせてくれむものと一睡もせず双手を組み瞑目正座し考へ込ンでゐる。夜はおひおひと更け渡り冬の初めの木枯は森の老樹の枝を揺り、分の厚い枯葉はパラパラと雨の如くに落ちて来る。四辺はシンとして声なく物淋しさは刻々に身に迫り来たる。何とはなく身体震ひ出し恐怖の念は刻々に吾身を襲ふ。しばらくありて、一道の光明遥の彼方より輝き来たる。晴公は稍得意となつて独語、
『何とまア有難いものだナア。先生始め四人の連中は何にも知らず、白河夜船を漕いでゐる間にこの晴公は言霊の理解について研究した結果、この暗黒の闇に光明がさし出した。一つ万公に見せてやりたいものだな。何だか淋しくなつたと思へば、こンな光明が現はれる前提だつたのか。さうするとウラル教も万更捨てたものぢやないワ。暗の後には月が出ると云ふが本当に俺の言霊は不思議だ。下の方から月光がさして来る。光と云ふものは空から来るものとばかり今の奴は信じて居るが俺の言霊は偉いものだワイ。地の中から月光が輝くのだから豪気なものだ。先生だつてこれだけの神力は滅多にお出しなさつた事はあるまい。一つ揺り起して御覧に入れようかな。追々と近くなつて来る。やア瑞の魂と見えて三つの玉が光つて来るぞ。ヒヨツとしたら三光の神がおいでになつたのかな。一つ万公を揺り起して見せてやりたいものだナア』
と得意になつてゐる。治国別は熟睡を装ひ晴公の独語を聞き、可笑しさに堪へず笑ひを抑へ、体中を揺つて目から涙を出し気張つてゐる。晴公は得意気に、
『やア近付いた近付いた』
と目を円うして見つめてゐると頭に三本の蝋燭を立て胸に鏡をつり、その上に鋏を二つばかり釣つてゐる。さうして口は耳まで引き裂け顔は真蒼に右の手には金槌、左の手には五寸釘、白い布を三間ばかり垂らした異様の怪物、歩く拍子に鋏と鏡と当り合うて、チヤンチヤンと音を立て蝋燭の火は鏡面に映じ晴公の面を照した。晴公は忽ち真蒼になり唇を慄はせ、
『セヽヽヽ先々々……先生』
と云ひながら体をすくめて目を塞ぐ。怪物は六人の姿を見て、厭らしき細い声を絞り、
『やア、残念至極、口惜やな、今日は三七日の満願の日、人に見つけられては願望成就せぬと聞く。もうかうなる上は死物狂ひだ』
と云ひながら懐剣をスラリと引きぬき、先づ晴公に向つて飛びかからむとするにぞ、晴公はキヤツと一声、その場に打倒れた。治国別は寝たまま「ウン」と一声鎮魂をかけた。怪物は土中から生えた樹木の如く懐剣をふり上げたまま硬まつてしまつた。晴公の叫び声に万公、五三公、松彦、竜公は目を覚まし形相凄じき怪物の姿を見てまたもやキヤツと声を上げ慄ひ戦いて居る。怪物は目をきよろつかし口をもがもがさせ、舌をペロペロ出しながら依然として懐剣をふり上げたまま睨みゐる。
『セヽヽヽ先生、タヽヽヽ大変です。起きて下さいな。晴公がしようもない言霊を上げるものですから地獄から万公を迎へに来ました。ドヽヽヽどうぞ追ひやつて下さい。あの……言霊で………』
 治国別は少しも騒がず、
『ハヽヽヽヽまア修行のためだ。一つあの鬼娘さまと抱擁接吻でもやつて来たらどうだい。何程怖い顔だと云つてもヤツパリ女だからな』
『メヽヽヽ滅相な、何程女早魃の世の中でも、アタ恐い、アタ厭らしい、誰があンな奴にキヽヽヽキツスするバヽヽヽ馬鹿がありますか、万公とに恐い化者だ』
『ハヽヽヽヽおい晴公さま、お前の言霊は大したものだナ。到頭鬼娘を生んでしまつたぢやないか。言葉は神也。神即ち言葉也。言葉は神と共にあり。万物これによつて造らる。実に大成功だ。しかしお前のは言葉は鬼娘也、鬼娘即ち言葉也。言葉は鬼娘と共にあり。怪物これによつて造らる、と云ふのだから天下一品だよ。おい何を慄つてゐるのだ。お前が生ンだ鬼娘だから、さアさアお前が形づけるのだよ』
『南無幽霊鬼女大菩薩頓生菩提、消滅し給へ、晴公の言霊に逃げ出し玉へ、隠れさせ給へ、かなはぬからたまちはへませだ。あゝア、先生もう駄目ですわ。そンなにイチヤつかさずに早く、あのオヽヽヽ鬼娘を退却さして下さいな』
『俺は年が寄つて言霊を一度奏上すると熱湯のやうな汗が出るから最前の言霊で最早原料欠乏だ。お前は百遍、千遍、言霊を発射しても体が弱らない、汗一つかかないと云つたぢやないか。声量タツプリ余裕綽々たる晴公に頼まねば、最早治国別は言霊の停電だよ』
『あゝア、困つた事だな。言霊の貧乏な先生について歩いて居ると、こンな時には仕方がないわい。オイ、こら松彦、竜公、チツと起きぬかい。千騎一騎の場合だ。何をグウスウ八兵衛と寝て居るのだ。味方の勇士一団となつて只今現はれた強敵に向ひ言霊を発射しようぢやないか』
『俺やまだ三五教へ入信つてから二日にもならぬのだから言霊の持合せがないわい。兄貴、お前がしやうもない事を云つて、あンな鬼を呼び出したのだから、お前がすつ込めてくれねばどうも仕方がないぢやないか。こンな事を先生に御苦労をかけると云ふ事があるものか、あゝ厭らしい。首筋がゾクゾクして来た。竜公さまの髪の毛は針のやうに立つて来出したワ』
と云ひながら頭を抱へ俯向いてしまつて居る。
『あゝア、何奴も此奴も、言はいでもいい言霊は自然に発射しながら肝腎の時になつて言はねばならぬ言霊を発射する奴は、先生を始め一人も半分でもありやせぬわ。えー晴公さまも、もう仕方がない。これ、鬼娘、どうなつと貴様の勝手にしたがよいわ』
と捨鉢になり無性矢鱈に喋り立てる。松彦はムツクと立ち上りツカツカと鬼娘の前に進み寄り、念入りに頭の上から足の下まで覗き込み、
『ハヽア、頭に三徳を冠り蝋燭を三本立てて居るな。何だ、顔に青いものや赤いものを塗り、口を大きく見せて役者のやうな奴だ。何だい、光つたものをブラブラとつりよつて、長い尾を引き摺り、金毛九尾の狐と枉鬼と八岐大蛇と、つきまぜたやうな凄じき形相をやつてゐるな。何だい、懐剣を振り上げたまま金仏のやうにカンカンになつてゐよる。要するに俺等の勇士の面影を拝しビツクリして立往生をしよつたのか。エー弱い鬼だな。此奴アよく人の云ふ丑の時詣りかも知れぬぞ。おい娘、お前は女の身としてこの厭らしい人里離れた魔の森へやつて来るのは、何か深い仔細があるだらう。もうかうなる以上は有態に白状してしまへ。俺の力で叶ふ事なら何でも聞いてやる』
 女は強直したまま首から上は自由になるを幸ひ、両眼より涙をハラハラと流し、
『ザヽヽヽ残念でござります。私の両親はバラモン教のランチ将軍と云ふ悪人に捕へられ今は浮木ケ原の陣営で嬲り殺にあつたと云ふことでござります。それ故三週間以前からこの魔の森へ丑の時詣りをして親の敵を討たむと思ひ森の大杉に呪ひ釘を打ち、ランチ将軍の滅亡を祈つてゐるものでござります。どうやら貴方は三五教のお方と見えますがどうぞお助け下さいませ』
とワツと泣き叫ぶ。治国別は「ウン」と一声霊縛を解いた。女は忽ち身体自由となり、治国別の方に向つて合掌し感謝の意を表したり。
『やア何処のお女中か知らぬが様子を聞けば実に気の毒な話だ。まアここへ来て坐りなさい。トツクリと話を聞かして貰はう。都合によつたらお前の力になつてやろまいものでもないから』
と親切相に云ふ。万公は、
『アヽもしもし先生、ナヽヽヽ何と云ふ事をおつしやいます。あンな鬼娘が側へやつて来て堪りますか。早く追ひ散らして下さいな』
『アハヽヽヽ何と強い男ばつかり寄つたものだな。まるで幽霊のやうな代物ばつかりだワイ』
『おい、晴公、五三公、竜公、貴様もチツと確りして、何とか彼奴を追ひ捲つてくれ、万公の一生のお願だ』
『何、こンな時には先生に任しておけばよいのだ。先生がよいやうにして下さるわ。なア五三公、竜公、さうぢやないか』
『何と云つても、先生は先生だ。松彦さまもヤツパリ御兄弟だけあつて肝が太いわい、五三公さまも感心仕つたよ』
『何と女と云ふものは恐ろしいものだのう、俺やもうこれを見ると一生女房持たうとは思はぬわ。睾玉も何も何処か洋行してしまつたワ。もう立上る勇気もなし、腰は変になる、最早人力の如何ともする所でない。あゝ惟神々々、御霊幸はひましませよ。朝日は照るとも曇るとも、月は盈つとも虧くるとも、竜公さまに取つてこンな恐ろしい事がまたと三千世界にあるものか。おゝゝゝ恐ろしい……もゝゝゝ森だな』
『これ、娘さま、そンな顔して居つては皆の連中が肝を潰して困るから一つ顔を洗ひ髪を撫で上げ、もとの人間に還元して、それから詳しい物語をこの松彦に聴かしたらどうだい。この側に清水が湧いてゐる。さアここで一つ蝋燭の火があるのを幸ひ顔を洗ひ身繕ひを改めなさい』
『ハイ、有難うござります。えらい失礼を致しました』
と云ひながら、女は傍の水溜りで念入りに彩つた顔をスツカリ洗ひ落し、胸にかけた鏡や鋏をその場に棄て、髪を撫で上げ白衣を脱ぎ棄てた。見れば十七八才と覚しき妙齢の美人である。
『やア、見かけによらぬ立派なナイスだ。おい竜公、松彦がきいて居れば、貴様は今一生女房を持たぬと云つたが、これなら随分気に入るだらう、アハヽヽヽ』
『女は化物と云ふ事は聞いて居たが本当に恐ろしいものだな。いやもうどンなナイスでも竜公さまは女と来ちや一生御免だ。一つ違へばあれだからなア。俺やもう一目見るなり百年ほど寿命を縮めてしまつたよ』
『アハヽヽヽ気の弱い男だな』
と松彦は吹き出し笑ふ。
 女はチヤンと身繕ひをしながら治国別の側へ恐る恐る進み寄り、土下坐しながら優しき声にて、
『三五教の宣伝使様、誠にお寝み中を驚かせまして申訳がござりませぬ。私はライオン河の辺に住む首陀の娘でござります。私の両親はライオン川に釣魚をする時、ランチ将軍の部下がやつて来まして「その方は三五教の間諜者だらう」と云つて高手小手に縛しめ陣屋へ連れ帰り嬲殺にしたと云ふ事でござります。もとはアーメニヤの生れでござりますが大騒動以来、兄の行衛は分らなくなり、年老いたる両親と私は、そこら中を乞食巡礼となつて経巡り、漸くライオン川の片辺に小さき庵を結び親子三人山に入つて果実を採りその日を送つてゐました処、黄金姫様とか云ふ立派なお方がお通りになり、一寸休ンで下さいまして「お前はこンな川べりに一軒家を建てて何をして居るか」とおつしやいましたので私の両親はいろいろと来歴を申上げた処、その黄金姫様がおつしやるには「お前はこれから三五教の神様を信仰せよ。さうすれば世の中に何も恐るべきものはない」とおつしやつて下さいました。それ故朝晩三五教の祝詞を覚えて祈念を致して居りました。さうするとランチ将軍の手下の者がドカドカと五六人飛び込み来り「その方は今三五教の祝詞を唱へて居つた怪しからぬ奴だ。大方敵の間諜だらう」と云つて両親を捕へ帰つてしまひました。私は幸ひ廁に這入つて居りましたので命だけは助かりました。それからテームス峠をソツと渡り斎苑の館へ参拝せむと来て見れば、河鹿峠の中ほどにバラモン教の軍勢が張つて居ると云ふ事なので峠を越ゆる訳にも行かずこの森の片隅に洞穴のあるのを幸ひ、そこに身を忍び夜中丑満の刻を考へ、どうぞして両親の敵を討ち恋しい一人の兄に会はして下さいと、今日で二十一日の間お詣りを致しました。実に不仕合せな女でござります。どうぞお憐れみ下さいませ』
とワツとばかりに大地に身を投げ棄てて泣き叫ぶそのいぢらしさ。治国別を初め一同は、娘の物語を聞いて悲嘆の涙にくれゐたりける。

(大正一一・一二・八 旧一〇・二〇 北村隆光録)
(昭和九・一二・二七 王仁校正)



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